2-19.彼女の立ち位置
「ほっ!」
「なんの」
金網の中、目まぐるしく剣を交わし合う私とミオさん。
女二人がやり合ってるもんで、周りからは下卑た耳障りな野次が飛んでくるけど、それより何よりお父さんたちが気になる気になる。
「注意散漫ですよ」
「うおっと!」
ええ…ちゃんと急所狙って来るじゃん…
「優しくないよぉミオさん」
「久しぶりに身体を動かしてはしゃいでいるようです」
「私だって楽しいけどさぁ」
「気になりますか?向こうが」
「そりゃねぇ」
打ち合いながらでも声は聞こえるけど、何十年も顔を見せてなかったんだもんね。
積もる話っていうか、さすがにいろいろあるんだろう。
ラプラスハート流の師範、ルーシャ=ラプラスハート。あれが私のおばあちゃんか。
「ポロリ!!ポロリするんじゃあ!!」
ルブレアン王国騎士団団長、ユーゴ=ラプラスハート。孫のポロリを目を血走らせて望むあのスケベジジイが私のおじいちゃんか……
「可愛い子じゃないか。あんたに似てないところがいい」
「笑った顔はおれに似てるってよく言われるがな」
「リーゼから話は聞いてたけどね。存外素直そうないい子だ。親不孝な息子と違って」
「フン」
「元気そうで安心したよユージーン」
「お互い様だってんだよ」
勘当同然で家を飛び出したって話だったけど、思いの外険悪って感じじゃあない。
たしか家を継ぐのが嫌でとか言ってたっけ。
不仲だったら、どういう風に仲を取り持たないといけないのかとか考えるとこだった。
まあでも、お父さんは家を出てもラプラスハートを名乗り続けてきたわけだし、嫌ってた剣だって私に教えるくらいには身に染み付いてた。
ちょっとのすれ違いでケンカしてただけなんだろうな。
「手元が疎かでも一本も取れないんですから、さすがです」
「この後に集中しなきゃいけないことが待ってるって思うとね。ほいっ」
振り下ろされる剣に合わせ、自分の剣を添わせて軌道を逸らせる。
あとは剣を足で押さえてと。
「んふー♡私の勝ちぃ♡」
「ほんとう、あなたという人は」
「これでも大変なんですよ。女の子を傷付けないように勝つのって」
ともあれ勝負は私の勝ち。
やったね、私が上で主導権だ。
でも下になって、好きに攻めてごらん♡ってのも捨て難い。
「ご主人様、次は是非とも私と手合わせを」
「お、やる?リーゼ。久しぶりに揉んであげるよ」
「おっぱい!おっぱいじゃ!」
そのつもりで言ったけど黙れジジイ縊られてーのか。
それから数時間が経ち外は夕暮れ。
ひとしきりやり合った私たちは、満足げに帰路についた。
「ミオさん、宿は?」
「蹄通りの安宿を取っています」
「よかったらうちに泊まってください。みんなも会いたいだろうし。久しぶりにマリアに稽古をつけてやってくださいよ」
「では、お言葉に甘えて」
「やったぜ」
宿で二人きりしっぽり…もいいんですけどねぇ。
「リーゼもおいでよ。それと、おばあ…ちゃん…?ルーシャさん…?も」
「好きに呼びな。私だって今さら顔を合わせて祖母は名乗りづらいからね」
「アハハ、一緒だ。でもおばあちゃんなのは変わんないから」
私はおばあちゃんの腕に自分の腕を絡めた。
「今からいっぱい甘えさせて、おばあちゃんっ♡」
「困るくらいに可愛い孫だね…。よかったよ、本当にユージーンに似なくて。あんたの話もたくさん聞かせておくれ、リコリス」
「ウヘヘ、うんっ。みんなのことも紹介するよ。嫁と娘も」
「結婚してひ孫まで?!!!」
「おいおい除け者にすんなよ。おれの娘だぞ」
「わしもわしもぉ!!わしもギュッてしてくれリコリス!!お小遣いあげるから!!」
「おじいちゃんはなんか、こう…生理的に無理」
「ひぃん孫にいじめられる可哀想なわしを慰めてくれ能面のお嬢ちゃん!!」
「斬り殺しますよ?」
これは…もしかして同族嫌悪ってやつか…?
――――――――
剣魔祭開催まで残り三日。
いつもどおり変わらず過ごす人もいれば、ちょっとマジメにトレーニングする人もいる中で、あいも変わらずリコリスの周りは騒がしくて、いろんな人がひっきりなしに押し寄せてきてたわけだけど。
その日は朝から一層賑やかだった。
「リッコリッスちゃーーーーん!♡」
まず初めに、フィーナとかいう女の人がリコリスに突撃した。
「あーん久しぶりのリコリスちゃん可愛い可愛いっ♡いい匂いっ♡剣魔祭頑張ってね♡いーっぱい応援するから♡ほら見て、応援のうちわ作ったの♡」
「ファンがアイドルにファンサ求める系のやつじゃねーか。でもありがとうフィーナ。頑張るかどうかはさておき」
「リコリスちゃんが優勝っ♡リコリスちゃんしか勝たん♡よいちょ♡」
一見頭が弱そうだけど、これでもドラグーン王国の公爵らしい。
「ベタ惚れしてる…」
「いつものことですよ」
ああいうの見てると昔を思い出して嫌。
「そうだ♡リコリスちゃんに頑張ってほしくて、プレゼント持ってきたの♡」
「なになに?」
「じゃーん♡私の領地の別荘の鍵♡」
「もう五個目だが?」
「リコリスちゃんに貢いでるときが一番生きてるって実感する♡」
「せめて抱かれてるときに実感してよ」
公爵のパワープレイすご。
羨ましさはゼロだけど。
そんで次に各国の重鎮たち。
大公やら国王やら、なんでそんな人たちがこぞって自分たちから挨拶に来るのか。
リコリスの人徳?
…………いやいや、無い無い。
だってただのスケベだし。
「なんでみんなあの人に惚れるの?」
「嫉妬ですか?」
「次おんなじこと言ったらアルティでもしばく」
「失礼。ただ、まあ何と言えばいいのか。リコはただ好かれるだけの人間じゃありませんから」
アルティの言ってることはよくわからない。
いや…
「私がわかろうとしてないだけか」
「何か言いましたか?」
「べつに」
そんな感じで入れ替わりにお客さんが押し寄せてきたんだけど、一番衝撃的だったのはこの人だ。
「神様ーーーー!!!♡♡♡」
でっか。
え?でっか。
女嫌いの私でさえ思わず目に留めてしまうほどに。
「神様神様神様ぁ♡はぁはぁ、公務を全部終わらせて駆けつけてまいりましたぁ♡吸いますか?♡叩きますか?♡搾りますか?♡神様の好きにしていいですよぉ♡」
「いいのぉ?!!♡やったぁぁぁ!!♡」
欲望のまま抱きつくのリコリスらしいけど不快。
「あの人誰?」
「豚です」
アルティが今まで見たことないような顔してる。
「間違えました汚豚です」
「黙ってろよカス。内臓ミンチにした肉棒で処女膜破んぞ」
「処女じゃありませんけど」
「口悪っ。なにこの人」
「あぁ?まーた新しい雌拾ったんですかぁ神様ぁ。雌を多頭飼いしなくてもぉ、クロエならなーんでもしてあげますよぉ」
「誰が雌だぶち殺すぞ死ね」
「お前が死ね」
「「…………」」
ああ、わかった。
こいつはちゃんとムカつく奴だ。
クロエ=ラスティングノーン。
当代の教皇。
で、リコリスを主神に崇める天女教のトップ。
リコリスを据えた宗教とか死ぬほど笑えるんだけど、それより何より、こいつぶん殴っていいかな。
「まあまあ。カティアちゃんは元気?教皇をクロエに譲位した後は、神殿で後進を育てるのに尽力してるんだっけ」
「それなりに楽しそうにやってますよ。日程が合わなくて剣魔祭の応援には来られませんけど、神様によろしくって言ってました」
「今度お土産持って遊びに行くよ」
「えークロエに会いに来るためだけに来てくださいよぉ」
「今こうして話してるだけじゃ不満か?」
「はにゃ〜ん♡神様の顔が無敵〜♡」
何もかもが腹立つ。
私こいつめちゃくちゃ嫌いだわ。
剣魔祭前日。
前夜祭と銘打って街は大盛り上がり。
花火に楽団、歌劇、パレード。
今か今かと最強を求めて人々が沸く。
来賓以外にもたくさんの人が応援と激励に駆けつけた。
大商会の会頭、冒険者ギルド及び商業ギルドの関係者、リコリスたちが旅の途中で出逢った様々な人たち。
家族、友人、教え子。
みんなが一様にリコリスたちの勝利を祈る中で、私は疎外感のようなものを覚えていた。
剣魔祭に出るわけでも、心からみんなを応援してるわけでもなくて、浮ついた空気の中で何をしたらいいのかわからなくなってる。
私は惰性と情けでここにいると、そう思い知らされる。
「はぁ」
窓から景色を眺めてため息をついたとき。
「道に迷ったとき、人には二つの選択肢が現れる」
その人はどこからともなく現れて、ソファーの上で足を組んだ。
「進むか立ち止まるかだ。進むことは勇気か。立ち止まることは臆病か。勇気は蛮勇かもしれないし、臆病なのは堅実であることの裏返しかもしれない。どちらを選んだとしても、結局は後悔するのかも。人にはそれを知る手段は無く、知れたところで結果は変わらない。人はいつだって人生の岐路に立っているのだから。ならいっそ、やりたいことをやればいい。と、僕は思うがね」
「……誰?」
「通りすがりの魔術師さ。覚えておくといい。フフフ、この口上は格好がつくね」
なんだこの人。
いろんな人に会ったけど、飛び抜けて雰囲気が特殊だ。
「もしかして…剣魔祭の参加者?」
「だとよかったんだけどね。あいにくと僕には出場出来ない理由がある」
「?」
「それに僕が出ては、剣魔祭どころではなくなってしまうしね。その代わり、こうして君とお喋りとでも思ったわけだ。サクラ君」
「なんで私のこと…」
「僕は魔術師。未知を既知に変えし叡智そのものだ」
よければ話してみないかい?
魔術師と名乗る女は、全てを見透かしたように口の端を上げた。
「それで楽になる何かもあるかもしれないよ」