138.生の価値、生の意味
夜が来たわけじゃない。
闇が覆ったわけでもない。
ただ、街全体が黒に染まった。
天を穿つ氷河の壁までも。
「なんだ、これ」
聖都全体が異界に取り囲まれた?
それとも聖都と同じ外見の別次元?
「心配せんでいいよお姉様」
「!」
「国崩しはそんな怖い呪術やないから」
「ならいい、とはなんねぇよ」
「仰々しいのは名前だけ。ただのお遊びや」
シキが右手を上げると、それに次いで近くの家が持ち上がった。
なるほど、そういう…
「遊びにも限度があるって知ってる?」
「さぁ」
と、腕を振る。
宙に浮かんだ建物が私目掛けて飛んできた。
「リコリス、ちゃん!」
「大丈夫!家くらいなら片手で受け止められる!」
「それはそれでどうなんですか?」
さすがにスキル全開にしてだからそんな目で見んといて!
「街を組み換えパズルのように操る呪術ですか」
「操れるのが建物一軒規模なら、まだ可愛いもんだけどな」
世界の理を超越した力。
それがアンリミテッドスキル。
神々の領域に足を踏み入れた者の到達点だ。
シキのアンリミテッドスキル【九尾の呪禁】は、名前に偽りも際限も無い自由を体現した。
街の一角――――私たちが立っている地面、およそ10ヘクタール以上――――を持ち上げて振り回すなんてことは、シキにしてみれば造作もないことなんだろう。
「あわ、あわわ…!」
「遠心力で身体が…!」
私たちだけなら耐えられる。
でも街にはまだ避難出来てない市民や、避難を勧告してるヘルカトラズの職員さんたちがいる。
「っの、【創造竜の魔法】!!」
念動力で街は止めたけど…
「それを乱発出来るのは聞いてねぇ!!」
「言ってへんもん」
浮かせた街を同時に複数操作。
その上建物を持ち上げて私たちにぶつけてくる繊細な使い方までしてくる。
上下左右の感覚が消える。
【創造竜の魔法】の魔法制御を軽く上回ってくるの、ヤバすぎて語彙がどうにかなるわ。
市民を守りながら街を止めてシキから意識を切らない?頭バグるって。
「ぬおおおおお!!」
「エヴァさん、リコリスさんが街を抑えてくれている間に、私たちでシキさんを!」
「は、はいっ!」
「纏影、黒亜の矛!!」
「夜天の星!!」
蹴りに合わせて放つ影の波動、重力の箒星に対し、シキは防御することすらしなかった。
「その辺の魔法使いよりは強いんやけどね」
明らかに手加減されて。殴られ蹴られ、二人はそれぞれの方向に吹き飛ばされた。追撃に建物を数棟ぶつけたのを見てキレる。
さすがにそれは看過出来ないぞ。
「私の女に何してんだ!!」
「魔力が膨れて…クフッ、まだ強なるんやね」
「女のためならな!!【百合の王姫】!!」
「……!」
っしゃ!
さすがのシキも揺らいだ!
耐性ガン無視の女性超特攻!
愛してるよ【百合の王姫】!
「おもしろいスキルやね。お姉様への恋心が強くなった感じや」
「言いながら殴りかかってくるじゃん!!」
重っも…!!
【百合の王姫】は効いてるはずなのに。
受ければ腕が消し飛ぶパンチが、受ければ骨にヒビが入るくらいには弱体化してる……か?
ほとんどマイナスになってない。
「【霊竜の嫉妬】!!【兎竜の怠惰】!!」
対象の能力の急低下と強制昏倒を試みるけど、案の定シキには通じない。
同じように【魔竜の暴食】で呪力を喰らっても無意味だった。
「っ、いい加減大人しくしろよシキ!悪ふざけはおしまい!ほらチューしよチュー!」
「それなら止めるしかあらへんよお姉様。人を…女をかな?傷付けることを良しとしないお姉様と違って、ウチは人を殺すことに躊躇いが無い。それならお姉様がやることは一つ。ウチを殺すしかない。違う?」
「ざけんな!私は人を殺さない!絶対に!死にたがりみたいなこと言ってんじゃねえよ!」
「みたいに、やない。ウチは死にたいんよ」
唐突な発言に虚を突かれ、貫き手が私の喉を撃った。
「ゲホッ!!」
「五行相生、土生金」
足下に五芒星が光り、黒い地面が剣となって私を斬り裂く。
それに留まらず剣は形状を変え、力を封じる鎖となって縛り付けた。
呪術に陰陽術を組み合わせてくる戦略の幅。
滴る自分の血の赤さに、これが最強だと改めて実感した。
「人を傷付ければ血が流れるし、殺せば死ぬ。摂理で道理でなただの真理。でもウチはその理から外れてしもた。自分の享楽を優先したばっかりに」
「私に言わせれば、楽しいこと優先して何が悪いんだって感じだけどね。でもそれで誰かが悲しむなら話は違う。なぁシキ、話してみろよ。お前は」
「言うたやろ、死にたいんよ。……ヘルカトラズは、この世の全ての死が集まるところ。だからウチは自分から捕まった。けどどうやろ。刎ねられても縊られても首は落ちない。死刑、拷問、どれもぬるま湯やった」
その結果監獄に落胆して、自分好みの楽園に変えてちゃ世話無いと思うけど。
望みが叶わないことへの一種の反抗みたいなものだったのかもしれない。
「よぉ耐えた。もうこんなところにいても意味無い。お姉様が来たのはほんまに運命やと思った。ウチを殺せるかもしれない、ウチと同じ領域にいる人」
「だから…殺さないっての」
「ウチを知ってもおんなじこと言える?」
シキは手の平を打ち鳴らした。
泣きそうな、寂しそうな、何とも言えない表情で。
――――――――
「…………は?」
金の襖。
漆塗りの梁。
絢爛豪華な城の中。
「なんだこれ…私は…」
「ここはウチの心象風景」
「シキ?!」
リーテュエルじゃないどこか…いや、このあからさまに和風な城は…
「まさか、ヒノカミノ国…?」
「五千年以上前のね」
転移じゃなくて、シキが私に幻を見せてるらしい。
なんのために?
「これはウチの呪いの原点。どうかその目で見届けてほしい。知ってほしい。お姉様がウチをちゃんと殺せるように」
「殺さないって」
けど、シキが見届けてほしいと願うなら。
これから知るのは五千年の昔、たしかに世界の片隅で起きた出来事。
一人の赤ん坊の産声から始まった。
由緒正しき九尾の狐の血統。
山紫水明の国の長、将軍の家系に産まれた赤ん坊は、春夏秋冬をもじり四季と名付けられ、優しい両親の庇護の下で何不自由なく成長した。
稀代の才媛。
武芸と勉学に秀でた彼女は、齢が20歳を迎える前には、国一番の美女と名高いまでになり、数多の求婚の申し出を受けるようになっていた。
何一つ非の打ち所無い大名の家系の跡取りと契り、玉のように可愛らしい愛する子を設けて、幸せに幸せに老いていく。
約束された人生の中でシキは思った。
「退屈やなぁ」
全てを持ち、全てを与えられ、全てから思われても尚、何一つ満ちることのない享楽への渇望。
それが彼女の、延いては後の世の運命を大きく狂わせることになるなんて誰が想像しただろう。
そして彼女にとっての不運は、彼女に呪術の才能があったことに他ならない。
初めはただの好奇心だった。
自分が本気で呪術を行使すれば何が出来るのか、と。
思い至ったのは60回目の誕生日。
根拠のない自信があった。
自分ならこの国を、世界を面白可笑しく出来ると。
結果、起きたのは天災。
空は澱み海は涸れ、大地は生き物が住めないまでになり、やがては多くの人々が死に絶えた。
愛しい自分の子どもまでも。
「ちゃんと覚えてる。この腕が。子どもの亡き骸の冷たさを」
愚かだったと、今も尚愚かだと、シキは自分を罵った。
生き残った民に非難されたから、或いは自分から生まれ故郷を捨てることがせめてもの罰であるとばかりに、そうでなければ逃げるように、目を背けるようにシキは死んだ国を出た。
「自業自得やろ」
自分が哀しむのは違うと慟哭を押し殺し、嘘と笑顔で自分を塗り固めて、空っぽの享楽を背負って生き続けた。
生きている価値が無い自分は死ぬしかない。
けれど、強力な呪力が死を拒絶する。
何をしても死なない強靭な不死の肉体。不滅の魂。
どうにかして死ねないか、自分を殺せる者がいないか、探して、探して、探して探して世界中を探し回って、五千年の月日が経っても何も誰も見つけ出せず、藁にも縋る思いでヘルカトラズに服役した。
「何度も国を滅ぼしたっていうのは?」
「戦争してたり疫病が流行ってたりしてる国に行ったりしてた時期があったから。尾ヒレがついたんかもしれんね。それを抜きにしても本当のことなんやけどね。ウチの噂を聞いてウチを兵器として飼い殺そうとする国があった。そういう国は自分の意思で滅ぼしたんよ。八つ当たりするみたいに」
長い長い生の中で、ようやく彼女は見つけた。出逢った。
自分を殺せるだけの、自分と同じ理外の住人に。
「お願い。ウチはもう生きたくない」
不死の肉体。不滅の魂。
でも、心がすり減らないわけがない。
絞り出すような声を最後に、世界が元に戻った。
――――――――
現実では一秒も経過してない精神の世界から帰ってきて、シキはわかったやろ?と言った。
「生きてる価値も意味も無い。殺せるのはお姉様だけ。お願いやから、ウチの数千年の呪怨の連鎖を断ち切って」
「何度も言わせんな…!たとえお前が」
「でないと、皆殺しにする」
剣を構える私を無視して、シキは腕を広げて呪力を高めた。
「蠱毒」
黒い毒虫を街の東西に向けて放つ。
呪力が込められた鎖が私を離さない。
シャーリーとエヴァは……ダメだ間に合わない。
「やめろ!シキ!!」
「心配は要らぬ」
その声は私の中から焦りを消失させた。
「ここには最強がいる」
「師――――――――」
「【紅蓮魔法】、冥府ヲ満タス血ノ剣!!」
天から降り注ぐ無数の血の剣が毒虫を貫いていく。
まだ状況は何一つ好転してないのに、私は安堵に胸を撫で下ろす気分だった。
「……おっせーよ師匠」
作中では長命種が多く登場しておりますが、うち数名は不老不死であることを改めて明言します。
吸血鬼のテルナ(歳は重ねますが見た目に変化はありません(意図的に容姿を変えることが可能))。
すでに死んでいる幽霊のユウカ(歳はあくまで幽霊になってから重ねた年月で、実際老いているわけではない)。
魔力によって不老不死を体得し、因果律からの隔絶を選んだ人間、魔術師アリソン。
膨大な呪力により望まない形で不死となってしまった妖怪のシキ。
以上4名となっております。
また不老と銘打ってはいますが、上記のように歳は重ねています。
容姿がほとんど変化しないだけで。
また、モナは首を刎ねられても死にませんが、それは"とんでもなく生命力が強いだけ"です。
ところどころ設定が甘いところがあるかと思いますが、まあなんとなくわかる、くらいでお楽しみくださいm(__)m
もう少しだけシリアスしますが、どうかお付き合いいただければ幸いですm(__)m
これもまた百合の一つの形ということで何卒。
引き続き応援の方よろしくお願いいたします。