2-9.ただの日常だ
「ッハハ!どーよサクラ!かっけーだろこのバイク!ラジアータ号っての!」
「ここって異世界なんでしょ?なんでこんなのあるの?」
「最高の仲間が作ったんだよ!」
本当は後ろに乗せたかったんだけど、しがみつくのは嫌って言うからサイドカーに乗ってる。
サクラは風に髪を靡かせながら、移り変わる景色に目をやった。
「ここさが異世界…」
「ここはまだ平原だからそんな感じしないだろ」
「空気が違うのはなんとなくわかる」
「ようこそ異世界へ、だな。どっか行きたいとことかある?見たいところとか」
「べつに。……やっぱり、人がいないところならどこでも」
「オッケー」
まずは気持ちに整理をつけさせてあげないと。
ってことで、私はしばらく無言でラジアータ号を走らせた。
その間、サクラから話しかけてくることも無し。
唸るエンジンと過ぎ去る風の音だけが流れていった。
小一時間ほど走らせて、テレサクローム近郊の海岸へと到着。
穏やかな春の海が私たちを出迎えた。
「異世界も海は一緒なんだ」
「いい景色だろ。私のお気に入り。ここより北の海は、波が逆巻いてたり竜巻が壁を作ってたりするんだけどね。魔界国って悪魔の国があんの」
「聞いてない」
「とびきり美しい観光ガイドだと思ってくれればいいよ。あそこにさ、でっかい岩山が見えるでしょ。ウエディングケーキみたいなやつ」
「あれが?」
「テレサクロームっていう、世界で一、二を争う歓楽街なんだ。私あそこの領主的な奴なの。美女がいっぱいで目のやり場に困っちゃうっていうかねぇ、ヘッヘッヘ」
「歓楽街…風俗とかそういう?最悪。キモすぎ」
「ご飯もお酒もおいしいんだけどなぁ。あ、サクラはお酒はまだか。ゴメンね、お子ちゃま♡」
「死ね」
あまり強い言葉を使うなよ。
泣くぞ?
それにしても海はいいねぇ。
水着の季節にはまだ早いけど。
最近忙しかったし、命の洗濯っていうか。
「のんびりって最高〜。な、サクラ」
「うん」
波の音に揺蕩って無視されるかと思った。
返事が帰ってきたから少し呆けてしまった。
「サクラは向こうじゃどんな感じだった?」
「言いたくない」
「私はね〜」
「聞いてないんだけど」
「可愛い子には私のこと何でも知ってほしいんだもん♡」
サクラってばビジュめっちゃ良〜だし。
こう、THEな大和撫子っていうか?
なのに性格クソ悪いの刺さる〜♡
本人に言うとまた死ねとか言われるから控えるけども。
「可愛い…か。言われ飽きた。そういうの」
「言われ飽きることある?私なら毎分毎秒言ってほしいが?」
「自意識過剰っぽいもんね」
「ナメんな自意識ならスーパー過剰してるわ」
「不自由しなさそうでいいね、その性格。ちょっとだけ羨ましい」
「お、なんだちょっと素直になったか?」
「死ね」
「気のせいだったか…」
ふと、柔らかく吹く潮風に紛れ、クゥゥ…と可愛い音が鳴った。
見るとサクラが顔を赤くしてお腹を押さえている。
「なんか小腹すいたな。今日のお弁当にしようと思ってさ、サンドイッチ作ってきたんだ。一緒に食べよ」
「……いい」
「ん、好き嫌いとかある?玉子とツナサンドなんだけど」
「人が作った料理…食べられない。何が入ってるかわかんないから」
私が変なもんでも入れたと思ってんのか。
まあでも、そういうこともあるか。
「よし、じゃあちょっと待ってろ。魚でも捕まえてきてあげるよ」
「捕まえ…って、は?素潜りで?」
「何でも出来るのが私なんだよ」
服を脱ぎ捨てて海へダイブ。
え?普通に下着ですが?
適当なの捕まえて塩焼きにでもしてやろっと。
――――――――
「……変な人。あんな女、初めて」
距離感バグってるくせに、ちゃんと一線引いてくれて、今まで会ったことないタイプ。
今までの女とは違う。
『桜ちゃんは私と遊ぶの!』
『私とだよ!』
『桜ちゃんは私のことが一番好きだよね!』
『私!』
『私だよ!』
『そうだよね桜ちゃん!』
『桜ちゃんは――――――――』
「ッ?!!」
身体が震える…
違うわけ、ない。
みんな同じだ。
女なんて、みんな…
「……ていうか、あの人何十分潜ってるの?もしかして溺れたとか…?」
ちょっと様子を見るつもりで立ち上がった瞬間、海面が盛り上がって大きく弾けた。
「わああああああ!!」
飛び出てきたのは赤い髪の人。
と、それを食べようとして口を開ける、背びれを生やした大きな…鮫?
いや、あれって…
「ドラゴン…?」
あんまり実感無かったけど、こうして目の当たりにすると、納得せざるを得ない。
ここが異世界だってこと。
「あの人、食べられるんじゃない?」
「食べられて…たまる、かぁ!うぉらぁ!!」
鮫ドラゴンの鼻先を蹴り飛ばしたんだけど。
あの人、人間?
その勢いでこっちまで帰ってきたし。
「ったく、こんな美人を小魚と間違えるとかふてぇ奴だ」
人間どころか家一棟丸呑みしそうなくらい大きいけど。
「海竜か。ちょうどいいやお昼ご飯にしてやる」
「あれ食べるの?」
「ドラゴンの肉はうまいんだぁ。絶対サクラも気に入るよ」
食べさせるつもりなんだ。
食指は動く気配が無いんだけど。
それよりこの人、本気であんな怪物を倒そうとしてる?
この人はいったい、何者なの?
「ねぇ」
答えを聞く前に、また海面が盛り上がって波が立った。
「おーおー群れでお出ましだ」
海竜は水平線を遮るように海の中から姿を現した。
十、二十を超えて聳える様は壁。
目は血走り、今にも襲い掛かってきそう。
私は自分の身体が強張っているのに気がついた。
何度も死のうとしてるのに、いざ本気で死に直面したら怖がってる。
これが異世界。
死が身近な世界なんだ、って。
「大丈夫」
「……!」
「お前には傷一つ負わせねぇ」
赤い髪の人はそう言って私の前に立った。
先頭の海竜の口が開き、そこに海水が渦を巻いて集まっていく。
海竜はレーザーのようにそれを撃った。
海面が抉れ私たちに直撃しようという最中。
「大丈夫だって言ったろ」
彼女は笑った。
「このくらい、ただの日常だ」
って。
「氷獄の断罪」
次の瞬間。
水のレーザーが一瞬で凍った。
「突然ピクニックだと人を呼びつけたかと思えば、これは何の騒ぎですか」
「こっちは勝手に城を飛び出されててんやわんやしてたんだけど?」
「業務も途中で放り出してきてしまいましたし」
「いくつになっても、そなたは落ち着くことを知らぬのう」
「おー!ドラゴンがいっぱいだ!ぜーんぶ私が倒しちゃうよ!」
「マリアに出来るの?私が手伝ってあげてもいいけど」
「ジャンヌの手伝いなんか要らないし。その辺で本でも書いてたらいいじゃん」
「ふっ、二人とも…ケ、ケンカ…しないで、ください」
「んっんー。たまの海よき〜。とりまバベろー」
「モナお肉いーっぱい食べる♡」
「うちにあった海鮮も持ってきたわよ」
「クフフ、楽しいピクニックになりそうやね」
どこから現れたのか。
女たちは海竜の群れにまったく動じることなく、赤い髪の人の横に並び立った。
「久しぶりの集合がこんな形とは」
「いいじゃん私たちっぽくて。積もる話もあるだろうけど、とりあえずはまぁ、ドラゴン肉でお腹いっぱいになってからにしよ」
「異議無し」
「ニシシ。行くぜ、お前ら」
何が何だかわからない。
けど、たしかに私の目の前に、鮮やかで色とりどりの百合の花が咲いた。
ご愛読ありがとうございます!
いつもとは少し毛色が違う新ヒロインは、皆様にはどう映っているでしょうか。
まだまだ盛り上がる百合チートを、今後とも応援よろしくお願いいたしますm(__)m
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