109.おかえり日常
事件から三日。
暗殺者ギルドの壊滅というセンセーショナルなニュースは、世界を大いに賑わせた。
各国の貴族や有力者の影の部分に深く関わっていたものが露わになって、関与していた者は次々に処罰されているらしい。
各地では権力争いやら何やらのゴタゴタが頻発しているみたいだけど、それは私たちには関係ないこと。
勝手にやってくれたまへ、の精神でいこう。
んで、肝心の灰被り。
「クオンは結局見つかんなかったんだな」
あの後、すぐにレオナちゃんたちが暗殺者の残党を制圧した。
その大半は捕縛されたんだけど、クオンとその他一部は姿を眩ませたんだって。
それに伴って、トリスティナ王国という国は実質地図の上から消えることとなった。
王の不在は元より貴族や権力者たちもおらず、飢餓と貧困によりもうすでに国としては死んでいて、何をしようと立て直すことは不可能だというのが、ヴィルとレオナちゃんの見解だ。
残った数少ない国民は、難民としてドラグーン王国が受け入れたらしい。
ヴィルには、また厄介事を持ち込んで…って睨まれたけど。
きっとうまいことやってくれるだろう。
「逃げおおせた他はともかく、クオンを捕らえるのは誰にも不可能です。この先誰にも見つけられはしないでしょう」
「寂しい?」
「いいえ。これは決別ですから。私にとっても、クオンにとっても」
「そっか」
じゃあこれ以上突っ込むのはよそう。
「それで…」
「むぅぅぅぅ!」
「ふぐぅぅぅ!」
「お前たちはいつまでシャーリーに抱きついてんの?マリア、ジャンヌ」
サンドイッチされてるのいいなぁ。
私にも私にも。
「だって怒ってるんだよ私たち!」
「プンプンです!まだ赦してないんですからね!」
「いっぱい撫で撫でしてくれないとペシッてしちゃうから!」
「一緒にお出かけもしてください!」
「はい。いっぱい遊びましょう」
なんかシャーリー、ちょっと雰囲気柔らかくなったな。
一皮剥けたじゃないけどさ。
また違った魅力がステキだねぇ。
「リーコリースちゃーん♡」
「そんでお前はいつまでおるだよモナ」
「飽くまで〜♡」
必要以上にベタベタしやがって。
いいぞもっとやってこい!
おっぱいやらかっ!!いい匂いっ!!
ほんとに偶然同じタイミングで王都に来てたらしいんだけど。
「何しに王国に来たの?」
「んーとねー♡テレサクロームでわかれてから、大陸を適当にブラブラしてたの♡そしたらねぇ、王国にはおいしいご飯を出すお店があるって聞いたから来たのぉ♡」
国外まで名前が聞こえてる私のお店すご。
ワーグナーさんたちスタッフには頭が下がるね。
「来てよかったなぁ♡またリコリスちゃんたちに会えたの嬉しい♡」
「おーよしよし」
「エヘヘぇ〜♡」
こうしてれば普通の可愛い女の子なんだよな。
これで魔王だってんだから感覚バグるわ。
「ねーねーリコリスちゃん、デートしーよぉ♡」
「めちゃくちゃしたいけどダーメ」
「アルティちゃんと三人でいいことしよ♡前と後ろでヌルヌルしてあげるよぉ♡」
「えっ、めっちゃしたい!したいしたい!け、ど……今度ね!今はクリスマスの準備で忙しいの!」
サンタさん用の靴下編んで…あ、魔法でモミの木生やさないと。
「じゃあアルティちゃんとデートしてこよーっと♡」
「えっ、あっ、するときは一応呼んで?!一応あだっ!!」
「嫁の不貞は止めなさい」
頭殴られた…
私は自分から率先してシたいけど、目の前で鑑賞するのも好きなタイプの女好きだぞ。
あーでも寝取られるのはなぁ、解釈違いっていうか。
いや、うん…モナだからこそ開ける新しい性癖もある、か…?
「ビデオカメラ渡すから二人でしてるとこ撮って後で見せてって言ったらどんな反応する?」
「離婚か自害か選ばせてあげます」
「ひぃん私、嫁、だいしゅき!」
「……リコがどうしてもしてほしいって言うなら考えますけど」
「ほぇ?なんか言った?」
「フンッ!!」
「へぶち!!」
なんで殴ったの…?
そんな感じで日常を取り戻した私たちは、来たるクリスマスに向けていそいそと準備に取り組んでいた。
料理に使う食材の手配とか、オーナメント作りとか。
てかみんなへのプレゼントどうしようかな。
百合の楽園のみんなと、モナにリエラ、サリーナちゃん、レオナちゃんたちにも贈らないとでしょ。
あとお母さんたちにも用意して……うぅ、やることが山積みだ。
けどこんなに頑張ったら、きっとサンタさんも来てくれるよね。
「〜♪」
「楽しそうねリコリス」
「そりゃ楽しいよ。お祭りは準備から楽しまないとね。ユウカは初だろ?めっちゃ楽しませてやるから覚悟しろよ」
「うん。そういえば、そろそろお城に呼ばれてる時間なんじゃないの?」
「あぇ?なんかあったっけ?」
「シャーリーについて話があるとかなんとかって」
…………あ、完全に忘れてた。
「王二人を待たせるとは、いい度胸をしているな」
「さーせん!!」
腕と足を組むヴィルの怒ってること。
マジでゴメン。
「そう熱り立つな。とにもかくにもまずは座れリコリス。貴様もだ」
「失礼いたします」
城には私とシャーリーが呼ばれた。
暗殺者ギルド関連の聴取は済んでるので、たぶん別件だとは思うけど。
「こうして直に相対するのは初めてになるな。シャルロット=リープ」
「はい」
「虚ろの影…噂に名高い稀代の暗殺者が目の前にいるというのは、不思議な気分だ。随分とうちの貴族を手に掛けたようだな」
「はい」
「ヴィル、シャーリーを処罰するつもりで呼んだんならやらせないよ」
「そのつもりならとっくに察しているだろう。汚職に手を染めた者を害そうが、それはそう在って然るべき摂理。手を下すのが貴様か我らかの違いだ」
そう言うとヴィルは、テーブルの上に書類を一枚置いた。
「これは…国籍?」
「トリスティナ王国の難民を受け入れた折、同じく作ったものだ」
シャルロット=リープ名義の国籍に玉璽が押されている。
これは国がシャーリーを保護しているという、王様直々の証明だ。
つまり…
「シャーリーを受け入れてくれるの?国民として」
「ああ。どうやってか、すでに冒険者登録は済ませているようだが。そちらも問題無い。正式な手続きをした」
「すごい!これからは正体を隠さなくてもいいってことだよね?!やったなシャーリー!ありがとうヴィル!」
「これにはレオナ=ゴールドフレア獣帝からの声明も含まれている」
「マジか!サンキューレオナちゃん!愛してる!」
「ぬぁっ!ちょっ、抱きつくなぁ!」
シャーリーは優しい表情で書類を抱いた。
太陽の下で堂々と出来る喜びを噛み締めているように見えた。
「それで過去の罪が清算されたわけではないが、これから先はその腕を国のため、己が主のために使え」
「寛大な御心に感謝いたします、女王陛下、獣帝陛下」
「してリコリスよ」
「なに?」
「今まではそちらの希望を罷り通したが、今回ばかりはそうはいかぬ。それほど大きな影響力があるからな。こちらで隠し通すのは不可能だ。暗殺者ギルド壊滅の功績を称え、リコリス=ラプラスハート=クローバーを、伯爵位から侯爵位に陞爵。並びに魔狼級から鳳凰級冒険者へと昇級する」
「ぐァァァ!!また要らない地位がァ!!」
侯爵って…上から二番目?
アルティのお父さんの階級越えちゃったじゃん…
謁見の間で大々的にやらないだけありがたく思えってヴィルは言うけど、それ自分もめんどくさかっただけじゃないの?
「リコリスの実力を思えば鳳凰級より、神竜級が妥当だろうが」
「いいよいいよレオナちゃん。しっかし私も鳳凰級かぁ」
「冒険者登録から一年を待たずにな。史上最速だ」
「ハハハ…」
今年はなんか怒涛だったな。
楽しい一年だった、って言うにはまだちょっと早いけど。
「そうだ、クリスマス…聖夜祭をさ、緋色の花園でやろうと思ってるんだけど、ヴィルとレオナちゃんたちも来るよね?」
「何故すでに決定している」
「我々は聖夜祭が来る頃には国に帰ろうと思っていたのだが。迷宮についての話も、早く纏ったことだしな」
「えーいいじゃーん。友だち同士でパーティー絶対楽しいからー」
「う、わかったよ…」
「やった!そうだ、リエラも誘わんと。じゃーね二人とも。また。行こうシャーリー」
「はい。それでは」
「おい、まだ話は……」
何か言いかけたヴィルを他所に、私たちは軽い足取りで部屋を出た。
――――――――
「大変だな。あれが国民だと」
「大変どころか厄介だ。どこか他の国に嫁ぐか、いっそのこと建国でもしてくれれば、気苦労から解放されていいのだがな」
「実際そうなったら寂しい思いをするんじゃないか、とは邪推か?」
「ふん」
手のかかる子どもほど可愛らしい、そんな当たり前をリコリスと同じ歳の子どもに諭されたのだからおもしろくはないだろう。
ヴィルストロメリアは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「それよりだ。聖夜祭までこちらに残るとのことだが、いいのか?そちらもリーテュエルの教皇がこちらに向かっている情報を掴んでいないわけはあるまい?」
「フッ、向こうに何を言われようとも我々は我々だ。第一、他所の国で事を荒立てるほど、向こうとて愚かではないだろう。何かあろうとなるようになる」
或いは、なるようにするだろうというのがレオナの予想だ。
彼女はある種の確信を抱いていた。
自分たちが同じタイミングでこの地に集結するのも。
暗殺者ギルドの件も。
迷宮についても。
根拠の無い、そうであったら愉快だという希望。
運命は彼女を中心に回っている、と。
――――――――
「やーマジでよかったなシャーリー」
「はい。これも全てリコリスさんのおかげです」
「ニシシ。でも眼鏡はかけ続けるんだ?」
前のはクオンに壊されちゃったから、新しく眼鏡だけプレゼントしたんだよね。
今度のは認識阻害も何も付与してない普通のやつ。
「これに慣れてしまいましたから。それに、リコリスさんが似合うと言ってくれたので」
「おお…めっちゃ可愛いこと言うじゃん」
「フフッ」
おお?
腕なんか組んじゃって。
「好きですリコリスさん。愛しています」
「んぁ〜美人にどストレートに好きって言われるのキクなぁ〜♡ウヘヘ今日とかシちゃうかぁ?♡おぉ?♡」
「お望みならこの場でも」
「ちゃはぁぁぁぁぁ!♡」
リコリスさん止まんなくなっちゃうンゴぉぉぉ♡
「人の城の廊下で何をしているんですか…」
「うおっと?!」
あっぶね流されるとこだった。
「よ、よぉリエラ…と、サリーナちゃんも一緒?」
「こんにちは、リコリスさん、シャーリーさん。いろいろと大変だったみたいで」
「ご心配をおかけしました」
「皆さん無事で何よりです」
「うんうん。あ、緋色の花園で聖夜祭のパーティーするんだけど、二人も来るっしょ?」
「へっ?あー…」
「そう、ですね…えと…」
なんか歯切れ悪いな。
「もしかして用事ある?」
「あるといえばある、ような…?」
「あることになるかもしれない、ような?」
「なんだそれ?まいっか。もし来れるならおいでよ。歓迎するから」
「は、はい」
「わかりました」
「そんじゃねー」
妙な雰囲気の二人に別れを告げて、鼻歌を歌いつつその場を去った。
後の事。
「王女殿下はその…聖夜祭は…」
「貴族のパーティーにいくつか顔を見せた後は、予定はありませんが」
「そ、そうですか」
「……サリーナは、どうするんですか?」
「師匠はリコリスさんのとこに行くでしょうし、孤児院に少し顔を出した後は暇というか」
「そうですか」
「は、はい」
「…………」
「…………」
「あーもうっ!じれったい!誘うなら誘ってください!」
「王女殿下こそ!誘われたいなら言ってください!」
「聖夜祭!」
「一緒に!」
「「過ごしてください!!…………はい、喜んで」」
「はっ!」
「どうかしましたか?」
「なんか誰かがすんごい百合してる気配がした」
(たぶんあの二人でしょうね。一緒にいる時間が多いのか、同じ匂いがしていましたし。意外な組み合わせというか)
「誰と誰が恋をするかなんて、誰にもわからないものですね」
「ほぇ?何の話?」
「フフッ、私はリコリスさんが大好きだという話ですよ」
「えへぁ〜照れる〜♡シャーリーしゅこ〜♡」
「これからはガンガン行くつもりなので、どうか覚悟しておいてくださいね。フフフ♡」