妖女、本性を晒す。
アザーリエは、それからも大変幸福な日々を過ごしている。
男性陣はダインス様から何かを言われているのか、全く目を合わせてくれないものの、顔を赤くしながらも少しずつお話し出来る様になっていた。
女性陣も、ダインス様が何かを言ってくれたのか、最初の頃に比べて雰囲気が柔らかくなったような気がする。
刺繍糸は、本当にあの方はお忙しいようで、休みが潰れてまだ買いに行けていない。
寝支度をしながら、アザーリエは一人、部屋でぷくりと頬を膨らませた。
ーーーデート、少し楽しみにしておりますのにぃ……。
何せアザーリエは、下心しか感じられない男性ばかり見てきたので、そうしたお出かけをしたことがなかった。
そもそも引きこもり気味に、領地で畑をいじったりしているのが好きだったこともあり、経験したいとも思っていなかったけれど。
あの日一緒にお茶をしてから、ダインス様は雰囲気が柔らかくなった。
相変わらずお顔は厳しくて、滅多に笑うこともないけれど、それでもアザーリエを気遣ってくれて、お話も弾む。
たまに変な声を出されるけれど、それについて問いかけると「何でもない」とお返事されるのが、不満といえば不満ではあるのだけれど。
ーーーわたくし、もしかしてダインス様のことが好きなのかしら……?
夫婦となるのだから、当然上手くやって行きたいという気持ちはある。
白い結婚になることを、来た当初は望んでいたし、良い条件だと思っていたのだけれど。
ーーーわたくし、ダインス様となら、本当の夫婦に。
とまで考えて、自分のはしたない考えに一人で顔を真っ赤にする。
きゃー、と顔を覆っていると、背後のドアからこんこん、とノックの音が聞こえて、アザーリエはびくり! と肩を跳ねさせた。
「な……何か……?」
ダインス様とは、少しずつ打ち解けてお話を出来るようになっては来たけれど、それでもまだまだ、声が小さくなってしまう小心な問いかけに。
「旦那様がお帰りになります」
と、ウルールの声が聞こえた。
「まぁ、では……お出迎えをしなければ……」
夜着の上にショールを羽織り、アザーリエは急いで玄関先へ向かう。
しかし、急いだのがいけなかったのだろう。
階段を降りて、玄関口までの長い廊下を歩いているうちに、脱げかけたスリッパにうっかり足を引っ掛けてしまい。
「ひゃぅんっ!!」
バランスを崩して、そのままべったーん!! と床に倒れてしまった。
支えようとした両手も滑り、軽く鼻を床に打ち付けてしまう。
ーーーい、痛いですぅ……。
やってしまった恥ずかしさと痛みに、顔に熱が上がり、目尻にじんわりと涙が滲んでくる。
「アザーリエ様!?」
焦ったようなウルールの声に、大丈夫ですぅ、と返事をする前に、ガチャリとドアが開いた。
両手を上に挙げたような姿勢のまま、顔を上げた涙目のアザーリエと、お帰りになったダインス様の目がバッチリ合う。
「……アザーリエ?」
「はいぃ……」
ーーーだだ、ダインス様に見られてしまいましたぁ〜!!
あまりにも、あまりにも居た堪れず、恥じらいさえも忘れて、素の口調で返事をしてしまう。
この家に来てから、間抜けなところを見せないように気をつけていたのに。
呆れられてしまう、消えてしまいたい、と思っていると、目尻に溜まった涙がぽろりと流れた。
「……っ大丈夫か!? どこか怪我など……!」
いきなり表情を青ざめさせて大股でのしのしと近づいてくるダインス様が、焦ったように問いかけてくるのに。
「ふぇえん。痛いですぅ〜……」
そう答えると、ダインス様やウルール、従者の皆様までもが驚愕の表情で、時が止まったようにピタリと動きを止めた。
ーーー?
不思議に思いながら、ぐず、と鼻をすすったアザーリエは両手をついて身を起こすと、膝を揃えてスカートの上からさする。
鼻の頭もじんじんするけれど、両膝も打ってしまったようでとても痛かった。
ついでに無駄に大きなお胸も痛いけれど、さすがにこの場でさするようなはしたない真似は出来ない。
「あ、アザー、り、え?」
「はぃい……な、情けないところを見せて申し訳ないですぅ〜……」
部屋の隅っこでうずくまって、そのまま溶けてしまいたい。
あまりの気恥ずかしさに、周りの人たちの視線がこちらから逸れないのが痛くて、アザーリエは両手で顔を覆った。
「ふぇえええん、見ないで下さいぃ〜……!!」
そこで、ようやく時間が動き出したらしい人々が、慌ただしく『薬箱を持ってこい!』とか『侍女を呼べ! お部屋に運んで差し上げるんだ!』とかの声が響き渡る中。
アザーリエは、暖かいものが近づいてきて、背中と足の下に何かが差し込まれた後に体が浮き上がるような感覚を覚えた。
「はぅ!?」
ビックリして両手を顔から離すと……目の前に、ダインス様の顔があった。
いつもの厳しいお顔なのに、何故かとっても真っ赤になっている。
「だ、ダインス様!? だだ、大丈夫ですぅ!! 自分で歩けま、ますぅ!!」
横抱きに、抱き上げられている。
それに気づいたアザーリエはパニックになった。
でも怖いから、ダインス様の首元に慌てて手を回すと。
「そ、のまま……大人しくしていろ。足が痛むのだろう?」
「でで、でもでも、こんなの申し訳ないし恥ずかしいですぅ〜!!」
そう言い募ると、彼は真っ赤な顔のまま、また『うぐっ……』と喉を鳴らした後、ふと、頬を緩めた。
稀にしか見られないその笑顔を、ピタリと止まったアザーリエは、ぽかん、と見上げる。
微笑みを浮かべたまま階段を登り切ったダインス様は、アザーリエの耳元でこっそりと囁いた。
「本当の君は、やはり、とても、その……可愛らしい、な?」
「〜〜〜〜っっっ!!!」
告げられた言葉に、目の前のダインス様の照れたような顔を見たのも、相俟って。
今度こそ、アザーリエは思考が止まる。
「朴念仁と言われた自分が……まさかそんな言葉を、君のような女性に囁くことになろうとは、思わなかった」
戦場よりも緊張する、というダインス様の言葉に。
アザーリエは、もうこれ以上熱が上がることはないだろうと思うほどに、恥ずかしさと……嬉しさが極まって。
頭がクラクラして、ふ、と意識が遠のいた。




