2-23.必定の混戦
アルティに目を奪われたことなんて数知れない。
それでもその姿は、私を虜にした。
好き。キレイ。カッコいい。尊い。
あらとあらゆる美辞麗句が頭から消えるくらいに。
「長くは保ちません。すぐに決めますよ、リコ!!」
「っ!!」
「終焉薔薇の神罪氷天!!」
第一階位魔法、神氷獄界。
それは突き詰めれば、自身と魔力との親和性を極限まで高める魔法だ。
人を超克し、亜神……もとい魔神たらしめる人智を超克した魔法。
つまり今、アルティは半神と同じ領域にいるってこと。
この状態のとき、アルティは第二階位…人の身で到達可能な限界点、大賢者の代名詞でもある氷獄の断罪を始めとした戦略級魔法を、何の制限も無しにノータイムで連発出来る。
「八極西風!!創生樹の槍!!」
「星の剣!!」
いくら剣で応戦しても、天変地異には意味を成さない。
それはとっくにわかってるけど、肝心要な【創造竜の魔法】の魔法解析、処理能力を上回られたら、意味のない防御もせざるを得ない。
そもそも【創造竜の魔法】の起動が遅くなってる。
複数の魔法を入り混じらせて撹乱しながら、【妃竜の剣】で制御権を奪取してんのか。
小癪…いや、だいたいそんなこと考えても実行出来るか。
思考を並列的に高い演算能力で処理…スキルの補助があるとはいえ、どんな脳の使い方すればこんなこと出来んだよ。
「尻に敷かれてばっかは性に合わねぇ!!」
剣でダメなら、魔法でダメなら。
私にだって切り札はあるんだよ。
「少しおとなしくしてろ!!【百合の王姫】!!」
これで最低限隙は作れた。
そう思った直後、あろうことか押し寄せる魔法の波濤の中から、アルティ自身が突っ切ってきた。
「愛しの家内に命令ですか?」
「?!」
「効きませんよ。あなたへの愛なんか、とっくに限界を越えているんですから」
「ゴボっ?!」
口に手ぇ突っ込んで……!
「絶対零度の愛!!」
身体の動きが止まる。
頭が回らない。
時間が凍る。
私という存在が氷に覆われていく。
「肉体と精神を時空の狭間に幽閉する魔法です。あなたを相手にするにはこれしかなかった。……もう聞こえてはいないでしょうが」
「ちゃんと聞こえてるってんだよ」
「――――――――?!」
「遅えよ!!【魔竜の暴食】!!」
黒竜のオーラがアルティに牙を剥く。
直接的な攻撃じゃない。
対象に指定したのは魔力。
大賢者だろうが、魔力が枯渇すれば肉体の疲弊はどうしようもなくなる。
半精霊体ともなれば尚更、その虚脱感は計り知れないだろう。
神氷獄界を強制解除されたアルティは、私に倒れる身体を預けた。
「けほっ、えっほ!!うぅ、身体の中から凍らされるのきちぃ…。まだ内臓が何個か凍ってんなこれ…」
「なんで無事…なんですか?」
「質量任せのゴリ押ししながら、ずっと何かを狙ってるの丸わかりだったからなお前。そういうとこ素直なんだよ。まあ、口の中に手ェ突っ込んでくるのは予想してなかったけど」
【創造竜の魔法】で魔法を捌ききれない以上、決め手の防御に性能を全振りするしかなかった。
時限式の予防線ってとこかな。
「強かったよ、アルティ」
「このままでもあなたの首に噛み付くくらい出来るんですけど」
「ハッハッハやれるもんならやってみろ。可愛い嫁の負け惜しみとして甘んじてやんよ」
「敵いませんね、本当」
「ゆっくりお休み。目を覚ましたときにはキスしてやるよ。優勝の花束を持って」
「フフッ。ご武運、を…」
体力を失い気絶したアルティの身体が、光に包まれ帝都に送還される。
なるほど、敗退者の身の安全は保証されるらしい。
その場に横たわったままなら、自分で帝都まで担いでいくところだった。
『ここでなんと優勝候補の一人、アルティ選手が堕ちるー!今大会初の脱落者!勝利の女神が微笑んだのは、天上天下に比肩無き至上の美姫!リコリス選手!!序盤から大波乱が巻き起こる剣魔祭!この先いったいどうなってしまうのかー!』
盛り上げ上手なこと。
このままここにいたんじゃ、魔力を感知した野次馬たちに群がられることになる。
いざ戦ってみたもの、やっぱり女相手は対処に悩んでやりづらいし。
なるべく避けてとおるのが吉だ。
「とりあえずサクラのとこだな。一人ぼっちにした!とか文句言いそうあいつ」
ほっぺを膨らませて怒ってほしいところ。
妄想もそこそに凍った山を下りようと一歩を踏み出したとき。
遠雷が一つ鳴った。
「なんだ?」
高いところだからこそわかる。
雷が国中を駆け回っているのが。
縦横無尽。
雷が線を引く度、参加者の反応が消えていった。
「派手なことしてくれんじゃん」
あれが…雷帝か。
――――――――
「アハハ♡楽しいねテルナちゃん♡」
花のように笑うモナの可愛らしいこと。
いくつになっても、これは乙女のようじゃ。
妾の腕をもぎ取り、それに頬ずりしてなければじゃが。
まあ、こちらとてかれこれウン百リットルと血を吸ってやったわけじゃがな。
お腹タプタプじゃ。けぷっ。
「最強同士、これほど力が拮抗するとは思いもよらなんだ」
「えー疲れちゃったの?♡モナまだまだ満足じゃないよぉ?♡」
モナの厄介なところはこれじゃ。
魔王としての強さはもちろん。
一年昼夜を情事に費やせるほどの無限のスタミナ。
まともにやり合う方が頭がおかしい。
「【紅蓮竜の無限】!!」
端的に。吸血、操血を始めとした吸血鬼の性能と、従来妾が持ち得ていた権能を融合、昇華したのが【紅蓮竜の無限】というアンリミテッドスキル。
相手の体内の血を棘に変え、内側から体表を突き破るくらい造作もないが、モナは意にも介さず仕掛けてくる。
「【欲望竜の邪淫】♡」
モナのアンリミテッドスキルを一言で表すならば、悪質な【百合の王姫】と言う他ない。
魂を己がものとし、モナに屈した者を永久に自らの支配下に置く隷属のスキル。
一瞬でも気を緩めれば、この妾をして膝をつかずにはいられぬじゃろう。
「ナメるなモナ!!妾はリコリスの寵愛を受けし女!!貴様であろうと、他の女に目移りなどせぬわ!!開闢司ル天蓋ノ昴!!」
「ざーんねん♡モナはみーんな好きなんだけどな♡魔娼の大鎌♡」
真紅の波動と濃桃の斬撃が虚空で衝突し霧散する。
そう、何より妾をやきもきさせるのが、モナの純然たる強さ。
ただの欲望まみれならどれほど楽なことか。
やはり決着をつけるには、持てる渾身で挑むしかない。
奴もそれを理解しているからこそ魔力の高ぶらせる。
「一応訊くが、なんのために剣魔祭を勝ち上がる?」
「欲張りだから♡何でも欲しいの♡勝利も、栄光も♡強い人たちいっぱい倒して見る景色は、きっと気分が良いと思うんだぁ♡」
「クハハ、たしかに。さぞ気持ちいいじゃろうな。ならば譲れぬよなぁ。おとなしく妾に下れ」
「やーんテルナちゃんこわーい♡でもカッコいい♡好きだよテルナちゃん♡」
「みなまで言うな。妾とて好いておる。敗北して尚、褪せぬ色と輝きに満ちる者であれ!魔王!!」
全力に散れ。
「紅蓮ニ乖離ス虚空ノ矛!!」
「アハッ♡やっぱりテルナちゃん最高♡全部ぜーんぶ、モナが喰べてあげるからね♡邪淫――――――――」
「お楽しみのところ失礼しマース!!」
「?!!」
雷帝?!
どこから…いや、なんじゃ?!
この妾とモナをして量れぬ速さは…!!
「チッ、モナ!!」
「グッバイ、古き最強!雷轟く禍天の愚槍!!」
防御も回避も嘲笑う、神速を超越した超神速。
これは…いかん…
視界が黄金に染まる。
予期せぬ闖入者の手によって、それまで繰り広げられていた享楽は終わりを迎えた。
「ンッンー!絶好調デース!まだまだまだまだいきマースヨー!アーユーレディガイズ!!瞬雷歩!!」
ひたすらに爛漫に地を、空を駆ける。
次なる獲物を求めて。
――――――――
『こ、これは…!!フィールドを駆ける一閃の雷が参加者を屠っていく!!まさに電光石火!!雷帝此処に在りと刻みつける!!』
「ヴォホホホホ!暴れるじゃないあの子ったら!負けてられないわぁ!」
「この大熊の顎のジョーを相手によそ見とは余裕だな!見せてやるぜ!鳳凰級の実力、を――――――――」
ブッチュウウウウウ
「ンンンまっ!ワイルドな男だぁい好き!もっともっと燃え上りましょお!大いなる圧殺!!」
「棄権ーーーーーーーー!!!」
「さーせなぁぁぁぁぁい!!!」
絶叫。
――――――――
「どこぞで汚ぇ悲鳴が聞こえた気がしやしたね」
そんじゃま、とシズクは岩の上から腰を上げた。
「皆々様燥いでるようですし、手前も一つ祭を盛り上げてみやしょう。十璃雨」
番傘をくるりと手元で遊ばせる。
すると彼女の視界前方一帯に雨が落ちた。
一粒が大木を薙ぎ、岩を粉砕する刃の雨。
「今ので二人ですかい。ちったぁ仕留めたと思いやしたが、案外各地に散らばってるみてぇで」
雨が上がり、出来上がった更地に下駄を鳴らす。
「祭は派手な方がいい」
――――――――
「くっ!どこだ!どこにいやがる!」
「全然姿が見えない!」
武器を構えて周囲を警戒する参加者たちの真ん前で、エマは申し訳なさそうに頭を下げた。
「ご、ゴメンなさい…。影が薄くて…。でも、勝ちはもらいますね…」
ゆっくりと参加者の間を通り過ぎる。
すると二人は身体に大きな傷を走らせ、わけもわからぬうちに退場を強制された。
「吾輩だって、やるときはやるのである…」
そう言ってエマは、剣に変わった腕を元に戻した。
その凛とした立ち姿、さながら紫苑の如く。
――――――――
「もうそこら中で接敵してるってのに、どうしてこうアタシは誰にも会わないのかしら」
とうの昔に人が失せた廃村で一人。
涸れ井戸の縁に身体を預けて干し肉を噛み千切る。
これじゃただの物見遊山だわ。
そうこうしてるうちにアルティが退場した。
リコリスとやったのを羨ましいと思うべきか、先んじられて悔しいと思うべきか。
ただまあ、接敵したところで、アタシの強さなんてたかが知れてるのよね。
百合の楽園最弱を自負してる身としては、なんとかこう、巧いこと漁夫の利を狙いたいところ。
「そんなおいしい話があるわけもない――――――――ッ?!!」
それは幸運にも似た反射だった。
飛来した光線が視界に入ったとか、ちょうど体勢を変えようとしたとか、そういう類のもの。
あと数ミリ逸れていたら、アタシは光線に身体を貫かれていただろう。
「誰!!」
問いに反応は無い。
ただ悠然と、それはアタシに向かって歩を進めてくる。
「黒いロボ…?」
これ、屑鉄の大賢者の…
機体は似てるけど要所要所が違う。
黒いロボは右手を翳すと、砲身を展開して弾丸を幕のように発射した。
咄嗟に井戸の陰に隠れたけど、一時しのぎにしかならない。
「生体反応は無い…ただの人形、ゴーレムってわけ?」
にしては時代を先取りしすぎな気もするけど。
なんて考えてる場合じゃない。
たかがロボット一体くらい速攻で…と、井戸の陰から飛び出そうとしたとき。
もう一体のロボットが光の刃を振り上げて襲ってきた。
「ッ?!!」
違う。
一体や二体じゃない…!
いつの間にか一個小体ほどの軍勢が辺りを取り囲んでる。
「魔力の感知にも引っ掛からない…この数でそんな事ありえるの?」
こんなのに集中砲火されたらたまったもんじゃない。
「泡沫の幻想!」
アタシは効果があるのかもわからない目眩ましを一つ、一目散に森へと駆けた。
ロボットたちは無感情に、無機質な音を立てて追ってくる。
「あれだけの数を操るなら、術者はきっと近くにいるはず。そこを叩けば」
後ろを振り返るアタシの足に何かが引っ掛かる。
木の根に躓いたのかと転んだ身体を起き上がらせると、服に赤いものがついているのに気が付いた。
「血…?!」
出血…いや、違う…
「っ?!ジャンヌ?!!」
「ドロシー…姉、さん…?」
「喋らないで!!」
どうしてこんなところで…
身体に穴…焼けたような焦げ跡…
まさかさっきのロボットに…
アタシはバカか。
そんな考察よりやるべきことがあるでしょ。
「気をしっかり持ちなさいよ!【月皇竜の秘薬】!!」
何でもありがルールなら、対戦相手の治療行為も禁則事項には該当しない。
【月皇竜の秘薬】は薬学に特化したアンリミテッドスキル。
対象の状態を一瞬で判別し、それに合った薬を投与し体組織を生成することが出来る。
死んでないなら治せる。
ジャンヌの回復は確定事項だ。
それより…
「あんたたちか…やったのは…」
返事は無い。
要らない。
相手が人じゃないなら、この沸き上がる怒りを容赦無くぶつけられる。
バトルロイヤルだ。
やられたからって怒りを露わにするのは道理が違う。
アタシは自問に対し、うるさいと帽子を投げ捨てた。
「アタシの可愛い妹傷付けられて、黙ってられるわけないでしょ!!」
震えろ屑鉄。
ブチ壊してやるからかかってきなさい。
というわけで、リコリスvsアルティは決着です!
バトルって、やっぱいいですよね。
とても。
戦う女の子可愛いさいこー。
この先の展開が楽しみですね。
最近はいろんな時間に投稿してますが、読者を増やす試みの一つとして導入しています。
皆様の読む時間は変わらないかもしれませんが。
どうか引き続き、百合チートをお楽しみくださいm(__)m
僭越ながら高評価、ブックマーク、感想、レビューなどいただけますと励みになりますm(__)m