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123.故郷の跡

「ふぅ…」

「具合はどうじゃ?アルティよ」

「そんなに頻繁に悪くなりませんよ。ただ、妙な感覚です。自分の中にもう一つ命があるなんて」

「せ、生命の…神秘…ですね」

「ええ、まさしく」

「妊婦さんって初めて見たわ。ねえ、赤ちゃんってどのくらいで産まれるものなの?」

「通常はだいたい十ヶ月ほどですね。逆算すると次の秋頃になりそうでしょうか。アルティさんの妊娠時期が定かでないので一概に言えませんが」


 それまでに準備をしたり、知識を深めたり、やることが多いから旅に同行しないのは賢明だったのかもしれない。

 みんなが気にかけてくれるのは嬉しくありますが、いやはやなんとも気恥かしい。

 みんながあなたを待っていますよと、私は自分のお腹を撫でた。


「さすがにそれまでには帰ってくるわよね、リコリスたち」

「きっと。まあ、帰ってこずに他所の女と不埒なことをしようものなら」

「も、ものなら?」

「そうですね。臓腑を一つずつ凍らせて、どのタイミングで死なせてと懇願するか試してあげましょう」


 おっと、私としたことが。

 胎教によろしくありませんね。

 願わくばこの子はスケベとクズを継承しませんように。




 ――――――――




「ここがてゃとたその産まれた村…」


 ルウリの言葉に、私たちは沈黙した。

 かつては村()()()のだろう光景に。

 崩れた家。荒れた地面。

 つい最近こうなったわけじゃなさそうだ。


「災害…じゃないわよね。魔物のせい?」

「どうだろうな」

「なんで?」

「見ろよ」


 雪をどけて持ち上げた木片は一部が焦げている。

 微かに油の匂いもする。

 人の手によって燃やされた跡だ。


「盗賊に襲われたとか?」

「たぶんね。それも随分時間が経ってる。思ってたより治安が悪いのね」

「マリア、ジャンヌ」

「何も無い…誰もいないね…」

「お父さんもお母さんも…」


 ここにあったのは、悪い思い出だけじゃないはずだ。

 きっと…

 覚悟を決めて来てみればその村が無いなんて、二人の心境がどうなっているのか、誰にも推し量ることなんて出来ないだろう。


「みんな…死んじゃったのかな…」


 マリアとジャンヌに聞こえないよう小声で話す。


「どう思う?」

「必ずしもそうとは言えないと思う」


 ドロシーは払った雪の下の骨を見て言った。


「この規模の村にしても、亡き骸の数が少ないように見えるわ」

「どゆこと?」

「何人かは連れ去ったってことじゃない〜?もし盗賊の仕業なら、奴隷に売り飛ばしたり慰みものに」

「モナ、ストップ」


 考えたくないけど、モナの言い分が的を得ていそうだ。

 というか一番納得出来る。

 それと二人の両親の安否そのものは別の話だけど。


「マリア、ジャンヌ」

「お姉…ここにいる人だけでも、ちゃんとお墓を作ってあげられないかな?」

「お願いします」


 心配と不安でいっぱいのくせに、自分たちを捨てた村の人たちなのに。

 なんて優しい子たちだろう。


「うん。わかった」


 雪を掻いて穴を掘り、亡き骸を一箇所に集める。

 花を手向け、地上に魂が彷徨わないようにと、天に向かって篝火を焚き祈りを捧げた。




 サヴァーラニアは何よりも実力を重んじる。

 それは才能よりも、純然な強さという意味での力だ。

 力こそが正義で、力があれば何をしようと肯定される。

 ここはそういう国で、ヨッグ村はその風習の犠牲になったんだと、頭では理解出来る。

 だけど…


「やるせねぇなぁ」


 二人はしばらく村人のお墓の前に立ち尽くした。

 何を思っているのか、何かを伝えているのか。

 私にはわからない。

 いや、軽々しくわかっちゃいけない。


「リコリスちゃん、これからどうするの?」

「二人のことを思うともう少しここにいてあげた方がいいんだろうけど、私たちに出来ることが無いからね。予定通り帝都を目指そうと思う」

「それが良さそうね」


 その日は湖の傍で一夜を明かすことにした。




 いやに冷え込んだ夜、こっそりと外へ出ていく物音が二つ。

 後を追うと、燃えて幹だけが残った杉の木の下へとやって来た。


「そこに二人の家があったの?」

「お姉ちゃん…はい、たぶん」

「たぶん?」

「小さいときのことだから、あんまり覚えてないんだ。あんまり覚えてないはずなのに、なんかね…すごい、胸が苦しいの」

「この村で育ったより、外で過ごした時間の方が長いのに」


 それはここが本当に二人の故郷だからだよ、って言うのは簡単だけど、そんな言葉だけで納得出来るはずがない。

 二人はまだ子どもだ。

 どれだけ強くても、しっかりしてても。

 まだ子どもなんだ。

 私たちがしっかり支えてあげないとと思う反面、私はどうしても、とあることが気掛かりになった。

 

「二人とも」

「?」

「なんですか?」

「もし、ああいや…ゴメン、なんでもないや」


 訊けるか。

 二人の親が生きてたら、私たちと別れて家族で暮らす?なんて。

 

「ププッ、変なお姉」

「お姉ちゃんはいっつも変で、でもそれがカッコいいです」

「あーうん。うん…?なんか微妙な褒められ方したな今」

「ふあ〜。眠くなっちゃった。今日もお姉と一緒に寝てもいい?」

「いいですか?」

「うん、もちろん」

「やった!ジャンヌ、ラジアータ号まで競走しよ!勝った方がお姉ちゃんの左側〜!」

「あっ、ズルい!マリア反則ー!」


 フヘヘへ、微笑ましい微笑ましい♡

 あんだけ可愛いんだもんなぁ。

 そろそろ限界だぞって私の理性もよぉ。

 あるよこれ。

 私の理性が決壊したら。

 アルティの次に孕むのはあの子たち……あるよそんな未来!!

 

「ふぅ…。おい、その辺に隠れてる奴ら。三秒以内に出てこい。そのまま隠れてるつもりなら、滾った熱を発散するサンドバッグにする」


 二人が見えなくなってから、私は周囲に対して声を発した。

 すると一人、二人、雪の下や倒壊した建物の陰から姿を現す。

 総勢二十人近い獣人の男たちが私を囲んだ。


「よく気付いたな。人間にしちゃあ鼻が利くらしい」

「男のくっせぇ匂いには敏感なんだよ。それに殺気にも」

「殺気とは穏やかじゃねぇ。女は殺さねえよ」

「盗賊?」

「ああ。黒狼の咬牙(ブラックバイト)って言やぁ、この辺じゃちっとばかし名が通ってる」


 労働基準法に違反してそうな名前してんな。


「私たちに何か用?」

「盗賊相手にそれを訊くのは、豪胆かマヌケのどっちかだろ」


 男の言葉に周囲が下卑た風に笑う。

 

「そりゃそうか。で?私はどっかに売られるの?それとも慰みものにでもされる?」

「もちろん売り飛ばすさ。とはいえお前みたいな上玉はそういねぇ。味見してバチは当たらねえだろう。お前の仲間と一緒に並べて飽きるまで犯してやるよ」

「母乳の代わりに虫酸(むしず)飲んで育ったの?なんでお前らみたいな人種って心底キモいのか教えてくれない?マジメに働けよゴミ」

「言いたい放題だな。楽しみでしょうがねぇよ、その減らず口が喘ぎ声に変わるのが」


 (ことごと)くキモウザいな。

 これ以上喋ってると頭がどうにかなりそうだけど、これだけは訊いておかないといけない。


「この辺じゃ…って言ったよね。それってさ、この村の有り様もお前らのせいだったりする?」

「だったらなんだ?」

「村人はどうした?」

「さぁ。どうしたかな」

「押し問答する気は無いよ」

「そりゃあ、お互い様だ」


 男の合図で一斉に襲い掛かってくる。

 やっぱりゴミだ。

 ちゃんと言ったのに。

 押し問答する気は無いってさ。


愛淫に咽ぶ女の手(プロスティチィートゥ)♡」


 虚空から伸びる黒い手が男たちを鷲掴みにする。


「な、なんだこムグ――――?!!」

「サンキューモナ。もう聞くに堪えなかったら助かるよ」

「エヘヘ〜♡リコリスちゃんに褒められちゃった〜♡この人たちどうする?♡モナがもらってもいい?♡」

「いいよ。でも殺すな。どんなクズでもそこは譲れない」

「は〜い♡」


 悪魔の中の悪魔は、おもちゃをもらった子どものように顔を綻ばせた。


「よかったな労基違反。モナなら天国を見せてくれる」


 天国を見た後のことまでは知らないけど、と私は涙目になって生に縋る男を見放し踵を返した。

 今回もご愛読いただきありがとうございます!

 今章より1ページあたりの文字数を減らすという試みを取っておりますが、皆様的には読みやすさはいかがなものでしょうか。


 今は少しダークな雰囲気でお送りしていますが、次回より少しずつ百合百合させられるかと思われますので、どうか気長にお待ち下さい!


 僭越ながら高評価、ブックマーク、感想、レビューにて応援していただければ幸いです!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 私はこっちの文字数も読みやすくて好きです 売り飛ばしたとはいえ親だよな...悲しい 生きてればいいんだけど
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