104.不器用でキレイな物語(1)
その日はなんだか、やけに肌が冷えた。
空気が重くて身体がダルい。
そんな異変にもっと早く気が付くべきだったと後悔した。
――――――――
「貴様は次から次へと」
時刻は朝九時。
厄介事を持ってくると、ヴィルは隣に座る私に無言の圧力を放った。
ゴメンだけど私が決めたことじゃねえもん。この決闘は。
「急な訪問になり申し訳ないと思っている。ヴィルストロメリア女王。場所の手配まで」
「本当にそう思っているなら、さっさと国に帰ってくれるとありがたいんだが」
「まあまあヴィル、そうツンケンしないよ。レオナちゃんも気楽にさ」
「何故貴様は王二人を前に態度を崩している」
「だって私だよ?」
「「…………」」
黙らせてやったぜ。
ちなみに場所は王城の練兵場を借りてるよ。
ガッチガチにバリア張って、魔法でドーム球場並みに空間を拡張してる。
観覧の席にって椅子とパラソルを用意もしたし、私たちは優雅に大賢者たちの決闘を眺めることに。
「おかーさん、エヴァー、がんばれー!」
野次馬根性でみんなも来たけど…
「何人かいないな」
「テルナとユウカは昨日の夜から帰ってないわ。シャーリーはマリアとジャンヌと買い物だって。リルムたちは例によって家でグダっとしてるわ」
「私は来たよ!アルティたち応援するの!」
トトがドロシーの帽子のつばに乗って足を遊ばせる。
「あたしら暇人みたいで笑う」
「実際暇人だろ。てかバリア張るの手伝えよ」
「大賢者四人の力なら、姫一人で抑えられるでしょ」
「そりゃまあ」
ヴィルとレオナちゃんが、化け物かこいつは、みたいな目で見てくるのつら。
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決闘というのはじつは初めての経験かもしれない。
対人で本気でやり合ったのは…たしかアウラ以来。
あのときから私はどれだけ成長しているのか、これはそれを確かめるための戦いでもある。
本気で死亡させるようなことがあればリコが止める。
私たちは加減を考えなくてもいい。
加減をして勝てる相手かどうかはともかく。
「いいですねぇこの緊張感。毛並みが逆立つのです。コルルが二人とも相手したいくらいなのです」
「させませんよ。これは陛下の御威光を示すための戦いなのですから」
「じゃあ、コルルは奈落さんをもらうのです。いい勝負にしましょうなのです、奈落さん」
「こ、こちらこそ…」
「私の相手はあなたですか、フェイさん」
「約束しましょう。あなたの敗北を」
「約束は反故にされるものです。ああ、そういえば大丈夫ですか?」
「何がでしょう」
「冬籠りに丸まっていなくて、ですよ」
銀と黒の魔力が大気中で衝突する。
「死んでも文句は言わないでくださいね」
「不届き者に氷獄の裁きを」
「獣帝陛下の名の下に、害成す者に粛清を」
「【七竜魔法】!」
「【暴虐魔法】!」
「氷竜の咆哮!!」
「乾坤一擲!!」
「向こうは最初から盛り上がってますね」
「そっそうですね…」
「戦うのあんまり乗り気じゃないですか?」
「あ、あんまり…でも…」
エヴァの腹部に強い衝撃が走り、華奢な身体が地面を転がった。
「あ、ソーリーなのですよー」
実戦にはレフェリーも無ければルールも無い。
コルルシェールの不意打ちはある意味フェアだ。
「それで?何か言いかけてました?」
故にエヴァは文句を口にしない。
文句を言ったところでと痛む腹を押さえながら立ち上がり、身体を混沌の異形へと変えた。
「いえ…。負ける、つもりはないって…言おうとしただけです」
「アッハ…いいのですいいのです。滾ってきた…喰べ応えがあるのです。お腹いっぱいにしてくださいなのですよ」
「【重力魔法】!」
「【天空魔法】!」
「重力核!!」
「腹ぺこ虎の顎!!」
銀と約束。
奈落と飢餓。
譲れないもののために。
四人は冬の空を震わせるほど魔力を昂らせた。
――――――――
王都冒険者ギルド。
「ギルドマスター、紅茶が入りました」
「やぁ、すまない」
ギルド受付嬢のコノハは、書類の整理に勤しむギルドマスター、ジェフにカップを差し出した。
「お忙しいそうですね」
「通常業務に加えて、例のあの人関連の仕事が立て込んでいるからね」
「すごいですよね百合の楽園。私がパーティー樹立に立ち会ったんですよ」
「もう何回も聴かされたよ。耳にタコが出来そうだ。それより頼んでいた書類はまとめてくれたかい?そろそろクローバーのギルドマスターが取りに来る頃だけど」
「はい、もちろん。これでも優秀な受付嬢なので」
そう言ってコノハは薄い胸を叩いた。
すると同じタイミングで部屋の扉がノックされた。
「失礼します!クローバーから遥々私がやって来ました!」
「やあ、しばらく」
「久しぶりアルバート」
入ってきたのはクローバーのギルド所属の獣人、アルバート。
彼女は久方ぶりの再会に尻尾を振った。
「お久しぶりです!ジェフさん、先輩も!」
「遠くから疲れたでしょ。お茶でも飲む?」
「いただきます!あ、でもその前に仕事をしておかないと。ギルドマスターに代わって書類を取りに来ました!」
アルバートの言葉に二人は呆けた顔をして、それからクスッと表情を崩した。
「もう寝惚けてるの?」
「ふぇ?」
「クローバーのギルドマスターは君じゃないか」
「……はれ?そう、でした、っけ…?ん?」
「最年少でギルドマスターに抜擢されてプレッシャーなのはわかるけど、しっかりしなきゃダメだよ?」
「そう、ですね…?そうですよね…あれぇ?」
頭上に大量の疑問符を浮かべる少女がいる一方。
同じ獣人族の少女二人は、パンがいっぱいの紙袋を抱いて、それはそれは楽しそうに屋敷への帰路についていた。
「フンフフーン♪焼き立てのパンいい匂いです♪」
「はむはむ♡」
「あーマリアつまみ食い!お昼にサンドイッチ作るのにー!」
「だっておいしそうだったんだもんっ」
「フフッ、いっぱい買いましたから一つくらい平気ですよ」
「ほーら」
「もー」
いたずらに笑う妹の、不満気に頬を膨らませる妹の、なんと可愛いことかと。
シャーリーは自然と口角を上げた。
「さあ、早く帰りましょう」
「ねえねえ、サンドイッチ作ったらリコリスお姉ちゃんたちに差し入れしに行こうよ」
「行きたい行きたい」
「そうですね。応援ついでに」
たまの思いつきでこんなことをして、リコリスさんは喜んでくれるだろうかと。
シャーリーは恋する乙女さながらに足取りを軽くした。浮かれた。
正面から歩いてくる双子の存在に気付かないほど。
――――――――
「このクレープっていうのおいしいねヨルル」
「おいしいねヒナナ」
「……!!」
ヒナナさん、ヨルルさん…
「クリームたっぷりでおいしいの」
「フルーツたっぷりがおいしいの」
何故…どうしてここに…
依頼…?
バレる…いや、大丈夫…
認識阻害はかかってる…
「お姉ちゃん?」
「どうかしましたか?」
落ち着きなさい…
気取られるな…
表情を変えるな…
視線も何もやるな…
心臓うるさい…
大丈夫…大丈夫だから…
「ヨルルのも一口ちょうだい」
「一口ちょうだいヒナナのも」
二人は手にした菓子に夢中になって、何事もなく私の横を通り過ぎた。
身体の震えと冷や汗が収まり、呼吸を忘れていたのに気が付く。
早くこの場から…早く…
「お久しぶりです、シャーリー」
「――――――――」
聞き覚えがあるどころじゃない。
魂に刻まれたその声に、私の心臓が止まったような錯覚を覚えた。
いつからいた。
いつからそこに。
「クオン…」
彼女は何も変わらない穏やかな笑みで、再会の祝詞を口にした。
「また会えて嬉しいです」
「どうして…。認識阻害は…」
「たしかに多少認識しづらくはありますが」
クオンはゆっくりとした動きで私の眼鏡を外した。
「染み付いていますから。身体の微細な動きの癖が。それに濃厚な血の匂いも」
「……ッ」
「動かないことをオススメします」
「お姉ちゃーん?置いてっちゃうよー?」
「はやくはやくですー」
「何が目的ですか…」
「言わなければわかりませんか?」
袖から覗いた銀色のナイフに身が凍る。
生唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。
「マリアさん、ジャンヌさん、申し訳ありませんが先に戻っていてください。少し用事が出来ました」
「えー?もー仕方ないなぁ」
「はやく帰ってきてくださいね?」
「はい」
走り去っていく二人の姿が見えなくなるまで手を振る。
ちゃんと笑えていただろうか、そんなことが気になった。
「行きましょうか」
「…………」
「シャーリー」
身体がビクつく。
「返事はどうしました?」
眼鏡を落とし踏み砕く。
リコリスさんからもらったものが、粉々になって地面に散らばった。
「ねえ、シャーリー。あなたからはまだ聞いていませんでしたよね?再会の喜びに震える感動の言葉は」
染み付いているのはこれもだ。
私は、この人に逆らえない。
「会いたかったです……クオン」
暗殺者ギルドギルドマスター、クオン=リープ。
親であり、姉であり、生涯の恩人の前に跪いた。
この話は、ずっと書きたかったストーリーの一つです。
お付き合いいただければさいわいです。
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