2-7.ほんの序章
全身で切る風。
唸るエンジン。
ドラグーン王国から北西へ百と数十キロ。
「よぉ、来たな」
「いらっしゃいませですよ〜」
ラジアータ号を快速に飛ばして到着したのは、深い緑に満ち、見目麗しいエルフたちが一様に歓迎してくれる小さな国。
ロストアイ皇国。
「姫さんがお待ちだぜ、花嫁さん」
「こちらへどうぞ」
かつて一度滅んだこの国は、そのきっかけとなった皇族と、臣下である騎士たちの手によって、再び国としての機能を取り戻した。
「リコリス様ー!」
「こんにちはリコリス様!」
「リコリス様こっち向いてー!」
各地へ散った同胞たちを説得し呼び戻し、一丸となって国を再建した。
そこに並々ならぬ努力、熱い感情のぶつけ合いがあったことは言うまでもない。
私がしたことなんてたかが知れてるってのに、この国じゃまるで英雄扱いだ。
むず痒いけど、キレイなお姉様方にキャーキャー言われるのは悪い気分じゃない。
さて、そんな私を呼びつけた奴について話そう。
百合の楽園のご意見番であり、リリーストームグループの副総帥――――一時役職からは遠退いているけど――――を務め、自身もまた世界に誇る大手薬剤調合機関、医薬部門ムーンフォレストの総支配人。
そしてロストアイ皇国の歴史を継承した新女皇。
ドロシーこと、真名をドゥ=ラ=メール=ロストアイ。
私の愛する女だ。
今は皇族としての公務で私たちの元から離れているわけなんだけど。
いったい何の用事で呼びつけたんだろう、とか考えるだけ無駄なんだよね。たぶん。
「好きよリコリス。愛してる。結婚してさっさとロストアイの皇帝になりなさい」
そらみたことか。
「プロポーズは歓迎だけど、もうちょいムードとかあるじゃん。キレイな夜景を見ながら二人きりとかさ。そこんとこわかってくんないと、私だって女の子なんだゾッ♡プンプン♡」
玉座に収まりながら見下ろしてくるドロシーは、可愛こぶる――――実際可愛いけど――――私に哀れんだようにため息をついた。
「アタシがあんたを好きなことなんて前からわかってるし、今さら言葉を取り繕う意味なんて無いでしょ」
「いや、そりゃ私だって愛してるけども。にしてもだろ」
「花婿さんドロシーと結婚しないの?」
「ダメ。主様の番、一人だけ」
両脇のトトとゲイルまでからかってくるし。
なんだってんだまったく。
「結婚ならいつでもしてやるっての。求婚も今に始まったことじゃないしな。ただドロシーの隣ってポジは魅力でも、皇帝の椅子は要らねぇ。国を導く人が必要ってんならアウラでも据えたらいいじゃん。森羅騎士団の隊長ならピッタリだろ」
「私は騎士だ。王の器ではない。求心力を持った先導者らしい先導者は、やはりあなたしか考えられない」
「だからって変に祀り上げられるのもな」
「アタシが選んであげてるってのに何が不満なのよ」
「好きだからこそだよ。生半可な気持ちで、好きな女が愛する国の象徴にはなれない」
「変なとこでマジメが出るのよね、あんたってば。なんだかんだ正当なこと言っても、どうせめんどくさいが頭に来てるくせに」
ドキッ
「そそそ、そそっ、そんなことあるかぁ!」
「眼球が取れそうなくらい泳いでるけど。こっちはこっちでさっさとあんたを皇帝に据えなきゃならない理由があんのよ」
「理由?」
「どうせあんたのことだから、他の国からも王にならないかとか誘われてんでしょ」
「エスパーかお前」
昨日さっそくヴィルに言われたしね。
「ドラグーン王国だけじゃない。聞けばサヴァーラニアやリーテュエル、ディガーディアーだってあんたを王族に取り組もうって動きがあるらしいじゃない」
「みんな私のこと好きすぎて困りゅ〜♡もっと取り合って〜エヘヘ〜♡」
「百合の楽園の古参ってことで一応はアタシの立場ってのが確立されてはいるけど、あんたそんな感じだと各国にパーツを取り合われることになるわよ」
「腕と脚だけでも好きってこと?!私の魅力天井知らず!!」
「ポジティブの擬人化」
「花婿さんはおもしろいから私好き!」
「私も」
いやーすまんねスーパーモテ子さんで。
まあ、それでも。
私の女に対する愛は本物わけで。
「よかったわね。好きでいてくれる人がいっぱいで」
「ニシシ、まあな。でもやっぱ、私が選んだ女に愛されるのが一番嬉しい。なあドロシー、たまには帰ってこいよ。その玉座も似合ってるけどさ、私の隣だってお前の居場所なんだから」
「……ええ」
「ドロシー様顔真っ赤ですね〜」
「うるッさい!!!」
帽子を深く被るドロシー。
照れてんのかな、可愛い可愛い♡
「はぁ、ったくあんたは…どうしてこう…」
「仕方ありません。ドロシー様を射止めた方なのですから」
うんうん。
悪いねいい女で。
「それよりドロシー様、本題に」
「そうね。今日呼んだのは他でもない。あんたに預かってほしい奴がいるのよ」
「んぁ?預かってほしい?」
なんだろ。
エルフのお姉さんが王都で勉強したいとか?
それとも私の傍に仕えたいとか?♡
そんなんいくらでも侍らしちゃるてぇ♡
「連れてきなさい」
すでに扉の前に待機させてたのかもしれない。
ドロシーの命令ですぐに、ヘルガとネイアが一人の女の子を連れてきた。
ただし、口には枷。腕もガチガチに拘束した状態で。
大層な美少女なのにもったいない…いや、酷いことするな。
「囚人…ってわけじゃなさそうだけど?」
「こうでもしなきゃ、この子ってばすぐに死のうとするのよ」
「死のうとする?」
ドロシーの目配せで口枷が外される。
すると美少女は何の躊躇いも無しに、口を開けて舌を噛み切ろうとした。
「ちょいちょいちょいちょい!!」
咄嗟に手をかましたけど、今の本気だっただろ。
「何してんの!やめな若い身空で死のうとするの!」
「うるさい!!お前には関係無いでしょ!!顔近付けるな死ねブス!!」
「ブッ?!!お、ま…神に愛されし銀河超越のイケ美女リコリスさんのどこ見てそう言ったんだコノヤロー!!網膜に私という存在を刻み込んでやろーか!!」
って、んん?
キレて気付くの遅れたけど、この子…もしかして…
「転生者、か?」
魂の波長が私やルウリに似てる。
でも、にしては神の加護を感じない。
「転生者?マジでわけわかんない。頭どうかしてるの?冗談は顔だけにしてよ。ていうか離れてくれない?女臭すぎて吐きそうだから」
「よかったな私が女の子には暴力振るわない系の女で。そんなにツンケンしないでさ。仲良くしようぜ。私リコリス。同じ世界から来たんだ」
「あっそ。死ね」
「お名前聞かせてほしいな」
「死ね。プッ」
「ねぇこいつ人の顔につば吐いたー!!」
「喜ばしいでしょあんたは」
「美少女のつばサイコー!ペーロペロペロ〜!」
「きっっっしょ」
「そこに関しては激しく同意するわ」
ごちそうさまでしたっと。
しかし取り付く島もないな。
なんだこの子。
ちょっと雰囲気和らげるために【百合の王姫】でも使ってやろうかな。
「…………ん?」
「いつまで見てんの気持ち悪い」
【百合の王姫】が…効いてない?
そんなことありえるのか?
意図して使って効果がまったく無いってのは、もしかして初めてなんじゃないか。
この子はいったい…
「いい加減、私の前から失せてよ。私…女なんて、大ッ嫌いなんだから!!」
女嫌いの美少女。
これが私と彼女の運命の出逢い。
百合の楽園最後の物語へと続く、ほんの序章だった。
今回もお付き合いいただきありがとうございます!
皆さまに支えられて1周年!
そしてリコリスの生誕祭を迎えることが出来ました!
まだまだ百合チートは盛り上げていくつもりなので、どうかお付き合いくださいませ!
仕事の都合上、更新ペースがゆっくりになるおそれがありますが、長い目で見てやってください!
高評価、ブックマーク、感想、レビューにて応援いただけるとはげみになります!
ノクターンに百合チートR-18を連載し始めました(未成年者非推奨)