153.ママ
ペガサスが牽く馬車に乗せられ、中央区に聳える白いお城へと飛んだ。
たくさんの妖精さんたちに迎えられ、案内されるまま薔薇が咲き誇る庭園へ。
私たち一同は、庭園の一角に建てられた東屋へ。
そこで大きなテーブルを囲んだ。
紅茶とケーキ、それに口直しのサンドイッチが用意されている。
「いちごのショートケーキは好きかしら」
「だーいすき!」
「よかった。いっぱい食べてね」
ありがたくいただきながら、姿の無い女王様と話を始めた。
「自己紹介がまだだったわね。と言ってもわたしに固有の名詞は無いから、好きに呼んでくれていいわ」
「女王様名前無いの?」
「無いんですか?」
「あったけど忘れたわ。わたしは…」
女王様はふと口を噤んだ。
子どもに聞かせるには高度すぎて相応しくないと考えたのかもしれない。
なら、私たちの役割は聞くことにこそあるはず。
「聞きたいな、ママの話」
「ママ?」
「リコ、何を?」
「名前無いと呼びづらいし。じゃあママかなって。妖精のママだからフアリママとか可愛くない?」
「フアリママ…ステキな名前。坊やからプレゼントをもらったのは初めてだわ」
フアリママは、ありがとうと微笑んで、それから私たちに自分の話を聞かせた。
「自分と同じ世界って言ってたよね。それってフアリママも異世界出身ってこと?」
「いいえ、少し違うの。そうねどこから話そうかしら。わたしは、というより妖精は、生命としての特性上ほぼ半永久的に命を紡げるのだけど」
「花から産まれるってやつだっけ?」
「そう。芽吹き蕾を咲かせて種を残し枯れる…そうやって妖精は花のように命の環を巡り、同じ個体として何度も生まれ変わる。前の生の記憶をそのままに、肉体だけを新しくして」
「ナチュラルに不死なのが妖精ってことか。ん?いや、一度死んじゃうんなら転生か?」
「そうね。その中でもわたしは特異な存在。わたしは転生する際、自分自身を咲かせる場所を選択出来るの。それがわたしのアンリミテッドスキル、【妖精の種子】の権能の一つ」
つまり、転生する世界を選べるってこと?
それって…
「めちゃくちゃチートじゃない?」
ルウリも私と同じことを考えたらしい。
元の世界を知るからこそ、そこで得る知識が齎す影響は絶大だ。
実際、私やルウリも前の世界の知識を活かすことで今の生活の基盤を築いているのだから。
でもフアリママはやんわりと否定した。
「あまり役に立つ権能では無いの。死の際に産まれる場所を選べるだけで、世界間を自由に行き来することは出来ないから。戦闘力と呼べるものもまるで無いし。それに向こうの世界はこっちよりも魔力が希薄で、山の上にいるみたいな息苦しさもあったしね」
「え、ちょっと待って。向こうの世界でも妖精として生きてたの?」
「フフ、ええ。毎日その辺を飛び回ってたわ。学校、公園、プール、トイレ、分娩室…ほんと子どもはどの世界でも可愛くてジュルリ」
「ん?」
「コホン、なんでもないわ。魔力が希薄なせいでこちらにいるときよりも寿命は短かったけど。そのとき向こうの知識を得たの。料理も遊び場も」
それをこの国にも反映させてるってわけだ。
フアリママ超すげぇ。
「こんなにいいとこなら、もっと早く来ればよかった」
「そうね。まあ、今だからこそこんなに楽しめてるのかもしれないけど」
「人生は積み重ねじゃからのう。己を縛り、制し、耐え忍ぶのが大人になるということ。ここは培ったそれらを解放出来る。しかしその心地良さ故に、長く留まれば二度と現世には戻りたくなくなる…そんな危うさがこの場所にはあるように思えるが」
「そう、だから三日間なの。それ以上は人生が狂ってしまうから。ここでは王様も、大商会の会頭も、犯罪者も、みんな変わらずわたしの愛する坊や。欲と疲れを落としてから、またこれからの毎日を頑張ってねって送り出すの」
そして、と一旦言葉を区切ったかと思えば、アリスの背後に気配が強まる。
後ろから手を回されて、アリスはあたたかさに表情を綻ばせた。
「自分が子どもになることで、坊やたちは大人としての自覚を強く持つようになる。もしくは親としてのね」
「親としての自覚…」
「子どものか弱さ、脆さ、不便さ…大人になることで忘れていったものを思い出す。そうすると子どもへの理解がより強まるの。あくまでこれは副次的な効果で、狙ってそうなるように仕向けたわけではないけれど」
「そういった箇所も含めて、ドリーミアという国は完成度が高く思えます」
「だな。私も改めて母親としての心構えが出来た気がする」
「外に帰った後も、その気持ちを忘れないでね」
フアリママは声のトーンを落として言った。
「長い長い生の中で、わたしは多くの子どもたちを見てきた。その中にはけして幸せとはいえない子どもも多くいたわ。家族に捨てられ、失い、虐げられ。大人はかつて自分が子どもだったことを忘れてしまう。力と知恵を持ってしまったから。その全てがいけないこととは言わない。でもあなたは、あなたたちはそういう大人になっちゃダメよ。子どもには明るい未来以外あげないで」
ママとの約束よ、って。
そっと私たちの小指に指を搦めた。
フアリママと過ごす時間は、有意義以上に私たちに…いや、私に新しい価値観を与えるきっかけになった。
子どもが好きだから子どものための国を作るという行動力もそうだけど、何十年、何百年と変わらない欲望と理想を抱き続ける愛の衝動は圧巻だ。
同じことが私に出来るかと問われれば、出来ると私は即答すると思う。
だけどそれと、実際に出来るかどうかは別の話だ。
私が生きているのは未来じゃなく、今この瞬間なのだから。
「フアリママは何故、この世界…というか国を創ったんですか?ただの子ども好きで説明するには少し大掛かりというか」
「創りたかったから、それと創れたから、ね」
思った以上にシンプルな答えが返ってきた。
「やっぱり子どもが好きだからというのが一番初めに来るけど、理想を実現出来る力があるなら、それを使わない道理は無い。でしょう?あなたなら理解出来ると思うけど」
「うん間違いない。私だって同じことする」
髪が微かに乱れる。
見えないのに頭を撫でられてるっていうのは妙だけど、むず痒いくらいに気分が良い。
「ニシシ」
私は気恥ずかしさをごまかすように、顔をくしゃっとした。
「すっかり話し込んでしまったわね。貴重な時間を使わせてしまってゴメンなさい」
「んーん!フアリママとお話するの楽しかった!」
「もっといっぱいお喋りしたいです!」
「アリスも!アリスね、フアリママだーいすき!」
「あらあらまあまあ。っすぅ…はぁはぁ、純粋無垢な子どもどゅふっ…。あはァ可愛いわぁ…一生母乳飲ませ続けてあげたい…」
「ちなみにフアリママ的には何歳まで子ども?」
馬車に乗り込む間際。
ふと、何気無しにそんな質問をした。
「6歳までならヤれあぎゃあぁぁぁぁ!!」
この私をして戦慄したんだが。
姿を見せないのって、姿を見せたら子どもに襲いかかっちゃうからってことか。
人のことは言えないのでね、咎めませんけどね。
自重…は、しねぇよなぁ。
わかるよ同類だから。
なんて、轟く雷に叫喚するフアリママに別れを告げた。
甘えたいときって、ありますよね。
おギャりてぇよ。