2-11.その先に見える何か
網の上で焼ける肉の匂い。
缶ビール。
さっきまでのファンタジーがどこかへ消えちゃったみたいに思えた。
「どうしよっかな。我ら百合の楽園の慰労会的な」
「理由って大事ですよね」
「体よくサボってるだけだもの」
「働いてないクソニートもいるけどね」
「ルウリ、誰のこと言ってるんじゃ?」
「まあまあ。んじゃ、そんな感じでいつもみんなおつかれさま!それと異世界から来た女の子、サクラとの出逢いを祝して!」
「ちょっ、人巻き込まないで――――」
「乾杯だぁー!」
「乾杯ー!」
なんか、ダシに使われた気がする…
「どんどん焼けるからな~。いっぱい食べろよ」
「いっただっきまーす!」
「ん〜♡」
「海竜もなかなかの味じゃな。これはやはりキンと冷えたビールを…んく、んく、ぷっへあ!たまらーん!」
「ん、なんだかこの野菜おいしくありませんか?」
「そりゃあ私の農場で育てた野菜だもの」
「さっ、さすがです、ユウカさん」
みんな揃って美人。
でも何人かは人間じゃない。
ネコ耳生えてるし。羽生えてるし。
あっちは…スライム?
「おいしーね」
「うん、うまい」
百合の楽園…って言ってたっけ。
それって何なんだろう。
「食べないの?」
「!」
びっくりした。
この子さっきの…アリスとリリアだっけ。
「はい、おいしーよ」
「あ…」
差し出された串を受け取るのに躊躇った。
不安な顔を察したのか、アリスは少し寂しげな顔をした。
「お肉嫌い?」
「……ううん、大好き」
小さな手から受け取った串は、ほんのりと熱を帯びてあたたかい。
大丈夫…私も手伝った…
大丈夫…食べられる…
「は、くっ…」
肉にかぶりつくなんて初めてだ。
「おい、しい…」
牛とも豚とも鶏とも違う。
肉のほどけ方は魚みたいに軽いのに、赤身の重厚さと脂の甘さが、肉らしい肉感を舌の上に伝わせてくる。
命をいただいてるのだと。
ガツガツとみっともなく肉を噛み千切りながら、私はいつの間にか泣いていた。
「はぐ、がぶっ…ひっく…ぐす」
何の涙だったのか私にもわからない。
この世界に来た不安がぶり返したのか、死のうとしてたことへの後悔なのか、それとも別の何かなのか。
「よしよし」
私よりずっと小さな子どもたちに背中をさすられながら、串を食べ切る間、私はポロポロ泣き続けた。
それから日が沈むまで宴は続いた。
好き放題喰べで飲んで騒いで。
私もひとしきり泣いてお腹いっぱいになった。
それで少し気分が晴れたからかもしれない。
「あの、リコリス…さん」
「敬語使うの苦手だろ。人に…っていうか女にか?リコリスでいいよ」
「じゃあ、リコリス…まずは、ごちそうさまでした。久しぶりにご飯をおいしいって思った」
「よかった。ちょっと元気出た顔してる」
「元気…なのかな。よくわかんない」
私の口はちょっとだけ軽くなった。
「女が嫌い…って、言ったでしょ」
「うん、言ってた」
「……私ね、女にモテるの」
「いや私のがモテるが?」
「ウザすぎ死ね。小さい頃から…ていうか産まれた頃から?なんか異常にモテたの。産まれたばかりの私を他の母親が取り違えをしようとした時から、私の人生はずっと狂ってた」
取り立てて頭がいいわけでも、スポーツが万能なわけでも、性格が良いわけでもない。
老若問わず、性別が雌ならとにかくモテた。
親がいるにも関わらず、親戚中が親権を巡って争ったこともあったらしい。
「幼稚園の頃はさ、桜ちゃんはアタシと遊ぶの~、アタシとだよ~、なんて可愛げがあったの。学校はモテすぎて騒ぎになってまともに通えたことない。学校側から保健室登校を提案されたし通学拒否の話も挙がった。変だよね、義務教育なのに」
ストーカー被害も一度や二度の騒ぎでなく、盗難された衣服や下着、持ち物の総額はそこそこな車が一台買えるくらい。
そのせいで引っ越しと転校を繰り返して日本を転々とした。
そこまではまだよかった。
転機は中学のとき。
「欲情を抑えきれなくなったお母さんに犯されそうになったんだよね」
それが原因でお父さんとは離婚。
私はお父さんと一緒に、逃げるように国外に移り住んだ。
大学で講師をやってるお父さん以外の人間と話す機会が極端に減って、一時期は引きこもってアニメやネットに浸かったオタク生活を送っていた。
オンラインゲームにハマったこともあったけど、何をするにしても女性プレイヤーにアイテムや装備を貢がれまくったので怖くなってやめた。
恐怖体験というなら、私がモデルのマンガが本人の許諾なしに連載され大ヒットになっていたことかな。
通信教育で高校課程を履修して、大学くらいは日本でと帰国した矢先、至って普通に自分のお母さんにナイフで刺された。
「あなたが可愛いのがいけないのよ?だって」
いつも穏やかで怒ったことのないお母さん。
虫に悲鳴をあげちゃうお母さん。
手を繋いでくれたお母さん。
記憶にあったお母さんは全部、笑顔で人を刺せるお母さんで塗り潰された。
「以上、つまらない女のつまらない人生でした。後は知ってのとおり。この世界に来て、あのエルフさんたちに拾われて、治療されて。ほんと、私の人生意味わかんない。最悪。死ねよ女なんて。死ね…」
なんで私なの、って。
何回も呪詛を吐いて、私は膝に顔を埋めた。
――――――――
死ねよ女なんて。
今までも、そしてこの先も一生聞くことは無かっただろう言葉に、私の身体は硬直した。
女を嫌う…それはきっと、私が絶対に理解し得ない感情。
何があろうともだ。
だからこそ、安易に頭を撫でて慰めるってことが出来なかった。
肩を抱いたり、言葉をかけることすら。
サクラは間違いなく、今まで逢ったことがないタイプの人間。
でもさ、だからって。
「サクラはこれからどうしたい?」
「わかんない…。どうしたいのか、どうしたらいいのか」
「迷子みたいなもんだもんな」
スキルが無い。
住む場所も無ければ、生きるすべも無い。
女嫌いだからって、途方に暮れる女の子を見捨てていいわけない。
「サクラ、しばらく私の下で働かない?」
「リコリスのって…周り、女だらけでしょ…?」
「そうだけどさ。大丈夫、私の周りは私にメロメロな女しかいないから」
「おーいなんか調子こいたウゼー言葉聞こえたんだがー?」
「メロメロなのはあんたもでしょ」
「なんで常に上からなんじゃそなたは」
「ユーアー私の嫁希望なんじゃねーの?!なんでマウント取らなきゃ気が済まねーんだ!」
「あんたが優位に立ってるとイライラするのよ」
「姫は何事においても不憫であってほしい」
「そういうとこも可愛いんよ」
「あれ?!いじめ?!!」
嫌いになっちゃうよいいの?!
あ、嘘しゅきしゅき!
嫌いになるのやっぱ無理!
「くっそがぁ…。コホン、まーそういうこと」
「どういうこと?」
「ここにいる誰かが、お前に迫ったりしたか?」
「ん」
「指差すな私はデフォルトで女の子口説く仕様になってんだ。ってあれこれ言ったけど、少なくとも私が傍にいる限りはサクラのナチュラルボーンビューティーは発揮しないし、ここは世界のどこより安全ってことだよ。保証する。それで足りないんなら、私がサクラを守るよ。たとえ世界がお前を呑み込んでも。この手を掴んで離さない」
今すぐに受け入れなくていい。
私のことも嫌いであり続けてもいい。
「だから、一緒においで。サクラの生きる意味を探す手伝いを、私にさせてほしい」
「なんで…私に気を掛けるの?」
「へ?普通に下心ありきだが?」
「死ねよ!!」
「それが私だから仕方ないんだって。誰がなんと言おうと、私はこの生き方を変えるつもりはない。お婆ちゃんになっても若い子の尻を追いかけ回してやんよ。この世界は、自分の好きなことをしていい場所。そんで私の隣は、自分の好きなことを見つけるための場所だ。もし私がお前の心を裏切るようなことがあれば、そのときはどうとでもすればいい」
私は私。
サクラはサクラ。
生き方は人の数だけある。
私が示すのはただの道だ。
「歓迎するよ。ようこそ、百合の楽園へ」
――――――――
私がどうしたいのか。
どうなりたいのか。
今はまだわからない。
リコリスを好きな、そしてリコリスが好きな女たちの輪の中に入る資格があるのかも。
けど、それでも。
踏み出す勇気をくれるというのなら。
「女は好きじゃない。でも…生きたい。生きていいなら」
その先に見える何かもあるのかな。
ここまでご愛読いただきありがとうございます!
新たに百合の楽園に加入した少女、サクラ。
大道寺 桜と聞いてピンと来た方もいらっしゃるでしょう。
そう、名前はカードをキャプターする娘たちから取りました。
女嫌いという壮絶な業を背負った彼女こそ、第二部の核であり、この先は生粋の女好きリコリスとの対比を描けていけたらと思っております。
今章は幕間を挟んで終了となります。
次章からは舞台を変えて、またドタバタな毎日が始まります。
最終回は決まってるのに、書きたいことが多すぎて困りますよ。
歳月を経て魅力を増した彼女たちの日常にお付き合いいただけますよう、今後とも応援よろしくお願いいたしますm(__)m
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