146.キャベツ畑やコウノトリを信じている可愛い女の子に無修正の以下略
帰宅するなり、私はソファーにもたれかかり身体の力を抜いた。
「うぅ…」
「今日で一週間だっけ。だいぶ参ってるわね」
「疲れました…」
「あんたがそんな風になってるのは始めて見たわ」
そうドロシーは面白がった風に言う。
「教師って大変なんだね〜。モナ学校行ったことないからわかんないよ〜」
「あたしも大して良い思い出無いから学校とかあんま好きくねー」
「何というか……みんなパワフルで可愛いんですけどね」
この疲れは業務に対してじゃない。
主にあの二人が原因だ。
――――――――
ファティマ=ウィルフォード。
魔法の才に優れるが故に他者への関心が薄く、一線退いたところで物事を俯瞰しがちな年頃らしい彼女だが、ナインブレイド第一学園入学以降、ただ一人の魔法使いを崇拝してきた。
アルティ=クローバー。
当時初等部五年生の、まだ銀の名を与えられる前のことである。
周囲とはかけ離れた大人びた美貌。
凛とした空気、圧倒的な才覚。
目を惹くのは必然であった。
「お姉様…♡」
人知れず抱くそれは、敬愛を越えた恋心。
アルティが学園に在籍していた頃は、アルティの感知をすり抜けながらその存在を見守り続けた。
授業中、食事中、睡眠中。
その結果、脳内にはアルティの情報という情報がインプットされるまでになった。
また大賢者襲名の折は一人感涙に咽び、深夜学生寮に響き渡る謎の雄叫びとして学園の七不思議にカウントされ、襲名パレードは最前列でかぶりついた際、興奮のあまり衛兵に鎮圧された過去を持つ。
好いて、思って、焦がれて、行き着いた先が、
「こんなに好きなら実質もう恋人なのでは?」
である。
なんてことはない。
ただの盲目的なストーカーだ。
そしてこのストーカー、アルティの卒業後約一年は魂が抜けたように毎日を過ごしてきた。
「お姉様がいないなら死ぬしかない」
学園なんて辞めてやろうか、と。
そんな矢先。
「皆さんはじめまして。アルティ=ラプラスハート=クローバーと申します」
運命を感じた。
憧れの恋人が戻ってきた。
自分に会うために。
ただ、どう接したらいいかわからず。
「ファティマ=ウィルフォードさん。あなたは向かってこないのですか?」
「……いい」
変に塩っぽい態度を取った。
(ああああ!!お姉様になんてこと言うのよ私のバカぁ!!嫌われちゃうじゃない!!)
その後も。
(お姉様Aランチ食べてる…知ってる知ってる、お姉様はAランチが好物だもんね。特に豆のスープが。食堂のおば様とあんなに仲良く話して、ああ羨ましい…。そうだ!さり気なくお姉様の横に座っちゃおうかな)
タイミングを窺っている間に。
「アルちゃん先生、一緒にご飯しよ!」
(ちょ、おまっ、入ってきてんじゃないわよ!!そこ私の席なんですけど!!どけスーニャ!!)
しょうがなく背後に座って。
「アルちゃん先生、弟子入りさせてよー」
「私は弟子を取る気はありません」
(そうそう!お姉様の弟子はこの私!恋人もこの私!他の誰かが入り込む余地なんて無いんだから!)
そんな風に幸せを感じていた彼女を悲劇が襲った。
「アルちゃん先生子どもいるの?!!」
(は……?はぁぁぁぁぁ?!!!!!!こどっ、子ども?!!なんで?!お姉様が?!お姉様に?!あ、え…………私との子?!私の愛が時空を越えてお姉様の子宮に?!そういうこと?!!やだもうお姉様好き!!♡)
真相を確かめるべく後をつけて。
「あなたが銀の大賢者、アルティ=クローバーね!」
「結婚したのでラプラスハート=クローバー姓です」
(けけけけ、けっ、けーーーー?!!!だだ、だ、誰だお姉様を穢したのはーーーー!!!!!)
そんな感じで今に至る。
――――――――
「こいつヤバい奴じゃない」
いきなり弟子入りを申し込んだ自分を棚に上げるシャノンさんはさておき、まあ、そうですね。
ヤバい奴ですね。
てっきり清楚でクールな一匹狼タイプかとばかり。
「普通に犯罪者」
「黙りなさいちんちくりん!初等部の分際でお姉様に弟子入りなんて百年早いんだから!」
「誰がちんちくりんよ!このストーカー女!あんたみたいなのが弟子入りしたら大賢者の名に傷がつくわよ!傷っていうかもうウ◯コだけど!」
「ウ◯コって言う方がウ◯コ!」
「はいそっち二回ウ◯コって言いましたー!そっちの方がウ◯コですー!」
習ってないので、知っている方がいれば教えてください。
口が悪い子どもとストーカーの口喧嘩を収める方法を。
シチュエーションが前代未聞すぎて少々混乱気味です。
いっそスルーしてみましょうか。
「待ってくださいお姉様!」
逃げられませんでした。
「お願いします!私を弟子にしてください!」
「こんなストーカー女よりわたくしの方が有望よ!弟子にさせてあげてもいいんだから!」
「先程も言いましたが、私は弟子を取る気はありません。他を当たってください」
「ダメよ!わたくしはあなたを師匠にするって決めたんだもの!」
「決められても」
「私だってもう何年もお姉様と慕ってるんですから!」
「慕われても」
「アルティ!」
「お姉様!」
「…………」
ペシッ!
ベシッ!
「痛いまた叩いたぁ!!」
「アルティお姉様が私の頭をぉ♡もう一生髪洗わない!♡」
「何を言われようとも弟子は取りません。私はそれほど立派な人間ではありませんから」
「わ、わたくしは諦めませんからね!絶対弟子にさせてみせますから!」
と、これが初日の出来事。
それからというもの。
「弟子にしなさい!」
「お姉様!」
授業中や食事中にまで顔を見せるのはまだいい。
トイレまでついて来たときにはさすがに殴った。
「弟子にしなさい!!!」
「お姉様ぁ!!!」
こんな調子で一週間。
――――――――
「モテるって…つらいんですね…」
「リコリスなら浮かれて喜びそうなシチュエーションだけどね。晩ご飯出来てるわよ」
「今日は何ですか?」
「カレー」
「飽きました」
「贅沢言ってんじゃないわよ。しょうがないでしょ、残ったメンバーで料理出来るのアタシとリルムくらいなんだから。そりゃ交代制だと料理だって偏るわよ」
「私も出来ますが?」
「あんたはいいの働いて帰ってきてるんだから!!身重なんだし!!絶対に厨房に立たないで!!死んでも!!」
そんなに気遣っていただいて恐縮ですが、必死がすぎませんか?
ルウリたちもコクコクと必死に頷いてるし。
「と、とにかく、鬱陶しいなら弟子にしちゃえばいいのよ。適当に魔法を教えて構ってやれば、その子たちも満足するでしょ」
「そんなこと出来ませんよ。人様の子を預かるんですから。あの子たちに失礼ですし、私自身の力を過小に評価してるみたいで嫌です」
「ムズいね大賢者ってのも」
「疲れたらいつでもモナが癒やしてあげるからね♡」
今ならモナの誘惑にも屈してしまいそうです…
「ただいまー!」
「帰りましたー!」
「おかえりマリア、ジャンヌ」
「遅かったですね。感心しませんよ、子どもが夜に帰ってくるなんて」
「エヘヘ、ゴメンお姉」
「ゴメンなさいです」
「毎日毎日何をしているんですか?」
「なーいしょ♡」
「秘密秘密です♡」
「はぁ…?」
「お腹すきました〜」
「今日のご飯何?」
「カレー」
「「うえぇ〜またぁ〜?」」
「嫌なら食べるな。フフン、そんなこと言っていいのかしら?今日はオークカツが乗ったスペシャルなカレーなんだけどな」
「カツカレー!!」
「カツカレー大好きです!!」
「文句言う子のカツは食べちゃおっかな〜」
「あーん食べるよ〜!ドロシー姉〜!」
「姉さ〜ん!」
「クスッ、はいはい。すぐに用意出来るからお風呂入ってきなさい」
「「はーい!!」」
よだれを垂らした顔のおもしろいこと。
現金なところが可愛いんですよね、あの子たちは。
成長しても子どもというか。
「あ、アルティの分はチキンソテーにしといたんだけど。食べれそう?」
「ありがとうございます。食欲はあるんですよ。この子が欲しがってるみたいで。むしろいつもより食べているくらいで」
「つわりが落ち着いてるからって、食べすぎには気を付けなさいよ。お腹の子に障るから。あんたも一緒にお風呂行ってきなさい」
「はい」
「モナもはーいろっと♡おっぱいの下流してあげる〜♡」
「流すなら背中をお願いしても?」
やはり家にいるときが一番落ち着きますね。
「ねぇアルティ姉、赤ちゃんってどうやって出来るの?」
「ど、どうやって、ですか?!それはその、ですね」
お母様とお義母様のときはそれとなくごまかしたんですよね…
さて、どうしたら…
「任せてアルティちゃん♡」
さすがモナ。
こういうときは頼りになりますね。
「キャベツ畑でコウノトリさんが交尾すると出来るんだよ♡」
「ちゃんと言いましたよ?!!もうちょっとボカすとか出来ないんですか?!!」
「交尾って?」
「いつもリコリス姉さんが夜中にみんなとベッドの上でやってるやつかな?」
「あーあれが交尾なのか」
「二人とも?!!!」
「たまに夜中に目が覚めると裸で何かしてるもんね」
「みんな大きい声出すから起きちゃうよね」
「いや、あの、それはゴメンなさいですけど、マリア?!ジャンヌ?!」
「でもあれって裸で何してるの?」
「さぁ?組み手とか?」
知らなくていいです!
少なくとも今はまだ!
「ジャンヌ、私たちも交尾してみる?」
「うん!いいよ!」
「ダメですけど?!!セッ、ん゛ん!!交、尾……は、ですね…好きな人と、その、だから、こっ子どもはしちゃダメなんです!!」
「えー?」
「大人だけズルいです」
「そうだそうだ!私たちも交尾したい!」
「したいしたい!交尾交尾!」
「絶対ダメですしそれリコの前で言ったら半年おやつ抜きにしますからね!!」
思わず立ち上がってしまいました。
二人にそんなことせがまれたら、あのモンスターがぶっ千切るのは目に見えてるんですから。
子どもだから手を出さないという理性という鎖を。
「ちぇっ、つまんないの」
「ねー」
「末恐ろしい子どもたちですね…さすがリコの影響を受けて育った妹…」
「じゃあじゃあ、赤ちゃんはどこから来るの?」
「どこからって、それは…」
「任せてアルティちゃん♡」
「何を任せろと?」
どうせまた変なことするに決まって――――――――
「いないいなーいばぁ♡」
「は?」
「赤ちゃんはねーここから産まれてくるんだよ♡」
「そんなとこから?」
「そんなとこから赤ちゃんが出てくるんですか?」
「そうだよー♡ん゛ふんっ!!!」
「死に腐れ大バカスケベ痴女悪魔!!!!!」
リコ以外に本気で拳骨を落とす日が来るとは。
でも、まあモナが悪いですし。
「どうやってお腹に入るのかな?」
「不思議だね」
「ねー」
この子たちは純粋に育ってほしいのに…
もし二人が性に奔放に育ったらリコとモナはぶん殴ってやります…
「痛いよぉ…」
リコがいてもいなくても、騒がしいのには変わりないんですね。
どうやら私たちはそういう星の下にいるようです。
それがどうにもおかしくて、私は自然に笑っていた。
明日からも頑張ろうと活力を漲らせて。
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