132.迷子の迷子のアリスちゃん
教会には何度も足を運んだことがある。
でも神殿ともなると神聖さが段違い。
緊張も少しはあったんだけど、なんだか妙な居心地の良さを感じる。
半分だけでも私が神になったせいなのかもしれない。
「一応は、遠路はるばるようこそと言っておきましょう」
応接室に通された後、カティアちゃんは他の神官を外させた。
「お疲れっぽいね」
「ええ、おかげさまで。長く続いた天理教は概要を変え、人こそが至上の種であるという意識すら、クロエが変えてしまいましたから。歴史あるリーテュエルもおしまいです」
「それで終わるような国ならさっさと滅びた方がいいだろ」
だから君聖女でしょって。
暴君みたいな言い草してるけど。
「とはいえ、あなたが現界した神であることも事実。神は至上にして絶対の掟。私たちは神には従順でなければなりません。不服ではありますが、あなたが人類共存を命じるならば、我々はそれに従うのみです」
「従う…ね。みんな仲良く手を取り合って、上下の隔てなく平等に……それが一番良い世界の在り方だとは思うよ。でも、掲げるだけの理想論なんか誰も救わない。かと言って強制される理想が作る平和と平穏は、結局見せかけ。まやかしだ」
「まやかし…。私、神様のために…」
私は隣に座るクロエちゃんの頭に手を置いた。
「クロエちゃんがやってくれたことは嬉しいよ。こうしてみんながここに居られるのは、間違いなくクロエちゃんのおかげだから。方法はちょっと乱暴だったけど。でもありがとう、クロエ」
「呼びしゅて…は、はひ…はにゃあ…♡」
私が偉そうなことを言うのは違うけどね。
半神だなんだって言っても、世間的には20歳未満の小娘なわけだし。
「私が知って欲しいって思ったら、そのときは自分で努力するよ。人も獣人も、エルフも魔族も、みんなみんなステキなんだぞってさ。ニシシ」
「……私は、まだあなたへの理解が浅いようです。崇められるだけ、持て囃されるだけの人物ではないと、今なんとなくわかりました」
「ニッシッシ。私を知りたいんならベッドの上が一番だよ。今晩辺りどう?」
「聖職者を同衾に誘う異常性どうなってるのよ」
いや私聖職者筆頭の聖女に――――同意に基づいて――――襲われたが?
「何故こんなにも人格が掴めないのですかあなたは」
「当然のことです。リコリスさんは我々の遥か上に在る尊きお方。易々と理解など出来ません」
「そういうことね」
「褒めるな褒めるな。で、カティアちゃん。転移門の件なんだけど」
「ええ。神殿の中央広場に場所を空けてあります。ですがその前に。クロエ、そろそろ慰問の時間です。準備を」
「はいはい。わかってる」
「慰問?」
「月に一度の聖女の仕事なんですよぉ」
「孤児院とか、故人を偲ぶ遺族とか?」
「囚人にです」
囚人とな?
「リーテュエルにはヘルカトラズがありましたね」
「ヘルカトラズ?シャーリー、何それ?」
「通常、罪を犯した者には二種類の末路があります。各国の法の下に裁かれるのが一つ。もう一つが大監獄ヘルカトラズへの収監。世界一の監獄にして罪の流刑地……いえ、この世の地獄と呼称する方が適切でしょう。普通に生きていれば一生縁の無い場所です」
私もあなたに出逢わなければ…と、シャーリーはそっと目を伏せた。
しかし大監獄…この世の地獄ね。
そんな場所があったとは。
「たしかに縁遠いな。私ってば純粋無垢で清廉潔白だからな」
「そっそうです、ね、アハハ」
「なんだエヴァその苦笑いは」
「渾身のギャグ」
「ギャグじゃないが?」
「お二人とも不敬ですよ。リコリスさんが(性という観点に於いては)純粋無垢で清廉潔白(な欲望の化身)であることは揺るがない事実です」
「おいなんだ今の行間」
どいつもこいつも私のことわかりすぎでは?
「よければ神様も一緒に行きませんか?♡ついてきてくれたらクロエは嬉しいですぅ♡」
「いやいや、聖女の公務を邪魔するのは」
「一応は来賓ですし、見学という形で同行していただくのは構いませんよ」
「見学か…まあ、そういうことなら。みんなはどうする?」
「お供します」
「リコリスが行くのについて行かないわけないじゃない」
「あ、あんまり…き、気は…乗りませんけど…」
クロエの勧めとカティアちゃんの後押しもあり、私たちはヘルカトラズの慰問に同行することとなった。
これも公務の一環、はたまた社会勉強ってことで。
そうなると少し楽しみでもある。
世界一の大監獄……そこにはきっといるんだろうなぁ。
「ダーティーでワイルド、セクシーでデンジャラスなお姉さんが…♡」
「リコリス」
「リコリス、ちゃん…」
……いや、うん。
ちゃんと良識を弁えてはいるから、さ。
だから、本当にしょうもないなって目でこっち見てくるのはやめておくれ。
――――――――
おらぬ…おらぬおらぬおらぬ!
「どこ行きおったアリスー!!」
妾をして気配すら読めぬ!
精霊王と竜王の継承者マジ伊達じゃないの!
「いったいどこに…」
「ん?おーい師匠ー」
「ひゃうっ?!リ、リコリス?!」
心臓爆ぜたかと思うた…
「そんなとこで何してんの?」
「い、いや、なに…そのじゃな…」
「あれ?アリスは?」
「いいいい今その、あれ、あれじゃ!お、鬼ごっこ…的な…のう?アリスがどうしても、とな…?」
「ほーん。なんだてっきり迷子にでもなったのかと」
「そそそそっ、そんなわけなかろうっ!バカめ!妾にかかれば子守りなんて朝飯じゃが?!」
「それだとしっかり食事してるだろ。程々にしとくんだよ。私たち今からちょっと用事があるんだけど一緒に来る?」
「や、やめとくのじゃ!わ、妾、日の光に当たってると具合悪くなるしの!」
「今さらそんな吸血鬼ぶらなくても。んじゃ、また後で合流しようね。甘やかしてアリスにお菓子ばっか食べさせちゃダメだよ」
「わ、わかってるのじゃ〜」
……はやく見つけねばダメ吸血鬼の烙印を押される。
「うおおお!アリスー!どこじゃー!」
――――――――
一方その頃。
「テルナー?」
街の片隅。
アリスは開けた場所で周囲を見渡した。
一人水の都を夢中に進んだのだ。
当然知っている者の姿は無い。
また精霊王と竜王由来の魔力が独特なため、本人が意図せず気配が読みづらい。つまり見つけづらい。
「テルナ…ママぁ…」
重ねて、アリスという少女はまだ未発達な子どもだ。
如何に能力が優れていようと、豊かな感受性は抑えられない。
「ふぇ…」
不安に声が爆発しそうになったとき。
ペシャッ、とアリスの服に腐った果物が投げられた。
「おい!そこのお前!」
振り返ると黒い髪を腰まで伸ばした少女を筆頭に、数人の子どもたちがアリスに細めた目を向けていた。
「お前人間じゃないだろ!なんかわかんないけど変な感じだ!」
「アリスは…」
「出てけよ!」
少女は声を荒げた。
「ここは人間の国だぞ!人間じゃない奴は出てけよ!」
「そうだそうだ!」
「出てけ!」
「出てけ出てけ!」
子どもたちの罵声に、アリスはわけもわからず目に涙を溜めた。
少女がとどめとばかりに、また腐った果物を投げようとして、その手が後ろから止められた。
「何をしてる」
「ミ、ミドナ姉ちゃん」
「こんな小さい子を寄ってたかって虐めるなんて。恥を知りな」
黒い髪を垂らした長身の女性は子どもたちを諌めた。
「だ、だってあいつ人間じゃないだろ!」
「だからなんだ」
「うっ…!」
少女は女性の圧のある目に怯み、アリスを他所に涙目になってしまった。
「いつも言ってるだろう。お前たちみたいな子どもがリーテュエルの教えに染まるな。まったく…ゴメンなお嬢ちゃん。うちのバカ子たちが」
「グス…んーん」
「ああ、服が汚れちまってる。本当にバカ子だなお前たちは。お嬢ちゃん一人か?親は?」
「ママはどこかいっちゃった。いまはね、テルナといっしょにいたの。でもテルナもどこかいっちゃったの」
「つまり迷子ってことか。仕方ないね。服も洗わなくちゃいけないし、とりあえずうちにおいで。服をキレイにして、それからママを探そう。ほらバカ子たち、家に帰るよ」
子どもたちはしょぼくれた顔で返事をした。
「私はミドナ。お嬢ちゃんは?」
「アリス!」
「そうか。よろしくな」
そよいだ風に髪が揺れる。
アリスは、ミドナと名乗った女性の右目に深い傷があるのを見た。
けれど恐怖は無い。
魂の本質を見抜くアリスは委ねるように、差し出された手を握った。
いつも愛読いただきありがとうございますm(__)m
今回登場したミドナは、応援企画にて応募いただいたキャラとなっております。
アリスとどういう物語を繰り広げるのか、どうぞ次回をお楽しみに!