141.限界を越えて
【反転】。
術者が知覚、意識した対象を文字通り反転させる力。
性別、方向、時の流れまでもその範疇だ。
そして魔力も。
理屈だけで言えば、魔力と原点が同じな呪力すらも反転させられる。
けれど術者であるユウカは、それを乱用出来ない。
消費する魔力が天文学的なためだ。
「弱いったらないわね」
「私の女が情けないこと言ってんな。弱い不甲斐ない上等じゃねーか。そのために私が支えんだよ」
なら、私が【反転】を使って聖都をどうにかすればいい。
かというとそれも違う。
実際、呪力が呪力を生み続ける炉心の性質が由来し、今も尚怪物は生み出され、国崩しの効果は聖都の外まで拡がろうとしている。
聖の属性を付与した氷獄の断罪と【創造竜の魔法】でなんとか抑えてはいるものの、他にリソースを避けないっていうのが現状だ。
情けなくもあり可笑しくもある。
天気を変えたり何人にも増えたりは出来るのに、たった一人の力を抑える方が何倍も難しいってんだから。
「支えて支えられて…俗に言う最高ってことね。リコリス、一つお願い」
「んぁ?」
「めちゃくちゃ頑張るから、全部片付いたら……めちゃくちゃ抱いて」
「あ、ひゃひぃ…」
そんなん言われたらもう、ね?
「しゃしゃんなクソ幽霊!!くっせぇ《ピーーーー》で神様誘惑すんなよ!!神様ぁ〜♡こんなクソ幽霊より私の方がえっちですよ〜♡」
「黙ってなさいよクソ聖女!!取り憑いてその乳で床掃除するわよ!!」
「くぅ〜もうみんなまとめて抱いてやるって〜♡ウッヘッヘ美少女に取り合われるのマジ至福〜♡」
『あの』
『リコリス、ちゃん?』
「はっ!」
バカやってる場合じゃねえ!
師匠も今ガチバトルしてるのに!
「クロエ!」
「はーい♡お任せあれですぅ♡……【神聖魔法】、神々の聖域!!」
虹色のカーテンが聖都に揺らぐ。
私がかけるよりも強力で強大な魔法で聖都を覆い、呪力が外に漏洩するのを防ぐ。
さすが聖女。
澱んでた空気すら澄んでいく気がする。
「この規模は…さすがに長く持ちません…。だから、しくじったら私と神様の営みを土下座して見守れよブス共!!」
――――――――
「誰にものを言っているんですか」
巨大な水車が稼働する神殿の地下。
限られた神官しか立ち入ることを許されない神聖な場所で、私は街を潤す水源である泉に手を触れた。
「【影魔法】、黛蜘蛛の翳り糸!!」
清く透明であったのだろう、呪力によって黒く染まった水。
それを更なる黒が侵食する。
あの方は本当、私たちの発想の斜め上を行く。
「さぞ見物でしょう。シキさんの驚く顔は」
出し惜しみ無く。
私は魔力を迸らせた。
聖都を影で満たす…生粋でも純粋でもない、魔法が使えるだけの暗殺者に、あの人はなんて酷な頼み事をするのでしょう。
私たちなら応えられると信じて疑わない。
高慢……だけど、それが愛しい。
なのに、私を愛してくれる方の前で、私は二度も醜態を晒した。
羞恥で身が焦げてしまいそう。
弱くて、不甲斐なくていいとあの方は言うけれど。
「……っ!!」
甘えるだけで、寄り添うだけで、それがあの方への愛の証明になるものか。
「私は――――――――」
――――――――
「来た…!」
街の水路をシャーリーさんの影が走る。
国崩しの影響で本来の街の形は失われ、滞ってしまった水の流れをシャーリーさんが矯正する。
私も…
「【混沌付与魔術】!!夜天の星・冥王霊鳥!!」
聖都の中心で空に向けて魔法を放つ。
翼をはためかせた冥王霊鳥は、箒星の尾で黒い線を空に描いた。
聖都の水路と同じ鏡写しの線を。
「あとは、魔力との勝負…」
【混沌付与魔術】した魔法は、私の意思とは別に最低限の命令を自動でこなす機構が備わる。
魔力が続く限り冥王霊鳥の方はひとまず大丈夫。
私は私のやるべきことを。
「きゃあぁぁぁ!!」
「たっ、助けて!!」
逃げ遅れた市民を怪物が襲う。
私は腕を異形に変え、怪物の頭を殴り潰した。
「だ、大丈夫…でひゅっ!あぅ…噛んだ…」
「ひっ!!」
女の人二人が私を見て怯える。
「ば、化け物…!」
リーテュエルの思想だけじゃない。
恐怖、嫌悪…これが本来の反応だ。
リコリスちゃんたちと一緒にいて慣れてしまったから忘れていただけ。
「あ、あの」
「や、やめて!来ないで!」
私は化け物だ。
人の形をしてるだけの異端だ。
でも、
『なんで?かっけーじゃん』
あの人がそう言ってくれたから。
まだまだぎこちなくだけど、あの人みたいに胸を張って笑える。
「大丈夫…ですからね」
「……!」
「絶対…守ります、から」
身体はどれだけ化け物でもいい。
人からかけ離れた姿でも、リコリスちゃんは私を好きでいてくれるから。
愛してくれるから。
「私は――――――――」
――――――――
聖都に張り巡らされた水路を利用した極大魔法陣と、上空に描かれる鏡写しの魔法陣。
二つの陣を用いて呪術への干渉力を高め、聖女の力で範囲を指定、リコリスのスキルで私たちの力を引き上げる。
突飛というかバカっていうか。
でもこんなバカじゃなきゃ、私はきっと好きにならなかった。
「【百合の王姫】!!」
空と地面が澄んだ緋色に輝き出す。
集中して魔力を高めると、身体を無数の虫が這うような、闇に呑み込まれるような不気味な感覚が襲ってきた。
抱かれるだけじゃ割に合わないかしら。
「っ…!」
「ユウカ!!」
「こっちのことは気にしなくていいから…あんたはみんなの力のバランス取ってなさい…!!」
どれか一つでも欠けたらそこで終わる。
なのに力不足なのがわかる。わかっちゃう。
海に小石を投じたところで……って、そんな無力感と絶望感。
それでもこいつは何とかする。何とか出来るって思ってるのよね。
ねえ、リコリス。
あんたは世界くらい簡単に救っちゃうんでしょ?
そのとき隣に並び立つ女が、これくらいでヘバってちゃ様にならないわよね。
「フッ、フフ…!」
「こんなときになに笑ってんだクソ幽霊!!」
聖女に言われて自分の口角が上がってるのに気付いた。
おかしくなった?
かもしれない。
五百年…空っぽな時間を幽霊として過ごして、その先でとんでもなくステキな時間があった。
私を愛してくれる人の役に立てる。
これが笑わずにいられるか。
「私は――――――――」
「リコリスさんに誇れる私で在りたい!!」
「化け物な自分を…めいっぱい誇る…!!」
「今この瞬間が誇らしい!!」
「「「アンリミテッドスキル――――――――!!!」」」
――――――――
限界を越える……ただの人間がそれをするのは並大抵のことじゃない。
ただ少し暗殺が出来るだけの私がこの領域に辿り着ける…思いの力は全てを凌駕するということ。
この力で応えましょう。
我が愛しのリコリスさんに。
「【黒竜の暗影】!!」
意識が拡張する。
点在するありとあらゆる影が脳に直結し、私の手足となるイメージ。
街に巡る影が加速し、本来の水の流れを構築する。
ひたすらに直向きな黒の力。
「リコリスさん…」
あなたは褒めてくださいますか?
愛を囁いてくれますか?
あなたのために歩を進めた私を。
まるで乙女のように愛しき名を呟くと、黒い泉から肉の塊の怪物が飛び出してきた。
愛の余韻を邪魔するなどあまりにも無粋。不愉快。
立ち阻かる者に永劫の死を。
「終の黑針!!」
動きも音も、衝撃波さえも。
観測不能の不可避の蹴り。
怪物は爆ぜるどころか、始めからそこに居なかったように跡形もなく消えた。
我ながら人間を辞めている。
それでも。
少しは誇れる自分になれたのなら、と。
私は影が立ち上る天井を見上げた。
――――――――
魔力の出力が違う。
魔法が、スキルが、完全に私と一つになったのがわかる。
冥王霊鳥が加速したのを見て、私は拳を握った。
向こうは大丈夫。
あとはリコリスちゃんたちが何とかしてくれる。
「あとは、怪物を止める…だけ」
ずっと羨ましかった。
アルティちゃんがリコリスちゃんと同じ領域に立ってるのが。
リコリスちゃんの一番なことも、リコリスちゃんとの愛の結晶を宿してるのも。
だから今、ちょっとだけ嬉しい。
私も二人と同じところに立ってる。
私もリコリスちゃんの隣に立っていいんだって。
「【創世竜の混沌】!!」
右腕の竜の頭が口を開いたところに、重力が何重にも渦を巻いて球体を作り出す。
街中に蔓延る怪物の群れを対象に指定し、引き寄せ、無限の質量を叩き込んだ。
「重力核崩壊!!」
喧騒が満ちていた街に一瞬の静寂が満ちる。
人々は息を呑んで私に奇異な目を向けるけど、私は集まった視線の中心で腕を挙げた。
私が百合の楽園、エヴァ=ベリーディースだと。
リコリスちゃんが愛した女だぞ、と。
まあ…
「あっ、あんまり注目はしない……ヴォロロロロロロ!!」
どこからか沸き上がった歓声に耐えきれなくて吐き散らかしたんだけど。
冥王霊鳥は無事に鏡写しの陣を描けたみたいだし…あとは任せ、オロロロロロ!!
――――――――
「来た!!」
聖都の水路と上空に展開された二つの魔法陣。
覚醒によって引き上げたられた強さが力を盤石のものにする。
星が生まれたと錯覚するようなエネルギーの奔流の中で、私は生まれて始めて……いえ、死んで始めて咆哮した。
呪力を、呪術を、世界を書き換える。
私なら出来る。
私にしか出来ない。
「絶対に止める!!私に応えて見せなさい――――――――【死王竜の反転】!!」
私を中心に時計模様の魔法陣が光り、時計の針が文字盤を逆に刻む。
膨大なエネルギーがそのまま吸われていくのがわかった。
「くっ、ううう……!!」
みんな頑張ってるのに情けない声が出る。
シャーリーやエヴァと違って、根本的な弱さが目立ってる証拠だ。
みっともない…
でも、肝心要の私が折れるわけには絶対にいかない。
「あ――――――――」
私が私を鼓舞するより早く、
「なんとかするつもりなら…さっさと気張れクソ幽霊!!」
聖女の叱咤が飛んできた。
「誰が欠けてもダメなんだろ!!私の分まで!!神様の力になれ!!ユウカ!!」
「っ!!言われなくても!!」
こいつのことは嫌いだけど、認めたくないけど、リコリスを好きって気持ちだけは本物だから。
「再臨する反転の時!!」
情けないところは見せられない。
「いけ…いけぇーーーー!!!」
意識が白く飛んで身体の力が抜けた。
倒れる私を支えたのはリコリスだった。
「ありがとう。頑張ってくれて」
虹色のカーテンと空と地上の魔法陣が消えて、緋色に染まった黒い街並みは、元の清い白に戻っていく。
破壊の跡こそ目立つけど、それ以外は大方元通り。
やった。やってやった。
私は残っていた気力でリコリスの前に拳を出した。
「まだ終わりじゃないでしょ。最後は決めなさいよ」
「おうっ。一発かましてくる。全部終わったら約束守るから」
「楽しみにしてる……どーよ、文句無いでしょ」
「フンッ」
「おつかれくらい言いなさいよね。ったく…強情っぱりなんだから、クロエって、ば……くぅ、くぅ」
――――――――
意識を途切れさせたユウカに、クロエは傍らで呟いた。
「……気絶するほど頑張った奴に、おつかれなんて簡単な言葉で足りるわけねえだろ」
だよね。
みんなが聖都を救った。
あとは私だ。
「クロエ、ユウカを頼んだ」
「はにゃーん♡お任せください神様っ♡」
師匠の魔法が解ける気配を察知して、私は元居た場所へと飛んだ。
さあ、決着の時間だ。
いよいよ獄楽嬢土編も大詰めです。
PVが32万を突破しましたが、まだまだ伸ばすつもりですので、最後までお付き合いくださいませ!
ときにテルナ、シャーリー、エヴァ、ユウカのアンリミテッドスキルの覚醒について少し。
【紅蓮竜の無限】
【黒竜の暗影】
【創世竜の混沌】
【死王竜の反転】
スキル名に竜が入っているのは、彼女たちが【竜王の加護】を持っている影響です。
リコリスはプランから【竜の加護】を受けていたために、スキルが進化した際に【創造竜の魔法】となり、アルティはそんなリコリスのスキルに無理やり干渉しために【妃竜の剣】を発現させました。
ときにクロエに関してですが、彼女もリコリスとあれこれしているため、しっかりと【百合の王姫】の影響下にありますが、【竜王の加護】を有していないためアンリミテッドスキルへの覚醒にはいたりませんでした。
最後にスキルの名前に関してですが、これといって法則性はありません。
そのときのノリで決めています!
後書きにお付き合いいただきありがとうございます!
もしよろしければ、今後とも応援していただけるとありがたいです!
次回、激闘決着。