139.最強vs最強(前編)
傷付いた仲間。壊れた街。邪な空気。
いかんな、どれもこれもが妾の気に障る。
「あれ?師匠、アリスは?」
「今は信頼出来る者が見ておる。迷子になったのが功を奏した」
「迷子?」
「あ゛ー違う違う!!なんでもないのじゃ!!」
「今迷子って」
「聞き間違い乙〜じゃ!!ピーヒュルル〜!!なーんにも知らん!!知らんったら知らんのじゃ!!」
鎖を切って何とかごまかしておこう…
「よいからそなたはこの街をどうにかしておけ。あれの相手は妾がする」
「相手って…まさか殺す気じゃないよな」
「あれがそれを望んでいるとしてもか」
「誰だろうと人は殺さない。私の女にそんな業を背負わせてたまるか」
「……ふぅ、じゃよなぁ」
根っからの善人でなく、振り切った悪人でもない。
リコリスはリコリスじゃからこそ、妾たちはこれを好いておる。
好いておるからこそ応えたくなるのじゃ。
「巧いことやってみせよう。なに、なるようになるじゃろ。妾はそなたの師匠じゃしな」
「師匠…」
牙を見せた笑みを残し、妾は改めてシキに向かい合った。
「久しぶりじゃのう、黒天の狐王」
「久しぶりやね、真紅の女王。こんなところで、こんな形で再会することになるとは夢にも思わんかったわ」
「お互い様じゃ」
「それにしても」
「ぬ?」
「相変わらずちんまいねぇ。色々と」
「ぬぁっ?!」
「うんうん」
「妾は容姿自在じゃし乳見て頷いたリコリス貴様はあとで血吸ってやるからの!!……千五百年ほど前になるかのう。突如現れ殺してくれと懇願されたのは」
「そやったかな」
「結局妾では力及ばずじゃったが。喜べ、あの頃よりは強くなっておる」
「期待していいん?今度こそ死ねるって」
「生憎そなたの願いを聞き入れることは、妾の弟子の思うところに反する。諦めよ」
「ならウチの前に立つには役者が足りんかな」
「つれぬことを言うな。そなたに殺意を持たずとも、妾の仲間を傷付けたことへの贖罪をしてもらわねば腹の虫が治まらぬ」
つま先を一つ地面に打ち付け、足下に波紋を一つ広げる。
黒い世界に"赤"が満ちた。
「役者不足かどうか、その身でとくと味わえ」
地面から飛び出す血の刃がシキを襲うのに対し、奴はため息ついでに五芒星を展開した。
「五行相剋、土剋水」
呪力で強化されているとはいえ、たかが岩の壁が妾の魔法を防ぐか。
「土は水を堰き止める。五行相剋…自然界における木火土金水の優劣思想じゃな」
「【紅蓮魔法】は【水魔法】をベースにしてるんやろ?魔法の勝負じゃ話にならんよ」
「さて、それはどうかのう」
岩の壁にヒビが走る。
刃は壁を穿ち、更にシキの障壁と左肩とを貫いた。
「……!」
「身体を傷付けられるのは……否、痛みを覚えるのは初めての経験か?たしかに五行相剋の思想に於いて、水は土と相性が悪い。しかし血は"水"でありながら鉄。属性で言うなら"金"でもある」
五行相生。
それぞれを引き立てる相乗的な思想に置き換えたとき、土生金…土を掘ることで金を生み、金生水…金性と水性は相性が良い。
「昔、少しばかり陰陽術を齧ったことがあってのう。と言っても飲み仲間に酒の席で教えを説かれたくらいのものじゃが。いやはや、人生何が役立つか知れぬ」
シキは剛力を以て血の刃をへし折ってみせたが、妾は安心した。
奴にも赤い血が流れておったからじゃ。
「ダメージを再生しようとせぬのは死にたがりが故か?それとも治癒は不得手か?どちらでも良いか。五行陰陽を絡めればそなたの呪術にも届くようじゃしな」
さて、とシキを睨みつける。
「リコリスはその性分故にそなたを傷付けることをせなんだわけじゃが、妾はそうではない。リコリスに仇なすものを傷付けることなど厭いはせぬ。その上でもう一度問おうか。妾では役者不足か、シキ=リツカ」
「クフッ、クフフフフ。何百年、何千年も経てば時代は移ろうんやね。成長…進化…なるほど、それは盲点やった。昔は届かんかった牙も、時が経てば命に届きうる刃になる。ああ、浮気はあかんのに…顔がニヤけてまう。ええよ、思う存分殺り合おか」
「失楽園」
限り無く黒に近い血に渦を巻かせて真球と成し、妾とシキを取り囲んだ。
外から見れば半径僅か数メートルの球体。
しかし中は地平まで広がる果て無き無限の空間。
が、失楽園の真価はそれだけではない。
「外と時間の流れ方が違うね。不規則に変化してる」
「肌でそれを感じ取るのか…つくづく化け物じゃの。外での一分がこの中では三十分であったり、一日であったりと、妾にも予測は出来ぬ。あくまで体感時間の話じゃが、それでもそなたの言う、思う存分に応えてやったと思ってくれ」
「ありがとね。それで?ここは最大、どれだけ時間が引き延ばされるん?」
指を狐の形に。
奴の手に一振りの刀が現れた。
「せいぜい一分が百年といったところじゃろうな」
そう言うとシキは紅黒の世界を駆け出した。
一歩が地面を深く陥没させ、振った腕が竜巻を起こすほどにはしゃぎながら。
――――――――
「お役に立てず申し訳ありませんでした」
「ご、ゴメンなさい…」
シャーリーとエヴァは申し訳無さそうに目を伏せるけど。
「さすがに相手が悪いだろ。私も全然だったし」
落ち込む二人のダメージを回復する。
師匠がシキの相手をしてくれてるおかげで、ひとまずこっちは安心だ。
「エヴァ、大賢者としての見解を聞きたいな」
「見解…です、か?」
「この街を元に戻すにはどうしたらいいと思う?」
隅々まで呪力が張り巡らされ、黒く染まった広大な街を見下ろして深い息を吐く。
「街を組み換えパズルのように操る呪術、国崩し。建物と地面はあとで元通りにするとして、この呪力をどうしようかってことなんだけど」
「シ、シキさんの…呪力が強すぎる、せいで…下手な魔法は、全部阻害されます…」
「だよな」
呪力が及んでるのは地上全体と、地下は…だいたい1キロ?
そんなもんポンポンと操ってたのかあいつ。
「ひとまず吸収してみるというのは」
「それ採用。エヴァ、やれそう?」
「はっはい!」
「んじゃ…喰らい尽くせ【魔竜の暴食】!!」
「【混沌付与魔術】、闇大穴・冥王流星鎌!!」
出力を全開にすること一分弱。
「こひゅ、こひゅ…!!」
「はぁはぁ…全ッ然どうにもならねぇ!!」
しかも呪力が気持ち悪い!
吸収出来てないわけじゃなくて、吸収したそばから再生してる?
呪力が呪力を生む…【聖竜の憤怒】と同じ炉心の性質だ。
「す、すみません。浅はかなことを言いました」
「だい、大丈ぼろろろろ…」
「【魔竜の暴食】と闇大穴でどうにも出来ないとか」
「役立たずすぎる…」
「落ち込むのは後にしようぜ」
「けど、どうしたら…この状況をひっくり返せるのか…」
「ひっくり返す…」
ん?
ひっくり返す?
「そうか、あれなら…いやでも、そうなるとこの規模は…」
「リコリスちゃん…?」
加速した思考の先で、私は頭を掻いた。
「半神とか言っても結局はみんな頼りか。情けねぇ」
「何か妙案を?」
「ああ。……先に謝っとく。無茶させる。ゴメン」
シャーリーもエヴァも何を今更とばかりに肩を落とした。
「予測不能で制御不能。あなたはいつだってそうじゃありませんか」
「だ、大丈夫です…。私たち、は…リコリスちゃんを…信じてます、から」
「ええ。この命のあなたのために。如何様にもお使いください」
「ふぅ……サンキュ。愛してるよお前ら」
いっちょ度肝を抜いてやるか。
――――――――
一向に減らない怪物の群れ。
砕けては再生する骨の巨人。
私のスタミナは無限でも、魔力はその限りじゃない。
そろそろ限界が来るのがわかる。
強者でないなりによく耐えた。頑張った。自分を褒めてあげたい。
そんなので胸を張って…
「リコリスに顔向け出来るわけない!!」
空間に青白い火の玉が浮かび、私の手元で身の丈以上の鎌を形作る。
死霊術師とは死者の魂を統べ、魂を以て魂を刈る者。
「霊魂葬送!!」
即死。
一帯の怪物を消滅させたら、また奥からぞろぞろと姿を現してくる。
「あぁ、もう…」
「ヘバんなクソ幽霊」
「クソ聖女…はぁ、はぁ…ヘバってなんかないわよ。怪我人の方は?」
「重傷者は治癒が終わった。あとはババアたちでなんとかする」
「手助けしてくれるの?あら優しい」
「勘違いしてんじゃねえよきっしょいな。墓前に牛の小便供えるぞ。お前みたいなのでも何かあったら神様が悲しむだろ。神様を泣き顔にするのは巫女の役目じゃない」
「はいはい、ご立派ご立派。……手、貸させてあげる」
「手貸させてあげてやってもいいぞ」
悪態も愛嬌。
ていうか、あいつが好きになるんだから悪人なはずないのよね。
「もう少し、頑張ってやろうかな」
怪物が蠢く。
「もう少し…」
一つの怪物に次々と怪物が寄っていく。
「頑張って…」
肉が肉を呼んで神殿よりも巨大になったんだけど?
「……クソ聖女、出番よ」
「浄化にもサイズ感ってあんだよクソ幽霊」
「よねぇ…」
肉の怪物は何か技を繰り出すわけでもなく、ただ緩慢に身体を傾けた。
倒れるだけで簡単に圧殺出来る。
あれにそんな知能があるのかはともかくとして、私たちは揃って情けなく叫んだ。
「「わ゛ーーーーーーーー!!!」」
呆気ない終わりを前に瞳を固く閉じ横の聖女と固く抱き合うと、
「【魔竜の暴食】!!」
黒竜の頭部が怪物を丸呑みにした。
「へっ…?」
「よぉ、ユウカ。よく頑張っ……おっぱいムニッてしてるのいいなぁ!その間挟まっていい?!女だから百合の間に挟まってもいいよね?!ね?!」
「「…………離れろ!!!」」
くっそ胸だけデカいんだから。
「じゃなくて、リコリス遅い!」
「お待ちしておりました神様ぁ♡」
「これでも頑張ったんじゃてリコリスさん。しかもまだ終わってないし。ってわけでユウカ、クロエ」
「ええ」
「はーいっ♡」
「私たちで聖都を救うぞ」
あのバカヤローを止めるって、リコリスは両の足に力を込めた。
「思い知らせてやる。私たちに不可能なんか無いってよ」
ご愛読いただきありがとうございます!
皆様、お盆は如何お過ごしだったでしょうか。
しっかり休めた方、これから休みの方、各々おられるかと思いますが、変わらず百合チートを応援していただければ幸いですm(__)m
ちなみにですが、陰陽術(五行相剋、五行相生)は、かの少年ジャンプよりシャーマンキング、ハオで覚えました。