119.クリスマスの奇跡(6)
「はい、たしかに承りました。ありがとうございます」
「こちらこそ」
「相変わらずドロシーさんとの商談はスムーズで結構ですね。しかしよろしかったのですか?今日は」
「聖夜祭だからってこの日だけが特別とは限らないわ。あなたはだってそうだから商会で一人仕事をしているんじゃないの?アンドレア」
「ハハハ、ドロシーさんには敵いませんな。ところで前々から議題に上がっていた件なのですが」
「そうね。来年辺りから本格的に着手しようかと思うわ。それだけ纏まった貯蓄も出来てきたみたいだし」
「おお、それはそれは。お互い商人冥利に尽きますね」
「ええ、まったくだわ。最終的な確認なんだけど、本当にそっちはこの条件でいいの?」
「ええ。さすがにここまで大きくなられると、いつまでも対等は謳うのは気が引けますからね」
「あいつは気にしないと思うけれど」
「一商人として、一個人として、あの方に惹かれたということにしておいてください。ああ、この話はご内密に。男に言われてもあの方は不機嫌になるだけでしょうから」
「フフッ、違いないわね」
朝からしてた商談が終わり、ドロシーがパステリッツ商会から出てきたのは昼過ぎのことだった。
「おつかれ」
「待っててくれたの?」
「そりゃ待つだろ。ていうか同席させろよ商売は私にも関係あることなんだから」
「フフッ」
「お腹すいたよね?何か食べようか。何がいい?」
「何でもいいわ」
ドロシーは強めに腕を絡ませた。
「こんな日でも仕事をしてる人は当然いるんだよな」
「そりゃそうよ。だから街は回るんだもの」
「いつも助かっております」
「フフン、もっと崇めなさい」
「ははー」
「クスクス」
適当に街をぶらついて、目についたお店でご飯を食べて。
私たちはいつもと同じ時間を過ごした。
あたたかく、心が休まるステキな時間を。
「それでアンドレアとも話したんだけど、来年の春くらいから本格的に店舗を構えて商売を始めようと思うのよ」
「うん、いいんじゃない?」
「何をそんな他人事みたいに」
「いやいやそんなつもりは無いけどさ。具体的にはどんな風に構想してんの?」
「そうね…アタシの薬、シャーリーの衣類、ルウリの魔導具なんかを階層ごとに販売する大型の複合店舗ってとこかしら。最上階にリコリスの直営店を入れて休憩スペースにするのも考えてるわ」
なるほど。
デパートみたいなもんね。
「パステリッツ商会が保有してる土地を貸してもらって、建物自体はリコリスの魔法を頼りにするのを視野に入れてる」
「任されよ。しっかし一年足らずで店を構えるだけじゃなく、そんな大きくしちゃうんだからさすがドロシーだね」
「なに言ってるのよ。その基盤を確立させたのはあんたじゃない。アタシはそれを拡げただけよ」
謙遜するもの、ドロシーはやっぱり生まれついての商人だ。
こと商才に関しては、私なんて足元にも及ばない。
百合の楽園の個性的な才能を最終的に集束させているのは、間違いなくドロシーだ。
ドロシーなくして百合の楽園の経理は成り立たないと言っていい。
「いつもありがと。ドロシー」
「もう急に何よ」
「感謝を口にするのはダメなことじゃないっしょ?」
「照れるって言ってんのよ」
「きゃわいいねぇ、ウヘヘ♡」
「ったく。それでこれを機に商会を立ち上げるわけだけど、その名前も決めちゃってほしいのよ」
「今までどおり彼岸花名義で良いんじゃない?」
「それあんたが一秒で適当に決めたやつじゃないの。そうじゃなくて、パステリッツ商会以下複数の商会を傘下に収めるんだから、新しい商会の名前を決めろって言ってるの」
「ぶっヘェ!!ゲホゴホゲハっ!!な、なんて?!!」
パステリッツ商会を傘下に?!
王国一の大商会ぞ?!!
「落ち着きなさい。これはアンドレアたちの総意よ」
「総意って…なんでいきなり?」
「これは正直、百合の楽園の知名度が上がったのが原因ね。時代の先駆けにして唯一無二の才能が集まった組織に与することの旨味が大きすぎるのよ。それをうちで独占してしまえば、変な軋轢が生じるのは目に見えてる」
実際に今までそういう事は多々あった。
語るべくもないことだ。
百合の楽園の技術を強盗しようとしたり、自分だけが利益にありついているアンドレアさんが襲われてその度に何とかしたり、なんてことは。
「それを生まないようにするのが、王国の大小様々な商会を巻き込んだ国家統一商会計画。もちろん代表はあんた」
「そんなに大掛かりなら前もって説明してくんない?」
さらっと言える話じゃないでしょ?
「国家なんて大層な枕詞に気圧されるあんたじゃないでしょ?言っとくけどすぐに国家どころか大陸を統一、そして世界中の商会を統一するわよ」
「世界…」
世界と聞いて、私はふとあることを思い出した。
『アンドレアさんの商会が王国を席巻するなら、私のアイデアは世界を掌握してやりますよ』
いつかアンドレアさんに切った啖呵だ。
図らずもその言葉のとおりに事は進んでいる。
進ませてもらっている。
みんなのおかげで、だ。
ならその恩義に報いるのが私の役目だろう。
「おもしろいな。よしっ、世界中に響かせてやろう!私たちの名前を!」
世界を巻き込む嵐。
リリーストームグループはこうして発足されたのだった。
「アタシたちの輝かしい未来に」
「おー!乾杯ー!ゴッゴッゴッゴッ、ぷはー!んまい!ぐっ、がぁぁぁぁぁ!!!この身体の内側が燃え盛るような感覚!!!ドロシー、貴様ァ!!!」
「だってクリスマスだもの。いつもどおりなんてつまらないでしょ?」
したり顔で小瓶を振るドロシーのセクシーなこと!!
しゅき!!
じゃなくて、盛ったな…お前ェ!!!
「これっ、なんの薬?!!」
「感度は3000倍になるし精力はギンギンになるしアタシのことは爆乳のドロシー様って呼ぶようになるしあと語尾がブヒィになる薬」
「対○忍じゃねーかブヒィ!!!こんな薬でブーストかけて虚しくねーのか爆乳のドロシー様がよぉブヒィ!!!」
「黙ってなさい。こうやって指の先を触られただけでも我慢出来ないくせに」
「ブヒィィィィ!!♡ちょ、それやめろ爆乳のドロシー様ブヒィ!!!」
「ほら、娼館行くわよ」
「な、なんでブヒィ?」
「ブチ犯してやるって言ってんのよ」
「ブ、ブヒィィィィィ!!!」
――――――――
「あれからどうだった?」
「んー?」
「テレサクロームで別れてから」
「気になる?♡」
「いや、話したくないんならべつに」
「やーん♡リコリスちゃん冷たいよ〜♡でもそういうところも好き〜♡」
めっちゃチュッチュしてきやがる。
めっちゃチュッチュペロペロした後だけどな!
さすが悪魔…リコリスさんもうカラッカラよ。
モナ曰く、あのテレサクロームでの一件以降、こういうことは自制していたらしい。
欲望が涸れたわけではもちろんなく、自分の意思でそう決めたのだ。
本当に好きな人とだけ。
ただしそのときは全力で。
欲望の王らしく飽くまで。
「難しそうだね。欲望を制御するっていうのは」
「そうでもないよ♡モナの【邪淫】は性欲を掻き立てることも、性欲を抑えることも出来るんだから♡」
【邪淫】…なるほどモナにピッタリのユニークスキルだ。
それはあくまでスキルの一端で、本質的には魂の解放を指すっぽいけど。
「成長してるんだねモナ」
「エヘヘ♡でもあちこち回って、いろんな人に会ったけど、やっぱりリコリスちゃんが一番好きだなモナ♡」
「それは遠回しな告白ってこと?」
「えー?♡ストレートに言ってるつもりだよ♡モナ、リコリスちゃんのものになりたいなぁって♡……本気に聞こえない?」
「聞こえてるから揶揄ってんだよ。なんとなく、こうなるんじゃないかって思ってたから」
「ん…」
ようこそ、とでも言うべきなんだろうか。
私は寝そべりながらモナの頭を抱いた。
「歓迎するよ、私の可愛い魔王さん」
「うん…♡」
モナは気恥かしいとばかり、おどおどと。
私の身体に手を回した。
モナがどんな花を咲かせるのか、何者になるのか。
それはこれから紡がれる物語だ。
ゆっくりと。じっくりと。
――――――――
ここが一番平穏で、ここが一番健全なのは言うまでもない。
「いっぱいお出掛けしたねアリス」
「うんー!」
デートっていうか普通に親子であちこちお買い物したくらい。
取り立てて話すこともないような、本当に普遍的な一日だ。
「よるはみんなでごはんなんだよね」
「うん、迷宮でね。いーっぱいごちそう作るからね」
って、分身増やしてとっくに作り始めてるんだけど。
「アリスの好きなものたくさんあるよ」
「へしこー!うめすいしょー!いぶりがっこー!」
「我が娘ながら渋すぎない?」
誰だ教えたの。
「アリスね、おっきくなったらママとおかーさんとおさけのむの」
「おっ、いいね。すごいいいねそれ。大人になるまで待ってるからね」
竜王で精霊王なアリスの時間の流れが人間と同等なのかはともかく。
それで言っちゃうと、半神の私もどうなんだろうと思ってるけどね。
私ははたしてみんなと同じ時間を生きているのだろうか。
生きていると言えるのだろうかと、たまに思う時がある。
今はまだ実感すら出来ない恐怖。
いつかは命の別れを知るときが来るんだと。
「ママ?」
「あ、ゴメンねアリス。なんでもないから」
……あー、寒いからかな。
気持ちが滅入る。
横にアリスがいるのに情けねえ。
「帰ろっか」
「大丈夫だよママ」
一瞬、アリスの声色が変わった。
大人の女性さながらの落ち着いた雰囲気を醸し私を見上げる。
「みんなずっとママのことが大好きだから」
「アリス?」
「二シシ、かえろーママ!おなかすいた!」
気のせいか、幻か。
どっちでもいい。
アリスはアリスだ。私の娘だ。
何も変わらない。何も。
「よーっし!今日は夜までパーティーだぞー!」
「わーい!」
太陽みたいに笑うアリスを抱きかかえ、軽い足取りで帰路に着く。
そして、クリスマスの物語は最後の一人にて綴られる――――――――
――――――――
私がいた世界のクリスマスとは違い、聖夜祭は一年の締め括りを家族で祝うのが習わしだ。
だから特段、私とアルティが一緒に出歩くのは珍しいことでもない。
家族とはそういうものだ。
だからこそ、
「次はどこへ行きましょう……行こっ、か…リコ……ちゃん」
何かしらのアクセントがあるのたまんないよねーーーー♡♡♡
「もっかいもっかい〜♡」
「リ、リコちゃん…」
「もっと可愛く〜♡」
「リコちゃん…っ♡」
「もっとスケベに〜♡」
「あ、アハ〜ン♡リ、コ、ちゃん♡って何させるんですか!!!」
「くふぅぅぅ!♡滾ってきたぜーーーー!!♡」
「なんでデートでこんな辱め…」
「アルティがチェスで負けたのが悪い〜♡リコちゃん呼び敬語禁止ふぅ〜〜〜♡てかいい加減慣れろよ。元々そっちの喋り方が素なわけなんだから」
「染み付いたものがあるんです!」
「あるの、だろ?」
「も〜〜〜〜!リコちゃんのいじわる!」
「そう言われんの、嫌いじゃないぜ」
ったく可愛いなぁ私の嫁は♡
最初こそ顔を真っ赤にしてたアルティも、次第に諦めがついたらしい。
昼を迎える頃にはスムーズな言葉遣いになっていた。
昼食は作っておいたお弁当を広場で食べようってなったんだけど。
「ふぅ…」
「食欲無い?」
「ああ、いえ。少しはしゃぎ疲れたのかもしれません。いただきます」
はしゃぐ気持ちはわかるよ。
クリスマスだし。好きな人とのデートだし。
それと無理してまで連れ回すことは別の話なんだけど。
「熱は…無いよな。具合が悪いなら屋敷に戻ろうか」
「だ、大丈夫!大丈夫です!ほら、こんなに元気ですよ!ほらほら!――――ッ!」
「アルティ!!」
立ち眩み?
やっぱ体調良くないっぽいな。
「屋敷に戻って休もう。ね?」
「嫌…嫌です…。せっかくリコリスと二人きりのクリスマスなのに…」
「バーカ。それで無理してアルティが倒れちゃ世話無いだろ。心配しなくても、私はずっとアルティの傍にいるよ。お前の奥さんなんだからさ」
「リコ…」
アルティはうっすらと涙を浮かべ、私に寄りかかった。
「好きだよ、リコちゃん…」
「私もだよ。アルティ」
屋敷に戻ると、アルティの具合が更に悪くなった。
「ぅ……」
吐き気を催して洗面所に駆け込むアルティ。
何か悪いものでも食べさせたか?と背中をさする。
ていうかそもそも【状態異常無効】があるから、風邪なんて引かないよな?
「どうかしましたか?」
「あ、メロシーさん。じつはアルティが」
「はぁ…」
メロシーさんは顔色を悪くするアルティを見やると、パンと手の平を合わせた。
「まあ!まあまあまあ!リコリスさん、アルティさん、おめでとうございます!」
「おめでとう…?」
「何が、ですか?」
「何って、おめでたに決まっているじゃありませんか」
おめでた…
「おめ…」
「でた…」
今年一。いや、もしかしたら生涯これより大きく叫ぶことはないだろうくらい。
私たちの声は雪の空を裂いた。
「「どぅおぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーー?!!!!!」」
これが百合の奇跡ってやつですね!
これにてクリスマスの奇跡は最終回
ではありません!!!
本日13:00にショートストーリー載せまーーーーす!!!
お楽しみに!
奇跡に感動してくださった方は、いいね、ブックマーク、感想、レビューにてその旨をお伝え下さい!!!