129.胸に抱いた誓いにかけて
長いようで短いサヴァーラニアの滞在を終え、私たちは王国への帰路につくことに。
見送りにはレオナ以下、フェイにコルルシェール、あとは総統さんたちも来てくれた。
「しばらくゆっくりしていけばいいものを。慌ただしいな」
「ウッヘッヘ、あんまり家を空けるとうちのが寂しがるんでね」
「妬ける」
「また逢いに来るから」
頭を撫でてキスを一つ。
「いい子にしてろよ、レオナ」
「……ん」
「親愛なる陛下に雌の顔を…ピョン」
「赦し難しなのですニャー」
「マリア殿、ジャンヌ殿、またいつでも参られよ。我らは貴殿らを歓迎する」
「はいっ!ありがとうございます!」
「皆さんもお元気で!」
今度は公務じゃなくて、ゆっくりと観光したいもんだね。
ケモ耳お姉さんも愛でられなかったし。
その分レオナを存分にモフらせてもらったけど〜♡グフフ〜♡
レオナの縋るような眼差しに別れを惜しみながら。
王国に向けてラジアータ号を発進させた。
帝都が見えなくなった頃。
冷たい風を切り、エンジン音だけが鳴り響く大雪原を縦断しながら、サイドカーではしゃぐ妹たちに訊いた。
「どうだった?サヴァーラニアは」
「うんっ!楽しかった!」
「ご飯はおいしいし、みんないい人ばっかりでした!」
「そっか。……じつはさ、私ちょっとだけ怖かったんだ」
「怖い?」
「もし二人が家族に会えたら、もし家族と一緒がいいって言ったら、そのときは二人の考えを尊重しようって思ってた」
「お別れ…ってことですか?」
「思ってただけ、だけどね」
怒られる、泣かれる。
そんな予想はしてたけど。
「お姉はバカだよ」
「おバカさんです」
馬鹿にされるとは思ってなかった。
「お姉が言ってくれたんだよ?私たちは友だちで、仲間で、家族だって」
「そうです。本当のお父さんとお母さんには会えなかったけど、私たちの家族はちゃんとここにいますから。だから寂しくないです」
「そ、れ、に!」
「うおっ?!ちょっ!危ない!」
マリアとジャンヌは、イタズラっぽく笑ってサイドカーから私に向かって飛びついてきた。
「将来はお姉と結婚するんだもんねー」
「ねー」
「だからね、お姉たちがいいよって言ってくれる間は、ここにいたいな。お姉がくれた居場所だもん。私、お姉たちのこと大好き。リルムたちも、アリスも。みんなみんな大好きだよ」
「私も大好きです。大、大、だーい好きです」
「……そっか」
ほんと、情けないお姉ちゃんでゴメンな。
二人の気持ちを聞いて本当に気持ちが固まったよ。
「なあ二人とも。もうちょっとだけ…もしもの話をしようか」
「?」
「もしも?」
「あまりの貧しさに子どもを売った親たちの、その後の話」
生きるのに必死で、正常な判断が出来ずに親たちは子どもを売った。
その後、親はそれで何とか食いつなぐことが出来たけど、絶えず後悔に苛まれ、自責の念に駆られながら長く住んだ村を出た。
まるでそうすることで贖罪とするかのように、一から森を拓き、小さな家を建て、水を引いて畑を耕し、毎日毎日祈りを捧げた。
けして裕福じゃない。
楽な暮らしとはとても言えない。
毎日必死に慎ましく、たくましく、何年も何年も。
「どんな理由があっても子どもを蔑ろにした親は赦せない。けど、そんな個人的な感情で、親と子を引き離すのは馬鹿げたエゴだ」
快調に飛ばしていたラジアータ号を停める。
静謐を思わせる辺境の地。
あるのは一軒家のみ。
「これが最後のもしもだ。二人が選んでいい。このまま行くか」
一軒家の扉がギィ…と音を立てる。
出てきたのは色が褪せた服を着た四人の獣人だ。
金髪猫耳の夫婦に、黒髪猫耳の夫婦たち。
「それとも」
私の言葉が終わる前に、二人はラジアータ号から飛び降りた。
ゴーグルを脱ぎ捨て、目いっぱいに溢れる涙を散らしながら。
雪に足を取られて転んでも立ち上がって、一心不乱に走っていく。
顔なんて覚えてるかどうかもわからないはずなのに、そうだって確信して胸に飛び込んだ。
聞いたこともない大きな声で泣いた。
「う、あ、あああああああ!!」
「えぐ…ひっぐ…うええええええん!!」
夫婦たちは赤切れまみれの手で二人を抱きしめながら、何度も何度も謝った。
何度も、何度も。
同じくらい涙を流して。
声を枯らすほど泣いて、また謝った。
ゴーグルしててよかった。
だらしない顔を見られなくて、って顔をうつ向かせたら、後ろからゴーグルを取られた。
「なッ?!」
「姫も泣いていーんだぜ」
「うっせ…。そういうルウリだって目潤んでんじゃねーか」
「弱いんだよね。あーゆーの」
スッと横からドロシーがハンカチを渡してきた。
「よく頑張ったわね」
「……うん」
――――――――
コン、コン。
一握の緊張感を抱きながら深夜に扉を叩くと、しばらくして扉の隙間から今しがた付けたランタンの灯りが漏れた。
【創造竜の魔法】は私の想像を越えて有能だ。
私に出来ることをそのまま現実に変えてくれる。
こうしてマリアとジャンヌたちの両親を探し当てることも。
「どちら様?」
「夜分に失礼します」
金髪の猫の獣人さん。どことない面影…マリアのお母さんで間違いない。
「私はリコリス=ラプラスハート=クローバー。ドラグーン王国の侯爵です」
「貴族様が、こんなあばら家にいったい…」
「単刀直入に。数年前奴隷商に娘さんを売りましたね」
触れられたくない話題で、それをいきなり訪ねてきた女がそれを言うものだから怪しんだんだろう。
女性は引きつった顔で扉を閉めようとした。
「待ってください」
「か、帰ってください!お願い帰って!」
「咎めに来たわけじゃありません。お願いします、話を聞いてください」
「帰って!!」
「娘さんは……マリアとジャンヌは私が保護しています!!」
女性は力を込めていた手を扉から離して、確かめるように私に視線を戻した。
「今、なんて…」
「二人は私と一緒に旅をしています。今ここにはいませんが。どうか話を聞いてください」
話を聞いていたらしい三人が後ろから姿を見せた。
マリアのお父さん、それにジャンヌの両親だ。
「どうぞ中へ」
誘われるまま入った家の中は、隙間風が入り込むくらい寒かった。
四人で暮らすには少し狭く、生活は楽なものではないらしい。
暖炉に火を焚べたところで私は話を始めた。
「二人は…」
「元気ですよ。いろいろあって今は冒険者をしています」
「失礼ですが、あなたが二人を保護しているという証拠は」
私はテーブルの上にある物を置いた。
ルウリが作ったタブレット端末だ。
そこに映されたのは、先日の軍との模擬戦。
雄々しく勇ましく戦う二人の姿だった。
「あ、ああ…」
「これは、間違いない…」
ルウリに頼んでドローンで撮影した映像に加え、私の頭の中にあるこれまで旅の軌跡も魔法で記録化してある。
雨の中の出逢い。
日常を謳歌し、戦いの中で進化する。
泣いて、傷付いて、それでも前へと進み、笑い、世界を慈しむ。
そんな二人を見て、両親たちは大粒の涙を流した。
「あなたたちが二人にしたことを、生きるためと割り切ることは私には出来ません。それどころか叱責してやりたい気持ちでいっぱいでした。でも、その涙は本物だから。私からは何も言いません。訊きたいことは一つだけです。あなたたちは、二人との再会を望みますか?」
二人がどれだけ悲しんだか。
二人がどれだけ今もあなたたちを思っているか。
「明日の正午ここへ立ち寄ります。怒りも悲しみも、罪も罰も、全てを受け止める覚悟があるなら、どうか二人に会ってあげてはもらえませんか。力いっぱい抱きしめてあげてはもらえませんか?」
「……私たちは、我が身可愛さに子どもを売るような最低な親です。そんな私たちに、会いたいなどと言う資格があるとは」
「親が子どもを愛するのに資格も理屈も要るわけあるか!!」
私は思わずテーブルに拳を落とした。
「忘れるなよ。あなたたちに対して怒りを覚えてるのは本当だってこと。だけど私が怒るのは違うから」
だからせめて、私は私に出来ることをするんだ。
「お願いします」
あの子たちのためなら、床に頭を擦り付けるくらいわけはない。
「どうか…あの子たちと向き合ってあげてください。お願いします。お願いします……!!」
身を低くする私の傍に、マリアのお母さんがしゃがみ込む。
「私たちからも訊かせてください。あの子たちはお腹いっぱいご飯を食べていますか?今、幸せにしていますか?」
声を震わせる。
目に涙を溜める。
私はそんな彼女に向かって言った。
「自分の目で確かめてください」
あの子たちを信じてください、と。
――――――――
語らうことは星の数。
後悔。謝罪。縺れた絆。
空白の数年を埋めるには、この一時だけでは到底足りなくても。
きっと、きっと大丈夫。
人と獣人。異なる縁だって結べたんだから。
私は変わらずやるべきことをやるだけだ。
二人を守る。愛し続ける。
胸に抱いた誓いにかけて。
これにて獣逢梦人編は完結です!
マリアとジャンヌの物語は如何でしたか?
心に刺さったのなら幸いです。
これもまた、ずっと書きたかったパートの一つですね。
この経験を経て二人がどう成長するのか、皆様の目で確かめてあげてくださいm(__)m
今章もお付き合いいただき、ありがとうございました!!!
残り幕間を挟み、次の章へ!
次なる舞台はどこになるのか、またお付き合いくださいますようお願いいたします!
すべての百合好きに感謝を!!!
高評価、ブックマーク、感想、レビューにて応援してください!m(__)m