88.神々の宴
「コク、コク…っあ。なんと美味い酒だ。何と言ったか?」
「ハイボールでございます陛下。ディガーディアーで産まれた新酒…ウイスキーに、発泡する水…炭酸水を加えたものです」
「ほんの少しレモンを絞っているのが心憎いな。エールに微発泡するワインはあれど、これだけのスッキリとした爽快感は他では味わえぬだろう」
「ああ、こんなにいい酒は久しぶりに飲む。なあ、ヴィルストロメリア」
「リコリスといい貴様といい、仮にも我は女王なのだがな」
「おれの不敬は今に始まったことじゃねえだろ」
「フフッ、それもそうだ。良い、今日は無礼講だ」
ワインにエールにウイスキー。
大人たちはお酒に夢中だ。
シャーリーの柔和な対応もいい。
それにルウリが開発した炭酸水メーカーが大活躍してる。
「また見事な魔導具ですね」
「作ったのはいいけど今んとこ使い道があんま無いんだよね。わざわざ水を炭酸にして飲む物好きも少ないだろうし」
「一般家庭向けでなく、料理人向けに販売するのはどうでしょう。私では用途が思いつかずとも、現場ではアイデアが生まれることでしょうし。しかし、かの天才錬金術師とこのような形で相見えることが叶うとは」
「よろ〜アンちゃん。あたしのことはルウリって呼んで」
「ハハハ、アンちゃんときましたか。麗しいお嬢さんにそう呼ばれると、年甲斐もなくはしゃいでしまいそうです」
ヴィオラさんにチクったろ。
アンドレアさんが歳下の女の子にデレてたって。
「アナザーワールドでしたか。魔導具の売れ行きは上々です。特に腕時計の人気は凄まじいですね」
「マ?あれまだ両手で数えるくらいしか売りに出してないっしょ?」
「主に男性貴族に人気でして、次の入荷はいつだとせっつかれているくらいですよ。時計を腕に巻けるほど小型にするというだけでも熟練の職人を泣かせる仕事ですが、デザインも素晴らしいともなれば美術品としての価値も高く。先日卸していただいたものは白金貨5枚の値が付きました」
「ウッハwマジでウケるんだがw腕時計にお金かけるのは全世界共通かよーwんじゃー次はゴッテゴテに宝石でも付けよっかなw」
「その際はお知らせください。競売を開き値を吊り上げてみせましょう。家が傾きかねないほど」
なんか怖い話してんな。
お金の話を他所に、子どもたちは料理に舌鼓を打っている。
「おいしいね〜♡」
「うんっ♡ワーグナーさんのお料理好き〜♡」
「お褒めに預かり光栄です、小さなお嬢様方」
ビュッフェスタイルにしたのはやっぱり正解だった。
しかし料理の内容はいつもよりちょっと豪華にしてるよ。
せっかくのパーティーだからって、アンドレアさん経由でいい食材をいっぱい仕入れてもらった。
ざっと普通の食費の数百倍。向こう数ヶ月は贅沢出来るレベルで気合いを入れたのだ。
まあ、私以上に気合いを入れたのがワーグナーさんなんだけどね。
「先生の弟子として恥じぬよう、精一杯努めさせていただきました!」
「いや、あの、はい」
だからってでっかいケーキまで作るかね。
なにこれウエディングケーキ?
「ゔううう…!」
そんでリエラはいつまで泣いてんのよ。
「泣きすぎですよリエラ」
「アル゛…アルが婚約して嬉しいのもあるけど…あるけどぉ…!」
「そんなに喜んでくれるなんて、あなたは最高の親友です」
「うえええええええん!!ゴッゴッゴッゴッ!」
「一気飲みはやめなさい」
涙でぐしゃぐしゃな顔のリエラに、小さな手が伸びた。
「おひめさまないてる?」
「グスッ…この子は…?」
「アリス!ママとおかーさんのこ!」
「む゛すめ゛まで?!!!」
「ややこしいがすぎる」
いや待てよ?
この際だからついでに。
「ねえヴィル」
「なんだ?」
「この子私たちの娘なんだけど、精霊王で竜王でもあんのね。んで戸籍登録しといてほしい。幻獣になったリルムたちの分もついでに」
「情報が錯綜しすぎて何一つ伝わらぬ」
いやクソほどシンプルだろ。
はいはい魔法の言葉。
「どこから何をどう紐解くべきか」
「私が半神になってリルムたちが幻獣になって子ども出来ただけの話だが?」
「前々から人間かどうか怪しいものだったが、よもや人間を辞めているとはな。つくづくおもしろい女だ」
「どーもでーす」
「よかろう。戸籍はこちらで手配しよう。その代わり」
「何なりと」
「この炭酸水を作る魔導具を一台よこせ。ウイスキーも樽でな」
「気に入ったのね。それくらいでいいんなら喜んで」
あ、そうだ。
「ルドナ、ウル、あれを」
「かしこまりましてございます」
「御意」
二人が銀のトレイに乗せてドリンクを運んでくる。
ただ一人ルウリだけが、それが何かわかって目をキラキラさせた。
「これは?」
「我がマスターの叡智の結晶、コーラでございます」
「甲羅?」
「コーラだよ。まあご賞味あれ」
ヴィルは訝しみつつストローに口を付けた。
「っ?!これは…」
「ニシシ、どう?イケるでしょ」
「砂糖と香辛料…果実の汁か…?黒い見た目からは想像もつかぬほど複雑な甘みだ。それに口の中が爆発したと錯覚するような泡の刺激。これは嗜好品の枠を越え、一つの娯楽品と言えるだろうな」
苦心の末、ようやくここまでの味を完成させることが出来た。
それもこれも【恩寵】の力があってこそ。
いつでもコーラが飲めるようになったのは本当にデカい。
これからはメロンソーダもエナドリも自由自在よ。
「アハハッ、シュワシュワ〜!」
「パチパチで、楽しい」
「うん、悪くないわ」
「ひっさしぶりのコーラ♡」
「ルウリは自分で作れたでしょ」
ドクターなストーンでも作り方やってたし。
「作れるけど、コーラってコのカが至高じゃない?」
「わかる」
私もペ○シよりそっち派。
「リコリスさん」
「先生」
「はっ!」
アンドレアさんはお金の匂いに満面の笑みを、ワーグナーさんは新たな境地を見出したと言わんばかり感涙に咽び泣いている。
また市場を賑わせちゃうな。
料理を一通り出し終わったらデザートを。
一口サイズのケーキにシュークリーム。
色鮮やかなムースに、私自慢のタルト。
中でも女性陣――――九割方女の人しかいないけど――――に人気だったのはプリンだ。
「乙女の柔肌のような官能的な舌触り。肌が泡立つくらい濃厚な甘さがステキだわ」
「身体が喜んでるのがわかるわね」
「お母さんたちはそういうのが食べやすいかなって」
「ソフィア、あなたの娘は本当にいい子ね。美しく聡明で、どんな分野にも精通する完ぺきな才媛だわ」
「フフ、ええ」
えー褒められるの気持ちいい〜♡
もっと褒めて〜♡
「でもこいつ性格はクズよ」
「すぐに女の尻に目移りするしのう」
「暇さえあれば今日いい?とか迫ってくるし。寝言でムラムラすんなぁ、ったくよぉ!って言ったのはガチでビビった」
「この前なんて、いいから顔の上座れ!その尻で潰せって言ってるの!ってうるさかったもの」
「ちょっと脇の匂い嗅がせろとかよく言われん?」
「マリアとジャンヌの汗で野菜ディップしたいとか呟いておったぞ」
「親の前でそういう話は無しって古の時代から決まってるだろ貴様ら!」
「リコリス」
「うぃっす!!」
「ノエルに要らないことを教えたら…ね?」
「うぃっす!!!」
ひぃん…
パーティー開始から三時間。
宴もたけなわという頃、私は用意した壇上に登った。
「さて皆様、今宵の催しも終わりが近付いて参りましたが、ここで私からスペシャルゲストを紹介させていただきます」
「スペシャルゲスト?」
これは誰にも相談も連絡もしてない。
私のイタズラ心満載のサプライズだ。
「空の果ての扉を開け【創造竜の魔法】!さあ来い!みんな!」
昼の光よりも眩しい輝きが空から降る。
光が止んだとき、そこには大勢の人影があった。
いや、人じゃないから人影は変かな?
「よっ。こっちじゃはじめましてになるかな?リベルタス」
「うんっ、はじめまして♡リコリスちゃんっ♡」
こっちの世界でも変わらない美しさ。
そして子どもっぽくも可憐な笑顔で、リベルタスは私に抱きついた。
「これは…リコリスそなたもしや…」
「最後まで盛り上がろーぜ♡神様たちと一緒にな♡」
神様呼んじゃいやした♡
「これは、奇跡か…現実か…」
「リコリスさんは本当に」
「はわぁ…」
奇跡だし現実だっての。
「まさか神をこの目で…」
「堅苦しいのは無しにしよ♡はじめまして、自由の神リベルタスです♡」
「一柱一柱挨拶させたらキリが無いわ。リコリス、私たちの分のお酒はまだある?」
「もちろん。好きなだけ騒いでよフローラ」
「フローラ様…それじゃああなたが花の神?」
「ええ。こうして会うのは初めてねフィーナ。私の愛し子」
フローラはフィーナを受け入れ固く抱擁を交わした。
「リコリス、来たよ」
「おーアテナ」
「半分神になったリコリス、もっと可愛くなった」
「マジ?シシシ、めっちゃ嬉しい。アテナも可愛いよ」
「ん」
クールお姉さんの照れ顔きちゃー♡
アレスにデュオニュソス、ヘパイストス、ヘスティア…いつメンの他にも見慣れない顔がいくつかある。
誰って限定して呼んでないしなぁ。
ていうか神様ってこんなにいるんだ。
「私たちを地上に降ろすか。お前はいつでもルールを曲げようとするな」
「おおテミス。来てくれたんだ、サンキュ」
「暇潰しだ」
「じゃあその分楽しんで。ねっ」
「ふん」
「やあやあリコリス君。ぼくさまが遊びに来てあげたよ」
「ロキ。ってもう飲んでるじゃん」
「いい酒だね。ぼくさまがこれを神酒に定めようかな」
「らぁめロキ〜。こーんなおいひぃお酒はァ〜酒の神のあたしが〜」
「ガッハッハ!いやぁ美味い酒ばかりだな!特にこのウイスキーとやら、コーラで割るととびきり美味い!」
アレスはコークハイがいたく気に入ったらしい。
「どれ儂もコークハイを神酒に定めるとしよう!」
「アレスはわかってないのます!コーラはコーラだけで最高の飲み物なのですますよ!」
「むぅ!それは否めぬなヘスティアよ!ガッハッハ!!」
神様たちも絶賛するコーラってやっぱ偉大だな。
みんなそれぞれ楽しんでいる一方。
「あっあのここっこんにちは…」
「はっはい…えと、カオス様…ですか?」
「は、はいっ…そのえと…」
「おっお会い出来て…光栄でしっ…あぅぅ」
「わ、私も…こうして会えて、嬉しい…よ゛っ!いひゃい…」
エヴァと混沌神カオスが揃って舌を噛んでいたり。
「転生して以来、かな?やほ、マキナ」
「…………」
美しい人形のような神様。
機械神デウス・エクス・マキナは、無言にルウリの頬に触れた。
「心配しなくても楽しくやってるって。ずっとお礼言いたかったんだ。あたしを姫たちと出逢わせてくれてありがとうって」
「…………」
「ニッシッシ♡まあ、あんなんだけどあたしの好きぴだから♡マキナがくれた命で、私はこの世界で幸せになるね」
「…………」
言葉は無くても通じ合う二人はまるで姉妹のように見えた。
「おい」
「?」
後ろから声を掛けられる。
振り向くと、月桂樹の冠を頭に乗せた短い金髪の子どもが、それはそれは偉そうに腕を組んでいる。
私の琴線に触れない。なんだショタか。
「なるほどこれが新たな神か。対峙して更に異端が浮き出るな」
「あなたは?」
「我はゼウス。最高神である」
「あなたが師匠の」
「お初にですな。最高神様」
「面を上げよ我が愛し子よ」
おー師匠が頭を下げるのレアだな。
「前々から一度会うべきだと思いながら機会を逃していた。様々な神が手を貸すばかりか、あらゆる神の権能を【恩寵】という形で発現させているとは。リベルタス、お前の愛し子は我々の領域にまで足を踏み入れたばかりか、我々を自分の領域に招いてみせたぞ」
「ねーすごいでしょリコリスちゃんは♡」
「その一言で片付けるにはあまりに足りん。本来ならば天罰神の裁定を下すところ、法の大元であるテミスが容認しているのだからそれも出来ん」
そのテミスはケーキ爆食いしてっけど。
「むぐ?」
頬張ってやがるわ。
「我から言えるのは一つだけだ。あまり無茶はしてくれるな。神の力は人間とは違うのだ」
「心配してくれてるの?ありがとう」
「これでも神を束ねる身。そして人は全て我らの子。誰一人見過ごすことはしない。たとえどれだけ異端でも」
「貴様の目には私はどんな風に映ってんだ」
「ふぅ。なんにせよ、祝いの場であれこれと言及はすまい。ときに人間は、このような場では何を贈るのだ?」
「お、なんかくれるの?」
「貴様にではない。貴様の妹たちにだ」
「わかってますー。ちぇっ。贈り物ならなんでもいいんじゃない?気持ちさえ籠もってれば」
「なるほど。では我らから祝福を」
ゼウスは指を一つ鳴らした。
すると神聖な気が街に満ちて煌々とした光に包まれた。
「何したの?」
「この地を聖地に定めた。今後この地はあらゆる悪意と災厄を跳ね除け、豊穣と繁栄が約束される」
「なんと…。最高神ゼウス様、深く感謝の意を捧げます」
ヨシュアさんはゼウスの前に膝をついた。
聖地ねぇ。
言われてみれば確かに過ごしやすくなった気がする。
「対象を人から物に変えた加護みたいなもんか。神様ってそんなことも出来るんだ」
「万象を超越した存在そのものが、神々という概念だからな。不可能などあるわけがない」
「つってもやっぱりゼウスは特別だがな」
並々と注がれたエールを片手に、眼帯をした壮年の男性がゼウスの肩に腕を回した。
「っく、っく、ぷっはぁ!いやぁいいねぇ。捧げられた供物の酒も悪くはねぇが、人の世に降りて飲む酒は格別だ。機会を与えてくれたあんたにゃ礼を言わなきゃなリコリス」
「絡むな鬱陶しい」
「ハッハ、そう言うなよ水くせえ」
「あなたは?」
「おれ様はオーディン。魔術の神だ。よろしくな」
「どうも。楽しんでもらってるようで何よりです」
「ゼウスにも制御出来ねえロキや、法の番人のテミス、それに神らしからぬ神のリベルタスが興味を持つのもわかる。あんたはいい女だな」
「ウッヘッヘ、よく言われます」
「楽しい席と美味い酒の礼だ。おれ様からも一つ祝いを贈ろう。おいそこの銀の女」
「私ですか?」
オーディンはアルティを呼びつけるなり無作法に手を翳した。
「ほら、こんなもんか」
「今のは加護か。お前が人間に加護を授けるのは珍しいな」
「テミスほどじゃねえよ。おれ様は気に入った魔法使いにしか加護を授けねえのさ。第一、昔にもくれてやった奴はいただろ」
「あの、何が何だかわかっていない内に加護だけもらったんですが」
「まあ、よかったんじゃん?」
魔術の神から加護を授かるのって、魔法使いには羨望の的なんじゃない?
知らんけど。
「唐突すぎて混乱していますが、ありがとうございますオーディン様」
「おう」
オーディンはゼウスに組んでいた腕をほどき、アルティに顔を近付けた。
チューとかしたら○すよ?
「おれの加護は魔法の深淵。第一階位の扉を開く鍵だ。使うも使わねえも好きにしな」
「!」
「いざってときは、いつくるかわからねぇからな」
何か耳打ちしてたみたいけど、何言ったんだろ?
「リーコリースちゃんっ♡」
「うおっと!なんだよリベルタス。酔っ払ってるの?」
「エヘヘ〜♡リコリスちゃんの魅力になら酔ってる〜♡あのね、この子たちがノエルちゃんとショコラちゃんに加護をあげたいんだって♡」
「この子たち?っあああ♡可愛いねぇちゃわいいねぇ〜♡どこの神様たちかなぁ?♡」
リベルタスの後ろに美少女が二人。
どっちも大変好みですねぇ。
「はじめまして。私は原初神クロノス。時の神よ」
「ぼくはウラノス。空の神で、クロノスと同じ原初神なのだ」
「原初神…カオスと同じか」
なんだっけ?
神様より位の高い神様、みたいな感じだっけ?
「あなたたちの妹は私たちの力ととても相性がいいみたい。だから加護を授けるわ」
「有り余る才能を感じるのだ。育て方を間違えないよう、しっかりするのだ」
クロノスはノエルに、ウラノスはショコラにそれぞれ加護を与えた。
どんな力なのか、どんな未来を齎すのか。
それがわかるのはもう少し先の話になりそうだ。
「神が直接加護を与える現場を目に出来るとは。さしずめ神の寵愛を受けた血族か。改めてとんでもない娘を授かったものだな、ユージーン」
「ああ。誇らしい」
めいっぱいのあたたかさに包まれて。
惜しまれながらも楽しい時間は過ぎていく。
パーティーは日を跨ぐ前まで続き、やがて神たちは天上へと帰っていった。
「本当に楽しかったわ。また機会があればぜひ呼んでね」
「何度もこういうことをされては敵わん」
「そう言いながらゼウスも楽しんでた」
「そうだねぇ。リコリス君の料理をとても気に入っていたようじゃないか」
「ふん。おい、月に一度でいい。我々に供物を捧げよ。それで大抵のことは大目に見てやる」
「はいはい。みんな、今日はありがとね」
「帰るの嫌だなぁ」
リベルタスは私の手を握ってうつ向いた。
「また会いに行くよ」
「約束だよ?」
「破ったことあった?」
「フフッ」
頬にキスをする。
リベルタスも私にキスを返した。
「大好きだよ」
「何度目だよそれ」
「何度だって言うもん。またねリコリスちゃん」
「うん」
こうして前代未聞の、下手をすれば歴史的大事件とも取れる生誕祭はその幕を閉じた。
この御伽噺は後世まで語り継がれることになるんだけど、それもまたもう少しだけ先の話だ。
それじゃあここからは、現在の話の続きをしようかな。
コンコン
「リコ?」
「よっ」
「どうしたんですか?こんな時間に」
「ちょっとデートしよ」
みんなが満足そうに寝静まった頃、部屋を訪れた私は、アルティを抱きかかえて空を飛んだ。
「どこへ?」
「すぐそこ」
と、時計塔の天辺に降りる。
そこから見える景色は月明かりに照らされた暗い街並みだ。
「ハハ、真っ暗だな」
「お世辞にもキレイな景色ではありませんね。少なくとも夜に来る場所ではないです」
「けど、ここから見える街が私は好きだよ。昔も登ったの覚えてる?この時計塔」
「鍵が開いていて、機関部まで登れたんですよね。あとでお母様に叱られましたけど」
「あのときは偶然だった。でも今は自分の力で登れた。ここまで。ここがゴールなわけもないんだけど、少しは自信を持てるよ。アルティを受け入れられるだけの女にはなれたって」
右手で空間を撫でれば、一瞬で私たちの格好が変わる。
黄金の満月よりも美しい花嫁が夜に降臨した。
「これは…」
「本番はもう少し先になるけど、ちょっとリハーサルっていうか。二人だけでってのも悪くないだろ?」
「どうしたんですか?この衣裳は」
「シャーリーに無茶言った。今日この日のために私たちの花嫁衣裳を作ってくれない?って」
仕上がりは極上。
夜の闇にあって光り輝くような純白に身を包む。
花嫁が二人。
私はアルティの左手を取った。
「んで、これは私から」
指輪を薬指に。
エデンズライトを加工した白い指輪に、銀の魔石を嵌め装飾を施してある。
「子どもの頃、お守りって指輪を渡したよね。今度は違う。本気の愛をアルティにあげる」
「リコ…」
「アルティ…」
「浮気はするし性に奔放ですし、なんならドロシーたちも嫁にしようとしているのにどの口で本気なんて言ってるんですか」
「それはそのとおりだけど今それツッコんじゃう?!結構なウルトラロマンティック炸裂してると思ってたんだが?!」
「似合わないからダメですよ」
「おぉ…ズバズバ言うじゃんこいつ…」
「いいんです。最強で無敵で完全無欠なリコが好きなように、不器用で不格好なリコも好きですから。私はみんなのことを愛するリコが大好きです」
「おま、ちょっ…私が…っああ、もう!こんなときくらいカッコつけさせろ!」
「フフッ。じゃあせめて、結婚式らしいことでもしてみますか?」
アルティは魔法で七色の光を周囲に散らした。
「汝リコリス=ラプラスハートは、アルティ=クローバーを妻に娶ることを誓いますか?」
「誓います」
「健やかなるときも病めるときも、妻として愛し、尊び、慈しむことを誓いますか?」
「誓います」
「死が二人を分かつとも変わらぬ愛を誓えるなら、その口付けを以って応えてください…んっ」
一度じゃ足りずに何度も。
何度も。何度も。
「せっかくいいドレスなのに」
「着たままの方が興奮する」
「バカ…」
「愛してるよアルティ」
「私も愛してます。リコちゃん」
月の光はさながら凱歌。
四葉の街を照らす福音。
夜に溶ける。混ざり合う。
愛してると。
愛してると。
「!」
「!」
私たちは同時に身体を震わせた。
「なんだなんだいいところだったのに」
「この魔力は…リコ、あれを」
空を見上げれば、大きな月の中に黒い影が見えた。
岩?隕石?
いや…
「島?」
めちゃくちゃ高いところに島が浮いてる。
……ラピ○タ?
「あれは…浮遊城!」
「浮遊城?」
やっぱりラピ○タか?
それともアインク○ッド?
スターをバーストしてストリームすんぞ。
こちとら甘い情事に水を差されたてプンスコしてんだちくしょー。
けど…
「世界のどこかを漂い続ける、謎に満ちた伝説の遺跡です」
「伝説の遺跡…ッハハ」
「……はぁ。もう少し落ち着けると思ったんですけどね。ショコラをゆっくり愛でるのは先になりそうです」
何も言わなくても伝わるなんてさす嫁〜。
天高く浮かぶ空の神秘。
そんなもんワクワクしなきゃ嘘だろ。
それに私の直感が叫んでる。
いる。あそこに。
脳髄を震わせるようなすんごい美女が。
「行こうアルティ!次の冒険へ!」
見たことのない世界へ!
肌の冷えに冬の訪れを感じつつ、私たちの旅路は空の向こうへと。
ついに連載開始から100話です。
昨年9月に書き始めて約半年、長いような短いような。
いいね数がもうすぐ1000なので、また何か企画でもやれたらいいなと思っております。
仕事の都合上投稿は不定期ですが、書きたいキャラも書きたい百合もまだまだあるので、今後も長い目で見ていただければ幸いです。
今後も皆様の応援がいただけますように。
気が向いたらいいね、ブックマーク、感想、レビューをどうかよろしくお願いします。
今まで掲載した挿絵(本編に関係ない、または掲載予定の無いイラスト、ボツ絵を含む)をpixivに投稿してありますので、もし興味がある方はどうぞご覧ください。
ユーザー名は無色、または百合チートで検索していただければ出てきます。