137.アンリミテッドスキル
大蛇で街を破壊しながら進むシキには、すぐに追いつくことが出来た。
スピードは遅い上に目立つから。
でも近付けない。
「シキ!!」
「神隠し」
目の前にいたはずのシキも大蛇も消えて、気付いたときには私は水の中にいた。
「プハッ!!くっそ、またか!!」
神隠し…近付く度に強制転移をくらっちゃう。
路地裏。知らない人の家。スカートの中……これはありがとうございます!!
【創造竜の魔法】の魔法抵抗力ガン無視なのイかれてるだろ。
呪術は系統が違うからすり抜けるとか、せめてそういう理由であってほしい。
これでも半神なんだが私。
「不毛な追いかけっこすぎる…」
このままじゃ被害を増やすだけだと、聖都全体に聖域を発動させる。
これで物的被害は防げるはず。
人的被害の方は…如何せん数が多すぎて、シキに集中してると片方が疎かになる。
「って、グダついてたら意味ねーだろ私!!やれることやれ!!氷獄の断罪!!」
冷気が迸り怪物を氷漬けに、更に都を巨大な氷が覆う。
とりあえずこれで聖都の外には被害が出ない…はず。
聖属性を付与した氷獄の断罪で耐性が低い怪物は倒せたけど、まだまだ数が多いし肝心のシキは止められてない。
「にゃろう…!」
私へと向かってくる異形に剣を構えたら、頭上から黒い槍が降って怪物を貫いた。
「ご無事ですかリコリスさん」
「さ、探し、ました…」
「シャーリー!エヴァ!」
「申し訳ありません。到着に少々時間がかかりました」
「気にすんな。ユウカとクロエは?」
「事態の伝達と負傷者の救護のために神殿へ。警護を申し出ましたが、こちらを優先せよと聖女より仰せつかっております」
さすがクロエ、大局が見えてる。
あとでよしよししよ。
「リコリスさん、ご指示を」
「シキを止める手を貸して」
「了解」
「は、はいっ。あ、あの、テルナさんたちは…」
「これだけ騒ぎが大きかったら何かしら動いてるだろ。師匠なら手離しで安心出来る。それより…っ、エヴァ!!」
「……!」
地面を突き破って現れた怪物が、エヴァの右腕に噛み付いた。
鋭く尖った牙を食い込ませるけど、腕は千切られることなく逆に牙が砕けた。
【混沌】。竜の鱗で覆った腕をそのままに、内側から魔法を爆発させ、生やした狼の頭で霧散した怪物を丸呑みにした。
呪術で産み出された怪物だけど、取り込んでも大丈夫なのかな。
「平気なの?」
「はっはい。特に…」
「ならいいけど…。にしてもサラッと倒すね。シャーリーもさっき、普通に倒してたし」
私は聖属性を付与してやっと押し切れるくらいなのに。
「もっもしかしたら…闇の属性は、シキさんの力と…相性がいいのかも、しれません…」
「相性ですか?」
「ま、まだ何とも、言えませんけど…。ヘルカトラズで、体感した力から鑑みて…シ、シキさんの力の根本的…な、属性は…闇……負のエネルギーなんだと、思います…」
「通用するかどうかじゃなくて、干渉しやすいってことか」
シャーリーの【影魔法】も、エヴァの【重力魔法】も、系統は闇だしな。
「怪物はともかくとして、私たちにあの人をどうにか出来るかはわかりませんが…リコリスさんの命とあれば」
「私から言うのはいつもと変わんないよ。死ぬな。殺すな」
「かしこまりました」
「頑張り、ます…」
っし、行くぜ。
――――――――
「なんでお前もこっち来てんだよクソ幽霊!」
「べつに来たくて来たわけじゃないわよ!」
シャーリーとエヴァが速すぎて私じゃ追いつけなかっただけで。
「神様とは離れ離れだし女狐は暴れてるし、あーもうふざけんな!!八つ当たりに祓わせろ!!」
「そっちがふざけんじゃないわよデカ乳女!!私の力でド貧乳に反転させるわよ!!」
ちなみにド貧乳ドはドロシーのドってリコリスが言ってた。
クロエと共に神殿へと到着したわけだけど、逐一悪態をつかれてイライラするったらない。
神殿では神官たちが各方面への対応に追われていた。
各所の被害の確認に、負傷者の救護。
避難した人たちが神殿に殺到している。
「クロエ!」
「ババア」
「これは一体何事ですか」
「女狐が脱獄して暴走してる。今は神様が抑えてくれてるはず」
「何故そんなことに…いえ、それより今は負傷者の手当てを。あなたもそちらに回ってください」
「わかってる」
立ち居振る舞いはともかく、聖女としての力量は確か。
クロエは運び込まれた人たちを、次から次へと治療していった。
「ああ神よ…何故あなたは人間に試練を与えるのですか…」
「やはり天理教を解体したのは間違いだったのでは」
「神の怒りに触れたんだ…」
「いや、人間以外がこの地に足を踏み入れたからだ」
混乱と不安が錯綜する中、怯えるような声が聞こえ、恨めしいような視線が私に向けられた。
「神の名を騙った罰が当たったんじゃないか」
苛立ちはしない。
とんだ見当外れだもの。
リコリスは崇められただけ。
誰も何も悪くない。
世界はいつだって、半分の幸福と半分の不幸で回っている。
今はその不幸が押し寄せてきてる。
たったそれだけのこと。
「教皇猊下!!怪物が結界を破り神殿の中に!!う、うわぁぁぁ!!」
「っ、神官は負傷者の救護を最優先に!クロエは皆を守りなさい!ここは私が!」
「教皇は迷える民の指針でしょ。そんな人に何かあったら、みんなは誰に縋ればいいのよ」
なら私に与えられた役割は、その不幸を反転させること。
「あなた…」
「クックックッ、聴きなさい神々の敬虔なる信徒たちよ!私こそは百合の楽園が一人、ユウカ=モノクロリス!!我が最愛の名にかけて、この私があなたたちを守ることを誓おう!!」
怪物が人々の悲鳴を浴びながら前進する。
お生憎様。
怪物の度合いならこっちだって負けてないんだから。
「死霊術・骸の巨人!!」
空間に展開した魔法陣から、上半身だけの黒い骨の巨人を召喚する。
巨人は先頭の怪物を鷲掴みに、そのまま握り潰して黒い靄に帰した。
「なんと悍ましい力…」
「ば、化け物…」
「けど、私たちを守ってくれた…」
悪戯に人が傷付くことを、リコリスは良く思わない。
じゃあ守るために戦うしかないじゃないの。
「私が相手をしてあげる。死霊に誘われる覚悟があるのなら。かかって来なさい有象無象」
――――――――
霊刀、天叢雲。
ミドナ=アンジュヴォルトの大太刀は、何も斬ることが出来ない、刃が潰れた剣。
彼女が怪物を斬り伏しているのは力任せに薙ぎ払っているだけにすぎないが、ただ祓魔の一点において、天叢雲は宝具が三種の神器の中でも随一の性能を誇っている。
呪術由来の怪物であることをミドナが知り得ずとも、シキの呪術百鬼夜行との相性は良い。
馬車ほどある大きさの牛を相手に目にも留まらない連続の突きを繰り出し、空から襲いくる羽が生えた蛇を叩き落としたところで、孤児院を取り囲む怪物の群れに息をついた。
「何だって言うんだ、まったく」
焦りは無いがキリも無い。
あるのは子どもたちを守るという強い意思のみ。
「ミドナ姉ちゃん…やっぱり、人間以外は悪い奴なんだ…!」
窓の外で戦うミドナを案じ、サリナたちは怯えた目を潤ませた。
そんな子どもたちにアリスは首を傾げる。
「みんな、ほかのしゅぞくのこときらい?」
「嫌いだよ!あいつらは怖くて、ズルくて、汚くて、私のパパもママも殺された!人間以外は悪だ!」
「このままじゃ私たちも…ミドナ姉ちゃんも…」
「アリス、みんなとなかよしだよ」
「へ?」
「ドロシーでしょ、マリアでしょ、ジャンヌも、シャーリーも、テルナも、エヴァも。ルウリに、ユウカに、モナ、リルムたちのことも、みんなみんななかよしでだいすき。ママとおかーさんもだーいすき」
アリスは純真だ。
負の感情が欠落しているわけでなく、周りの大人の影響を受けてそう育っている。
「せかいにはね、いいひともわるいひともいっぱい、いーっぱいいるんだよ。たいせつなのはだれかをきらいになることじゃなくて、みんなをすきになることだって、アリスおもう」
齢0歳にして完成された王の器。風格。
子どもたちは自分よりも小さな子どもに言葉を失った。
アリスはサリナの目元を拭うと、小さな手をドアノブにかけた。
「あ、おい!」
「だいじょうぶだよ。みんなのことは、アリスがまもるから」
怪物たちに向かってゆっくりと歩を進める。
守られていた王が、守る側に立つ。
それはまさに、覚醒と呼ぶに相応しい決意。
「アリス…?」
「みんなを、こわがらせちゃダメ」
アリスの右手を金のオーラが、左手を黒いオーラが覆う。
「【精霊王の輝冠】、【竜王の黒逆鱗】」
オーラの揺らめきが強まった一瞬、アリスがその場から動かずして怪物たちが消滅した。
「?!」
【精霊王の輝冠】。
精霊王のスキルは外的要因を拒絶し、因果律を操作する無敵の盾。
対して先代の竜王の名を冠したスキル【竜王の黒逆鱗】の権能は、最上位の天変地異。
その二つを組み合わせることで可能となるのが、天変地異の確定。
対象に回避不可の局所的な破滅を押し付けること。
「アリス、お前はいったい…」
「うゅ…」
もちろんそれは反則に反則を重ねた超反則で、訓練も鍛錬もしていないアリスが急に使用すれば、負荷がかかるのは免れない。
アンリミテッドスキルとはそういう理外の力だ。
フラつき倒れそうなアリスを、ミドナは慌てて受け止めた。
「おい、アリス。アリス」
「うゅ…からだ、うごかない…」
「みんなを守ってくれたんだな」
腕の中ですやすやと寝息を立てるアリスに気を取られ反応が遅れた。
「っ!」
自分の影から爪を伸ばしてくる怪物からアリスを守ろうと身を挺したとき、
「よくぞ耐えた」
血の雨が降ってきた。
影の中の怪物を、そして再び周囲を囲もうとした怪物たちを消滅させ、その場に降り立つ足音が一つ。
「まったく、方方探し回ったぞ。このじゃじゃ馬め」
「あなたは…」
「うちの子が……ああ、いや、こう言うと話が変わるか。うちのアリスが世話になったようじゃの。恩に着るのじゃ」
白い髪と真紅の魔力を振り撒き、その吸血鬼は毅然とした。
「あとは任せよ。そなたたたちには指一本触れさせぬ」
最強は最強足り得る者らしく。
――――――――
跳ぶ。飛ぶ。翔ぶ。
白い街並みに線を引く私たちに、シキはクスリと品良く笑った。
「何回でも来てくれるんやね」
兎にも角にもまずは大蛇を撃破する。
たかが巨大で硬いだけだ。
デカい奴を相手にするのはノアで経験してる。
「わ、私が…動きを止めます…!」
翼を生やして高く飛び、骨と鉱石と竜の鱗で硬化した腕で、上昇する勢いのままに大蛇の顎をかち上げる。
「シャーリー、さん…!」
「ぜやあっ!!」
一、二、三…剥き出しになった腹に、今度はシャーリーが鋭い蹴りを放つ。
大蛇の体表が波打ち怯んだところへ、二人は間髪を入れず魔法を放った。
「暗黒天星!!」
「純黒の影重薄刃!!」
空間を黒く染め上げる魔法に、大蛇は粉々になって消えた。
「シキ!!」
大蛇が吹き飛んだ勢いでシキは空に放り出されていた。
それでも本人は慌てることなく、召喚した鳥の怪物に乗って滞空した。
「強い強い。優秀やねぇ。残念やわ。そんなに強いのにウチには敵わんなんて」
「やってみなくてはわからないでしょう」
「意気込むだけでどうにかなるなら、とうの昔にウチの願いは叶ってるんよ」
シャーリーが屋根伝いに駆けて高く跳ぶのに合わせて、シキがも鳥の背中から跳んだ。
すると、あろうことか鳥が爆ぜて、嫌な気配が強くなった。
「ダメだシャーリー!!戻れ!!」
「?!」
もっと早く気付くべきだった。
シキの怖さは飄々とした掴みどころの無さでも、呪術っていう未知の力でも無い。
指を振っただけで空気の塊で人を押し潰せるような、全力の蹴りを頭に受けても微動だにしないような、呪力によって強化された、圧倒的で絶対的な身体能力だということに。
それはこの私が、女が放った蹴りに対して剣でガードしてしまう程の脅威だった。
瞬間移動でシャーリーを突き飛ばし、代わりにシキの攻撃を受けた私は、手元の剣が砕けた後に一瞬視界が暗転した。
地面が陥没するほどの勢いで叩きつけられ、更には蹴りの衝撃波で街の一部が崩壊した。
「リコリスさん!!」
「リコリス、ちゃん!!」
あっぶね、気絶しかけた…
右腕折れてる…肋骨と、右足もか…
スキルが無かったら詰んでたな。
防御も魔法抵抗も関係無しの、フィジカルゴリ押しタイプ。
そんなのが街を軽く破壊出来るレベルの魔法も使ってくるの普通にチートすぎてつれぇ。
くっそあの大人メスガキがよぉ。
「今のを喰らっても立てるんやね。さすがやわお姉様」
「女相手に心が折れたら女好きが廃るだろ」
作り直した剣を手に、向かいの屋根の上に立つシキを見据える。
「まだまだ遊んでくれるん?」
「お前が私にわからせられるまで。私がお前をわかるまで」
「誰にもウチは理解出来んよ」
「決めつけんな。道理で計れねえのは私も同じだ!!」
瞬間移動で距離を詰める私から視線を切ることなく、シキは冷静に手の平を翳す。
「蠱毒」
「氷獄の断罪!!」
黒い毒虫の群れと氷河が衝突し残滓が舞った。
「【混沌付与魔術】…闇大穴・冥王魔獣!!」
「残照の槍!!」
私を囮に死角から魔法を放つけど、シキは振り向きざまの蹴りと掌底でそれらを破壊した。
「速い…!!」
「反応速度まで桁違い…!!」
「神隠……」
「させねェよ!!【妃竜の剣】!!」
魔力操作機構【魔導書】と、絶対防御機構【星天の盾】。
それらを基に進化したアルティの【妃竜の剣】は、魔力の支配に特化したスキル。
たとえシキの力が膨大でも、一瞬呪術を無効化するくらいはわけはない。
そのはずだった。
「人の身でその領域に辿り着けてるんやね。感服ものやわ。ああ、どこまでも惜しい人」
地面の下から巨大な何かが叩きつけているように、何度も何度も地震が起こった。
「気付いたときには時遅し。百鬼妖いとおかし。ウチは呪術師、人を化かしてなんぼの狐。ウチを相手にするなら、遊ばれる覚悟をせなあかんよ」
「何をするつもりだ!!」
「何をするつもりなんやろうね…………アンリミテッドスキル」
「アンリミテッド……?!」
「スキル……?!」
今までにないプレッシャー……これはダメだ。
何もさせちゃいけない。
「氷獄の――――――――」
「【九尾の呪禁】。国崩し」
私の願いは虚しく。
聖都が黒に染まった。
フィジカルモンスターで呪術も使う、その上スーパー美人。
シキはこれでもかとチートを詰め込んでおります。
今後の展開から目を離せないという方は、どうか高評価、ブックマーク、感想、レビューにて応援してくださいm(__)m
スキル無し(魔力及び呪力)による身体能力強化込みの、百合の楽園とシキのパワー、スタミナ、スピードの対比。
《パワー》
シキ>>>>>>>リコリス>エヴァ>マリア>シャーリー>テルナ>ジャンヌ>アルティ=モナ>ルウリ=ユウカ>ドロシー
《スタミナ》
ユウカ(幽霊のため体力無限)>シキ>>>>>>>リコリス=モナ>マリア>ジャンヌ>シャーリー>ルウリ>アルティ>エヴァ>テルナ>ドロシー
《スピード》
シキ>>>>>>>シャーリー>マリア>リコリス>ジャンヌ>テルナ>エヴァ>アルティ>モナ>ルウリ>ドロシー=ユウカ
こうして見るとドロシーは貧弱ですが、戦えるだけで基本的に非戦闘員なので…