2-2.要らない王位
「お、おおう…腰が…身体中の水分が…水…おみじゅ…ほちぃ」
「なんだ情けない。これしきで足腰立たなくなるとは。何人もの嫁を娶っているとは思えぬ情けなさだな」
ツヤッツヤしやがって…
てか既婚者ってわかってて同衾させる神経どうなってんだ。
嬉々として誘いに乗った私も私だけども。
「今に始まったことじゃないけどさ。一国の王様がストレス発散に女を城に呼びつけるのってどうなの?」
「ストレス発散とは人聞きが悪い。これも公務だ。なあラプラスハート公爵」
「王様が公務ってんならそういうことにしとく」
と、投げられた水入りのビンを受け取る。
「んく、ぷはっ」
「ときにどうだ、リコリス。そろそろ決心はついたか」
「またその話?やだよ。何回訊かれても」
「悪い話ではないと思うのだがな」
ドラグーン王国女王、ヴィルストロメリアことヴィルは、やれやれと言わんばかりに肩を落とした。
背中を向けながらガーターを身に付ける所作のセクシーなこと。
早寿に差し掛かろうという人の色気かこれが。
「荷が重いと尻込みしているわけでもあるまい。天下に名高き女が」
「そりゃそうなんだけどさ。さすがにマズいでしょ。血統でも無い私が王位を継承するなんてさ」
ヴィルは数年前から、私に対して王位を譲渡する件を持ち掛けてきていて、その度に断ってるわけだ。
肩書きの多さ、重さがどうとかじゃなくて、ドラグーン王家の血筋を絶やすのが憚れるんだよ。
「てか退位するなら次の王様はリエラ一択でしょ。王女を差し置いて馬の骨……にしては美人すぎるか私は。超絶怒涛のスーパー美女が王位に就くってのはね」
「胆力は充分だが。王位の直接的な譲渡が不服なら、リエラを嫁に娶っても構わんぞ」
「リエラのことは好きだけど、相手の気持ちを蔑ろにした愛はありえねぇ。リエラにはもう相応しい人がいることだしね、ニシシ」
「サリーナ=レストレイズか。あれも随分と立身出世したものだ。黄昏…今代十人目の大賢者か」
史上最年少には一歩及ばなかったもの、今では立派な大賢者の一人。
エヴァの弟子なんだから当然といえば当然の結果だ。
「お前のところの妹たちには、大賢者の打診は断られたんだったな。どいつもこいつも手に負えなくて困る」
「みんな推し量れず度し難いいい女だろ」
フン、と鼻を鳴らしてヴィルは下着姿のまま窓の外を見やった。
建物は大きく、区画が舗装され、人も増えた。
湖の上には、私が元いた世界とほとんど同じ景色が広がっている。
「たった二十人弱。両手両足の指で足りる数だ。それだけの人数で、これほどまでに王都を栄えさせた。今後人類がどれだけの月日をかければ到達出来るかもわからない未来にお前たちがした。王位の継承は、その成果に見合うべき報酬だと考える」
「報酬ってのは大げさだよ。繁栄も発展も、人がいれば勝手になるようになるもんだよ。私たちはあくまできっかけ。やりたいことをやった結果だ」
「我では成し得なかったであろう結果でもある」
「悲観すんなよらしくない」
窓際に立つヴィルの傍に寄り、白いうなじに唇を当てる。
「この私がベッドを一緒にする女が、不甲斐ないわけねえだろ」
ヴィルは視線を交わすことなく、赤い点がついたうなじを手で覆った。
「退位すれば、我も気兼ねなくお前に好意を寄せられるのだがな」
「ニッシッシ。充分伝わってるよ」
コンコン、と扉が叩かれる。
衛兵ないしメイドさんがヴィルを呼びに来たらしい。
「そろそろお暇するよ」
「また来い」
「女王陛下のお呼び出しとあらば」
会談ついでの一仕事を終え、私は音も無く部屋から消えた。
「やはり、この国では収まらぬか」
ヴィルの呟きを置き去りにして。
「ふぃー」
「随分と遅いお帰りですね」
屋敷に戻った私を妻が出迎える。
出迎えるというには本に視線を落としたままで、少し冷えた声色に、私は小さく肩を震わせた。
「た、ただいま…アルティ…」
「公務で登城したと思いましたが。そのわりには浮き足立ったように見えるのは気のせいでしょうか」
窓際で本を捲ってこっちを見てもないのに。
「ま、まあ話が弾んだ…的な?ねえ?ヴィル相手にもそういうことはあるよ。うんうん」
「そうですか。それは何より。それで?」
「それで、とは?」
「私との視察の予定をすっぽかし、あまつさえ他の女の香水の匂いを付けて帰ってきて、何か言い遺すことは無いかと訊いているのですが」
「はぴゃあ…」
あのね…?
普通に考えて結婚して子どもがいるのに不貞を働いてる私が100%悪いよ?
一般的解釈なら死刑にされてもおかしくない。
でも、でもね?
「顔面殴るのに躊躇ってもんが無さすぎやしませんかハニー…」
前が見えねェ…
「あなたもあなたで殴られ慣れしてるように思えますけど」
「制裁もまた愛!!」
「クソドM」
「どんな当て字にルビ振ってんだ貴様。んじゃあ遅ればせながら、デートにお誘いしても?麗しいお嬢さん」
「立ち直りも調子も良すぎませんか」
「そんな私もステキだろ?♡」
「はぁ…」
アルティは呆れたような悔しいような、なんとも言えない顔をして私の手を取った。
「ニシシ、行くか」
「はい」
さて、お仕事という名のデートの時間だ。
次回はあの天才錬金術師が登場!
お楽しみに!
連載1周年まであと1週間きりました!
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