140.最強vs最強(後編)
「燃ユル火天ノ星礫!!」
「護法九字切り!!」
空から落ちる血の流星群。
一つ一つが山ほどの大きさの隕石じゃが、シキは自分から死地へ踏み入り刀を振った。
一閃。に見間違う九つの剣閃が空ごと流星群を裂く。
ものの見事にと評するには、あまりにも無骨で荒々しい剣。
刀を振れるというだけで、奴は剣士ではないのじゃからそれも仕方ない。
「死にたがりなら黙って受けておれば良いものを」
業が深いこと。
咎人であることを受け入れるも、享楽を甘んじてはならぬと頭で理解しても、生来の性格がそれを邪魔するのか。
やはり妾が相手でよかった。
リコリスには荷が重すぎる。
此奴は殺す気くらいで相手をするのがちょうどいい。
「楽しいなぁ。死ぬには良い日や」
笑いながら振り回す刀が、妾の障壁のみならず腕と首とを切り落とす。
血で繋がれた肉体は瞬時に再生する故に、さしたる問題は無い。
銘の無いただの鈍で多次元的な障壁まで切り裂かれるのは、さすがにプライドが傷付くがのう。
「宿命ヲ架ス鉄血ノ磔!!」
裂けた空間から鎖が伸び、同じく現れた十字架に磔にする。
肉体の自由を奪い、対象の魂を悠久の時に彷徨わせる精神支配。
そこへ圧縮した血の槍を乱射してやったが、あろうことかシキは、
「縛られ囚われはもう飽きたんよ」
力ずくで宿命ヲ架ス鉄血ノ磔を破壊し、蹴りの圧で槍の嵐を粉砕した。
「化け物め、精神支配を物理で破るでないわ」
呆れながら腕を振り上げ血の断崖を突き上げる。
シキは喜々としながら断崖を駆け下り、一太刀目で妾の胴を切断し、二の太刀でまた首を刎ねた。
再生。
地平まで蹴り飛ばされ、腕を薙いだことで発生した衝撃波で肉が千切れる。
再生。
厚さが数キロある大地と見紛う壁で両脇から挟んでやっても、お構いなしに突進し妾の首を刀で貫いた。
「不毛じゃな。何をしようと妾は死なぬ。そなたの攻撃は無意味じゃ」
「ええんよ。最終的にはウチが死ねればそれでいい。刹那の愉悦ってやつやね」
「愉悦のう。死が生の終着点でもあるまいに」
「けど区切りではあるんと違う?けじめって言い換えてもいい。咎人は生きてたらあかん。咎人の生には意味も価値も無いんやから」
「それがそもそも違う。生きとし生ける者は皆、大なり小なり各々の咎を背負って生きておる。死してそれから逃れようとするのは責任の放棄ではないのか」
「いと可笑しやわ。背負った骸の重さを知らん人の戯言や」
「かもしれぬ。しかし、世の中にはその戯言で生きる傾奇者もおるのじゃ。口から吐く言葉は常人には理解出来ぬ理想。曇り無き純粋な欲望で周囲を騒がせ、否応無く巻き込み、挙句の果てには虜にしてしまう。そんな生きながらにして人の運命を背負うことを宿命とする者が」
互いに数千年を生きた怪物。
しかし互いが重ねた年月に数千年の差があることも事実。
シキにしてみれば、妾の言葉は子どもが語る夢物語に相違ない。
じゃが、綴る言葉の重みは年月ではなく経験。
空っぽの数千年より、妾がリコリスたちと過ごしたこの一年足らずの方がよほど濃密じゃ。
「長命は運命じゃが、不死とは力ある者に与えられた責務であり自由に他ならぬ。なればこそ問おう、シキよ。責任を以て自由を謳歌することが、はたして咎であるかどうか」
シキは腹を蹴飛ばし無理やり喉から刀を引き抜いた。
「人は皆咎人…そうやね、性悪説は正しい。だけど皆知らんやろ。ウチの愚かさを。自分がお腹痛めて産んだ子どもが冷たくなっていく……最強であるが故の悲しみを」
黒いオーラが九本の尾となり揺らめく。
対し妾は真紅のオーラを翼とした。
「理解など出来ぬ。否、少なくとも妾は理解などせぬ」
最強であることに誇りを持ち、愛してくれる弟子がいて、慕ってくれる仲間がいる。
不死であることも甘受し、毎日がとてつもなく満たされているのじゃから。
それを否定することはすなわち、妾がここにいることの否定。
妾が愛しむ仲間たちの否定と同義。
それだけは断じて認められぬ。
「妾に出来るのはそなたを止めること。今この一時、そなたの空虚を満たしてやることだけじゃ!!冥府ヲ満タス血ノ剣!!開闢司ル天蓋ノ昴!!」
地平を満たす剣の乱舞。
時空も次元も超越し加速する真紅の光線。
空を無くし、地を海で呑み、時を手中に、運命を捻じ曲げ、それでも止まらず享楽に死なんとする。
何時間が経ち、何年が経ち、何十年、何百年、何千年――――――――終わり無き死闘の中で、妾は自身の魂の位相が変化するのを覚えた。
それはリコリスと魂が繋がったことで到達した特異点で、或いは戦いに高揚することで起きたバグであったのかもしれぬ。
長らく忘れていた、自身が強くなる感覚。
成長。
皮肉じゃのう、と口角が上がる。
最強が今よりも強くなるというのは。
「アンリミテッドスキル!!」
妾が持つスキル、権能、全てを統一し超越し、吸血鬼としての特性を色濃く顕現した新たな力。
九尾の祖よ、世界よ、我が覚醒に心躍れ。
「吼え立てよ【紅蓮竜の無限】!!紅蓮ニ乖離ス虚空ノ矛!!」
防御、回避、治癒、再生という概念を破壊し存在を霧散させる赤の剣に、シキは死という確定された結果を以て迎え撃った。
「七曜凶星!!破軍之剣!!」
破れぬはずの結界が揺らめく。
この空間でなければ、世界は数度と破滅しておったやもしれぬほど、妾たちの力は昂った。
「おお、おおおお――――――――!!!」
肉体が崩壊する中、薄れる視界で妾はたしかに見た。
生に葛藤するシキの悲哀を。
のう、シキよ。
呪い呪われた九尾の王よ。
真に自分を呪っておるのは、そなた自身ではないのか。
そなたが救われたいと願うのなら手を伸ばせ。
差し伸べられた手を掴め。
妾たちの最愛は、けしてそなたを見捨てぬから。
ヒビ割れた失楽園に一条の光が射し込んで、妾たちの死闘は決着した。
――――――――
「全員準備はいい?」
『いつでも』
『お、オッケー…です!』
「あんたはほんとなんて無茶を…でも」
「そういうところがステキすぎです!!♡」
「ニッシッシ。無茶に応えてくれるお前たちの方こそステキだよ。さぁ、やろうぜみんな」
師匠がシキを押さえてくれてるこの僅かな時間が勝負だ。
「私たちで呪いに打ち勝つぞ!!」
いつもお付き合いいただきまことにありがとうございます!m(__)m
いつになく真剣なテルナも、最高にいいもんですよね!
残り2〜3話で獄楽嬢土編は終了を予定しておりますが、最後までどうかお付き合いくださいませ!
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