145.モテ期というやつですか
「だ、大賢者と直接手合わせ出来るなんて」
「いいじゃんいいじゃん超楽しそう!」
「いい勉強になりそうだな」
「それではこれより模擬戦を開始します。怪我と無理の無いよう心掛けてください」
「よし、まずは僕からだ!」
「ラクス=ヴェールズ君、意気込みは買いましょう。ですがやるなら全員でかかってきてください」
「全員って、クラスは三十人もいるんですよ?」
大賢者を目指しているという割には、大賢者への理解が低いように思える。
「数では埋まらない力がこの世にはあるということです。そうですね…何をしても構いません。終業の鐘が鳴るまでに私に一撃でも入れられた人は、私の権限で大賢者への推薦状を書きましょう」
「大賢者への推薦?!」
目の前ににんじんを吊り下げられた馬とは、生徒に対してよろしくない表現だ。
それでも目標があるのと無いのではモチベーションが変わるのも事実。
たとえそれが、手に入ることのない幻だとしても。
「大賢者かぁ、あんまり現実的じゃないなぁ。私はべつに目指してるわけじゃないし」
「おいスーニャ!」
「そういう方もいるでしょう。なのでもう一つ副賞を。皆さんも王都に住む学生なら、最近発足されたリリーストームグループのことは耳にしているかと思います」
「知ってる知ってる!彼岸花商店がトップの新しい商会でしょ!」
「アナザーワールドとかムーンフォレストとか有名だよね!」
「たしかパステリッツ商会も傘下なんだっけ?」
「ええ。王国の大小様々な商会が一つになった統一商会です。じつは個人的に、そこのトップとは顔見知りでして。私の口添えで、リリーストームで優先的に買い物が出来る権利をプレゼントしましょう」
「ええええ?!」
主に女子生徒が黄色い声を上げる。
リリーストームは今や王国の話題の中心。
興味を惹きつけるには充分だ。
「では、皆さんのやる気が出たところで。そろそろ始めましょうか」
生徒たちがそれぞれ魔力を高めるのを感じ、私は最後に付け加えた。
「加減はしませんのでそのつもりで」
大人げない。
歳が少し下なだけの生徒に使うには表現として適切でないかもしれないけれど、この有り様を見る分にはそれ以上の言葉は無いだろう。
「針の飛沫!!」
「颶風裂波!!」
学園にて鍛え上げられたのだろう魔法は、全て【妃竜の剣】の前に掻き消され、私に一撃与えるどころでない。
中には剣や体術を織り交ぜてくる生徒もいるけど、彼らより私の魔法の方が早い以上接近は許されない。
「はぁはぁ、何しても通じないんですけど!」
「これが大賢者…!強すぎる…!」
敵わないと折れず、必死になっているだけ上等ですね。
伊達に学園で鍛えられてはいないようです。
「大氷河」
「わぁぁぁぁ!!」
「いやぁぁぁ!!」
これ以上はグラウンドが使い物にならなくなるという辺りで一息つく。
「はぁっ、はぁっ!もー無理ぃ!」
「はぇあ…」
「僕の魔力が、尽きるなんて…!」
まもなく終業の時間。
死屍累々といった様子で、生徒たちは倒れた。
隅で一人、校舎の壁に背中を預けてこちらを窺っている女子生徒以外は。
「ファティマ=ウィルフォードさん。あなたは向かってこないのですか?」
「……いい」
「これはあくまで授業です。授業態度は評価に響きますよ」
するとファティマさんは、無詠唱で作り出した氷の礫を一つ放った。
威力もお粗末なそれは、【妃竜の剣】のバリアに振れる前に消えた。
「これでいい?」
校舎へと戻ろうとする彼女を止めようとすると終業の鐘が鳴った。
「…授業はここまで。各自反省点と対策をレポートに纏めて提出するように」
「はーい…」
ファティマ=ウィルフォード…彼女は…
昼食。
学園の食堂は教員、生徒に無料で開放されている。
人気はAランチ。
薄切りの肉のソテーが三枚に、黒パンにスープにサラダまで付いてくる。
「すみません、スープとサラダは大盛りで」
「はいはい。あっらぁアルティちゃんじゃない!久しぶりだねぇ!」
「どうもイスカータさん」
食堂のおば様ことイスカータさん。
生徒全員とは顔馴染みで、生徒一人一人の好き嫌いを把握しているすごい人。
「どうしたんだい?まさかまた学園に入学したんじゃ…」
「いえ、臨時の講師に招かれまして。しばらくの間お世話になります」
「まぁ嬉しい!あんたはとびきりおいしそうに食べてくれるから好きだったんだよ!アルティちゃんのためにビーフシチュー、仕込んであげるからね!」
「ほんとですか?やった、嬉しいです」
イスカータさんのビーフシチューは、その辺のレストランとは比べ物にならない超絶品。
すぐに売り切れになってしまう冬季限定の人気メニューだ。
けど、同じくらいおいしいのがこの豆のスープ。
素朴な味わいだけどボリュームがあって私の好みだ。
お腹の子のためにも、しっかりと栄養を摂らないといけませんからね。
「おい、あの人だろ。銀の大賢者って」
「そうそう、おれ知ってるよ。一つ上の先輩たち、みんなあの人にボコボコにされたって」
「告白した男子を氷漬けにして時計塔から逆さ吊りにしたんでしょ?」
「すごい、本物のシルバープリンセス」
「あれがナインブレイドの伝説、冬の到来かぁ」
全員口を氷で閉ざしてやりましょうか…
「アルちゃん先生、一緒にご飯しよ!」
「スーニャさん」
スーニャさんにラクス君、それにメイさんの三人が同じ卓についた。
ひそひそ話から庇ってくれたのでしょうか。
「学食美味しいよね!私いっつも同じの食べちゃう!」
「魔法使いならもっと栄養に気を遣えよな」
「いーっだ!食べたいもの食べて何が悪いのよ!ねーメイ」
「う、うん。でもスーニャちゃん、ちゃんと野菜も食べなきゃダメだよ」
「うえぇ…」
「仲がよろしいですね」
「私たち同じ出身だから。これでも貴族だしね」
「宮廷魔法使いのヴェールズ子爵ですね。城で何度か話をしたことがあります。魔法研究の第一人者らしい聡明な御仁です」
父が褒められてスーニャさんは誇らしそうに笑い、ラクス君は照れくさそうに顔を背けた。
メイさんは二人の家のメイドらしい。
魔法の才能を見込まれて共に学園に入学したのだそう。
「大賢者にそう言われるの超嬉しいっ」
「でも同じだけ悔しいよ。このままじゃ大賢者はおろか、宮廷魔法使いだって夢のまた夢だって思い知らされたんだから」
「そう悲観するものではありませんよ。魔法の有無は才能ですが、鍛錬次第でいくらでも魔法も魔力の容量も伸ばせますし」
スーニャさんの荒々しくも勢いがある【水魔法】。
ラクス君の【風魔法】は鋭さがあるけれど、固い性格からか変に縮こまっている。
二人より魔力の容量が大きいメイさんの【土魔法】だけど、従者として一歩引いているのが玉に瑕。
しかし、この三人はクラスでも頭一つ抜けているのも間違いない。
「結局のところ、魔法はイメージです。既存の魔法の枠に囚われず、自分が何をしたいかを明確に形作る。それが魔法の基礎です」
「なんか難しいよぉ」
「こればかりは本人の努力次第ですからね。と言ってもやはり独学では限界があるので、高名な魔法使いに弟子入りして教えを請うのが、魔法使いとして大成する一番の近道だと思いますよ」
「クローバー先生は、中等部に入る前には第二階位の魔法を使えたんですよね?どなたかに師事を仰いだんですか?」
「ええ、まあ」
賢者ソフィア=ラプラスハートの名前は口外しないようにしている。
それが師匠、もといお義母様との約束だ。
師匠とは私が勝手に呼んでいるだけで、長期休暇に数度手ほどきを受けただけなんだけれど。
「やっぱり自分で師匠って見つけないといけないのかぁ。アルちゃん先生、弟子入りさせてよー」
「なっ、バカ!そんな頼み方があるか!」
「そっそうだよスーニャちゃん!」
「礼節はともかくとして、私は弟子を取る気はありません。人の子はおろか、自分の子を育てるので手一杯です」
「アルちゃん先生子どもいるの?!!」
「声が大きいです」
「えーすごいすごい!!相手は?!カッコいい?!お金持ち?!やっぱり貴族とかすごい魔法使いとか?!」
「グイグイ来る…若い子特有の遠慮の無さがすごい…」
エネルギッシュなスーニャに気圧されていると、私の後ろでガタンという大きな音が鳴った。
勢いよく立ち上がって椅子が倒れた音だ。
「ファティマさん?」
「…………」
こちらを一瞥した後、素早くその場から去っていく。
「ど、どうしたのかな?」
「さぁ。ファティマって無口でほとんど誰とも喋らないし」
「こちらの話し声がうるさかったのかもしれませんね。申し訳ないことをしました。では、私はお先に失礼します」
「お時間があるとき、個別に質問に伺ってもいいですか?」
「もちろんです。私は先生ですからね」
午後からは資料の整頓。
教師って授業外は暇なイメージでしたが、やる事が多いんですね。
学生の時分は気にかけていませんでしたけれど、これが案外大変だ。
「大人になってわかる子どもの気楽さがありますね」
しかし、よくよく考えれば学園の思い出があまりありませんね。
真面目に学園生活を送ったとはとても言えないので仕方ないですが。
それを抜きにしても学園は平和だ。
というより平凡だ。
貴族が平民を見下すことは多々ありましたけど、物語よろしくの、新任教師が生徒の蟠りを解消し絆を深めたり、嫌味な教師率いるクラスと対抗戦をしたり、なんてことは起こらなかった。
「ちょっと、そこのあなた!」
だから、こういうのは非常に珍しいケースだ。
「何か?」
「あなたが銀の大賢者、アルティ=クローバーね!」
「結婚したのでラプラスハート=クローバー姓です」
「あ、それは失礼」
「いえいえ。それでは」
「待てぇい!」
なんですかこのちんちくりんは。
どうやら初等部のようですが。
マリアやジャンヌと同じくらいの歳でしょうか。
「アルティ=ラプラスハート=クローバー!」
「はい、こんにちは。それでは」
「待って!待ってぇ!おーねーがーいー!」
「なんですかいったい」
「ようやく話を聞く気になったわね!わたくしはシャノン=コルテイム!学園最強にして未来の大賢者になる魔法使い!」
「はぁ、それで未来の大賢者が何のご用でしょう」
「光栄に思いなさい!わたくしをあなたの弟子にさせてあげるわ!」
「結構です」
「仕方ないから荷物を運んであげるわ!弟子なら当然よ!その代わりあなたはわたくしに魔法の何たるかを教えるのよ!ほら、さっさとその本を寄越しなさ――――」
ベシッ
「痛ったぁ!!体罰!体罰よ!!この先生普通に頭叩いた!!」
「すみません、臨時だからいいかなと思いました。あと普通に鬱陶しかったので」
私、殴るときは殴るタイプですし。
「コンプライアンスよ!わたくしを叩くなんてお祖父様が許さないんだから!お詫びとしてわたくしを弟子にしなさい銀の大賢者!」
「嫌ですめんどくさい」
「やだやだ!弟子にすーるーのー!」
もう一発しばけば諦めるでしょうか、と拳を握ったその時。
「待ちなさい」
私の背後で黒髪が揺れた。
「ファティマさん?」
「黙って聞いてれば…アルティお姉様の弟子になるのは、この私よ!!」
「おね、お姉様…?」
「私が一番、アルティお姉様のことを愛してるんだから!!」
「はい?…………はい?!!」
「好きですアルティお姉様!!私をお姉様の弟子にしてください!!」
教師生活一日目は、生徒に愛の告白をされて幕を閉じた。
なるほど、モテ期というやつですか。
…………いやあの、困ります人妻なので。
日常回って書くのたのしー!!
皆さんも読むの楽しいですよね、へへ。
今章はどれだけ続くかまったく考えていないので、なるように百合しろの精神で書いていきます。
このままお付き合いくださいm(__)m
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