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134.仲良うしてね

 大監獄ヘルカトラズは、レイヴァネスに流れる水路を決められた順に進むことで、【空間魔法】にて繋げられた扉が開く仕組みになっているらしい。

 上に下に、東西を巡り、レイヴァネスを巡礼するように一周して神殿に戻ってくる。


解錠(アンロック)


 クロエちゃんが祈りを捧げると、神殿の前の柱と地面に刻まれた模様に光が走り、それが浮かび上がって立体的な魔法陣の扉を構築した。


「て、手順と、文言で発動する…幾何学な魔法陣…。す、すごいです…」


 都全体を利用した術式は、大賢者をしてそう言わせるほどの価値があるらしい。

 魔法に関しては【創造竜の魔法(ラプラス)】さんとフィーリングに任せた感覚派なんでね、私は。

 知識とか見識にかけちゃサッパリだ。

 

「この魔法陣がヘルカトラズに繋がってるのね。ヘルカトラズ自体はどこにあるの?」


 ユウカの問いにシャーリーはスッと指を下げた。


「このリーテュエルの地下のずっとずっと深いところに」

「よく知ってるね眼鏡女」


 表向きには知られていない事柄だったらしい。

 クロエはシャーリーに怪訝な目を向けたけど、シャーリーは涼しい顔で言ってのけた。


「昔の職業柄、情報を得るのは長けていまして」

「あっそ」


 この感じ…聖王国側もシャーリーの素性は把握してるっぽいな。

 

「そうだ神様♡と、オマケ共。祝福(ブレッシング)


 クロエの魔法だ。

 私たちの身体が光に包まれた。


「今のは?」

「ヘルカトラズに万が一一般人が迷い込まないようにするための鍵です♡」


 なるほど、入場は許可制ってことか。

 その許可は聖女、または教皇にしか与えられないと。

 ってことは退場も同じくか。


「では参りましょう」


 小舟で魔法陣をくぐった瞬間、空気が変わった。

 息をするのも苦しい灼熱に、船着き場の水が沸騰している。

 魔法と付与が無かったら肌の火傷くらいじゃ済まなかっただろうか。

 船を降りた先に見えるのは、荒れ狂うマグマに囲まれた島と監獄。

 私は柄にもなく身震いした。

 なるほど、ここはたしかに地獄だ。




「聖女様、御慰問に参られました!!」


 マグマを渡り、看守の合図で赤く熱された鋼鉄の扉が開く。

 並んだ看守と獄卒に迎えられた監獄の中は、古めかしくはあるけれど案外小綺麗だった。


「もっと血がこびりついてるのを想像してた」

「もうっ神様のうっかり屋さん♡入り口はキレイですよぉ♡それにここはまだ、囚人の悲鳴も聞こえませんしね」

()()()は、ね」


 不穏な言い方に緊張が高まったけれど、すぐに別の興奮に上書きされることとなった。


「お待たせいたしました聖女様」

「公務お疲れッス〜」

「ひゅーーーー!♡マジメ系お姉さんにチャラ系褐色お姉さんきちゃーーーー!♡はじめましてリコリスです!♡お姉さんたちに心奪われてしまった罪で収監してくださーーーーい!♡」

「な、なんですかこの方…」

「新手の犯罪者ッスか〜?」

「予備軍ではあるわ」

「害は無いので安心してください」

 

 いやぁ〜もう来てよかった♡

 眼福眼福♡


「こちらは私の主神にして尊きお方、リコリス様です。神様、こちらはヘルカトラズの監獄長、リーハ=V=オズワルドと獄卒長のアルカ=ポーネです。二人とも挨拶を」

「リーハと申します。よろしくお願いいたします」

「ッス。アルカって呼んでくださいッス。ヘルカトラズの副獄長もやってるッス」


 二人ともキレイ可愛い〜♡

 強さのレベルはその辺の看守や獄卒の比じゃないけど。


「二人とも、神様は私の大事なお方。今日は慰問の見学に立ち会っていただきます。無礼と危険の無いようよろしくお願いします」

「かしこまりました」

「安心してくださいッス。変なところに迷い込まない限り、このヘルカトラズは世界で一番安全な場所ッスから」

「変な、ところ…?」

「幸い今日は機嫌がいいようですし」

「何よりです。チッ、まだくたばってねぇのかあの化け物」


 急に口悪くなるクロエにも慣れてきたな。

 しかし化け物とは?

 

「そんなに凶悪な囚人がいるんですか?」

「恐れながら、聖女様の客人とはいえ守秘義務に反することは口に出来かねます。ご了承ください」

「あーいや、そりゃそうですよね。軽率でした。すみません」


 件の化け物が何なのかはわからない。

 けど…


「リコリスさん」

「大丈夫。わかってる」


 シャーリーも勘づいてる。

 エヴァとユウカもなんとなくソワソワしてるみたい。

 この空間に入ったときから誰かに見られてるのは気付いてた。

 そんで化け物の話題が出た瞬間に素直に気配が強まった。

 本人かな。

 今何か仕掛けてくるってわけでもなさそうだ。


「とりあえず様子見でいこう。ただ観察されてるだけっぽいし。それに」

「それに……クスッ、またいつものご病気ですか?」

「ニシシ、こういうときの私の予感は当たるぜ」


 ウルトラ弩級の美女との出逢いの予感だ。




 ――――――――




「聖女様が来たんやねぇ。それに」


 彼女は地獄に入り込んだ聖なる気配に息をつき、それからもう一つの大きな気配に口角を上げた。


「またえらいおもしろそうな人連れてきたもんやわ。ちょうど退屈にも飽きてきたとこやし」


 ちょっと散歩でもしようかな、と。

 女性は厚みが1メートルある、塊と呼ぶべき鉄の扉の前に立った。

 

「看守さん。ちょっと出てくるから鍵開けてもらえる?」

「が、外出ですか!す、すぐに!少々お待ちを!」

「ああ、やっぱりええわ」

「へ?」

「自分で出た方が早いやん?」


 上品に笑いながら扉に指を這わせる。

 次の瞬間、扉が爆ぜたように粉々に砕け散った。


「後片付けよろしゅうね。それと次はもう少し丈夫な扉を付けといてくれると嬉しいな」


 へたり込む看守に微笑みかけ、女性はその足で牢獄を後にした。

 ただ享楽を求めて。




 ――――――――




 白い街並みの一角にひっそりと建つ孤児院。

 ここで身寄りのない子どもたちの面倒を見ているのが、ミドナ=アンジュヴォルト。

 冒険者である。


「代わりの服は小さくないか?」

「うん。だいじょーぶ」

「そうかよかった。服は洗ったから乾くまで待ってくれ」


 ミドナはアリスの前にホットミルクを差し出した。


「熱いから気を付けて」

「ありがとう!いただきます!」

「偉いね、ちゃんといただきますが言えて」

「コク…はちゅっ!」

「熱いと言ったのに。貸してごらん…フーフー…はい」

「コク、あまぁい!おいしー!」

「冬にだけ咲く雪百合(ゆきゆり)から採れる蜂蜜を溶かしてる。うちの子たちも好きなんだ。ほら、いつまでそこで隠れてる。お前たちの分も作ったからこっちへおいで」


 ミドナの視線の先では、子どもたちが扉の陰からアリスの様子を窺っている。


「でもそいつ…」

「まったく…」


 まだそんなことを言うのかとミドナが席を立とうとするより先に、アリスが椅子から降りて子どもたちの近くに寄った。


「はじめまして、アリスです」

「な、なんだよお前」

「はじめましてのときはね、おなまえいうってママがいってた。だからごあいさつだよ」

「お、怒ってないのか?」

「およーふくよごれたのはなきそうだったけど、アリスおこってないよ」


 人間以外に太陽のように朗らかな笑顔を向けられる。

 少女たちは初めての経験に硬直した。

 その様子を見てミドナはクク、と耐えきれずに笑った。


「お嬢ちゃんの方が小さいのに、まるで歳上みたいじゃないか。サリナ、それにみんなも。ちゃんと挨拶しな」

「……あたし、サリナ」

「マ、マルク」

「キキ…」

「よろしくね!」

「わっ?!」


 子どもさながらのボディランゲージだったのか、それとも親譲りの愛情表現なのか。

 アリスは握手より先にハグで親愛を伝えた。


「人懐っこいんだな。ほら、みんなおいで。パンケーキを焼いてあげるよ」

「パンケーキ!アリスすき!」

「ミドナ姉ちゃんのパンケーキは世界一おいしいんだぞ!蜂蜜いっぱいで食べるんだ!」

「ほんと?わー!」

「食べる子はお手伝いしな」

「「はーい!」」


 自分が迷子なことなどすっかり忘れて。

 アリスはバターと蜂蜜の香りにはしゃぐのであった。






「アリスぅぅぅぅぅ!!」


 重ねて、自分を探すテルナのことも忘れて。




 ――――――――




 島には複数の棟があり、クロエの慰問はそれらを順々に回りながら、聖句と祈りを捧げるというもの。

 罪の重さに準じて収監される棟が変わるらしいけど、どの棟を巡っても思ったことが一つ。

 ここにアリスがいなくてよかった、だ。

 

「ぅ…」

「大丈夫ですか、エヴァさん?」

「なんとか…」


 精神異常への耐性があるとはいえ、一歩ごとに具合が悪くなるのを感じた。

 刑罰による悲鳴。

 拷問による苦悶の叫び。

 濃く邪悪な血の匂い。

 常人ならおよそ数秒で発狂しそうで、とてもキレイどころを探す雰囲気じゃなかった。

 宛は外れたものの、クロエの聖女らしさには感服させられた。


「罪を悔い改めんとする神の子よ。汝らに聖なる光の導きがあらんことを」


 それまで阿鼻叫喚だった空間が、クロエの一言一句に聴き惚れ清寂した。

 中には涙を流して手を組み拝み倒す者までいる。


「伊達に聖女ってわけじゃないのね」

「祓われたくなかったら黙ってろクソ幽霊」

「やっぱりあんた嫌いだわ私」

「ケンカしないよ。にしてもさすが聖女っていうか。聖女の祝詞(のりと)は聞き入っちゃう力があるね」

「それほどでもないですよぉ♡私の愛は神様だけに囁きますからねっ♡」


 ASMR…ってコト?!

 ウヘヘお耳が妊娠しちゃう〜♡


「聖女様の慰問は囚人たちの唯一の娯楽ッスからね〜」

「この日だけは暴れ出す囚人がいないので助かります」

「やっぱり脱獄しようとする人とかいるんですか?」

「ええ。それはもう毎日のように」

「無理なんスけどね〜」

「ああ、マグマに囲まれてるし地下深くだからってこと?」

「いやいやそうじゃなくて、脱獄しようとしたらあたしらがぶちのめしちゃうんで」


 独房を除いて囚人が枷で繋がれてないのはそういう理由っぽい。

 何が起きても鎮静出来る強さに由来した自信。

 それくらいでなくちゃヘルカトラズの統括者は務まらないと。


「おっかないとこだ。でも、こんなキレイなお姉さんたちに囲まれて生活出来るなら収監されてもいい〜♡」

「面会には来ないわよ」

「アルティさんたちには伝えておきますね」

「お、お世話に、なりました」


 私の女たちの冷たいがすぎりゅ。


「まあなんにせよ、今日はやっぱり平和ッス。いつもなら熱狂的な聖女様ファンが押し寄せたりするッスから」


 これだけ可愛かったらねぇ、と言った次の瞬間。


「聖女様ぁ!」


 息を荒げた男たちがこちらへ走ってきた。

 長いことお預けされた犬のように。


「もう、もうこんな地獄には耐えられねえ!」

「せめて聖女様と一緒に死なせてくれぇ!」

「あの世で!一緒にぃ!」


 目が血走ってる。

 ていうか正気を感じない。

 囚人たちにとって、クロエはまさに蜘蛛の糸ってことなんだろう。

 地獄に垂れてきた唯一の救い。

 自暴自棄になるほどの眩い光。


「哀れと思うのは傲慢でしょうか」

「思うだけ上等でしょ。止める?」


 私たちが止めるまでもなく、リーハさんやアルカさんなら簡単に鎮圧するだろう。

 けど、こちらへ向かってくる男たちの前を一人の女性が横切ったことで事態は変わった。

 危ない――――――――声を上げることは、私を含めて誰一人しなかった。

 それだけその人は場の空気に不釣り合いで、異常性が際立っていたから。


「聖女様ぁ!!」

「なんや元気やねぇ。でもちょっと……騒がしすぎるんちゃう?」


 微笑みながら立てた指をスッと下ろす。


「おすわり」

「ぁが――――――――?!!」


 するとどうだ、男たちが命令に準じたように身体が膝から折れて地面にめり込んだ。


「何今の…魔法?エヴァの【重力魔法】みたいだったけど」

「ち、違っ…違います。魔力(マナ)を、まったく感じません、でしたから…。今のは…」

「空気か」


 指の動きだけで空気をぶち当てた。

 大の男が一撃で失神する威力の空気の塊を。


「スキルでしょうか」

「さぁ。何にせよただ者じゃない」


 妖しく艶やか。

 そして寒気がするくらい頭抜けた美しさ。

 それらに拍車をかける白がかった灰色の髪。

 囚人らしからぬ囚人とでも言えばいいのか、我が物顔で監獄を闊歩する様は、全身で自由を体現しているかのように見えた。


「何故ここに…」

「いやいやどうせいつもの気まぐれでしょ…。考えるだけ無駄ッス…」

「あらあら監獄長さんに獄卒長さん、それに聖女様も。クフフ、ご機嫌麗しゅう。今日もお仕事ご苦労さまやね」


 変にわざとらしい、柔和に柔和を重ねた関西混じりのイントネーションで手を振る。

 それに合わせ、女性はフワフワの狐の尻尾を揺らした。

 獣人?にしては雰囲気が違うなと様子を窺ってると、ふと目が合った。


「はじめまして。可愛らしいお客さん」

「は、はじめまして。リコリスです」

「よろしゅうね。ウチはシキ。シキ=リツカ」


 これが私たちとシキの最初の出会い。

 聖都を混乱に陥れる事件の前哨であることを、このときは誰も予想だにしていなかった。

 

「仲良うしてね。クフフ」

 

挿絵(By みてみん)

 毎日暑いですね。

 皆様、百合は足りていますか?

 この夏は一番熱い百合で盛り上がりましょう。


 そしてようやく、ずっと書きたかったキャラクター、シキの登場です。

 どうか彼女の活躍を見届けてください!


 高評価、ブックマーク、感想、レビューにて応援していただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やばい刺さるーーーー! 関西弁狐お姉様!! もう好き!!
2024/01/29 22:50 退会済み
管理
[良い点] はーーーーかわよ シキさん糸目のイメージあったけど糸目じゃなかった かわいい ゲロ強そう
[一言] キツネ、ふふふ、おっと語彙力がなくなった
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