2-1.彼女の悪い癖を知っている
「エヴァ姉、何食べよっか」
「なんでも、いいですよ」
「すーぐそうやって人任せにするんだもんなぁ。エヴァ姉ちっとも変わんないの。そういうところが可愛くて好きなんだけどね」
「へへ、エヘヘ」
すっかり私と視線の高さがあったマリアさんは、私の腕に自分の腕を絡ませて身を寄せてきた。
「ねーエヴァ姉〜、私お蕎麦食べたいなぁ」
甘え方が堂に入りすぎている…
「みんなが揃うとき以外の自分の食事は自分で…が、うちのルール、ですよ…」
「硬いこと言いっこ無し無し。最近いい依頼が無くてあんまりお金稼げてないんだ。だから、ね?♡」
視線。声のトーン。
自分の魅力を理解した上でのそれを前面に押し出してきたら、姉では抗いようが無い。
「すっかり大人になって…」
「シシシ。決まりっ」
なんというか、あの人の妹なら仕方ない…のかな。
変なところばっかり覚えて…
「こんにちはーユウカ姉、来たよー」
「らっしゃい…って、なんだあんたたちなの?」
この五年のうちに、王都にはとある噂が流れるようになった。
特定の店舗を持たない食事処が、まるで幽霊のように現れては消えるというもの。
表通り、路地裏、他人の家のクローゼット。
不特定に現れる扉をくぐった先に待っているのは、この世ならざる魔性の味。
多くの人々を魅了してやまない食事処。
その実態は、百合の楽園の死霊術師ユウカさんが、ふとした拍子に食べた蕎麦をいたく気に入り、酔狂に始めたお蕎麦屋さん。
燈無蕎麦とは洒落を利かせた名前だ。
「せっかく今日は蕎麦の出来がいいのに。お客の一人も来やしない。やっと来たと思ったら見知った顔なんて」
「しょうがないじゃん、狙ってここに来られるのって私たちくらいなんだから。だからお店構えればいいって言ってるのに」
「クックック、私は私の蕎麦を食べたいってお客しか相手しないのよ」
それらしい格好で職人っぽいことを言うけど、実際は忙しい思いをしたくないというだけだということを、私たちは知っている。
あくまで趣味の延長。
のんびりダラダラと蕎麦を打っていたいのだ。
「ユウカ姉、今日のおすすめは?」
「いい山菜が入ったから山菜蕎麦か、カラッと揚げて天ざるもいいわね」
「じゃあ天丼。大盛りで。えびは二本で。つゆだくにしてね」
「マリアあんたくらいようちで遠慮無しに丼もの注文するの」
「ヘヘヘ」
「お蕎麦が食べたくて、来たんじゃ…」
「ユウカ姉のとこで食べるご飯おいしいんだもん」
「まあいいんだけど。エヴァはどうする?」
「じゃ、じゃあ…山菜蕎麦で…。玉子、落としてほしいです…」
「はいはい。お好きな席へどうぞ」
カウンターに座って注文を待っていると、ユウカさんが居住スペースに使っている店の奥の引き戸が開いて、妙に疲れた顔の少女が姿を見せた。
「ユウカ姉さん、すみませんが昼食を頼んでも……あ」
「ジャンヌ…」
「マリア…」
マリアさんと同じ、猫獣人のジャンヌさん。
二人は一瞬だけ目を合わせると、どちらからでもなく視線を切った。
私を挟んで、カウンターの端にジャンヌさんが離れて座る。
「姉さん、天丼を一つ。大盛りで。えびは二本で、つゆだくでお願いします」
「はいはい。マリアと同じね」
「……やっぱりざる蕎麦で」
「一緒に作っちゃうから天丼にしときなさい」
「はい…」
くつくつと煮えるお湯。
まな板を叩く包丁の音。
油を泳ぐ天ぷら。
甘く香ばしいつゆの香り。
それほどでもなかった空腹感が刺激される最中、隣でマリアさんが口を開いた。
「まねっこ」
「違うし」
「すーぐ人のまねするんだから」
「違うって言ってるんだけど。ウッザいなぁ」
「そっちのがウザいし」
言葉に棘があるのは感心しませんよ…
「ジャンヌ、さん…どうですか…?新作の方は…」
「ぼちぼちです」
「ま、前の作品も…すごかったですもんね…。大ヒット…ベストセラー、で」
「ありがとうございます、エヴァ姉さん」
「私はおもしろいと思わなかったけど」
ピリピリ…ピリピリします…
「マリアは本読むの苦手なだけでしょ?」
「ジャンヌの書く本ってワンパターンなんだよね。やってること全部同じじゃん」
「トレンドって知らないの?読者が読みたいものを提供するのも作家の仕事なんですけど」
「作家とかおもしろ。やっぱり違うなぁ先生はー。私みたいな現役冒険者にはわかんないやー」
「いつ私が冒険者引退したの?」
「じゃあ最近依頼こなしてるんですかー?」
「…………」
ここ一、二年ほど、二人はこうして顔を突き合わせては険悪な雰囲気を続けている。
理由はお互いの方向性の違い。
冒険者として大成している二人だけど、冒険者一筋のマリアさんと違い、ジャンヌさんは数年前に著書を出版して以来、作家としての人気に火がつき、冒険者の傍ら創作活動も続けてきた。
すでに著書は十冊以上。
そのどれもが人気を博している。
しかしジャンヌさんは最近、冒険者として活動せず、作家としての活動をメインにしている。
それがマリアさんは気に食わないらしい。
今まで何をするにも二人でだったのだから。
急な環境の変化に、戸惑いや寂しさを怒りに置き換えているのだと思う。
尤も冒険者活動から一線を退いているのは、ジャンヌさんに限った話ではないけれど。
「言いたいことあるなら言えば?」
「べっつにー?」
「何その態度。ケンカなら買うけど」
「勝てるわけないじゃん。元冒険者さんなんかが」
ジャンヌさんの短い舌打ち。
椅子を倒して立ち上がり、マリアさんが刀に手を、ジャンヌさんが魔力を高める。
私はというと真ん中であわあわするだけ。
一触触発の空気を変えたのはユウカさんだった。
「あんたたち、店で暴れるなら出禁にするわよ」
「……ゴメン」
「ゴメンなさい…」
「まったく。お腹がすいてるからケンカするのよ。ほら、あったかいうちに食べちゃいなさい」
心霊現象で運ばれてきた料理からは、香り高い湯気が立っている。
「いただきます」
二人は無言で山盛りの天丼に箸をつけ始めた。
「食べてるときは大人しくて可愛いのに」
「そうですね…」
私も二人に倣って蕎麦に箸をつけた。
「エヴァはどう?仕事の方は」
「楽しい、ですよ…毎日。こ、子どもたちの相手、するの、好きですから」
「エヴァが児童施設を経営するって聞いた時は驚いたけど、案外性に合ってるのね」
「そっそれほどでも…ヘヘ」
「私も子どもが産まれたらよろしく頼むわね」
「は、はいっ」
「ユウカ姉、赤ちゃん出来たの?」
「出来たんですか?」
「たらればの話よ。ていうかここ最近はあいつも忙しそうにしてとんとご無沙汰……ゴホン!って、私の話はいいのよ!」
「最近は、皆さんで…集まる機会も減りましたし、ね」
皆さんそれぞれの活動で忙しいらしく、ここ数ヶ月は全員で集合したという覚えは無い。
みんなで冒険していた頃が遠い過去のように思えるときがあるほどだ。
「懐かしいってのは違うけどね。みんな、なんだかんだ楽しくやってるし。私もね。けど」
「けど、何…ですか?」
「思うのよ。そろそろあいつの悪い癖が出るんじゃないか、って。あいつの落ち着きの無さは、私たちが一番知ってるでしょ?」
って、ユウカさんは笑ったから、私もつられて笑った。
「そうですね…」
あの人は今頃、何をしてるのだろう。
ユウカさんの言うとおり悪い癖が出ている…私もそんな気がする。
なんとなくだけど。
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「あ゛ーーーー!♡待っ、マジで待っ、ヴィルっ!ヴィルぅぅぅ!!♡」
「どうしたこんなものか?神竜級を束ねる百合の楽園のトップとやらの実力は」
「お゛おおおお!♡それっ、それはヤバいいいいい!!♡」
私、リコリス=ラプラスハート=クローバー。
花も恥じらう24歳。
絶賛、公務中につき。
いくつになってもえっっですねぇ。
僭越ながら高評価、ブックマーク、感想、レビューをいただけると幸いですm(__)m