2-18.剣士の血
「アリスちゃん、リリアちゃん♡大きくなりましたねぇ♡」
「おばあちゃん!」
「おばば様!」
怒れば鬼怖いお母さんも、孫の前では好々爺。
とんでもなく緩んだ顔で二人を抱きしめている。
「私ほどじゃなくてもよく会ってるんでしょ。二人で村まで行っちゃうんだから」
「生意気な長女より可愛い次女。そして素直な孫なのよ」
「はーもうグレちゃおっかなー!こんなに有能で多才で非の打ち所無しの完ぺき美女なんだけどなー!見る目の無いお母さん困っちゃうわー!」
「肥溜めに叩き込むわよ」
「ひぃん生意気でしゅみましぇん!!」
くっ、本能がお母さんには逆らうなと叫びやがる。
「あっ、ノエルとショコラだ!」
「一緒に来たんですか?遊びましょう!」
「えー私イケババナンパしに行きたい」
「ノ、ノエルちゃん。そんなこと言わないで一緒に遊ぼう?」
くふー子どもたちでわちゃわちゃしてんの刺さるなぁ。
「あれがリコリスとアルティの妹」
「ノエルさんとショコラさんです」
「可愛いでしょう」
「普通」
「なんだとぅ?」
「あなたは…百合の楽園の新人さん?」
「は、はい。サクラっていいます」
お母さんがサクラと目を合わせた。
お母さんの柔和な微笑みの奥に、底知れぬ何かを感じ取ったらしい。
さしものサクラも少し気圧され気味だ。
「ソフィアです。うちの子が迷惑をかけてないかしら」
「死ぬほどかけられてます」
「おぉいもう少し濁せ!冗談が通じない系のお母さんなんだから!」
「この子は強引だから。嫌なときは嫌って殴ってやればいいからね」
「はい。殴ります」
優しくしてくれってばよ。
「てか、マジで二人ともなんで剣魔祭に参加するの?目立つのは嫌だって言ってたのに」
「たまには娘と孫たちにいいところを見せねえとな。それに、お前がどれだけ成長したか、この身で確かめたくなったんだ」
「そういうのって私がもうちょっと若いときにやるんじゃないの?もうすぐアラサーに差し掛かっちゃうぞ。べつにいいけど。もし戦うことあったらお母さんはともかく、お父さんは普通にボコボコにするけどいい?」
「おう、ドンとこい。つっても、騒がれるのは御免だから顔と身分は隠すけどな」
なんだ?
変装でもするのかな?
「着ぐるみでいいなら、うちの腕利きのデザイナーを紹介するよ」
「悪くねえ。親子三人揃って動物の仮装と洒落込むか」
「私の美貌を隠すとか世界の損失すぎて無理なんだけど」
「顔を覆ってもお前は可愛いおれの娘だよ」
「……頭撫でんな」
「さて、それじゃあおれはちょっと肩慣らしに行ってくるわ」
「緋色の花園?」
「いいや、それよりもっとエキサイティングで楽しいところだ。一緒に来るか?」
「たまにはお父さんに付き合ってあげるか」
エキサイティングで楽しいところ……それはつまり、お姉さんがいっぱいのウハウハなお店でしょうからねぇ!!♡
…………なーんて期待したのに。
「どこ、ここ?」
「地下闘技場だ」
粗野に響く歓声。
薄暗い照明とむせ返る熱気。
六角形に立てられた金網の中で戦う二人の戦士。
帝都の入り組んだ裏路地の先にこんな場所があったなんて。
「賭け試合?」
「腕自慢同士が力試しのためにやり合ってるだけって名目のな」
「非合法ってことか」
「言うまでもなくな。だが、そこはサヴァーラニアの風習だ。力ある者は何をしても赦される。同じように、力を示す舞台を排除することは誰にも出来ねえ。雷帝が剣魔祭の開催にサヴァーラニアを選んだのも大方そんなとこだろう」
あれで結構したたかな面があるってことか。
「おれも昔ここでやり合ったことがあってな。これでも一回しか負けたことがなかったんだぞ」
「お父さんが負けたの?誰に?」
「ソフィア…」
「あぁ…」
「拳骨一発でのされた…」
魔法使いってフィジカル。
「さて、それじゃあエントリーしてくる。っと、その前にこいつを」
「……え?なにそのクソキモい覆面」
「似合ってるだろ」
キモいと不快ならキモいが勝つが。
まさかあれが変装?
剣魔祭当日もそれで出るつもりじゃないだろうな?
「おらぁ、次はおれが相手だ!誰でもかかってきな!」
わざわざついて来たけど、参加したいとは思わないね。
ていうか男多くて汗臭い無理。
お父さんの試合ちょっと観たら帰ろ。
「リコリスさん?」
「?」
「リコリスさんじゃありませんか。こんなところで、なんて奇遇でしょう」
「ミ、ミオさん?!!」
何を間違えることがあるだろう。
和装に能面、腰に刀を携えたミステリアス美女。
ミオ=ホウヅキ。
"海斬り"と呼ばれた鳳凰級冒険者だ。
「すごい偶然!こんなことってあるんだ!」
「ええ、本当に」
「ミーオさーん!♡」
うーんこのたわわな胸もお久しぶりでほんとグヘヘ♡
相変わらず細くてスタイル抜群だけど、抱きしめたときの違和感はどうしても拭えなかった。
「ミオさん、その腕…」
「ドラゴン相手に後れを取りまして。私もまだまだと痛感させられました。勉強代にしては、いささか右腕が嵩みましたが」
と、ミオさんは苦笑いして肩口を押さえた。
「冒険者は引退して、人魚の魔眼も解散したって聞きました。その怪我が原因ですか?」
「いえ。元々家業を継ぐつもりだったんです。ちょうど区切りが出来たと言いますか。今では杜氏見習いとしてしごかれています。酒造りも奥が深いものでやりがいがありますよ。…………とは、やはり言い訳なのでしょうね。冒険者としての限界が見えてしまった。それが一番の理由です」
「ミオさんほど強い剣士はそういませんよ」
「フフッ、そう言っていただけて光栄です。ですが一度は剣を置いた身。身の程は自分自身が一番わかっています」
私ならミオさんの腕を治せる。
だけどミオさん自身はそれを望まないだろう。
失った右腕は、弱さへの戒めなのだから。
「しかし我ながら未練がましいとは思います。こうして戦いの場を求め、また国を出てきたのですから」
「まさか、ミオさんも剣魔祭に?」
「大賢者からの招待とあらば断るのは失礼ですから。それにきっとリコリスさんたちも来ると確信していたもので。もちろん、リコリスさんも参加しますよね?」
「まあ、いろいろあって。本当は出たくないんですけど」
「もしやり合うことがあれば、そのときはリベンジさせてください。負けっぱなしは性に合いませんから」
「ニッシッシ。本番じゃなくても、今ここででもいいんですよ。ミオさんだって身体が疼いて仕方ないから、ここに来たんでしょ?」
「ええ。そのとおりです」
ミオさんは笑って刀の鍔を鳴らした。
「一勝負しましょうか。負けた方が下で」
「ウッシッシ♡そうこなくちゃ♡」
たまんねーなおい♡
「失礼お嬢ちゃんたち」
んぁ?
誰だこのおじーちゃん。
「わしもそこに混ーぜて♡ほがっふ!!」
「何絡んでるんだいクソジジイ。すまないね、ツレが迷惑をかけた」
「あ、いえ」
ええ…このおばーちゃん、めちゃくちゃ勢いよく頭殴ったんだが。
頭蓋骨イッちゃったんじゃないの今の。
「若い娘の間に割り込もうとするんじゃないよクソ爺」
「嫌じゃ嫌じゃわし女の子の楽しそうなとこに混ざりたいんじゃ!」
「あまりにも害悪」
おっといけないつい言葉が。
「両サイドからチューとまでは言わん!せめて手を!手を両サイドから握って三人でスキップしてくれぇ!」
「百合の間に入る男は死ね!!」
「ずごっく!!」
「人間からかけ離れた動きで飛びついてきましたね」
あ、いけね…
不快指数高すぎてつい踵落としを…
「す、すみません…見ず知らずの方に…」
「いいよ、いい薬だ。動きのキレが違うね。冒険者かい?」
「ああ、まあ」
「只者じゃあない。私がもう少し若けりゃ手合わせを願ったんだが。いや惜しいね」
「どうもです、おばーちゃん…あ、失礼しました、おば様」
「ハッハッハ。若者が気を遣うんじゃないよ。見ての通りの年相応だ」
とは言うものの、この人も相当なもんだろ。
杖をついているのに一本芯が通った立ち姿。
何者かは知らないけど、なーんか誰かに似てるんだよなぁ。
「師範、エントリーを済ませてきました」
「ん?!リーゼ?!」
「ご主人様」
「なんだい知り合いかい?」
「はい、ご主人様です」
「もうちょいあるだろまともな紹介が」
会うのはかれこれ五年ぶりになるけど、噂は風に乗って聞こえてくる。
リーゼ=スクリームノート。
当代きっての剣士で、剣聖に成った本物の剣聖。
そしてお父さんと同じ、ラプラスハート流剣術の学び手でもあるんだけど…さっき師範がどうのって言ってなかった?
それって…
「おーいリコリス。お前もエントリーしといたぞ。はやく来いよ」
「どうでもいいけどその珍妙奇天烈な格好で話しかけてこないで滑稽だから」
「なんだよカッコいいだ……ろホっ?!!」
「きったないツバ飛んだ!!浄化浄化!!なにすんのお父さん!!」
「お父さん…ねぇ。何十年ぶりに顔を見たかと思えば、こんなに大きな孫まで拵えてたのかい。それを伝えもしないんだから、あんたはとんだ親不孝者だよユージーン」
「お袋…なんでここに」
「可愛い弟子が祭に参加するっていうもんでね」
お袋……って、まさか……
「わ、私のおばあちゃんってコトぉ?!」
二十代半ばにして初めて会うの本邦初公開すぎるし、展開が急すぎて感情がついてこれてないのはもちろんなんだけど。
「…………」
「…………」
覆面したままシリアスするのやめてくんない?
笑い込み上げるわ。
――――――――
「〜♪」
「お休みなのにお店やるの?ユウカちゃん」
「仕事じゃないもの。私のは趣味だから、いつ店を開けてもいいのよ」
蕎麦粉を挽くのも蕎麦を打つのも好きだしね。
心が落ち着くっていうか。
「何か食べる?何でも作ってあげるわよ」
「やったー♡モナ、フレンチトーストとミルクたっぷりのカフェオレ♡」
「蕎麦屋で出せるものに限りなさいよ」
「じゃあ月見♡」
「はいはい」
「わ、吾輩もいいであるか?」
「とろろも乗せてね♡」
「はーい」
「吾輩も……うう、これだから外食は嫌いなのである…」
相変わらず店は閑古鳥が鳴いてるわけだけど。
なんか人の気配を感じるのよね。
なんでかしら。
キャラが…キャラが多い…
百花繚乱編の名に違わないキャラの多さ…
書くのが最高に楽しすぎる…
相変わらず更新はスローペースですが、気長に楽しんでください!
今章は久しぶりに、丁寧な展開を意識しておりますが、それもまた一興ということで何卒!
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どうかひとつよろしくお願いいたしますm(__)m