98.誰かが望んだのかもしれない未来
「はぁ…」
こんなにキレイな星空なのにため息しか出ない。
まさかユウカとアリソンさんに繋がりがあったなんてなぁ。
あれから数日と城を巡ったけれど、他に二人を関連付けるものは何も無かった。
浮遊城、魔術師、神々の呪い……処理しきれるかて。
どんな気持ちでこっちに丸投げしてんだあの人。
どんな気持ちで…いや、そんなの私がわかるわけない。
わかった気になっていいはずがない。
自分の心を殺してでも、ユウカを生かすことを決めた。
降霊術。ユウカの魔法に干渉することで【死霊魔法】における魂の召喚を発動させ、ユウカの魂を反転聖杯を核にしたこの城に定着させた。
この場所が私の琴線に触れた理由は、アリソンさんがそう作ったからだ。
ユウカを任せた私への、私たちへの報酬に。
「何を支払ってでも……か」
叶わない愛。
報われない恋。
私から一番遠いもの。
一生かかっても理解出来ないもの。
運命は皮肉だ。
望んだ者は何も得られない。
「はいわかったよ、で…受け入れていいことじゃないだろ。アリソンさん…」
高いバルコニーの欄干に腕を置いて、ここにはいない魔術師に愚痴を吐く。
会いに行って事情を…なんて、無粋にも程がある。
やるせないなと視線を泳がせていると、ふと塔の窓に目が行った。
人影?あれは…
月の光が差す石碑の前で一人佇む。
そんなユウカに後ろから声をかけた。
「どうした?」
「リコリス…」
「って、やっぱ気になるよね」
「そうね。どうして死んだのか。どうして私は幽霊なのか。この石碑を立ててくれた人はそれを知ってるのか。その人はいったい誰なのか。何もわからないから気になるけれど、何も覚えてないから気にする意味があるのかとも思っちゃう。おかしいかしら、こういうの」
そんなことない。
私は即答出来なかった。
「ずっと一人ぼっちだった。誰とも会わず、言葉の一つも交わせない。自分のこともわからないまま五百年。城の中を徘徊して、どうしようもない宝に囲まれて、言葉の通じないゴーストたちと過ごす日々。何のために私はここにいるんだろうって、何回も何回も思ったわ。寂しさと虚しさでいっぱいで……ここは、私にとっての牢獄だった」
違う。
ここは墓標で、ユウカのための居城で、誰も侵しちゃいけない聖域だ。
ただ一人ユウカを愛した人の思いが詰まった場所だ。
なのにそれを何も伝えられない。
伝えちゃいけない。
これもまた呪いなんだろうと、身体の横で拳を握る。
「でも、この人は私を思ってくれたのよね。大事にしてくれたのよね。せめて名前くらい教えてくれればよかったのに。そしたらめいっぱい怒れたのに。めいっぱい、ありがとうって言ったのに」
なんて優しい顔をするんだろう。
アリソンさんも生前のユウカのこのあたたかさに触れたからこそ好きになったのかな。
そう思うと胸の奥が熱くなる。
感情が込み上げてくる。
なんで。どうして。
こんなことがあっていいのかって。
「……怒ってあげればいいよ。ありがとうも言ってあげればいい。きっと泣く。きっと泣いて喜ぶだろうから。……そんな気がするだけなん、だ……けど」
「どうして?」
ダメだ…
耐えろ…
「どうしてあなたが泣くの?」
あぁ、無理。
「うぅ…ぐすっ!うるせーなぁ!誰も泣かないから…誰も泣けないから…!仕方ないじゃん…!バガぁ…!」
私ならどうだろう。
たった一人に恋をして、愛して、叶わなくて、思いを伝えるどころか大切な記憶まで失って。
誰かに愛を託すなんてことが出来るだろうか。
私はアリソン=ヴォルフマギアを心から尊敬した。
誰よりも愛に生きた彼女を。
「う、うう…!ううぅ…!」
「変な人…。でも、どうしてかしら。同じくらい変な人に出逢ったことがある気がする」
ユウカは涙で濡れた頬に手を触れさせた。
「あなたはその人に似てるのかしら。何も覚えてないのに、とても懐かしい気がするの。不器用でとても優しくて。ああ、私はその人を良く思っていたんだわ。だってこんなに心があたたかくなるんだもの」
アリソンさんの代わりにはなれない。
叶わなかった恋の続きを紡ぐことなんて絶対に出来ない。
なら出来ることをやればいい。
私は涙を拭ってユウカの手を握った。
「ユウカ、私たちと一緒に来ない?」
「一緒に…?」
「いや、来ない?ってのは違うか。来いよユウカ」
アリソンさんが私に頼み込んだということは、この先二人の運命は交わらないんだろう。
思い出は消えたまま、二人の絆が再び結ばれることはないんだろう。
そんなこと……あってたまるか。
「私はもう死んでるわ。もう誰も今更地上でなんて…。嬉しかったわ、あなたたちに会えて。それにとっても楽しかった。あなたたちならいつでもここに来られるでしょう?たまにでいいから会いに来て。そしていっぱい楽しいお話を聴かせて。私はそれだけで――――――――っ?!」
握った手を解かれたけど、逃さないともっと強く握り直す。
「ざけんな侮んな見くびんな!拒否も後悔もさせない!要らない!!お前のことが欲しいって私がそう決めた!!」
他の誰にも定めさせるか!頼まれてやるもんか!
私が!私の意思で!
幸せにするって決めたんだ!
なんか文句あんのかコノヤロー!
「一人ぼっちの退屈な日常も、くだらねぇ運命も、全部まとめて反転させてやる!!」
――――――――
ある日突然やってきた人。
五百年の静寂を簡単に破ってしまった人。
太陽。空。星。
やることなすことめちゃくちゃで、そこに居るだけで周りを巻き込む、何にも形容し難い唯一無二。
私はどうするべきか。
私はどうしたいのか。
緋色の瞳は全てを見透かすように、力強く私を見据えた。
「私は、幽霊で…地上のこと…何も知らない。旅をしたら足を引っ張ってばかりかも…。周りの人に怖がられたり…」
人と違う不安。
無知。無力。
心に深く楔のように打ち込まれたそれが、あと一歩を拒絶する。
何よりこんな私が、と。
あんなに眩しい人たちの中にいていいはずなんてない。
「自分が何者であるかなんて、リコには関係無いんですよ」
「アルティ…。それにみんなも…」
「悩むだけ無駄じゃ。そなたはもうリコリスに気に入られておるからの。それに、そなた自身も心を決めておるじゃろう」
「アタシたちはみんな、リコリスを受け入れてる。こいつがどんなアタシたちでも受け入れてくれるから。アタシたちの人生を一緒に背負ってくれるから」
人生を背負う…でも私には…
「何も無い。手を汚し続け血に塗れる……リコリスさんはそんな私にすら生きる意味をくださいました。運命に抗う覚悟を。ユウカさん、私たちの言葉は響かずとも、どうかリコリスさんのお言葉だけは」
ここにいる全員がリコリスを思ってる。
小さな子どもたち。人ならざる者。
みんながリコリスを愛している。
私も変われるかな。
変えられるかな。
「誰かと共に喜びを分かち合い、誰かと共に悲しみ慈しめる人。誰かのために本気になれる人。そんなあなただからこそ、こんな私が好きになっていいのかわからない。それでも傍にいることを許してくれるのなら」
『誰よりも空が似合う君。僕の宝物。永遠に君を思い続ける。ユウカ=モノクロリス』
存在しない記憶の続きに、動くはずのない心臓が脈動する。
「『好きだよ』」
熱い口付けに魂が燃え盛る。
ずっと聞きたかった言葉だったんだと思う。
そうでなければ、この涙の理由がつかないから。
抱き締められたぬくもりに蕩けそうになりながら、芽生えた……もしかしたらとっくに花を咲かせていたのかもしれない感情に顔を綻ばせた。
この人と共に生きていこうと。
これは、一人ぼっちの時間を取り戻すための一歩。
一度は終えた物語の続き。
誰かが望んだのかもしれない未来だ。




