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148.先生と生徒

 銀氷の学舎(シルバーサークル)

 誰が言い始めたのか、私が直接指導している生徒…シャノン=コルテイム、ファティマ=ウィルフォード、スーニャとラクスのヴェールズ姉弟、そしてメイの五名のメンバーを指してそう呼ばれているらしい。

 曰く、大賢者が直々に目を掛けた選りすぐりだとか何とか。

 実際は選りすぐりとは無縁で、私の自己満足による教師然とした対応なわけであり、門を叩く者がいれば受け入れるくらいの心構えではいるけれど、物怖じしてか遠慮してか他の生徒は遠巻きに眺めるだけ。

 大々的に受講者を募っているわけでないので、それで当然なのだけど。

 如何せん評価だけが納得いかない。


「スパルタ教師の嗜虐的地獄、か。フフ、年頃の少年少女たちはおもしろいことを言うね」

「スパルタはともかく、嗜虐的という部分は断固として否定します」

「ぉろろろろろ!」

「ぁばばばばば!」

「毎日毎日吐くまでしごくのを嗜虐的と評さずどうするというのかな」


 そういう訓練なんだから仕方なくありませんか?


「各々の限界は見極めていますよ」

「本来ならば体罰問題だよアルティ。君が大賢者で、尚且つ訓練に成果を挙げていなければね」


 銀氷の学舎(シルバーサークル)発足から更に一週間。

 もうすぐ雪の季節も終わりという頃。

 地道に。しかし着実にメンバーは地力を上げてきている。

 

「魔法の指導はもちろん、学業面でも目覚ましく飛躍を遂げている。面倒見が良いんだろうね。臨時にしておくにはもったいないと、学園長が言ってたよ。どうだい?いっそこのまま教師になってみたら」

「いつか冒険者を辞めて、子どもの手が掛からなくなったときには検討してみます。二十年は後のことでしょうか。テル先輩が学園長になってたら、そのときは優遇してください」

「その頃まで友人でいてくれるのかい?情に厚いね」

「この学園で紡いだ数少ない絆であることは間違いないので。たとえ」

「ネザリンド、調子はどうだい?今日も可愛いね。やぁリヴィ。前髪を切ったんだね。目元が明るくなってチャーミングだ」

「人との会話中に生徒を口説くような無作法者でも」

「美しい僕が美しい女性に声を掛けないなんて世界の損失だろう?」


 きっと気が合うでしょうね。

 リコと。


「も、もう無理…うえぇ…」


 シャノンが魔力(マナ)の枯渇でその場に倒れた。


「だらし、だらしない、わね…!私なんてまだまだ、っぷ!」

「ちょっと…水飲んでくる…」

「私も…」


 次いでファティマも。


「アルティ」

「なんですか?」

「学園にいた頃の君は、ほとんど周りと関係を持たなかった。そんな君が何故あの子たちには手を差し伸べたんだい?」


 テル先輩がそんなことを訊くので、


「さぁ、なんででしょうね」


 私はそう言ってはぐらかした。


「根掘り葉掘り訊くのは美しくないか。けど、頼れる偉大な先輩として一つアドバイスしよう。面倒を見たなら最後まで、だよ。大賢者(きみ)の影響力は、良くも悪くも大きいようだからね」


 テル先輩の視線の先では、女子生徒数名が物陰から様子を窺っていた。


「はい。そのつもりです」




 ――――――――




「ふぅ…」


 シャノンが水場で汗を流していたときのこと。


「ちょっと」


 女子生徒たちは眉根を寄せて彼女を取り囲んだ。


「…なに?わたくし、まだ指導の途中なんだけど」

「指導?クスクス、大賢者様も可哀想よね。あなたみたいな落ちこぼれの面倒を見なきゃいけないなんて」

「お金でも積んだの?七光りにはそれくらいしか出来そうにないものね」

「…言いたいことはそれだけ?もういい?あなたたちと違って忙しいの」

「調子に乗るんじゃないわよ落ちこぼれ!!」

「きゃっ?!」


 シャノンの物言いに女子生徒たちは怒り、肩を突き飛ばされて地面に転ぶ彼女を見下して笑った。


「あんたなんか大賢者様がいなくちゃ何にも出来ないくせに!」


 シャノンは唇を固く結んで女子生徒たちを睨みつける。

 事実をしっかりと胸に受け止めて。


「何よその目…何よ、その目は!」

「ねぇ、もういい?」


 激昂する女子生徒の声を、ファティマが腰に手を当てた状態で遮った。

 

「はやく戻らないとお姉様が待ってるの。とっとと散りなさいガキンチョ共」

「ガキンチョですって?!あらあら、落ちこぼれともなると付き合う方も品格が無いのね」

「寄ってたかって一人を虐めるあんたたちに品格があるとでも?」

「…っ!」

「ほら、行くわよ」

「なんで…」

「あんたみたいなお子ちゃまでも、一緒にお姉様の指導受けてるわけでし。他の生徒にナメられるのは我慢ならないってだけ」


 差し伸べられて手を取って、そのまま女子生徒たちの間を抜けていく。

 するとリーダー格の少女は、自分が無視されたことに腹を立てまたも憤慨した。


「無視してんじゃないわよ落ちこぼれ!!風刃(ウインドカッター)!!」


 まともな立ち合いなら、ファティマは少女の魔法を容易に防げただろう。

 しかし不意打ち。初等部クラスの魔法とはいえ反応が遅れた。

 受ければ重傷も免れないそれからシャノンを守ろうと庇うファティマの視界で、かくも美しい銀が揺らめいた。


「【妃竜の剣(ラグナロク)】」


 風の刃は弾けも消えることもせず、まるで羽を休めた鳥のように彼女の手の上で滞空した。


「ふむ、その歳にしては魔法の練度が高いですね。研鑽を続ければ素晴らしい魔法使いになるでしょう」

「だ、大賢者さ――――――――」

「そんな魔法使いが、魔法で人を傷付けようとは……いったいどういう了見でしょう」


 アルティ=ラプラスハート=クローバーは、言わずと知れた大賢者である。

 それと同時にリコリスの妻であり、本人は認めていないものの百合の楽園(リリーレガリア)の副リーダーでもある。

 そう、()()リコリスの、また個性の強い百合の楽園(リリーレガリア)の面々の手綱を握れる唯一の女性である。

 そんな彼女の怒気の籠もった視線を直に受ければ、ただの学生など石像のように硬直する。

 もう少し魔力(マナ)を込めて覇気めかせていたなら、泡を吹いて気絶した挙げ句に失禁までしていただろう。

 そうしなかったのは彼女の一握程度の良識によるためだ。


「行きなさい。ただし次はありません」

「ひっ、ひいい!!」


 女子生徒たちは蜘蛛の子を散らすように、あっという間に姿が見えなくなった。


「まったく、魔法使いが簡単に背中を向けるとは。怪我はありませんか、二人とも?」

「う、うん」

「ありがとうございます、お姉様」

「いえ。なんてことはありません」


 と、アルティは手の上の風を吹いて飛ばした。




 ――――――――


 


 詰められていた恐怖が今になってぶり返したらしい。

 シャノンは小さな身体を震わせ、それはそれは悔しそうにいっぱいの涙を目に溜めた。

 かける慰めの言葉は持ち合わせず、私の口はこんな言葉を吐いた。

 

「……あなたたちを見ていると、かつての自分を思い出します」


 一人の女性を愛した私。

 その人に相応しい何者かになりたかった私。

 ただそれだけのために、がむしゃらになって大賢者を目指した。


「歯痒いですよね。自分の弱さがわかると」

「お姉様でもそんな時期があったんですか?」

「クスッ、当たり前です」


 たかだか二十年も生きていない若輩。

 人に語れるほど豊富な人生経験も経ていない。

 むしろ人より人生を粗末に扱ったと思う。

 特に学園(ここ)にいた期間はそれが顕著だ。

 周りのことなんて知るかと、学園生活という限られた時間をおざなりにした。

 青春をした覚えだってほとんど無い。

 目的のために過程を疎かにする、そんな愚行をこの子たちには味わってほしくない。

 この子たちへの指導にはそういう意味を込めていたのかもしれない。


「一人を愛し、一人のために人生を捧げる。傍目には滑稽に映るかもしれない選択でしょう。ですが、私は私の人生を後悔したことは一度もありません」


 ここは学舎(まなびや)

 自分に必要なものを、或いは自分を必要とするものを学べるところ。

 卒業して尚も学べるところ。

 

「あなたたちは私の生徒です。私の跡を辿れとは言いませんが、あなたたちもなりたい何者かになってください。そして強くなりなさい。私がこの学園を去っても目標を見失わないくらい」

「そしたら、そしたら本当に、アルティのこと師匠(せんせい)って呼んでもいい?」

「私も、お姉様を本気で愛してもいいですか?」


 教師冥利に尽きるとはとても言い難い。

 けれど、ここに来て良かったと心から思える。


「その時は、胸を張れるような弟子になっていてください」

「「はい!!」」

「あ、ファティマ!アルティの一番弟子はわたくしだから!一番弟子は!」

「笑わせるなお子ちゃま!お姉様の寵愛を一番受けるのは私に決まってるでしょ!」

「うっさいウ◯コ!!」

「また言ったわねウ◯コガキ!!」

「「ギャーギャーギャーギャー!!」」

「なんでケンカになるんですか…」

「おーいアルちゃん先生〜!」

「はやく僕たちに魔法を教えてください!」

「先生ー!」

「はいはい」


 冬の瀬に、芽吹くは小さな五の蕾。

 どんな花を咲かせるのか。

 どんな未来を紡ぐのか。

 これは一人の"先生(師匠)"と、大賢者……になるかもしれない"生徒(弟子)"たちの物語。

 その、ほんの序章だ。






 そして――――――――






「すぅ、すぅ…」


 ソファーで眠る私の唇に柔らかいものが触れる。

 夢かと思うほど甘いそれに、微睡みながら応えた。


「おかえりなさい、リコ」

「ただいまアルティ」


 薫る春を越えて、青い夏を越えて。

 私たちの物語は、新たな命の誕生の章へと。

 いつもご愛読ありがとうございます!

 銀氷学舎編ぎんひょうのまなびやへんは残り1話の幕間を書いて閉幕となります。

 短編という形でしたが、お楽しみいただけたでしょうか。


 今章ではアルティと今まであまり語ってこなかった学生時代について、そして彼女を慕う子どもたちにフォーカスを当てました。

 なりたい自分になることの苦悩と苦労が伝わっていれば幸いです。


 次章は久しぶにリコリスとアルティの絡みをふんだんに書くつもりでおりますので、どうかまたお付き合いくださいm(__)m

 最後に、ブックマーク600と総合評価2700突破のお礼を!!

 本当にありがとうございました!!



 高評価、ブックマーク、感想、レビューで応援していただけると励みになります!m(__)m

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― 新着の感想 ―
[一言] リコリスが学校に突撃してくる展開期待 テル先輩に格の違いを分からせ、ファティマの前でアルティの胸を鷲づかんでキスしてゲス顔させて欲しい(殴られそう)
2023/09/22 18:23 退会済み
管理
[良い点] 日常回良かったーーーー....これから弟子達がどうなるかは分からないけど アルティ先生の元で育ったならきっと立派になるだろうな! ついに産まれるのか 二人の子が....!!!! 次の章も楽…
[良い点]  面白かったです。
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