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106.不器用でキレイな物語(3)

 レオナ=ゴールドフレアは、若輩18という若さでありながら世界最強に数えられる猛者の一人である。

 そんな彼女をして、微動だに出来ずにいた。

 その女性はあまりにも自然に、存在を周囲に溶かすかのように場に馴染み、当然のようにリコリスの腹にナイフを刺したのだから。


「リコリスさん!!」


 一拍遅れて突如現れた狼藉者の排除に努めようとすると、リコリスが手を伸ばして制止する。


「大丈夫、大丈夫だから」


 血まみれの腹を押さえて、リコリスはシャーリーと視線を交わした。




 ――――――――




「どうしたシャーリー?」


 何も言わない。


「過激だね。私、何か怒らせるようなことしちゃったっけ」


 何も言わない。


「洗濯物その辺に脱ぎ散らかしてたとか?シャーリーの分のおやつ食べちゃったこととか?なあ、シャーリー。何があった?」


 何も言わずナイフを抜き去って、手を伸ばしかけた私を鋭い蹴りで吹き飛ばす。


「べつにどうということはありません。ただ、もう飽きたんです。あなたに。あなたたちと仲間のフリをするのに」

「飽きた…?」

「ええ」

「そっか…なら、しょうがねーな。なんて、そんなんで納得すると思ってんのか」

「いいえ。私ではあなたを殺せないことはわかっていますから。だから、お別れを言いに来ました」

 

 もう二度と会うことはないでしょう。

 シャーリーはこれ以上ないくらい、優雅な所作で一礼した。


「こんな私に温情をくださったこと、一生忘れません」

「私のこと、嫌いになった?」

「今この時を以て、百合の楽園(リリーレガリア)を辞めさせていただきます」

「質問に答えろシャーリー!!」

「さようなら」

 

 シャーリーは影に溶けて消え、伸ばした手は空を掴む。

 後に残ったのは血溜まりと、意味のわからない寂寥感だけだった。


「リコリスさん…今の…」


 傷は治る。痛くもない。

 荒れた部屋だって魔法で一発だ。

 それでもこの心は収まらねえ。


「レオナちゃん、ゴメンちょっと行ってくる。ここで起きたことは誰にも言わないで」

「けど…」

「お願い」


 ともすれば脅迫めいた物言いに、レオナちゃんは怯んだ。

 ゴメンね。

 私も余裕が無かったから。

 どこへ消えたかもわからない女を追って、私は窓から飛び降りた。




「シャーリー!!」


 たちの悪い冗談だったのを期待して、屋敷に戻ってみる。

 だけど当たり前のようにシャーリーの姿は無かった。


「シャーリー!いないの?シャーリー!!」

「お姉ちゃん?」

「どうしたんですか?」

「マリア!ジャンヌ!シャーリーは?」

「っ、お姉ちゃん血!!」

「怪我したんですか?!」


 あ、浄化(ピュリフィケーション)するの忘れた…


「だ、大丈夫だよ。ちょーっとえっちなお姉さん見つけて鼻血ブーしちゃっただけだから☆てへっ☆それより、シャーリーは?」

「あのね、シャーリーお姉ちゃんどこか行っちゃったの」

「一緒にサンドイッチ作る約束してたのに」


 たしか二人はシャーリーと出かけてたんだったよね…

 

「二人とも、シャーリーに何か変な様子はなかった?」

「変?」

「そういえば、シャーリーお姉ちゃん誰かとお話してたような」

「誰か?」

「灰色の髪の女の人…だったと思います」

「……ジャンヌ、ちょっとゴメンね」


 頭に手を置く。

 【創造竜の魔法(ラプラス)】で記憶を読んで…この人か。

 シャーリーと同じタイプのスレンダーでえげつない美人。

 雰囲気はひたすら柔和で、どんだけ意識しても危ない人には見えない。

 けど、この灰被り(シンデレラ)がシャーリーの異変に関わってるのは間違いない。


「リコリスお姉ちゃん?」

「大丈夫。シャーリーはちょっと用事があるだけだよ。すぐに帰ってくるからね」


 屋敷を出て。


「ルドナ、ウル」

「はいなのでございます」

「ここに」


 二人に意識を共有する。


「シャーリーとこの女の人を探して。お願い」

「かしこまりましてございます」

「御意。して主殿、見つけた折は」

「私に報告。連れ戻せるようなら連れ戻して。手荒な真似は無しで」


 二人は恭しく一礼して消えた。

 私も探知を全開にしてるけど、二人でも見つけられるかどうか。

 シャーリーの隠密性は百合の楽園(リリーレガリア)でもずば抜けてるから。

 ただでさえ暗殺者としてのスキルが高いのに、【混沌の王】でそれを更に引き上げてる。

 見つけるのは容易じゃないはず。

 それにシャーリーに近付いた美女…たぶん、というか間違いなく昔の関係者だ。

 シャーリーを連れ戻しに…それにシャーリーが乗った?

 わかんないことばっかだ。

 とにかく探そう。

 話はそれからだ。




 ――――――――




「ねえジャンヌ」

「うん」

「やっぱり何かあったんだよ、シャーリーお姉ちゃん」

「うん…リコリスお姉ちゃん、慌ててた」

「私たちも探しに行こうよ」

「でも、リコリスお姉ちゃんが…」

「じっとしてられないよ。なんかわかんないけど…すごく嫌な感じがするの」


 胸がキュッてなる。

 奴隷だったときの怖さを思い出すみたいに。


「シャーリーお姉ちゃんが、どこか遠くに行っちゃう気がするの。だから行こうよジャンヌ」

「うん、わかった。シャーリーお姉ちゃんを探そうっ」


 居ても立っても居られなくて。

 私たちは屋敷を飛び出して走った。

 今にも雨が降り出しそうな、雷がゴロゴロした空の下を。

 



 ――――――――




「シャーリーが…リコを?」


 そろそろ会談が終わった頃でしょうと様子を見に来てみれば…


「すまない。リコリスに口止めをされていた」

「いえ。大きな騒ぎにしたくなかったのでしょう」

 

 わざわざ王城に乗り込みリコを刺すなんて。

 たとえ身内であろうと間違いで済ませられることではないのだから。


「どっどうしたん、でしょう…」

「何が…」

「わかりません。ですがリコのことです。きっとシャーリーを探しているはず。私たちも」

「りょ」

「我々も力を貸そう。フェイ、コルルシェール、共に行け」

「かしこまりましたピョン」

「了解なのですニャー」


 ほんの微か。

 部屋に残った血の匂いに、私は顔を顰めた。


「嫁」

「なんですかルウリ?」

「怖い顔してる。そんなんでシャーリーたん迎えに行くのはやめときなよ」

「……それは、事情次第です」


 万が一にもありえないとしても。

 もしも彼女が自分の意思でリコを刺したのなら。

 私はそれを咎めなくてはいけない。

 王の伴侶として。




 ――――――――




 ローブに身を包んで尚、肌寒さを覚える冬の風が湖の上を渡る。

 世界はこんなにも冷たかっただろうかと肩を抱いた。

 いいえ……忘れていただけだ。

 私の世界は冷たく暗く、どこまでも灰色だったではないかと、幸せに浸かりきっていたことを再認識した。


「この先に早馬を用意してあります。行きましょうか」

「……はい」


 クオンの一挙一動に肩が震える。

 何を怯えることがある。

 私はもう…


「シャーリーお姉ちゃん!」

「見つけました!」


 なんで…ここに…


「マリアさん…ジャンヌさん…」


 どうして…いや、それより…


「急にいなくなっちゃうんだもん。いっぱい探したよ」

「帰りましょう。サンドイッチを作る約束、まだですよ」


 肩を上下させるくらい一生懸命に私を探してくれた。

 こんな私を…


「可愛らしいお迎えですね」

「ッ!」

「こんにちは、お嬢さん方」


 マリアさんとジャンヌさんは、クオンの微笑みに揃って尻尾の毛を逆立てた。


「お姉さん…誰?」

「シャーリーお姉ちゃんから、離れてください」

「そんな酷いことを言わないでください。これでもお嬢さん方より付き合いは長いのですから。ねえ、シャーリー」

「……マリアさん、ジャンヌさん、私は…今日限りで皆さんの元を去ります。お願いです。どうかそのまま帰ってください」

「なんで…?バイバイするの嫌だよ。シャーリーお姉ちゃん!」

「どうしてそんなこと言うんですか!」


 お願いだから、このまま帰ってください。

 でないと…


「……うんざりなんですよ」

「へ?」

「シャーリー…お姉ちゃん?」

「その呼び方もやめてもらえませんか?じつの姉でもあるまいし。そういう無遠慮に人懐っこいところがイライラしていたんです。ですがこれでスッキリします。人を好きになるフリも、ヘラヘラと愛想を振り撒くのも、好きでもない子どもの相手も、もうしなくて済むんですから。鬱陶しい。煩わしい。喧しい。近付かれるだけで虫唾が走るんですよ。我ながらよく耐えたと、自分を褒めてあげたいくらいです」


 口の中に苦さが広がる。

 舌が乾く。

 張り裂けそうだ。

 

「これ以上私に構わないでください。でなければ」


 私は二人にナイフを向けた。


「私はあなたたちを殺さなくてはいけません」


 切っ先がブレる。

 腕を上げるのがつらい。

 お願いです、帰ってください。

 そんな願いを、二人は踏みにじった。


「やだ…」

「嫌です…」

「帰ろう!じゃないとみんな泣いちゃうよ!!」

「帰りましょう!一緒に!!」

「何を聴いていたんですか…私は!!」

「何を言われても、シャーリーお姉ちゃんはシャーリーお姉ちゃんです!!」

「私たちの大好きなお姉ちゃんだもん!!」


 ポタリ

 雨が頬を濡らした。


「絶対に連れて帰るんだ!!」

「連れて帰ります!!」


 空が落ちてきたような土砂降りの雨の中、私は――――――――


「未練は断ち切るべき。子どもに現実が非情だと告げるのは大人の役目でしょう」


 変わらない穏やかな口調のクオンに戦慄した。


「待ってくださいクオン…!!私が!!」

「出来なかったから、彼女たちはここにいるのでは?」


 目が私を凍りつかせる。

 ダメ…ダメです…

 逃げてと、声を出すことも出来ない。


「やるよジャンヌ!!」

「うんっ!!」

救世一刀流(ぐぜいっとうりゅう)!!剡天下(えんてんか)!!」

深海の激流(ディープボルテックス)!!」


 雨を蒸発させる紅色の刀。

 雨を呑み込む波濤の刃。

 それらが迫ろうと、クオンはまるで動じない。

 彼女には攻撃の一切が通じない。


「にゃっ?!」

「うそ…?!」


 炎が掻き消え、水流は霧散する。


「弱き者には死を」


 空間に穴が開いたと錯覚する蹴りがマリアさんを転がした。


「小さき者には死を」


 岩さえ抉る貫手がジャンヌさんの腹を穿った。


「生きとし生ける者全てに死を」


 説くように、けれどそこに感情は無く。

 世界に遍く一切の殺意を濾過した純真無垢な暗殺者。

 クオン=リープは、踊るように倒れた妹たちの身体を蹴り飛ばした。踏み潰した。髪を掴んで持ち上げた身体を地面に叩きつけた。


「死せる者に死を」


 頭を踏み抜こうとするクオンに、私は必死になってしがみついた。


「やめてください!!お願いします!!私はついて行きますから!!お願いします!!お願いします!!」

「いつからあなたは、そうやって生を啄むようになったのですか?」


 クオンの手の甲が頬を打った。


「あなたに暗殺を、死の何たるかを教えたのは誰でしたか」

「あなたです…だから…」

「あなたを堕落させた者に死を与えることの、いったい何が間違っているのか」


 乙女のように唇の形をなぞるような口付けから一転、蛇のように舌を口の中に滑り込ませてくる。

 銀の糸を雨に千切れさせて、叩いた頬を撫でた。


「その可愛らしい口で教えてください」

「それ、は…」

「さあ」


 身体が動かない。

 動こうとするのを拒絶する。

 すると、私たちの間を炎が走った。


「……存外頑丈ですね。子どもというのは」

「シャーリーお姉ちゃんから…離れろ!!」

「泣かせるの、赦さないです!!」


 骨が折れてるはずなのに。

 内臓だって破裂しているはずなのに。

 二人は傷だらけになっても立ち上がってクオンを睨みつけた。

 小さいながらに有り余る野性を瞳に宿して。


「シャーリーは私のものです。あなたたちに止められる謂れはありません」

「私たちのお姉ちゃんだ!!」


 マリアさん…


「キレイでカッコよくて優しくて、私たちのことを大事にしてくれるお姉ちゃんです!!」


 ジャンヌさん…


「お姉ちゃんにそんな顔させる人なんか大ッ嫌いだもん!!」

「絶対に連れて帰ります!!」


 赤い魔力(マナ)が熱量を孕む。

 青い魔力(マナ)が雨を支配していく。

 二人はこんなにも強くなっているのに。

 私は、私は…


「歯向かう者には死を。小さなお嬢さん方」

「おおおおおおお!!」

「はああああああ!!」


 マリアさんの刀が火柱を立て、ジャンヌさんの両手には渦が巻く。

 

「「救世三刀流(ぐぜさんとうりゅう)!!紅魔蒼獣ノ爪刀(ケルベロス)!!!」」


 三つの頭を持った炎と激流の斬撃が大地を割った。


「絶望に死になさい」

「ッ、マリアさん!!ジャンヌさん!!」

「【幻想魔法】」






鏡花水月(ウタカタノセカイ)


 




 ――――――――




 雨が降っててよかった。


「マスター」

「主殿」


 王都の外の草原で、ルドナとウルは血まみれのマリアとジャンヌを抱いていた。


「二人は?」

「一応は無事にございます」

「ドロシー殿のポーションを飲ませましたが、ダメージが酷いでござる」

「シャーリーは」

「我々が到着したときにはすでに」

「この雨で完全に匂いが途切れたのでござる」

「そっか」


 戦闘の跡。

 二人がシャーリーに牙を剥くわけがない。

 相手はもう一人の方だ。

 二人を傷付けたのも。


「お姉…ちゃん…」

「マリア!ジャンヌ!」

「ゴメン…なさい…」

「いい!喋らなくていいから!」

「シャーリーお姉ちゃん…止められなくて、ゴメンなさい…」

「私たちが…もっと強かったから…」


 朦朧とした意識で涙を流すと、二人はそのまま気絶した。


「マリアとジャンヌをお願い」

「マスターは」

「シャーリーたちを追う」

「かしこまりましてございます」

「ご武運を」


 ルドナとウルは私を止めない。

 止められなかったんだろう。


「誰だ…私の妹を泣かせたのは…。誰だ…私の女を奪ったのは…」


 ああ、雨が降ってて本当によかった。

 身体の熱を冷ましてくれるから。

 こんな顔を見られなくて済むから。


「わからせてやるよ灰被り(シンデレラ)……。私の女に手を出すってのがどういうことか」


 今過去一書いてて楽しいかもしれない。

 どうかこのまま燃えてくれモチベーション。


 おそれながら応援よろしくお願い致します!

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 いつも使ってるイラスト加工アプリの仕様が代わって、うまく挿絵が作れねえ…

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― 新着の感想 ―
[良い点] どんな思いでリコリスを刺したんだ どんな思いでマリアとジャンヌに酷いことを言ったんだ こんなのって悲しすぎるよシャーリー・・・
2023/11/14 21:03 退会済み
管理
[良い点]  これ手は上げないだろうけど、どんな方法で制裁するんだろ、楽しみ。 [一言]  執筆頑張ってください!
[良い点] リコリスさんが怒りましたよ これはクオンさんやばいですよ 可愛い妹達に手を出してシャーリーさんを連れてったんだからそれなりの報いは受けるわな 地形が変わりそうだぜ シャーリーさんを連れてく…
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