95.聖杯が咲かせる百合
「死霊術!骸の巨人!」
虚空に浮かんだ魔法陣から、黒い骨の巨人が姿を現す。
巨人は私たちを掌に乗せると、どんどんと床を透過していった。
王たる者のための扉。
それは不可思議と幻想で満ちたカリオストロの中でも、特異にして堅固な存在だとユウカちゃんは言う。
「至高の王の素質を持つ者の前にだけ現れ、最上の王の資質を持つ者にだけ開けられる扉。私しか開けられた人はいなかったのに…いったい誰が…」
至高の王の素質を持つ者、最上の王の資質を持つ者…
まさか…っていうか絶対…
「精霊王で竜王な子がすみません」
「ちゃんと見ていないからですよママ」
「うう…ゴメンなさいおかーさん」
今後は気を付けます…
「幽霊のお姉ちゃん、その秘宝ってどんなものなんですか?」
「もしも地上にそれがあれば、下手をすれば世界そのものがひっくり返るほどの宝具よ。言葉通りにね。反転聖杯。あれはこの城の外にはけして在ってはいけないものなの」
「反転聖杯?!それはまことか?!」
「え、ええ」
「そうかそうじゃったのか!どうりで身に覚えがあると!」
「なんか知ってんの師匠?」
「あ、いやぁ…そのじゃな…」
なんか言いづらそうにしてる。
気にはなるけど今はそれどころじゃないっぽい。
「で、その聖杯が?」
「あれには空間、時間などの概念を含む、この世のあらゆるものを反転する力があるの。有るものを無に、熱いものを冷たく、硬いものを柔らかく、強き者の力を弱くといった具合にね」
反転…この城に来てからの違和感はそういうことか。
大気中の魔力が無いのも、聖杯によって反転させられてるってことね。
「変な宝具もあったもんだ」
「宝具自体、神代の時代の異物として、未だ全容が解明されていませんからね。ですが見たところ、あなたにはその影響が出ていないように見えますが」
たしかにシャーリーの言うとおり。
ユウカちゃんは普通にスキルを使えてる。
「私は名前を聖杯に登録しているもの」
「名前の登録?」
「聖杯は気まぐれで効果も反転時間も人によりけり。制御はまるで効かないけど、髪でも血でも自分の一部を聖杯に捧げれば、反転の影響は受けないの。というより、私にしてみれば力が使えないくらいで済んでるあなたたちの方が異常に見えるんだけど」
と、真っ逆さまに移動中、また空中に映像を映した。
千夜一夜盗賊団の連中だ。
『おいお前らなんで急に逆立ちで歩いてんだ?!』
『な、なんだ?!頭と股間の位置が入れ替わったぞ?!』
『うわあー!自慢のガン黒ボディが真っ白に!』
男はべつにどうなってもどうでもいいな。
「身体の使い方や在り方、常識でさえも反転させてしまうのに。なんであなたたちは無事なの?」
「おそらくは加護の影響じゃろうな。妾たちは皆、精霊王と竜王の加護を与えられておるからのう。それが反転聖杯の効果に抗っておるのじゃろ」
「あなたたち、何者?」
「ただのスーパー美少女たち、だぜ♡」
舌ペロウインクばっちーん☆
「…………チラッ」
「言いたいことはわかりますがこれで正常なんです」
「性格と自己肯定感が狂ってるだけだから平気よ」
「顔だけは良いから観てる分には害は無い」
「はいはーい!私知ってまーす!そんなこと言いつつも私のこと大好きなの知ってまーす!!」
「「「ウザい」」」
「三重奏奏でんな!ん?いつもならルウリもツッコんでくるのに、どこ行ったのあいつ?」
「ルウリなら」
「おばけ、超無理」
「ってそのまま気絶しました」
「あの科学全振りっ子め」
「幽霊でゴメンなさい……」
「気にすんなよユウカちゃん。むしろ後で盛大にビビらせてやろーぜ。こんなに可愛い幽霊他にいねえだろってさ。シシシ」
なんかそっぽ向かれたけど……変なこと言ったかな?
そうこうしてるうちに骨の腕は私たちをだだっ広い正面エントランスホールに送り届けた。
何の変哲もない……というにはあまりに豪奢な空間だけど、その扉はまるでそこに在るのが当然とばかり、平然と空間に佇立していた。
空間にそぐわない至って普通の木の扉。
民家に付けられているような当たり障りの無いもの。
なのにその扉からは、或いはその扉の向こうからは、呼吸一つするのも許可を得なければならないような重圧感が押し寄せてきた。
「あれが王たる者のための扉よ」
「んじゃサクッとアリスをお迎えだ」
扉は王たる者のために開かれる。
なら私が開けない道理なんて在りはしないのだ。
ガチャリと回ったドアノブに、ユウカちゃんは目を丸くした。
「普通に開けた…」
「アリスー。おーい」
「あ、ちょっと!間違っても聖杯だけはそこから出さないでよ!あれはこの城の核なんだから!大変なことになるから!」
「ほーいほい」
そんな不用意なリコリスさんじゃありませんよーだ。
おーおーすごい宝の山。
静かなのに金銀財宝だらけでうるさいくらい。
異空間だよね?先も天井も見えない。
いったい誰がこんなお宝を貯め込んだんだろう。
「お、この懐中時計デザインいいなぁ。あとでルウリに見せてやろーっと。で、アリスちゃんはー……お、いたいた」
「すぅすぅ、むにゃむにゃ…」
んーすやすやかわヨさん♡歩いてて眠くなっちゃったのかなぁ♡
「アーリス♡」
「すやぁ…」
しっかしデッカイ桶で寝てるね。
アリスがすっぽり入って丸まって……これが猫鍋の可愛さってやつか。
めっちゃボロボロだけど寝心地はいいみたいだし、起こすのも可哀想だよね。
このまま連れてこう。
「よっこいしょ。……台座付きの桶なんて珍しっ」
「大丈夫かしら…」
「心配しなくともアリスを連れて帰ってくるだけですよ」
「でももしも聖杯を持ち出しちゃったら…」
「あいつはバカだけどさすがにそこまでのマヌケじゃないわ。バカだけど」
「あっあの、その、反転聖杯…って、どんな見た目…なんですか?」
「そりゃあ聖杯ってくらいだから、金で出来てて宝石とかゴッテゴテの杯なんじゃないの?」
「いや、あれはそんなに良いものではない」
「そうね…むしろ見た目は古びてて小汚い桶だわ。洗濯物でも洗うような木の桶」
「形だけは杯じゃな。普通のものより少し大きい程度で」
「少し大きい木の桶……それは、もしかしてあのような?」
「へ?」
「うーい愛娘無事に保護〜。よく寝てるから桶ごと持って帰って来ちゃった」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「うおおっ?!なんだ?!どした?!」
「リコ…」
「あんたって女は…」
なんで揃ってジト目されてんの?!
可愛いからいいけど!
「カッハハハハ!見つけたぜおれのお宝ァ!」
「我々より先にたどり着くとは、さすがリコリス嬢だと称賛しようか」
「日焼け野郎!ムッツリ紳士!」
「誰ですか?」
「敵!」
「おれの魂が叫んでやがる!それがこの城の秘宝だな!」
それってどれだよ。
木の桶しか持ってねえよ。
「大人しく渡してくれるとありがたい」
木の桶を?
もっとその辺に高価そうなもんいっぱいあるだろ。
どいつもこいつも節穴かよ。
「はっ!まさかアリス狙いか?!このドブネズミが!!今度こそ再起不能にしてやる!!」
「あんた何てことしてくれたのよぉ!!」
「んへぇ?!」
「核を…聖杯を宝物庫から出したら――――――――」
ユウカちゃんの言葉が終わるより先に、私たちの周囲から重力が消えた。
「うおお?!!」
「なんと…!!」
「いやあアアア!!」
身体が空中に浮かんでる。
城が落ちてるのね。
んー最近こんなのばっかだな。
空に投げ飛ばされたり、マッハで飛んだりしてもう叫び疲れたよ私は。
今だってもう空中に寝そべっちゃってるからね。
「で、何事?」
「あんたが聖杯を宝物庫から出しちゃったから城が落ちてるのよ!!」
「聖杯……これが?!!このクソボロい木の桶が?!」
「そのクソボロい木の桶が!!」
「なんかイメージと違う…ガッカリ」
「してる場合じゃないのよ!!このままじゃみんな地上に!!あーもうどうしたらいいのよー!!」
自分は幽霊だから大丈夫なはずなのに、私たちの誰よりも慌ててる。
「心配してくれてんだ」
「当たり前でしょ!だって…だって…初めて、私とお喋りしてくれたんだもん!!」
「そっか。ならなんとかしなきゃね。パーティーするって約束したし」
「へっ?」
「私はリコリス=ラプラスハート。女の子が信じてくれれば、奇跡だって起こせる女だよ」
可愛い子に涙は似合わないって、私は指を噛み切り聖杯の縁に血を擦りつけた。
これで聖杯に私が登録されたことになる。
淡い光が踊ったのと同時に、力が戻ってきたのがわかった。
「カリオストロを止めろ!【創造竜の魔法】!!」
私の魔力が巨大な城を丸ごと包みこみ落下を止める。
みんなのこともちゃーんとキャッチしてますとも。
あ、男は知らん。
けど無事みたい。チッ。
「な、何が起きたの?」
「城全体に重力場を展開した。何キロかは落下しちゃったから、元の高さまで戻しとくね。はいこれで元通り♡」
「あなた…本当に何者…?」
「教えてほしい?。いいよ、ベッドの上でじっくりなら」
「ひゃわっ?!」
「頭撫でられるの好き?」
「あっ、えと……好き…かも」
「じゃあもっと撫でてあげるね」
「んっ…」
んー髪サラサラ♡
ほんのりピンクがかった頬もいいですねぇ♡
「ニシシ、可愛い反応だごっ?!!」
「不埒」
「うええんちゃんとみんなのこと助けたのにひぃ!!」
正当報酬じゃて。
「……っく、ああ。ふざけた城だな、ったくよぉ」
「危うくミンチになるところだった」
「まだやる気なの?」
「ったりめぇだ!目の前に美味そうなもんがあるってのに、みすみすそれを逃がすバカがいるかよ!」
「同感だ。力ずくは私の美学に反するのだけどね」
シンドバッドもルパンも、一度宝を目にしたことで気が昂ぶってるのがわかる。
お宝を前にした泥棒の迫力の増したこと。
はっ、それがどうしたと鼻で笑ってやる。
「さっきまでの私じゃないよ。今度は怪我だけじゃ済まさない」
「そりゃあこっちのセリフだ」
「これもまた争奪する者の宿命だ」
「情熱は結構。愚かだって笑うのは無粋だね」
大切なのが女か宝か、私とあいつらの違いはそこだけだ。
だからこそダメ。
「これ以上この城を荒らすな。これは警告じゃない。命令だ」
声に【覇気】を乗せ威圧する。
男たちは失神こそ免れたものの、冷や汗を垂らしてその場に膝をついた。
「これが…人間一人のプレッシャーかよ…!」
「生憎、人間なのは半分なんでね。大人しく引き下がるなら手荒な真似はしない。でも立ち向かってくるなら」
「カハッ!!笑わせんなよ!!」
「命を捧げることもせず、ただお宝を求める?そんなのは三流以下だ」
「欲しいから欲しい!欲望に忠実であってこそロマンだ!この衝動にツバ吐いて何が泥棒だ!ナメんなクソガキ!たとえ首だけになってもおれァ宝に喰らいつくぞ!!」
「子どもたちもいるんだ。汚え声で耳を穢すな。……もう一度言えたら褒めてあげるよ。骨も矜持もバキバキにへし折られても言えるんならな」
それは誰にとっても予期せぬ一瞬の出来事だった。
「?!!」
私の昂らせた魔力に反応したのか、奪われそうになることへの自衛なのか、反転聖杯は目を焼くような光を放ち、エントランスホールを照らした。
「今度はなんですか?!」
「知らん!!」
光が止む。
身体に異変は無し。
みんなも無事みたい。
城の何かが変わったわけでもないっぽい。
じゃあなんだったの今の。
「ぐっ、目が潰れるかと思ったぜ」
「まったく何だというんだ」
向こうも無事みた……い゛ぃ?!
「どぅおえええええええええ?!!!」
そんな、嘘だろ…
「あ゛ぁ?なんだクソガキでけぇ声出しやがって」
「君の声も頭に響くよシンドバッド君。ところで君、喉の調子でも悪くなったのかい?妙に高い声だが」
「何言ってやがる。ルパンてめぇこそ変な声…………」
「…………」
「「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁ?!!!」」
「カシラ!!」
「旦那様!!」
「モルジアナ!!おれが!!」
「ホームズ!!私が!!」
「「女になってるーーーーーーーー?!!!」」
め、め、……めっちゃ可愛い……
いろいろありつつも、とりあえず難は逃れたってことで。
聖杯に情報を登録して影響を受けなくした後、私たちはユウカちゃんとお茶会の続きをすることにした。
今度は千夜一夜盗賊団と幻想怪盗も一緒に。
ただし、全員漏れなく女になった…だ。
「無い、無い!!おれの……おれの宝が……!!」
「カシラぁ…これどうなってるッスか?」
「知るかァ!!おれの自慢の日焼け肌がこんなに真っ白くなっちまって…」
「神秘だね。世界は不思議に満ちているといっても、こんなことになるとは」
「あ゛ぁっくそっ!!……で、てめぇは何してんだ」
「ふっ、くっぎゅううううう……」
「とんでもない苦悶の表情で睨まれているんだが。今にも血涙が流れそうだ」
なんて葛藤。
くそぅ…中身は男だってわかってんのに。
スタイル抜群えちえちお姉さんに、スーパー乳デカお姉さん……見た目がすげぇ…すんごい良いぃ。
超好み…だけどTS百合は…なんっっっか違う……
解釈違いっていうか…観てる分にはアリだけどっていうか…
「中身が男じゃなければダイブしてハグしてペロペロかますのにぃ…。はっ!そうだ!ユウカちゃん死霊術師なんだよね!」
「へ?ええ」
「じゃあこいつらの魂成仏させて女の子の魂に入れ替えることとか出来る?!なるべくスケベなの!」
「なにをとんでもねえこと言い出してんだ!!」
「出来るけど…」
「懇願するからやめてくれるとありがたい」
「反転聖杯による性別反転…心底私たちは加護を持っていてよかったですね」
「てめぇらものんびり茶ァ啜ってんじゃねえ!さっさと元に戻せ!」
「無理よ聖杯は誰にも扱えないんだから。元に戻るのを自然に待つしかないわ」
聖杯を調べようにも王たる者のための扉の向こうにしまっちゃったし。
この二人の前に扉は現れないし、聖杯への情報登録もあくまで影響を受けなくするというもの。
加えて聖杯の力が完全な不規則である以上、元に戻るのは望み薄というやつだ。
「いいじゃんそのままで。何の問題があるの?」
「バカかクソガキ!ならてめぇは男になったらなっちゃいましたで済ませられんのか!」
「例えでもおぞましいこと言うなよ」
てか私の場合身体は魔力で変えられるしなぁ。
部分的に生やしたり。
まあだからって男になんて絶対ならんけどね!!
「女はいいよぉ。可愛くてキレイでいい匂いで。何よりこの私に愛される♡まあお前たちは例外だからヤりたい気持ちには全然ならないけど」
心まで女の子になったら一緒に遊びに行くくらいはしてやろう。
「ふざけやがって」
「ただまあ、実際身体が女性になったからといって、特段不便を感じていないのがまた厄介だね。元に戻ろうという気概を削がれる」
「あァ?!」
「そう熱り立つのはやめたまえよシンドバッド君。我々は各国でも指名手配されている賞金首だ。姿を隠せるという意味ではこれ以上の隠れ蓑は無いと思うが?」
「そりゃそうかもしれねぇが…だが元に戻れねぇのは後々困るだろ。なぁモルジアナ。モルジアナ?」
「あっ、ハイ!そうッスねカシ、ラ…」
「なんだどうした?」
「なんかよくわかんないッスけど、カシラを見てたら変な気分に…」
私はニヤニヤとモルジアナ少年、もといモルジアナ少女の肩を組んだ。
「キレイなお姉さんを見てると頭がポーっとするだろ?」
「するッス…」
「お腹の下が熱くなるだろ?」
「なるッス…」
「それは恋だ」
「恋、ッスか…?」
「自分も女の子なのにって?いやいやそれは正常な感覚だ。女の子は女の子に恋をするのが自然の摂理なんだよ。憧れのお頭がお姉さんになった不安がある?そんなのあの豊満な胸に抱かれれば一発で消し飛ぶさ。さあ勇気を出して飛び込んでごらん。その一歩が君を奮い立たせる。さあ、楽園が君を待ってるぞ」
「カ、カシラァ!」
「てめぇモルジアナなにサカって……ちょ、おい、らめええええええ♡♡!!」
「何をやっているんだ君たちは。理性を失ったら終わりだろうに。なあホームズ。ホームズ?」
「す、すみません旦那様…いえ、お嬢様」
「いや、旦那様のままで構わないんだが。何故そんな色っぽい顔をしているんだい?」
「可憐なお嬢様を見ていたら胸が張り裂けそうに…この気持ちは…いったい。お嬢様…お嬢様…!」
「や、やめないかホームズ!ホームズ…ホー…んほああああああ♡♡!!」
「Welcome to lily world」
いっぱい百合百合してて楽しい。
みんな雌になって万事解決。
リコリスニッコリス☆