135.ピクニック気分で
異常と異質。
その言葉がこんなに似合う人も珍しい。
「クフフ、えらい楽しいわぁ。外からお客さんが来ることなんて滅多に無いから。看守さんお茶の用意お願い。お茶請けもあったら嬉しいなぁ」
「か、かしこまりました!」
仲良くしてと言われて何故かお茶をする運びになったんだけど、このシキという女性…なんとも囚人らしくない。
看守を顎で使っているのもそうだ。
厳重で質素な独房。
……いや、独房かこれが?
香り高い畳に囲炉裏。
掛け軸に箪笥。生け花。
まるで茶室だ。
持ってきたお茶も高級玉露。お茶菓子には落雁。
この人のためだけにわざわざ用意されたそれ。
十数年ぶりの和室を、まさか監獄の中で味わうことになるとは思わなかった。
「アンチェ○ンかよ」
「何ですかそれ?」
「独り言」
「あなた本当に囚人なの?」
「そうやよ幽霊のお嬢さん」
「この方はヘルカトラズに於いて…いえ、歴史上類を見ない大罪人です」
VIPを扱うように、リーハさんは丁寧に丁重に言葉を紡いだ。
「奸計と謀略に長け、その美貌で古今東西百の国々を滅ぼした大妖怪。傾国の妖狐、シキ=リツカ」
「妖怪…ってことは、ヒノカミノ国の出身ですか?」
「懐かしいなぁ。当時の将軍さんにちょっかい出して国を出てから帰ってへんから、かれこれ五千年は前のことやろか。今のヒノカミノ国はどうなってるんやろうね」
「五千年前?!」
うっそだろ師匠やモナよりずっと歳上じゃん。
この人何歳なんだ…ちょっと診てみようかな。
【神眼】でステータスを覗こうとしたら、頭の中に薄いガラスを割ったような音が鳴った。
鑑定を阻害された?
「あかんよ。乙女の秘密を覗いたら」
「アッハハ…」
いや【創造竜の魔法】の鑑定をキャンセルするって、どんな魔法の抵抗力してんだ。
やんわりしてるのに、この場に漂う緊張感といい…
「よろしいでしょうか。シキ=リツカといえばテルナさんやモナさんに並ぶ、音に聞こえた世界最強の一角。そのような方が何故この場所に?」
シャーリーの意図は、何故捕まっているのかということだ。
師匠たちほどの力があれば、囚われるということはありえない。
強さこそがあの人たちを自由たらしめている唯一の理由だからだ。
「女王に魔王…懐かしい名前やね。何故…か。クフフ、おかしいこと言うお嬢さんやわ。どこにいようとウチはウチ。どこにいたいか、何をしたいか、それを決めるところから自由は始まるんと違う?」
「…そうですね、失礼しました」
「クフフ、言うて大した理由でもないんやけどね」
「と言うと?」
「ほら、ここは広い家に使用人もついてるやろ?」
完全に私物化してるな。
リーハさんたちが快く思ってないのはたしかで、けどそれを言ったところで追い出すことも出来ず、過ぎ去るのを待つしかない。
なんか台風みたいな人だ。
「今度はお嬢さんのお話を聴きたいなぁ」
「私の?」
「お前なんかに神様の崇高さが理解出来るわけねえだろ女狐。身の程を弁えろよ。さっさと死刑になれ」
「クフフ、相変わらず可愛らしいなぁ。聖女様のお小言聴いてるときが一番楽しいわ。ほんまに冗談がお上手なんやから」
熱いお茶を啜る上品な所作に目が釘付けになる。
犯罪者であることを除けば、ちょっとそこらにはいないレベルの美人。
「そんなに見られると恥ずかしんやけどなぁ」
「あ、すみません。あんまりキレイなんで見蕩れてました」
「クフフ、そんな正直に言われると照れてまうわ。ありがとね。お嬢さんもキレイやよ」
「はい、一年に七千回言われます。キレイだし可愛いしカッコいいし才能に満ち溢れた超絶怒涛のスーパー美少女なんで」
「リ、リコリスちゃん…」
「どんな胆力してるのよ」
え?事実だから仕方なくない?
「クフッ、フフフ。おもろい子。ウチのこと怖くないん?」
「怖い?」
思わずキョトンとした。
女の子相手に本気で怒ったことはあっても、怖いと思ったことは一度もなかったから。
目の前の女性に得体の知れなさはある。
でもそれだけだ。
「怖いより先に、ミステリアスなお姉さんのことをもっと知りたいって気持ちが勝つかな」
「…………」
シキは目を丸くして言葉を失った。
何か変なこと言っちゃったか?
「ほんまおもろい子やね」
「……っ」
なんだ?
今一瞬ゾクってした。
「聖女様、そろそろ」
「ええ。神様、時間のようです。地上に戻りましょう」
「あ、うん。それじゃあ」
「もう行ってまうん?寂しいなぁ。何日か泊まってってもいいんやよ?」
「監獄暮らしを体験するには私は清すぎるんで」
「笑止」
「最低限の単語で否定してくんなユウカ貴様」
「残念やわ。もっとお話したかったんやけど。ああ、そうや。ウチがお出かけしたらええんやね」
「おっお出、かけ…?」
脱獄って言うんじゃないのそれ。
「仮にも死刑囚なんスけど。不用意な発言は気を付けて欲しいッス」
「硬いこと言いっこ無しやわ獄卒長さん。ウチは勝手にここに来た。なら勝手に出てっても問題は無いんと違う?というわけで手続きしてもらってもいいかなぁ?」
「そういうわけには参りません。こちらにも体面というものがあります。あなたは世間一般で言うところの極悪人。監獄は咎人を受け入れこそすれ、出すことはしない。人の心の平穏のために罪と悪を閉じ込め裁く。そうしてこそ我々の存在意義足り得るのです。それを易々と覆すようでは、世界一の監獄は名乗れません」
リーハさんの毅然とした物言いに、シキは拍手で称えた。
「立派も立派。敬服するわ。でもその道理はウチには関係無い。ここに来てから百と五十年、先代と先々代の監獄長さんらがウチに執行した死刑の数が、十万とんで六千九百七十一回。一度もどうこう出来ひんかったのにウチがここにいてあげたのは、監獄長さんが言うところの体面を大事にしたからや。けどもう飽きた。もしもウチを出さんて言うなら、無理やり出ることになるけど」
それでもいいん?とシキが小首を傾げた瞬間、私たち全員を言いようのない悪寒が襲う。
一つ機嫌を損ねたらこの場の全員の首が飛ぶと思わせるプレッシャーに身体が強張った。
「…なんで今さら外に出る気になったッスか?」
「人の恋路に理由を訊くのは野暮やないかな」
「恋路?」
「こんなに胸が高鳴ったのは初めてや。ねぇ、お姉様」
「お姉様?」
「ウチをお姉様のものにする気は無い?」
「は?ちょっ、どぅえええ?!!」
その死刑囚はどこまでも妖艶に自由に、私に身請けを持ち掛けた。
「わ、私のもの……ってことは、そのモフモフであんなことやこんなことしていい……ってコト?!!」
「あんなことやこんなこと、そんなこともしていいんやよ」
「そんなことまで?!!!ちょ、保釈金いくら?!出すよ?!お金あるんで!!」
「落ち着いてくださいリコリスさん」
前のめりに息を荒げる私の首根っこを掴んで、シャーリーは私を自分の方に引き寄せた。
「冗談も大概にしろよ女狐。お前みたいなのが神様と口を利くだけでも腹立たしいのに、その上身請け?加減知れよボケ涅槃に送るぞ」
「嫌やわ冗談なんて。言うたやろ、ウチはお姉様に恋してもたんよ」
ひゃああピトッて身体預けてくるぅ!!
すごいいい匂いする!!しゅきンゴなぁ!!
「ねぇいいやろお姉様」
「あっさりげないボディタッチもしゅきでしゅ!!」
「落ち着くって概念放棄したの?ちょっとあんた、いくらリコリスを絆しても私は反対よ。あんたは胡散臭すぎる」
「同感ですね。何が狙いなのかは知りませんが、リコリスさんを利用するつもりなら容赦しません」
エヴァも無言ながらコク、コクと首を縦に振った。
「ああ怖い怖い。あんまり怖いから震えてまうわ。ウチ臆病やから。お姉様の手でこの震え止めてくれん?お願い」
「んひゃっ?!」
耳元で囁いたかと思えば、シキはそのまま耳たぶを甘噛みした。
唐突なことで変な声出しちゃったんだけど、それはさておき。
そんなシキの軽薄な態度に腹を立てたらしい。
シャーリーは空気の壁をぶち破る蹴りをシキのこめかみ目掛けて放った。
「うおおい?!!暴力的が過ぎるだろアルティかお前!」
シャーリーの蹴りは素の威力で岩を砕く。もとい、岩に穴を開ける。
人の頭なんかトマトみたいになっちゃう…って、
「乱暴やねぇ」
「は…?」
「女の子が人の頭蹴ったらあかんよお嬢さん。ウチじゃなかったら死んでたよ」
シャーリーの蹴りをまともに受けてびくともしてない?!
ていうか、ダメージはおろか怯んですらない。
「っ…」
「シャーリー!」
むしろシャーリーが足を押さえて蹲った。
「大丈夫です…ヒビが入っただけです」
「ポ、ポーションを…」
「ありがとうございます、エヴァさん」
「何今の…。魔法…?スキル…?」
「い、いえ…魔力に、よる…ただの、肉体強化…です。でも、何かが…違う…」
「クフフ。力の本質の違いを肌で感じ取るなんて、優秀な魔法使いさんやね。そう、ウチのは魔力やない。ちょっとだけ特別」
「特別…?」
「お話の続きは上でしよか」
シキは私と腕を組んだまま、もう片方の手でクロエの腕を掴み、聖女の魔力に干渉して無理やり地上への転移陣を発動させた。
「この、女狐っ!」
「聖女様!アルカ!」
「ッス!」
「また会おね」
振られた大斧が空を切る。
唖然とするみんなを残して、私とシキは陣の向こうへ消えた。
いや、あの…ピクニック気分で脱獄するじゃん。
今回も閲覧いただきありがとうございます!
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それもこれも皆さまに愛読いただいているおかげと存じます!
引き続き百合百合していきますので、百合チートをどうかよろしくお願いいたしますm(__)m