105.不器用でキレイな物語(2)
「暗黒天星!!」
私の【重力魔法】は、膨大な質量を対象に押し付けることで、局所的に空間を歪ませて破壊する。
けれど、
「ッハハ!」
コルルシェールは真正面から私の魔法を食べた。
もちろん、リルムさんみたいに自分の胃袋に魔法を収納しているわけじゃない。
魔法を空間ごと抉り取っている。
【天空魔法】。風と空間の属性を複合させた魔法によって。
「いいのです!いい感じなのです!もっともっと喰べさせてほしいのですよ!腹ぺこ虎の顎!!」
「ッ!!」
見えない虎の大口が、魔法ごと背中に生やしたこうもりの羽を食い千切る。
【天空魔法】が強いのはもちろんあるけど、それだけで私の魔法が通じない理由にはならない。
そう、厳密には魔法の押し合いにすらなってないんだ。
【天空魔法】は私の魔法にじゃなく、魔法の周囲の空間に干渉し、その空間ごと異空間に取り込んでしまっている。
それだけなら、まだ付け入る隙はあった。
「夜天の星!!」
「おお他の魔法よりは速いですね!コルルの方が速いです、けど!」
魔法を食べて接近し、お腹を、顎を、頬を拳で撃ち抜かれる。
「暴風の牙!!」
空から振ってきた竜巻が、私の身体をズタズタに切り刻んだ。
【混沌】で身体を変形させていなかったら、きっと今頃は肉片になっていたと思う。
魔法の発動の速さは、風の属性の特性だ。
コルルシェールは強い以前に、魔法の使い方が巧い。
同時に魔法への理解が深い。
これが獣の国の大賢者かと、私はボロボロの姿で立ち上がった。
「コルルを前にしてこんなに長い時間立っていられるなんて、やっぱりステキなのです。化け物なのです」
化け物…そう、私は化け物だ。
人との関わりを怖れた臆病者だ。
けど、リコリスちゃんはそんな私を受け入れてくれた。
愛してくれた。
化け物な私を、私は少しだけ好きになった。
「化け物相手が…お望み、なら」
これは決闘だ。
殺し合いじゃない。
でも加減をしなくてもいいなら……と、身体を変化させる。
骨の武装を、鱗の鎧を。
爪を、牙を、翼を、尾を、針を。
獣の口を。竜の頭を。蠢く触手を身に纏う。
私はもっと化け物になれる。
「おいしそうですね。一片も残さずごちそうさましてやるのですよ!!腹ぺこ虎の顎!!」
「こっちだって…食べてあげます。悪食は…慣れてます、から…!!【混沌付与魔術】…闇大穴・冥王流星鎌!!」
虎と巨人の鎌が激突し喰らい合い、呑み込み合う。
制圧と破壊。
同じ性質の空間属性を持つ魔法が衝突した場合、その力が拮抗すると、天文学的な確率でとある現象が産まれることがある。
「ッ?!なんです…?魔法が…引き寄せられて…!!」
空間が歪み、そこにほんの僅かな次元のズレが発生する。
"冥府の門"。
大賢者程度の魔法なら簡単に無に帰してしまう、虚数的な異次元だ。
それは本来なら刹那にも満たない時間で世界の修正力によって閉じられてしまうけれど、私はそれを意図して開くことが出来る。
「わかって、もらえましたか…?」
引き攣った顔のコルルシェールに、私は柄にもなく堂々と告げた。
「これが…化け物です…!!【混沌付与魔術】…!!暗黒天星・冥王毒竜!!」
深く黒い球体から九つの竜の頭が伸び、引き寄せ、侵し、周囲一帯を押し潰していく。
こと破壊という点に於いては、私は大賢者の誰よりも長けている。
人一人を壊すなんて造作もない。
「はああああああ!!」
「ッ、うわぁぁぁぁぁ!!」
竜の頭の一つは真上からコルルシェール目掛けて大口を開けた。
彼女が生きているうちに魔法を解く。
身体はボロボロだけど息はしてる。
こっちも余裕は無くてフラフラだけど、リコリスちゃんにみっともないところは見せたくないって、意地だけで両足を奮わせた。
「わっ、私の…勝ち、でしっ……うぅ…噛んだ…」
どうして私は最後まで決まらないんだろう…
疲労と羞恥に肩を落とすと、足元を冷たい空気が撫ぜた。
向こうの決着も近いらしい。
白銀の中で凛と咲き誇るアルティちゃんを見やって、私はそう直感した。
――――――――
速くて重い。
フェイの【暴虐魔法】はシンプルだ。
体内に巡る魔力を活性化させ、従来の身体能力を爆発的に高める。
拳は大地を割り、蹴りは虚空を切り裂く、純度の高い暴力。
【星天の盾】が進化した【妃竜の剣】が無ければ、最初の一撃で魔法ごと私は吹き飛ばされていたかもしれない。
「竜薔薇の剣!!」
「瞬兎脚!!」
乱舞する氷の剣を、瞬間移動を思わせる高速移動で回避される。
こっちだって先読みして攻撃を仕掛けているのに、剣先が掠りもしない。
フェイは後手で完全に私の魔法の速度を上回っていた。
「ピョンピョンと目まぐるしいうさぎですね」
「のろまな狩人は口まで遅いようですね」
「砕け散りなさい!!」
「這いつくばれ!!」
額に青筋を立て放った魔法が衝突し地面を抉る。
周囲に氷霧が立ち込める中、フェイはまっすぐに突っ切ってきた。
「浸透勁!!」
引いた拳は【妃竜の剣】の防御結界に阻まれたが、身体に貫通した衝撃は容赦なく肋骨を数本へし折った。
「か、ァッ…!!」
アウラの絶衝と同系の攻撃…けどこっちはバリアをすり抜けてきた。
「どうしました?まさかもうおしまいだとでも?」
「いえ…」
痛みが邪魔だ。
口の中に広がる鉄の匂いが鬱陶しい。
「落胆していました」
品無く血を地面に吐き捨てて目を細める。
「大賢者同士…ハッ、笑わせますね。この程度の魔法使いと、同レベルであるかのように括られるなんて」
「口だけは達者なようで」
「決闘という体に付き合ってあげただけ、感謝してもらいたいくらいです」
「ここからが本気だと、そんな子どもみたいなことを言うつもりではありませんよね?」
ここからが本気?
ギアを一段階上げる?
馬鹿馬鹿しい。
一端の物語であるまいし。
「あなたの実力を見定めていただけのこと…。あなたがいるのは最初から最後まで私の世界です」
「世迷い言を!」
拳に氷の槍を合わせる。
蹴りを吹雪の幕で逸らせる。
もしもリコが結界を張っていなかったらとゾッとする。
この城は、この街は、もしかするとこの国は、神から与えられた力によって、永遠に氷に閉ざされていただろうから。
場所と相手。
【七竜魔法】とそれを制御するための【妃竜の剣】。
整われた舞台は試し打ちにちょうどいい。
「我、世界に君臨せし銀の女王」
魔力が荒び、吹き荒れるだけで周囲が凍っていく。
「これは…」
「刮目なさい。私の全力を。そして享受しなさい。最強で最高の王が誰であるか」
魔法の極地に平伏せ。
「神氷獄界――――――――」
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――――
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――――――――
「みんなおつかれー。いやぁ、圧巻だったね。大賢者同士のバトルってのは見応えがあるよ。にしても…本気でやりすぎだけどな!見ろこれ!地形変わっちゃってんじゃねーか!」
こっちは主にエヴァな!
「ごっゴメンなさい…」
「しょんぼりしないでぇ!いいよぉこのくらい魔法でちょちょいだからぁ!はい元通り!頑張ったね偉い偉い!んーちゅっちゅ!叱るべきはエヴァより貴様だアルティ!」
「?」
「よくそんな、私何かやっちゃいました?みたいにキョトンて出来るね?!異世界転生したの?!見ろ!てか直視しろ!城半分氷漬けになってんだろ!!」
真剣にヴィルたちを守るので必死だったぞ。
本気で張った私のバリア貫通するってどんな魔法だよ。
いや、もしかしてバリアがあったからこのくらいで済んだ…とか?
「加減して負けるよりいいでしょう?」
「戦闘民族?!いや勝ったのはすごいけども!さすがは私の女たちだけども!」
無茶なことしやがってよぉ。
回復回復。
「もっと褒めてくれなきゃ嫌です」
「ひぃぃぃんたまに出るアルティのデレすちぃ!!好ち好っちぃ!!」
めちゃくちゃ撫でてやったわ。
「そっちの二人も大丈夫?一応回復したから傷は治ってるはずだけど」
「感謝するぞリコリス。お前たちからも礼を言え」
「……ありがとうございます」
「……どうも、なのです」
「はぁ?負けたときは、どうするんでしたっけ?」
悪い顔してんな私の嫁。
「寛大なる処置に感謝いたします……ピョン。リコリス様…」
「完敗なのですニャー…」
「…………プッ」
「一度勝ったくらいで調子に乗らないでくださいピョン!!今日はたまたまですピョン!!」
「そうなのですニャ!!ちょっと遊んであげただけなのですニャー!!」
あざとかわいっ。
歳上のお姉さんたちがピョンピョンニャーニャー言ってんのマージで萌えるわぁ。
涙目で恥ずかしがってるのもグッドですねぇ。ヘヘヘ。
「ククッ」
「あー!陛下笑ったのですニャ!酷いのですニャ!」
「こんな…屈辱です、ピョン…」
「よいではないか。愛嬌が出て」
レオナちゃんは罰ゲームにひどくご満悦だ。
これを機に少しは関係性が変わるといいね。
「あ、それ契約で縛ったので私たちの前じゃなくても続けてくださいね。もし破ったらその場で衣服が弾け飛びますから」
「この鬼!ピョン!」
「負けた方が悪いんです。実力がある者に従うのが、あなたたちの流儀でしょう?」
「くうっ…!!」
「茶番だったな」
苦戦はしたもの、蓋を開けてみればこちらの快勝。
ヴィルはこうなるのがわかっていたように息をついた。
「約束は約束だ。我々は迷宮の件には関与しないことを誓おう」
「べつに侵略目的じゃないんならよくない?」
「出しゃばってくるなややこしい。事はそう単純ではないのだ」
「まあまあヴィル、迷宮の運営は私に任せてもらってんだしさ。そうだ、あの迷宮をサヴァーラニアからも入れるようにするってのはどう?向こうに転移門設置して」
「馬鹿か貴様は!!」
ひぃん怒られたなんでぇ?
「そんなことして、もしサヴァーラニアに敵対の意思があったらどうするのよ。転移門なんて設置したら、距離関係無く王都に攻め込まれちゃうじゃない」
「攻め込むの?」
「王国の領土を奪おうとするほど、我が国は困窮していない」
「だってよ」
「素直かよ姫」
「それが美点なんでね。ってことでサヴァーラニアとの国交については私に任せてよ。不利益になるようなことはしないからさ。ね?」
「……いいだろう。如何に貴様といえど国を背負って馬鹿はやるまい」
うちの女たちが、それはどうかな?みたいな目してるのムカつくんだが。
「獣帝よ、今後のより良い関係を期待する」
「同じく」
ヴィルとレオナちゃんが握手を交わしたことで、決闘は幕引き。
私たちは国交樹立に一役買ったのでしたとさ。
国交の内容は以下の通り。
サヴァーラニア帝都への転移門の設置。
それに伴い、1階層以前にそれ用の転移階層を創造する。ようは空港とか税関みたいなもん。変な人の入国とか、変なものを持ち込まないようにするとかそんな感じ。
大まかなルールはこちらで設定したものを適用し、それを破れば迷宮独自の法の下に処罰される。
言うなれば、迷宮は王国に属しながら治外法権を得た独立地帯であるということを位置づけられたのだ。
「つまり私の領地ってこと」
やー貴族らしくなっちゃったね。
迷宮が領地ってのが私らしい
いつまでも迷宮呼びしてるのも味気無いし、名前とか付けちゃおうかな。
緋色の花園とか、まんまだけどそれっぽくていいよね。
「商業関連はアンドレアさんに丸投げして……っし、こんなもんか。あとはなんかいい感じに擦り合わせていこーぜレオナちゃん」
「うん。ありがとうリコリスさん。けどいいの?こんな大切なこと、簡単に決めちゃって」
「それだけレオナちゃんを信頼してるってことで。てか、迷宮に悪さするのも、迷宮で悪さするのも誰にも無理なんだよね」
管理してるの半神と限りなく神に近い管理者だから。
「私が力ずくで迷宮を奪ったらとか考えないの?」
「無理。私のが強いから」
「自信いっぱいなのいいなぁ。私もリコリスさんみたいになりたいよ」
「いいんじゃね?私は私らしくやってるだけ。レオナちゃんは、ちゃんと王様らしくやってるじゃん。そりゃ疲れるかもしんないけど、民やみんなのためにそれらしく振る舞ってるレオナちゃんは、めっちゃカッコいいと思うよ」
「……どうしようすごい嬉しい。言ってほしいこと言ってくれるの、顔ニヤけそう」
「ニシシ、私の前だけにしとけよ。他のみんなに見せるには少し可愛すぎるから」
城の一室を借りて書類をまとめながら、他愛もない話に花を咲かせる。
この後はみんなでご飯でもするかーなんて考えてたときだ。
音もなく窓が開いて、冷たい空気が入り込んできた。
「シャーリー…?」
窓際に立って曇り空を背負うその女は、たしかに私の女だった。
たとえそいつがどんなに冷たい目をしていても。
「どうしたの?何かあった?」
私の声に応えなくても。
「シャ――――――――」
たとえ私のお腹にナイフを突き立ててもだ。
「シャー…リー…?」
下半身に滴る熱い赤が突きつける現実に、私は声を震わせた。
これは何の間違いだ、って。
こんな引き方ではありますが、この度感想が100、評価ポイントが2000を超えました!
ひとえに読者の皆々様のおかげであります!
これからもいい百合書いていけるようがんばりますので、どうか応援のほどよろしくお願い致します!!