136.呪われた運命
流されるまま一緒にヘルカトラズから出てきちゃったわけだけど…
「ん、んーっ。やっぱりいいね、青い空は。気持ちが晴れるわ」
「そりゃよかった」
これって脱獄幇助とかならないよね?
要人誘拐とか。
早くみんなに戻ってきてもらわないと。
「クフフ、お水冷たいなぁ」
冬の水路に足をつけてパシャパシャしてるの幼い可愛いっ。
じゃない今は自重しろ私。
「隣おいで」
「はーあーい♡」
くぅ…キレイなお姉さんには逆らえねぇ…
靴を脱いで横に座る。
水に足をつけてみたけど、思いのほか冷たくない。
なるほど、魔石で温度の管理もしてるのか。
そんなことを考える余裕があるくらい、一緒にいる時間は穏やかだ。
隣にいるのは大罪人で死刑囚なはずなのに、どうにも気が抜けちゃう。
「なんかお腹すいたな。おにぎりあるけど食べる?」
「ええねぇ」
海苔だけ巻いた塩おにぎりを渡すと、シキは一口食べるなり頬を綻ばせた。
「おいしいわぁ。やっぱりお米やね。パンはあんまり好みやないから」
「監獄でも食べてたんでしょ?あそこまで用意させてたくらいだし」
「そうなんやけどねぇ。こっちの人はあんまりご飯を食べないから。炊き方がどうもイマイチなんよ。固かったり柔らかかったり」
「なるほど。米っておいしいよね。たまにお寿司とか握るよ私」
「お寿司?」
「あれ、知らない?握った酢飯の上に魚の切り身とか乗せるやつ。ヒノカミノ国の料理だって聞いたけど」
「ウチがヒノカミノ国にいたのは昔のことやから。その後で産まれたんかもね」
そりゃ五千年も生きてりゃそういうこともあるか。
「ウチはねぇ、お茶漬けが一番好き」
「お茶漬け!うっわ、いいね!」
「塩を利かせたきゅうりのお漬物を乗せただけのシンプルなやつが、さっぱりとしておいしいんよ」
「わーかーるー!おいしいよね!私梅干し乗せたお茶漬け超好き!」
「梅干しもおいしいなぁ」
「今年は自分で梅干し漬けちゃおっかなぁ」
アルティも酸っぱいもの食べたいだろうし。
自分で漬けた漬物ってうまいんだよねぇ。
「ふぅ、ごちそうさまでした」
「お粗末様」
横で満足そうに背中を伸ばすシキに、世間話として訊いてみた。
「ねぇ、国を滅ぼしたとか言ってたけど、それってなんで?」
「急やねぇ。そんなこと知りたいん?」
「話の続きは上でって言ったのシキの方でしょ」
「そやったっけ。なんで…うーん、そやね、暇潰しか気まぐれやったんと違うかな。昔のことで忘れてもた」
関西弁っていうか、中部弁?
結構いい加減なイントネーションは、わざとなんだとわかった。
その方が印象が柔らかくなるからってことなんだと思う。
現に私も最初っから呼び捨てにしてるし。
「人も殺したの?」
「殺したような、そうでもないような」
「なんだ、マジメに話す気なんて無いんじゃん」
「クフフ」
「じゃあ次の質問。シキの力は特別だって言ってたけど、それってどういうこと?」
私の魔法を阻害したことも、シャーリーの蹴りを生身で受けて平気なのも、その特別な力が原因ってことなんだよね。
「まだ魔法が奇跡とされていた時代に産まれた原初の特異点……"呪力"ってウチは呼んでる」
「呪力…」
「試してみる?」
シキが差し出した手を握ってみる。
するとシキのいう呪力が私の中に入ってきた。
「っ?!」
瞬間、振りほどくように手を離した。
「どうやった?」
「正直…気持ち悪い」
鍛え抜いた魔力は、術者の特徴を色濃く反映する。
私の魔力が赤いように、アルティの魔力が冷たく虹色に輝くように。
何物にも形容、変質出来る透明な"水"を魔力と呼ぶとすれば、シキの呪力はまるで"虫"。
大小無数の真っ黒な虫が這い上がってくるような不気味さと不快さ。
魔力とは、魔法とは全然違うっていうのがよくわかった。
「人ならざる奇跡は移ろう時代の中で洗練され続け、人はやがて奇跡を魔法と呼び、それを扱う者に魔法使いという字をつけた。言うなればウチの力は魔法の源流ってことになるかな」
「魔法の源流…シキは魔法使いなの?」
「ううん、ウチは呪術師。使うのは魔法じゃなくて呪術。これでも五行陰陽を極めた、ちょっとすごいお狐さんなんよ。こーんこん」
え、指を狐の形にするの可愛いっ。
呪術師か…それって領域を展開したりするあれ?
僕最強だから的な。
「よくわかってないんだけど、魔法と呪術の明確な違いって何かあるの?」
「明確な違いかぁ。んー、戦闘から生活まで広い分野を網羅するのが魔法やとするなら、呪術はこと一点、万象に対して害を齎すものってところかなぁ」
「おお…いきなりエグいとこぶっ込んできた…」
「"呪い"の後には"殺す"しか付かへんくらいやしね。まあ、何を以て害とするかどうかやけど」
「?」
「五行相生・水生木」
水路に向かって手を翳すと、水が渦を巻いて手の平に球体を作り、更にそこから何本もの草を生やし、やがて束なった草は小さな人形を作った。
「何それ?」
「五行相生言うてね、木火土金水を司る陰陽道の基本やよ」
水は木を生み、木は火を生む。
相手の力を増やす関係性を、五行相生と呼ぶらしい。
「それも呪術?」
「これは陰陽術。ウチのスキルの権能の一つやね」
素人すぎて違いがわからん。
「で、なんで人形作ったの?」
「呪いで人形言うたらこうやん?」
いたずらっぽく笑いながら私の髪を一本引き抜いて、それを人形の首に巻いた。
「あの、それってまさか呪いの藁人…」
「えいっ」
「ぎょふっ?!!♡」
胸のとこビクッて…やっばい変な声出た。
「蒭霊。代表的な呪術の一つやね。普通は釘を打ったり手足を折ったりするんやけど…」
ペロッ
「はうっ?!!♡なっ、ど、どこ舐めて…ひぃん?!!♡」
服の中を直接舐められてる感触。
これ、ヤバ…
「クフフ、可愛らしい反応。こことか気持ちいいんと違う?」
「ちょっマジでやめ…んにゃあっ!!♡」
めっちゃ恥ずいことされた…
「この私が一方的に責められたなんて…」
屈辱…
呪術ヤバすぎ…
「気持ち良かったやろ?」
「気持ち良かったけども!くそっ貸せ!こんな人形燃やしてやる!」
「髪の毛取らんとお姉様も燃えるよ?」
「それはそうだね!」
意図せずシキの呪術師としての力を見せつけられてしまった。
それに陰陽術の特異さも。
大気中の魔力を取り込んで、自分の属性に変換するのが魔法を発動させるってことだけど、陰陽術は自然物を利用するだけじゃなく、属性の法則を無視してる。
まだまだよくわかってないけど、優秀なんだってことはまあわかる。
「脱獄に付き合ってくれたお礼。気に入ってくれたやろか」
「新鮮でしたけどね!」
くっそ、なんかペース狂うな。
めちゃくちゃ歳上なのに、まるで子どもを相手にしてるみたいだ。
幼いからこその無邪気さって感じじゃなくて、自分の魅力や特性を理解した上での狡猾さって感じなんだけど。
なんていうんだこういうの。
大人メスガキ…的な?
悪い人には見えな…………見えない、よなぁ?
「シキってなんで服役してて、今になって脱獄したの?」
「お姉様に恋したからかな」
「何でもいいから口実が欲しかっただけでしょ。いくら私が見境無いからって、それが本当かどうかくらいはさすがにわかるよ」
「これでなんとか忘れてくれへん?」
ってシキは私の手を自分の胸に持って行った。
「ナメんな私をなんだと思ってデッカやらけっ?!!顔だけじゃなくて身体まで完ぺきなの?!!私も胸には自信があったけど、これはなかなか……」
「あぁん、そんな激しくされたら恥ずかしいわぁ」
「はっ!くそっ、これも呪術か!!」
おっぱいから手を離せねぇ!
「やれ恐ろしや呪術師…!」
「お姉様は素直やねぇ。んしょ、っと」
おっぱいの余韻を味わってたら、おもむろにシキは立ち上がった。
「どこ行くの?」
「どこに行こうかな。もうここには用は無いし。また適当に世界中をフラフラするんもいいかもね」
「悪いことするつもりなら止めるよ?乳繰り合うも多生の縁だし」
「袖振り合うも、やと思うけど」
「お互いのおっぱい触ってんだから乳繰り合うで正解じゃない?」
「ああ、それもそうやね。クフフ、無限の人生の中でお姉様に出逢えてよかった。長いこと忘れてたわ、退屈がちょっとだけ色付く感覚」
ありがとうね、とシキは微笑むけど、私にしてみれば少しムカっとする物言いだ。
「この私と出逢ってちょっとだけとかありえないんだが」
「は…?」
「私を誰だと思ってんだ。天上天下に比ぶる者無い完ぺきで究極のリコリスさんだぞ。シキが誰で何者だとしても、お前が望むんなら退屈くらい私色に染め上げてやるよ」
シキはそれまで貼り付けていた笑顔も忘れて、時間が止まったように立ち尽くした。
「……ほんまに優しい人。心苦しいわ」
「なんのこと?」
「ほんまは頼み事するつもりでお姉様を連れ出したんやけど、なんや頼みづらくなってもうたし、やっぱりウチはこのまま消えることにするわ」
「なんだよ、一緒にご飯しておっぱい触った仲だろ?言いたいことあるなら言ってみろよ」
「…………ウチは」
「見つけたッスよ」
言いかけた言葉が遮られる。
「案外早かったねぇ、獄卒長さん」
「これでも優秀ッスから」
止めようと……というか、刑を執行しようと、この場でシキ目掛けて大斧が振られる。
けれどアルカさんの大斧はガギンと鈍い音を立てて首の皮で止まった。
「ほんまに優秀なら、ウチの願いはとっくに叶ってたんやけどね」
シキは大斧の刃を鷲掴みにすると、それを砕いてアルカさんの身体に優しく触れた。
次の瞬間、アルカさんの身体が吹き飛んで、建物を数棟貫通した。
「アルカさん!っ、シキ!」
周りの人たちが騒ぎを起こす中で、アルカさんを吹き飛ばした自分の手を見て、シキは小さく息をついた。
それからこっちに振り返って笑った。
「ゴメンねお姉様。迷惑かけて。邪魔にならんようさっさと消えるから」
「いやそんなこと望んでねえし、迷惑だとも思ってねえよ!いいから落ち着け!」
「落ち着いとるよ。ウチは誰より冷静にウチをわかってる。ウチはただ楽しいことが好きなだけなのに、ウチ自身がそれを許せない。許しちゃいけない。ウチの運命は呪われてるから」
「呪われてる…?」
「そこまでです」
リーハさんが看守と獄卒を率いてやって来た。
「どうかおとなしく監獄へお戻りください」
「嫌やって言うたらどうなると思う?」
リーハさんの合図で看守と獄卒が剣を構える。
対してシキは指を組み合わせた。
「この街が地獄になるだけやろ」
「かかりなさい!」
「百鬼夜行」
シキが展開した陣から巨大な百匹の怪物が出現し、看守と獄卒を薙ぎ払い、目眩ましをするかのように街を暴れた。
【眷属召喚】とは違う、自分の力で産み出した異形。
力の規模が違う。
これはヤバい。
「止めろシキ!これ以上は冗談で済まされねぇ!」
「怒ってるん?」
「そりゃ怒るだろ!」
「なら、そっちの方が好都合やわ」
「はぁ?!」
「ねえ、お姉様。今から本気で遊ぶから、ウチのこと止めてくれへん?」
さっきから何言ってんだ?
何が目的だ?
「私で満足させられるならいくらでも相手してやる!だから関係無い人を巻き込むな!」
「忘れたあかんよ。ウチは咎人。死を与えられて然るべきの悪い狐さんやってこと。こーんこん」
追いかけっこでも望むように、大蛇の頭に飛び乗ってその場を離れる。
「待て!!」
追いかけようとすると、別の怪物が私を阻んだ。
全身を毛で覆った巨大な目玉だ。
剣で斬りかかったけど、あろうことか弾かれた。
毛が鉄の硬度なのはさておき、そのくらいなら斬れないはずがない。
呪術の特性か、シキの力量の問題か。
いや、どっちでもいい。
「ナメんなよ……私から逃げられる女なんているかぁ!!」
私は悪役より悪役めいた台詞を吐いて剣を光らせた。
「纏聖!!星の剣!!」
目玉の怪物は両断されて、黒い粒子となって霧散した。
呪術に対しては聖の属性が有効ってことね。
このまま周りの怪物も…
「リコリス様」
「リーハさん!」
リーハさんは身の丈ほどの大剣で怪物と押し合いながら言った。
「ここはお任せを。あの方を追ってください」
「でも!」
「たしかに任務を思えば、監獄長が彼女を追うのが筋です。ですが私よりもあなたの方が強いという事実を直視出来ていないわけではありません。どうかお願いいたします」
「はいっ!任されました!」
「どうかお気を付けて」
私は地面を蹴って屋根まで跳んだ。
「あの方は、気まぐれに世界を滅ぼせる力を持っているのですから」
――――――――
「うぅ…アリス…」
街中を探しても見つからぬ…
まさか誘拐?!
ありえる…なんせ可愛い子じゃからな…
「こうなったら……街を更地にしてでも見つけてくれるわ!!」
真紅の魔力を昂らせた瞬間、街の反対側でとんでもない爆発音が響いた。
「うおッ?!なんじゃ?!妾まだ何もしとらんが?!って、なんじゃあの化け物共は」
それにこの不気味で妙な気配には覚えがある。
「まさか呪力か?ということは……シキ=リツカ。あ奴がいるのか?」
黒天の狐王。
妖怪族最強の王……九尾の狐の血統が。
「何故あ奴が…」
そういえば数百年前に捕まったと聞いた気が…それがヘルカトラズじゃったか。
そんなことありえるものかと信じてはおらなんだが。
妾は、かの呪術師が暴れておることに危機感を覚えるよりも先に、深くため息をついた。
どうせまたリコリスが巻き込まれているのであろうと、理由もなく確信して。
「どうして行く先々でこうなるんじゃ、まったく」
傍観してるわけにもいかぬしのう、と背中に蝙蝠の羽を生やす
「さっさと片付けてアリスを探すのじゃ」
――――――――
「おいしー!」
「だろー?」
「ミドナおりょうりじょうず!」
綿雲のようにフワっとしたパンケーキ。
アリスたちはめいっぱい幸せを頬張った。
その様子を眺め、ミドナは微かに口角を上げた。
そんな折、コンコンと扉が叩かれる音がした。
「お客さん?」
「私が出るよ!」
サリナが椅子を降りて駆けていく。
扉を開けた瞬間、
「あ、あ゛ぁア……」
顔一面が口の怪物がサリナに覆い被さった。
「きゃああああ!!」
「サリナちゃん!!」
マルクとキキが大声を上げるが、当のサリナは頭が理解していない。
頬によだれが落ちてようやく恐怖が追いついたが、叫ぶよりも早く、怪物の頭が胴体から離れた。
「サリナから離れろ」
ミドナの手には、鈍く光る大太刀が一振り。
無骨なそれを片手にサリナを抱いた。
「ミドナ姉ちゃ……ひっ、うああああん!」
「よしよし、大丈夫だよ」
「ミドナお姉ちゃん…い、今の、何?」
「さあ、魔物じゃないみたいだけどね。危ないからみんなはここに居な。心配しなくていい。何があっても私が守ってあげるから」
頼れる背中を見て、アリスはリコリスを想起した。
「ママ…」
一抹の寂しさを胸に。
日常系百合も、シリアスに戦闘してる系の百合も好きです。
なので今、書くの楽しすぎて何度も下書きを書き直しています。
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