2-16.導火線の火がシュって音を立てて
「何がどうなるとこうなるんですか?」
「知らん」
所はサヴァーラニアの別邸。
百合の楽園に、ドラグーン王国、ロストアイ皇国、それに大賢者たちが集まっている。
え?みんなご飯食いに来たの?
「なんでヴィルたちまで来てんの」
「その辺で食事するより美味いものが食べられるだろう」
食べられるけども。
「すみませんリコリスさん。お母様、これでリコリスさんの料理のファンなんです」
「余計なことを言うなリエラ」
かわちい女王様だぜまったく。
「ああ、獣帝か。今リコリスの家だ。皆で食事でもどうだ。そうかわかった。待っている。リコリス、獣帝と側近も来るらしい」
「勝手に人数増やすじゃん。いいけどさ」
こんだけ人数集まってる時点でよ。
「ったく。リルム、準備手伝って」
「はーい」
てか、ほんとになんで来たんだ大賢者組。
「お初にデース!アルティさん、エヴァさん!」
「こちらこそ。お会い出来て光栄です、雷帝の大賢者、メーラアドルナート卿」
「ノー!テスタロッサ、もしくはテスと親しみを込めて呼んでくだサーイ!」
「はぁ…。では、まあ改めて。銀の大賢者、アルティ=ラプラスハート=クローバーです」
「な、奈落の大賢者…エヴァ=ベリーディース、です。ほら、サリーナも…」
「はいっ。大賢者の末席に加わりました、エヴァ=ベリーディースの一番弟子。黄昏の大賢者、サリーナ=レストレイズと申します」
なんていうか、私たちも大概だけど、すごいな…
個性の集団って感じ。
「狭い家ねぇ。それに女ばっかりじゃないもうっ!イケメンがいないとお肌が乾燥しちゃうわっ!」
「サクラ、あんたみたいな女嫌いがいるわよ」
「あれと一緒にされるの不快で死ぬんだけど」
「あれじゃないわよおバカ!旭日の大賢者、アサヒ=シャイニングナックル!敬意を持ってお姉様とお呼び!ヴォホホホホ!」
濃いなぁいろいろ。
胃もたれするわなんだあのおネエゴリラ。
「昼間見たロボット!」
「屑鉄の大賢者、レガート=ニュートリノだ。こっちは我の弟子で助手の」
「ルシャトリエ=アモルファスです。よろしくお願いいたします」
「ねえねえその身体どうなってんの?遠隔操作?それともスーツ?もしかして搭乗してる?めっちゃ気になる髄まで調べたい!」
「かの天才錬金術師に興味を持ってもらえるのは喜ばしいね。我もぜひ話を聴いてみたいものだ」
機械を通した特有の籠もった音声。
マジでロボだな。
科学の力ってすげー。
「そなたは妖怪じゃな。鯉柄の傘に、一本歯の高下駄。妖怪唐傘…アメミヤの血筋の者か」
「手前生国と発しまさぁ、ヒノカミノ国はアメノ町。傘職人ゴウウの一人娘、シズク=アメミヤと申しやす。時雨なんて大層なあだ名で呼ばれちゃあいやすが、どうぞよしなにしてやっておくんなせぇ」
「ゴウウか、ふむ懐かしい。ヤクモ共々、よく酒を酌み交わしたものよ」
「ホウヅキの杜氏ですかい。あそこの娘さんにゃ、よくしてもらいやした。手前の方が歳はだいぶ下でやすが」
ホウヅキ…ってことはミオさんの。
もしかしたらミオさんも剣魔祭に呼ばれてるのかな。
もう冒険者は引退したって、風の噂で聞いたけど。
「これで九人ですか。あと一人で大賢者が全員揃ったのですが」
「え、あ、あの?」
「あと一人…たしか、紫苑の大賢者でしたか?その方は今どちらに?」
「わかりまセーン」
「あの子すぐ見失っちゃうのよね」
「あ、の、うう…」
「あ、あのっ…」
おずおずとエヴァが手を挙げる。
「そ、その方なら…たぶん、ここに…」
「うう…」
嘘だろ?!
言われてやっと認識した?!
この私が!女の人を?!
どんだけ存在感が薄いんだ…
「全然気付かなかった…」
「わ、吾輩…影、薄いから…。紫苑の大賢者…エマ=シトラスディースである」
「ちみっこきゃわたんだ。てか、こんなに近くにいるのに透明感ヤバ。エヴァっちはシンパシー的な感じでわかったん?」
「ぐはァ!ナチュラルな陰キャ扱いがぁ!」
「シトラスディース…なんだかエヴァのベリーディースと感じが似てるわね」
「うぅ…。は、はい。シトラスディース…は、母方の遠縁、だと聞いてます…」
「親戚ってことやの?なんや雰囲気も似てるけど」
「直接…面識は無い、です…」
「吾輩は魔人であるが、産まれも育ちもオースグラードではないのである…。イルミナに認められし大賢者で…」
イルミナ…魔界国か。
ってことはモナの…
「あー♡エマちゃんだぁ〜♡」
「ひいいい!ままま、魔王、モナ…様!」
「大賢者襲名以来だね♡元気にしてた?♡」
「はは、はいぃ…」
「なんでそんな怯えてるの?」
「どうせモナが何かしたんでしょ」
「やーん、ひどいよぉルウリちゃん♡大賢者おめでとうって、お祝いに一緒に寝ただけだよぉ♡」
「ぁばばばば」
トラウマになってんじゃねーか。
何したんだこいつ。
しばらくしてから、レオナたちがやって来た。
手土産にとサヴァーラニア名産の乳酒を持って。
「これはまた、大所帯だな」
「狭っ苦しいけど楽にしてよ」
「ああ。相変わらず、リコリスの周りは人が集まる」
「美少女だけなら泣いて喜ぶんだけどね」
「?」
まあいいや。
「ご飯出来てるよ。このメンツに出していいメニューなのかは、甚だ疑問なところだけど」
玉子とチャーシュー、にんじん、ネギ、かまぼこを入れて、醤油でサッと味付けした焼き飯。
スープはあっさりと。具はわかめにゴマをパラリ。
質素というか、日曜日にお母さんが作る昼ご飯みたいだ。
あとはウインナーでも焼いてやろうかな。
「いただきマース!」
百合の楽園はともかく、王族と大賢者が揃って焼き飯をパクついてんのシュールだな。
「レガーちたちもご飯食べられるの?」
「機体はあらゆるものを動力に変えられるのでな。もちろん味覚もある。これほど美味な料理は久しぶりだよ」
「博士は雑食なんですよ」
「好き嫌いが無いのはいいことだろう」
「普通の人は岩とか苔を食べたりしないんですよ。それより!」
「むぐ?」
ルシャトリエちゃんは、ハムスターみたいに頬袋を膨らませたサリーナちゃんに興味を向けた。
「サリーナさんとはずっとお話してみたかったんです!同じ大賢者の弟子同士で、しかも私と同い年なのに大賢者なんて!仲良くしたいなぁって思ってたんです!」
「いやぁ、エヘヘ。なんだか恥ずかしいですけど…私でよければお友だちになってください。ルシャトリエさん」
「はいっ!」
ロボと美少女……アリですねぇ、ヘッヘッヘ。
まあ、若干一名少しおもしろくなさそうな顔をしてるけど。
「嫉妬はみっともないですよ、リエラ」
「っ!妬いてません!というか嫉妬云々はあなたに言われたくないんですけど?!」
「どういう意味ですかそれは!引っ叩きますよロリコン王女!」
「え?もしかして先に結婚して子ども産んだからってマウント取ってます?ぶちのめしますよバカ嫁!」
なんでケンカしてんだお前らは。
「焼き飯おかわり出来たよー」
「あーらいいじゃない!こっちにもちょうだーい!ヴォホホホホ!」
「ワタシもおかわり欲しいデース!」
「こっちにもですニャー!」
さすが大賢者。
みんな健啖家だね。
「サー、おかわり大丈夫?おいしい?」
「うん、おいしい。ありがとうリルム」
「よかったー」
幻獣組には私たちより心開いてんだよなサクラ。
元が人じゃないってのが大きいのかもしれない。
しっかし顔がいいこと。
ツンツンしてるサクラもいいけど、ふとした瞬間に見せる笑顔も破壊力が高くて大変いい。
それだけでお酒が進む進む。
「で、なんで急にみんなでご飯?」
と、ルウリの質問にテスタロッサさんは返す。
「みんなでご飯食べるのいいことじゃないデスか?」
「それはそう」
「じゃあこのついでに質問いい?剣魔祭の開催理由とか」
「強き者は優劣を競い、賢き者は力を誇示する。自然なことではないデスか?平和が根付いた今の世界、力ある者はその力の行き場を失うばかり。どれだけ研鑽しようと、研ぎ澄まされた力がただ虚空に吸い込まれるのは、籠の中のクッキーが無くなるくらい嘆かわしいことデス。それならばいっそ、同じ力量を持つ者同士で日頃の憂さを晴らしてしまえばいいと!画期的で合理的なアイデアだったのデース。それにワタシ、お祭りハッピー、楽しいコトがラヴィニットデース」
「なるほど。けど、あんまり荒事は困りますよ。みんな大切な私の女なんですから」
「オー!思いやりとてもアメイジング!けど、心配はノンノンデース!その辺はちゃーんと手配済み!オールオッケーデース!」
ルール説明を当日に持ってくるの、本当に思いつきで開催した感がある。
頼むからキズ物にはしてくれるなよ。
でないと私がどうなるかわかんないから。
「かの有名なリコリスさん、ワタシ戦うの楽しみデース」
「あー…出ませんよ?剣魔祭」
「ホワイ?!!」
「女を殴る趣味は無いんで。それに」
この後に続けた言葉がマズかった。
久しぶりのワイワイした空気に、気が緩んでいたのかもしれない。
言ってすぐに後悔した。
「勝つってわかってる勝負なんてつまんないでしょ」
一瞬で空気がピリついたのを察するくらいには。
「戦わないってわりには、いつだって自信満々なのよねあんたって」
「そういうところがリコリスさんらしくて好ましくあるのですが」
「それとこれとは別、的な?」
「百合の楽園結成から幾年…決めてはいませんでしたね。私たちの中で、誰が一番強いのかは」
いったいいつから最強が自分だと錯覚していた?と言わんばかり。
どうやら私は、意図せずみんなの導火線に火を点けてしまったらしい。
……あれ?もしかして、みんな私のこと倒しにくる流れ?
…………マジで?
突発的に始まった食事会だったけど、恙無く終了してよかった。
私が大会に参加せざるを得なくなったことと、何故か大賢者たちが宿泊することになった以外はだが。
「口から天災吐くタイプのバカ」
サクラの辛辣な言葉が刺さる刺さる。
昔からこうなんだよ私って奴は…
軽口っていうか…その度にみんなから諌められて、それでも直んないの…
「どうするの?みんな結構やる気になってたけど」
「どうしようねぇ。参加を強制させられちゃったし。いっそ剣魔祭が始まった瞬間に自爆するか…」
「そんなことしたら後が怖くない?」
「おっしゃるとおり…。あーもうどうしようかなぁ」
こんなこと、お皿洗いながら言うことじゃないんだけど。
話聞いてくれるのサクラしかいないし。
「ね~どうすればいいと思う?」
「素直に死ぬ」
「バッカおめーコノヤロー冗談でもそんなこと言うな!あいつらはやる時はやる女たちだぞ!なまじ神性あるから少しくらい本気出しても大丈夫だろって容赦なく命を刈り取りに来るぞ!」
「リコリスってみんなから好かれてるんじゃなかったっけ?」
そのはずなんだけどなぁ。
「はぁ…」
「もし」
「?」
「もしリコリスがやられたら」
「やられたら?」
「私たぶんお腹抱えて笑う」
「小娘が!!もういい!あとよろしくね!お風呂行ってくる!あ、背中とか流してくれたり♡」
「ファ○ク」
「ぁぃ…」
中指立てるの良くないと思う。
「はぁ…世界は私に優しくない…」
「オーリコリスさん。お風呂先にいただきマーシタ」
「今日のお風呂いちごミルクの匂いだったよママ」
「気持ちよかったですおママ様」
「ほぇ〜そりゃいいね」
「ごゆっくりデース」
「あいあい……ん待てぇい!!サラッと一緒にお風呂入ってない?!!娘拐かしてる?!!ぶん殴るぞおじっ娘!!」
「テスタロッサねー、おじいちゃんより大きいんだよ」
そういうの世界一聞きたくねえんだ我が娘。
「リコリスさんのパパというと、英雄ユージーンデースね」
「知ってるんですか。まぁ有名人ですしね」
「剣魔祭の参加者デスからね。賢者ソフィア共々」
「ああ…………うちの親も?!!!」
剣魔祭…もしかして私が思ってる以上に派手に荒れるんじゃない?