90.空の向こうへ
「ふ、浮遊城…ほっ本当に実在するなんて…」
夜が明けて、私たちは昨夜の出来事をみんなに伝えた。
「すごいものを見たわね。深夜にそんな場所で何をしてたかはともかく」
「そこは触れない方向で一つ…。とにかく!私たちの次の目的地は浮遊城だ!世界の謎を解き明かしに行こうぜ!」
「唐突なのは今に始まったことではない、か」
「リコリスさんが決めた旅路ならばどこへでも」
「行こうお姉ちゃん!」
「空に浮かぶお城…楽しみです!」
みんなならそう言ってくれると思った。
浮遊城の魔力はすでにマーキングしてあるから追跡は簡単だ。
「問題はあそこまでどうやって行くかだ」
地上から浮遊城までは、ざっと15キロくらいかな。
風の魔法でも連続で短距離転移を繰り返すでも行けないことはないんだけど、行き先が成層圏ともなるとねえ。
さてどうしようかな。
「おけおけ、ヨユー。天才錬金術師ルウリちゃんにお任せあれ。まさかこんな早く新型をお披露目することになるとは思わんかった。とくとご覧あれ、エヴァっちとの共同開発で実現した新型ラジアータ号」
ウィーンガシャンウィーンガシャン
「お、おおおおお!変形したぁぁぁ!」
「モードエアリアル。風のエネルギーを推進力に、反重力ユニットを搭載することで憧れのフロートシステムを実現した飛行形態だぜ」
「最高速度は?!ねえルウリ最高速度〜!」
「マッハ5♡」
「ひゅー音速のASMR〜!!♡」
「まあ、まだ試運転もしてないから安全かどうかは保証出来ないけど」
「そんなものに妾は乗らねばならぬのか」
「大丈夫大丈夫♡私がいる限り事故とか無いから♡」
「存在自体が事故ですもんね」
「その口塞がれてーのか」
冒険に嬉々とする私たちの背後で、窓から顔を出していたお母さんがため息をついた。
「忙しないわね。てっきり年明けまではこっちにいるものだと思っていたのに」
「ノエルたちが産まれて一安心したっていうのもあるけどね。どうにも落ち着けない性分みたい」
「若い頃のユージーンにそっくり。私もそうやってあちこち連れ回されたわ。何度苦労させられたことか」
「おいおい、おれはまだ若いつもりなんだがな」
「あら、じゃあまた旅をしてみる?ノエルも一緒に」
「それもいいかもな」
イチャイチャすんな。
「出発ですかご主人様」
「おーリーゼちゃん。一緒に来る?歓迎するよ」
「下僕の身、ご主人様に付き従うのは道理ですが、一度故郷に帰ろうかと思います。皆様の剣を見て、私はまだまだ未熟なのだと思い知りました。真に最強の剣聖足るべく、己を律し鍛え直します」
「そっか」
「いずれ強くなったそのときは、またお手合わせをお願いします」
「シシシ、おうっ。待ってるよリーゼ」
チュ♡
「はわっ、はわわ…くっ…こりょせぇ…」
「うーんウブで可愛い♡」
「世が世なら稀代の性犯罪者」
「とにかくヤりたいので性欲に極振りしたいと思います」
「どうしても私を貶めてーのか貴様らは」
話の流れでリエラやサリーナちゃんも誘ってみたんだけど。
「ただでさえ大賢者二人を連れ回されて支障が出ている。これ以上公務に差し障る行いは謹んでもらおうか」
「うぃっす」
ヴィルに釘を刺された。
「一緒に行けないのは残念ですけど。また会えるのを楽しみにしてますね。師匠、お元気で」
「うっうん。サリーナも」
「アルぅ…」
「王女が何をそんなに情けない顔を…」
「あなたにはわかりません…。失恋の悲しみなんて…ゴニョゴニョ…」
「なんですか?」
「なんでもありません!いいんです!どうせ私は友だちですよーだ!フンッ!」
「何に対して怒っているのかは知りませんが…あなたはいつまでも私の一番の親友ですよ」
「〜!もうっ!そういうとこですからね!」
「ええ…?」
うんうん、仲良し仲良し。
アンドレアさんやジェフさんとも迷宮関連の挨拶を済ませ、みんなを王都へと送り返した。
「ステキな経験をどうもありがとうリコリスちゃん♡フローラ様に会えたこと、一生忘れない♡」
「次は結婚式にも呼んでやろうかな」
「私とリコリスちゃんの?♡」
「それもいいね♡」
「今度は一緒のベッドで寝ようね♡私、何番目でもいいから♡」
お姉さんの余裕っていいよね。
甘えられる優しさ、これぞハーレム♡
「ママ、おそら?」
「そうだよ」
アリスを抱き上げて青い空を見上げる。
「ママたちはどんなところへだって行けちゃうんだよ。空の向こうでも海の底でも。アリスはどんなところに行きたいかな?」
「んっとねーんっとねーおかしのくに!おかしおなかいーっぱいたべる!」
「おほぁ〜いいねぇ♡」
「子どもの内からリコリスみたいな欲張りなんて、将来が心配だわ」
「夢は大きく、だろ?♡さて、と。そろそろ行くか」
お母さんたちの腕の中のノエルたちにバイバイしなきゃ。
「ぁーう。あー」
「行かないでって言ってくれてるのかな?また帰ってくるよちゃんとお姉ちゃんのこと覚えとくんだぞノエル」
「あー。あーだ」
「いい子にしているんですよショコラ。立派な淑女になりますように」
ちっちゃな手に名残惜しさを覚えつつ、私たちはラジアータ号に乗り込んだ。
「じゃあねお父さん、お母さん」
「おう」
「あまり親を心配させないでね」
「ニシシ」
ゴーグル装着。
ハンドルを握って魔力を込める。
フワリと車体が浮いてタイヤが収納され、バイクがより流線的なフォルムになった。
「行ってくるよ」
「行ってらっしゃい、私たちの愛する子」
ラジアータ号モードエアリアル、発進!
なーんてちょっと気分が上がっちゃうよね。
ロボとかメカとか好きだし私――――――――
「はへぁ?」
アクセルを回した瞬間。
私の視界から街が消えた。
「おおおおおお!!なんかデジャヴ!!ヤバいヤバい速すぎるだろこれええええ!!」
『姫、姫〜』
「なに?!どしたルウリ?!」
『右のハンドルんとこの赤いボタン押してみ』
「ボタン?!あ、これか!ポチッ!」
『それ押すとロケットブースターが出る』
「ああああああああ首がもげちゃうよぉぉぉ!!!」
『楽しいっしょ』
「最ッ高だけど自分だけ安全な馬車の中にいるのムカつく!!お前これ自爆ボタンとか付けてないだろーな?!」
『今度付けとく〜wwwそんじゃ安全運転でよろ〜。今マリアてゃとジャンヌたそとアリチュと麻雀してっから』
「うちの妹と娘に何覚えさせようとしてんだ!!お前後で覚悟しとけよ!!」
『ルウリお姉ちゃん強いよー』
『負けたらお洋服脱ぐんですよね?』
『カン!カン!もいっこカン!ツモ、チンイツトイトイサンアンコーサンカンツアカイチ、りんしゃんかいほー!32000!まーじゃんってたのしいよね!』
『エグちぃ天才かよこの娘』
「そっち楽しそうすぎてツラいよぉーーーー!!」
私の嘆きも彼方へ。
百合の楽園、空の向こうへ行ってきます。
――――――――
王国、王城。
そこには国内外のあらゆる情報が集まってくる。
各領地の経営情報から、街に新たに設立された店舗、出産と死去。
そしてそれは婚姻も例外ではない。
「はぁ…」
ドラグーン王国王女、リエラ=ジオ=ドラグーンは書類を見ながらため息をついた。
リコリス=ラプラスハートとアルティ=クローバーの正式な婚姻手続きである。
それを眺めていた同室にて作業中の宮廷魔法使いの私こと、サリーナ=レストレイズは辟易したように目を細めた。
「あの、殿下。過分に失礼は承知なんですけど、何度もため息をつかれると気が滅入るのでやめていただいてもいいですか?」
「はぁぁ…」
「王女殿下でもぶつときはぶちますよ?」
「サリーナさん…あなたは本気の失恋をしたことが無いからそんなことが言えるんです…」
この人が言う失恋の相手とは、何を隠そうアルティさんのことだ。
学園で同じ時を過ごした殿下は、王族という立場故に周囲から腫れ物扱いされ、友人という友人はアルティさん以外にいなかったらしい。
雛の刷り込みじゃないけど、当時から突出した才能を有していたアルティさんはそれはそれは頼り甲斐に満ちていて、また唯一自分と交流を持ってくれた彼女に特別な感情を有するのは必然とも言えた。
ただまあ、なんというか…恋心を抱いた相手が悪い。
当時からアルティさんには想い人がいて、出てくる話題といえば八割九割はその人のこと。
頭からつま先まで染められていたといっても過言ではないだろう。
その人こそ誰あろうあのリコリスさんなわけだけど。
「もう面倒なので回りくどいことは言いませんけど、そんなに好きなら告白くらいしてしまえばよかったんですよ」
「しましたけど!!」
「は、はい…」
あまりの剣幕にたじたじにさせられた。
「手紙を書いて!花を贈って!一緒なベッドで眠って!それでもあの子!」
「三日三晩寝ずに書いたこの手紙をアルに…」
「あなたのことが好きです…宛先も差出人も名前が書いてありませんね。落とし物を届けに行きましょう」
「お小遣いで遠方から遥々取り寄せたこの花なら…」
「キレイなお花ですね。真っ赤で凛と咲いて、まるでリコみたいです」
「アル!一緒に寝ま――――」
「すぅ…すぅ…」
「ぜーーーーんぶ空振り!何一つ響かないんですよ!あの朴念仁!」
「一部殿下の空回りは見受けられましたが…。たぶん、リコリスさんへの愛情が強すぎて自分に向けられる好意には鈍感になってるんですね」
「どこの物語の主人公ですか!!」
「声が大きい…」
「それはリコリスさんはとてもいい方ですよ!美しく聡明でどんな分野でも八面六臂の大活躍!にしてもです!私だって王女ですよ?!劣っている部分がありますか?!」
「ありませんけど…」
顔やら性格やらを点数に置き換えれば、殿下は間違いなくどれも満点を出すだろう。
ただリコリスさんは満点を超えるだろうというだけで。
「勝負の相手が悪いですよ」
「わかってます!私だって相手がリコリスさんでなければ略奪してました!リコリスさんが悪い人なら、酷い人なら、アルを…悲しませる…人なら…あぁぁ!」
「王女に泣かれるとどうしたらいいのかわからないのでやめてもらえると…」
「なんでそんなスンッてしてるんですか他人事みたいに!」
「他人事なので…」
「あなただって大好きなエヴァさんを取られているでしょう!悔しいとは思わないんですか!」
「いやぁ…」
寂しいとか行かないでとか、本人たちの前でもう号泣してるので…とはさすがに言えない。
「ていうか私の師匠への好きは恋愛より敬愛で…」
「うえええんアルぅぅぅぅ…!」
聞いてください。
この人こんなに知能が低かったでしょうか。
「あの、当人たちが不在なので不用意なことは言えませんが、殿下が望むならアルティさんと結婚してしまえばいいのではありませんか?」
「私に略奪愛をしろと?!これでもリコリスさんのこともわりかし好いてますよ?!」
「いやそうではなく…リコリスさんはアルティさんの他にも皆さんと結婚する予定でしょう?王族や貴族は重婚や妾なんて当たり前ですし、リコリスさんが他の方たちを奥方に迎えるように、殿下もアルティさんの二番目の奥方に迎えられればいいのでは?それか殿下もリコリスさんと結婚して、アルティさんとよろしくやれば…」
「どこの世界に側室に入る王族があると?」
急に本気の顔するのやめてくれませんか?
精一杯案を出しただけなので。
「はぁ…」
「ま、まあ殿下なら新しい恋もすぐに出来ますよ」
「そうでしょうか…」
「運命の出逢いなんてどこに転がってるかわかったもんじゃないでしょう?」
殿下がアルティさんと出逢ったように。
私と師匠が出逢ったように。
世界には無限の出逢いの形があるのだから。
「運命の出逢い…」
「私と殿下の出逢いだって、もしかしたら運命なのかもしれませんよ?」
なんちゃって。
「へっ?!」
なんとなく言っただけなのに、殿下は顔を真っ赤にしてキョトンとした。
「へっ、って…え?」
そんな殿下を可愛らしく思ってしまうのは不敬だろうか。
「いや、あの…だって急に…わ、わかってますよ!冗談ですよね!わかってますってば!」
「あっはい…」
世界には無限の出逢いの形がある。
無限の恋の形がある。
きっかけが何なのかなんて誰にもわからない。
そして、
「…………」
「…………」
この気まずさの正体もまた。
今は誰にも。
――――――――
「はぁ〜リコリスさんたち行っちゃったのかぁ」
ギルド職員アルバートは、日課の花の水やりをしながら小さく唸った。
「もっとお話したかったなぁ。デートしてくれるって言ったのに」
垂れた犬耳をピコピコと。
フサフサの尻尾を燻らせながら。
次はいつ会えるかな、と何度目かもわからないため息をついたとき。
「アルバート」
「ひゃうッ?!きゃわぁっ!」
背後から聞こえたギルドマスターの声に驚き、手にしていたじょうろを放って頭から被ってしまった。
「ふえぇ…もうマスター!後ろからいきなり話しかけるのはやめてください!ただでさえマスターは気配が薄いんですから!獣人の私でも気付けないなんて…」
「フフ、ゴメンなさい。それよりどうしたのですか?落ち込んでいるように見えましたが」
「どうしたのはこっちのセリフですよ。また何日も留守にして」
「少し迷ってアイナモアナの方まで行ってしまって」
「方向音痴が過ぎませんか?そんなことしてる間に、百合の楽園の皆さんは行っちゃいましたよ」
「ああ、例のパーティーが。それは残念です」
「そこにメンバーの皆さんの書類をまとめてあるので、後でチェックしておいてくださいね。持ち込み素材とか討伐報告とか」
「はい」
「百合の楽園の皆さんってほんとにカッコいいんですよねぇ。リーダーのリコリスさんは言わずもがな。大賢者のアルティさんにエ、エ…なんとかさん。魔女のドロシーさんに、伝説の吸血鬼のテルナさん。天才錬金術師のルウリさんに、マリアちゃんとジャンヌちゃんの獣人族の若きダブルエース。それに」
ギルドマスターの目が一枚の用紙に止まる。
「シャーリー」
「そう!知る人ぞ知る新進気鋭の服飾士です!しかもキレイでカッコいいんですよ〜!って聞いてますか?ギルドマスター?ねえクオンさんってば!」
「聞いていますよ。そうですか。こんなところにいたんですね」
ギルドマスタークオンはそっと指を書類に這わせた。
「会いたかったですよ。シャーリー」
――――――――
「行きも帰りも超特急。神の宴の酔いも何処。祝福の歌も最早遠き悠久へ。風を破って雲を穿つ、空を切り裂く流星一条。神の座に手を掛ける緋色の姫の、輝く先は空の果て。何が在るのか何も無いのか。気になる続きは、また次回」
爪弾く音が止まり、周囲から拍手と歓声が起こる。
満足気にライアーを手入れしていると、一人の少女が近付いてきた。
「今回の歌もステキだったわ。ジーク」
「ありがとゼロ。じつは私も結構気に入ってるんだ」
「ま、ある意味始まりの歌だものね」
と、ゼロは吟遊詩人ジークリットの隣に腰を下ろす。
「ニシシ、まあね。それよりみんなは?次のネタ探しについて来るって言うから、待ち合わせの時間まで歌ってたのに」
「バカね。あいつらがそんなの守るわけないじゃない。どれだけ個性が強いと思ってるのよ。どうせ約束なんてすっぽかして、自分勝手してるに決まってるわ」
「アハハ、だね。そんな中でも時間通りに来てくれるゼロのこと好きだ私」
「はいはい」
「えーなんか軽い!」
「あんた今まで何回好きって言ったと思ってんのよ。挨拶感覚で言うからもう飽きたわ。そういうところほんとおばあちゃんと一緒ね」
「一緒にされた…。まあ、似たところがあるのは認めるけどさ」
ジークリットは納得いかないといった風に頬杖をついた。
「クローバーに帰ってきて、次はどこだっけ?」
「浮遊城」
「ああ、あのお城。本当に落ち着きが無い旅をしてるのね」
「だからこそネタの宝庫で好きなんだよ。脳細胞が刺激されてさ」
「ねえ、みんなを待ってる間にもう一曲弾いてよ」
「えー?みんな来るかわかんないんでしょ?」
「いいじゃない。そんな気分なのよ」
「しょうがないなぁ。じゃ、緋色の姫と深き森の女皇の出逢いの歌でも」
ゼロは揺蕩う。
真紅の歌姫が奏でる虹色の旋律に。
閉じた瞼の裏に、遥かなる情景を映しながら。
読者の皆様、日頃より百合チーをご愛読いただきありがとうございます。
これにて四葉凱歌編は終了となります。
彼女たちを取り巻く環境の変化、新たな命の誕生、出逢い。
それらが今章のテーマでした。
リコリスとアルティは入籍したので、今後はラプラスハート=クローバー姓となります。
本来ならば爵位を持っているリコリスに嫁ぐ形になるので、クローバー=ラプラスハートが正しいのですが、これはアリスを娘に迎える際。
「ラプラスハート=クローバーの方が語感良くない?」
「じゃあそれで」
というやり取りがあったためです。
アルティ自身は爵位を持っていないので、ラプラスハート家に嫁入りしています。
今後産まれて来る子どももラプラスハート=クローバー姓です。
一度故郷に帰ったことで区切りがついた感じですね。
第一部が終わったようなものです。
しかしまだまだ彼女たちの冒険は続きますので、ダラダラと暇潰し程度にお付き合いください。
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ここまで読んでくださった皆様に大いなる感謝を込めて。