2-20.この胸の衝動に
「それで楽になる何かもあるかもしれないよ」
魔術師と名乗った女はそう言うけど。
「普通に怪しいし女嫌いだし無理に無理を重ねて無理」
私が女嫌いである以上、見ず知らずの女と一対一で話すのは無理。
わりと毛嫌いを顔に出して強めに言い放ったつもりだったんだけど、魔術師はまるでそう言われるのを想像していたように、もしくは私の言い分なんて知らないとばかりに言葉を続けた。
「実際に会って話してみると、君という存在は異質だね。サクラ君」
「自分が人と違うことくらいわかってる。この世界の人間でもないし」
「それもあるんだけどね。やはり一番の異質な部分は、リコリス君という強い引力を持った人物の傍にあって、その影響をまったく受けていないという部分にある」
やっぱり傍目にもそう見えるんだ。
「生まれ育ち、この世界に来た全ての境遇が常人とは大きくかけ離れている。神の意思でもなく、また何のスキルも無しにだ。それはつまり君自身の天賦。リコリス君に並ぶ引力を持っているということの証明だ。他者の運命をも巻き込むほどのね」
「そんな壮大な人間じゃないって、私が一番知ってる。っていうかあれと一緒に括られるの嫌すぎる」
「まあそう邪険にしないでくれ。心から尊敬しているのさ。力があれど運命という大きな流れには抗えなかった僕には無いものだから」
この人は何を言ってるんだろう。
何一つ理解は出来ないけど、今一瞬だけ、言葉の端に寂しさのようなものを感じた。
「君はどうしたい?どう在りたい?」
「わからない」
私は即答した。
「私はまだ、生きる理由を見つけられてない」
「手を貸そうか。君が望むのなら」
「?」
「君が立ち止まり迷うのは、君がリコリス君たちと同じ立ち位置に居ないからだ。彼女はたちは強さ以上に、それに裏打ちされた個性を持っている。逆説的には、強さがあれば個を確立出来るということだ。あくまで持論だがね」
魔術師が手の平を上に向けると、淡く輝く光の球体が現れた。
「それは?」
「この世界の全ての生命が持つ力の源流、スキルだ。本来ならばこれは神から与えられる恩恵で、僕はこれを他者に譲渡することが出来る。まあリコリス君にも同じことが出来るだろうが、それはこの際脇に置いておこう」
「そのスキル?で、どうするの?」
「スキルを君に与えるから、君も剣魔祭に出てみたらいいという話をしている」
「あまりにもバカ」
ドラゴンを簡単に倒しちゃうような化け物の中に混じってこいとか、正気の沙汰じゃない。
「だいたいそんなの渡されたところで、私があの人たちみたいに戦って勝てるわけない」
「何も勝てと言ってるんじゃない。恐竜の群れ中に子猫が一匹紛れ込んで出来ることなんか、せいぜいがチョロチョロ逃げ回って場を引っ掻き乱すくらいさ」
この人ムカつくな…
「これはあくまで安全策。外から傍観しているのと、中で体感しているのとは違う次元の話だ。納得するまで観戦したら、あとは気の済むところで棄権でもすればいい」
「…そんなことして何になるの?」
「"わからない"、"知りたい"、それは君たちの特権だ。踏み入ることでしか答えは見つからない。尤も僕ならば今すぐに答えを示すことが出来る。提示されただけのそれに意味があるのかは、頭を悩ませてほしいところだけどね」
一言一句が刺さる。
この人は本当に知ってるからだ。
私がどうするべきなのかを。
「けど、私は剣魔祭には」
「参加枠なら僕の分を使うといい。話は通しておこう。どのみち人が増える分には、彼女…雷帝は歓迎するだろうが。それがリコリス君に縁ある者なら尚更」
魔術師の手から光が離れて、私の前で滞空する。
「スキルは才能だ。生まれながらに人はそれの名を、使い方を知っている。あとは感覚に委ねればいい」
「なんであなたは私に良くしてくれるの?」
光から目を離したときには、魔術師の姿は影も形も無かった。
最初からそこにいなかったみたいに。
「何なのあの人」
眉根を寄せて呟くと、部屋のドアが開いた。
「あ、いたいた」
「ユウカ」
やましいことは無いのに、私は慌てて光を背中に隠した。
「もうすぐ前夜祭が始まるから呼んできてってリコリスが。一人で何してたの?」
「あ、いや、べつに」
「ふーん?早く来なさいよ、みんな庭で待ってるから」
「うん。今行く」
みんな騒ぐの好きすぎ。
宴会ばっかり。
麦わ○の一味か。
「お、来た来た。遅いぞサクラ」
「うるさい死ね」
「ニシシ。そんじゃみんな揃ったところで。明日はいよいよ剣魔祭なわけだけど、優勝狙ってる奴も記念に参加する奴も、とりあえずはあんま無茶はしないでねってことで。今日は前夜祭だ!盛り上がっていこーぜみんな!」
「おー!」
この庭だけで街中と同じくらい騒がしい。
けど、この騒がしさに馴れつつある自分もいる。
なんか不思議。
煩わしいのに。
相変わらず女は嫌いなのに。
居心地だけは悪くない。
「百合の楽園に!乾杯ー!」
「「乾杯ー!!」」
この人たちの傍で、この人たちの行く末を見届けたなら。
私はこの人たちを、私の行く末を知れるのかな。
「サークラっ」
「きゃっ!」
「なーに端っこでしけたツラしてんだよ。行こーぜ、みんな待ってる」
「……ねえリコリス」
「ん?」
「もし、私も明日…剣魔祭に出るって言ったら、どうする?」
「どうするって、そりゃあお前」
無謀だって止められると思った。
でもリコリスは、揶揄うでもなくいつもみたいに笑う。
「何が何でも守るよ」
『私がサクラを守るよ。たとえ世界がお前を呑み込んでも。この手を掴んで離さない』
「約束しただろ」
「……そっか」
それなら身を任せてもいいかもしれない。
静かに高鳴る、この胸の衝動に。
そうして私たちは、剣魔祭を迎えた。
次回から剣魔祭本番です!
前置きが長い長い。
でもキャラいっぱい書くのたのしー!!
続きもお付き合いいただけますよう、よろしくお願いいたしますm(__)m