131.水の都
晴れた次の日。
海路は嫌だ!と、のたまう師匠の意思を汲み、私たちは洋々空の旅へ。
まあ、これも旅の趣きってやつかな。
とはいえさすがエアリアルモード。
王都を出発して、僅か一時間ほどで目的地が見えた。
「あれがリーテュエルか」
白い国。
雪に覆われているからという理由じゃなくて、建物や道の舗装に白い石が使われてるからそう見えるっぽい。
注目すべきは、整然とした街並みに通された水路だ。
まるで水の都。
ラ○ィアスと○ティオスとかいそう。
「ついたー!」
「やはり空の旅は快適じゃの。海を行くより断然良い」
「街の中も船で移動出来るっぽいけど」
「絶対嫌じゃ」
「それはそれとして」
シャーリーがため息混じりに周囲を見渡す。
「見られていますね」
「う、うぅ…」
エヴァがシャーリーの背中に隠れる。
他所者を値踏みするような、お世辞にも心地いいとは言えない視線が私たちに向けられていた。
「おい、あれ…」
「嘘でしょ?」
「なんでこんなとこに…」
ヒソヒソと呟く声に、師匠もユウカも鬱陶しそうに眉根を寄せる。
「石の一つでも投げられることは覚悟しておったが、案外温厚なようじゃの」
「バツの悪さを感じるのはなんでかしらね。悪いことなんて何もしてないのに」
「胸張ってろ。何があってもお前たちは私が守ってやる」
「リコリス、ちゃん…」
「たまに出るいい女感なに?」
「いい女だから仕方ないよねっ♡ちゃは♡」
「台無し」
「ですが、これがリコリスさんですから」
「ニッシッシ。緊張もほぐれたことで、いっちょ気合い入れて行くか。どこに居ようと、私たちは私たちだ。百合の楽園此処に在りってのを知らしめてやろ――――――――」
「か、み、さ、まぁぁぁぁぁぁぁ!!!♡♡♡」
程良く格好つけようとしたとき。
門の向こうの支流から、猛スピードで一艘の小舟が下ってきた。
遠目にもわかるあのスーパー爆乳は…
「クロエちゃぼふっ!!!」
お、おっぱいで、首…首が、ゴギュって…
「ああ神様にお逢い出来ないこの二月!クロエは毎日枕とシーツを濡らしておりましたぁ!♡はぁはぁ、神様神様神様ぁ!♡クロエは辛抱たまりません!!♡」
「うおおおおやめてやめて脱がさないでぇ!!あ、力…つっよ!!」
「脱がさないで?!♡まずは着たままじっくりとということですねぇ!!♡わかりましたまずは御御足のお掃除から!!♡ペロペロペロペロ!!♡おいちいおいちぃぃぃ!!♡」
一心不乱に私のブーツをべっちゃべちゃにしているこの爆乳美少女は、クロエ=ラスティングノーン。
今代の聖女であり、半神…つまり私に仕える巫女だ。
そんな彼女が目にハートを浮かべて私に跪いてるというのは、やっぱりよろしくないんじゃないか。
「待て待て待ってって。君一応聖女だよね?国民の前でそういうことしちゃうのってマズいんじゃないの?ほらみんな見てる――――――――ほぇ?」
何がどうした?
それまでこっちを見ていた人たちが、全員その場に膝をついている。
「あぁ神様!」
「リコリス様!」
「リコリス様!」
敵意も嫌悪もまるで感じない。
それどころか感動で目に涙を溜めてる人さえいる。
これはいったい…
「どゆこと?」
「あぁ神様ぁ♡クロエ頑張ったんですよぉ♡」
「頑張ったって何を?」
「天女教の布教ですよぉ♡」
天女教とは前身を天理教といい、人間こそが世界の頂点たるという聖王国の教え……だったもの。
二ヶ月前、私と出逢ったクロエちゃんは国にお触れを出し、根本的な在り方を鶴の一声で変えてしまった。
もちろん私はそれを冗談半分に受け止めていたんだけど…
「リーテュエルの国民は皆もれなく神様の信徒です♡お布施を払えと命令すれば家財を投げ打ち、脱げと言われれば皮ごと脱ぐように洗脳済みです♡」
「洗脳?!」
「フフフ、冗談ですよ♡ちょーっと皆を集めて説法しただけです♡グダグダ言う輩は特にアレしましたし、教皇のババアは苦い顔をしてましたが♡」
聖女の求心力…というか、影響力?
どっちにしろパねぇ。
てか、下手なこと口走ったら行政特区日本みたいな悲劇が起こりうるってこと?
この国ヤバくない?
いや、ヤバいのはクロエちゃんか?
「ささ、神殿に参りましょう神様♡目くそ鼻くそ……神様のオマケ共も来るならさっさとしろよ」
「ちゃんと悪口言いおったぞ」
「聖女だろうとちゃんと暴力振るいますよ」
「やれるもんならやってみろよ腐ったマ《ピー》カスが。○毛引き千切られて脳髄干からびろボケ」
「私この子嫌いだわ」
「こ、怖いぃ…」
女の子はすべからく仲良くしてくれぇ。
聖王国リーテュエルの中心、聖都レイヴァネスは、謂わば巨大な噴水だ。
頂上の神殿の地下から水を汲み上げ、それを街の水路に流し生活に役立てている。
水流は魔石によって操作され、それにより鯉の滝登りよろしくの逆行が可能となっている。
小舟による移動の他、縦の移動には水流エレベーターを用いられていたりと、厳かな雰囲気ながら画期的な印象も受けた。
モンサンミッシェルを巨大にして、そこにベネチアのニュアンスを加えたみたいな感じの国だ。
「情緒があっていいねぇ。緩やかな風、さざめく水の音。そして道行くお姉さん♡」
白い法衣はリーテュエルの伝統衣装。
清楚な雰囲気に思わずよだれがジュルリしちゃう。
「いやぁいいねぇいいねぇ♡すれ違いざまに祈りを捧げられるのはさておき」
「こっこれは、これで…思ってた、は、反応と違って、変な感じ、です」
「神様ー!」
「使徒様ー!」
「ううぅ…」
「リコリスはさておき、なんで私たちまで崇められる対象になってるの?」
「仮にも、曲りなりにも、塵芥でも。神様が目をかけた女なんだから当然でしょ足りねえ頭で考えろよ脳みそ馬糞かよ」
「口汚くしないと話せない呪いにでもかかってるの?」
そこもクロエちゃんの魅力ってことかね。
「そろそろ到着しますよ神様♡」
「おー。って、んん?師匠とアリスいなくね?!」
「テルナさんでしたら、小舟とかマジありえん!とどこかに行ってしまいましたよ。アリスさんも一緒に」
「なんて自由なの」
この国での立場が明らかになった時点ですごい奔放じゃん。
今に始まったことでもないし、たとえ嫌厭されてたとしても、そんなの露知らずに肩で風を切ってただろうけど。
アリスも一緒なら変に飲んだくれることもないよね。
じゃあいいや。
「さあ、着きましたよ神様♡ここがリーテュエルの中心地、ヘラルピューナ神殿です♡」
「厳かな神殿だなぁ……いや待ってなんかでっけー私の銅像建ってない?!!」
「アッハハハ!お、大きいリコリスがいる!」
「ク、ヒヒ…」
「神様の威厳を示すために建てさせましたぁ♡喜んでくれましたか?♡私としてはまだまだ神様の美しさを知ろしめすには完成度が低いし、あと500体は建てさせたいんですけど♡」
「あ、うん。やめて?」
さすが狂神者すぎるなって呆気に取られていると、多くの神官を引き連れて一人の女性がやってきた。
「ようこそいらっしゃいました、リコリス様」
「ん、おおカティアちゃん。久しぶり」
教皇、カティア=アークランベルジェ。
聖王国のトップである彼女は、来賓を迎えるには相応しくない、大層疲れた顔をしている。
原因はもちろんクロエちゃんだろう。
やりたい放題、制御不可。
その責任全てが自分にのしかかってくるなんて、相当なストレスを感じてるはず。
「長旅でお疲れでしょう。中へどうぞ。神殿をご案内いたします」
「ご丁寧にありがとう」
それを抜きにしても、なんだか頭を悩ませているような雰囲気を感じる。
何かあったのかな?
にしても立派な神殿だ。
久しぶりにみんなに会ってみようかな。
――――――――
人類至上国家のリーテュエルを、こうも平然と歩けるとは。
いやはや時代の移り変わりというものは激しいのう。
「テルナテルナ、あそこでおかしうってる!」
「よしよし。妾が買ってやろう」
この小さき娘が、時代を変えたのが自分の母親だと理解するのはいつになろうか。
きっと遠くない未来なのじゃろうと思うと、なんだか微笑ましくある。
なんせ妾にとっては悠久すらほんの一瞬なのじゃから。
「テルナー?」
「ん、ああ、ちょっとボーっとしてしもうた」
しかし、それにしても匂う。
神聖な気と清らかな水の匂いに掻き消されておるが、吸血鬼には嗅ぎ取れてしまう。
濃密で濃厚な、汚泥にも等しき血の匂い。
「ああ、リーテュエルにはあれがあったか」
地上に顕現した地獄が。
クハハ、まあ妾らには縁遠い場所じゃ。
関わることはあるまい。
「すまんのアリス。さぁ、お菓子を買いに行こう。アリス…?アリス?!あれ?!どこ行ったんじゃ?!」
「おーいお嬢ちゃん。ツレの子どもなら向こうに走って行っちゃったよ」
「お、おお!すまぬ菓子屋の店主よ!礼に一袋……何じゃこの半神クッキーとは」
「聖女様が仕える神様を模したクッキーさ!赤いのはベリーの粉を振ってあるんだ!」
「そ、そうかの。では」
「美味かったらまた買ってくれよな!」
変な感じじゃな。
この地で普通に人間と会話するなど。
ネーミングセンスが欠如したクッキーはともかくじゃ…
「どこじゃアリスー!」
あの娘め…親に似てちっとも大人しくせぬ!
手のかかる子ほど可愛いとは上手いことを言ったものじゃが、もしも迷子になったと知れたら…
『子どもの面倒も見れねーとか噴飯の極みかよこののじゃロリ!一ヶ月禁酒な!』
なんてことに!
「ぬぁぁぁ!アリスー!アリスー!!」
暴走二面性爆乳聖女再登場です!
今回は閑話でした!
次回の更新をお楽しみにm(__)m
暑い夏を熱い百合で乗り切りましょう!
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