妖女、交渉する。
「あ……ダインス様……?」
アザーリエは、ふと気がついて、もじもじを脱して話しかけた。
「何か?」
「先ほどの話、なのですが……薪割りの」
「ああ」
ダインスは、アザーリエの言うことに耳を傾けてくれるようだった。
ーーーわたくしはここに、悪の在り方を学びに来たのですぅ!
なんだか、想像してたよりも皆全然悪そうに見えなかったけれど、アザーリエは叩き込まれた『悪の家訓』に従って交渉を始めた。
「薪を割ったことは、何か問題が、ありましたか……?」
「君が割ったことは問題だが、薪割りの仕事については他の誰がやっても問題はない」
「では、それは労働と認められる、ます、ね……?」
緊張で噛んだ。
けれど言質を取ったアザーリエが目をきらりと光らせ、グッと身を乗り出すと、ダインスが喉の奥で『ぐぅ』とうめいて、視線を逸らされる。
「何か……?」
「いや、申し訳ないが、目の毒でな。……完全に慣れるまで、しばらくかかりそうだな……」
「? そうですか……それで、薪割りは労働と認められます、ね……?」
後半のつぶやきは聞こえなかった。
アザーリエは少々はしたなかったかしら、と同じように身を引いてから、「ああ」と頷いたダインスに対してニッコリと笑みを浮かべる。
「では……お駄賃を、くださいませ……!」
「は?」
ぽかんとする彼に、アザーリエはきちんと説明を行った。
「『悪たるもの、金に汚くあれ! 労働には正当な対価を!』が我が家の教えです……」
身の回りのことをしたのは、人として当然のことなので特に何も請求はしない。
けれど、薪割りは誰がそれを使うにしても、助かること。
父母も、大きな悪となるために、働きに見合う十分な報酬を出すことを推奨している。
ーーーつまり薪割りは、お駄賃をもらうには十分な、立派な労働ですぅ!
「なるほど。……時にアザーリエ。そのお駄賃という対価は何に使うつもりだ?」
少し警戒した様子で、ダインスが問いかけてくるのに、アザーリエは笑みを浮かべたまま、少しだけ頬を染めた。
「……刺繍糸を……」
「糸?」
「はい……婚約している殿方に、刺繍のハンカチを贈るのは、大切なことですわ……」
婚約者が胸元に飾るハンカチに縫う刺繍の腕は、素晴らしければ素晴らしいほど、精緻であればあるほど、そのまま旦那様への愛の深さを示し、娶っていただく方への箔ともなる。
手持ちの糸だけだと、どうしても縫いたい図柄に沿わなかったので、アザーリエはそれを買いに行きたかった。
「君は、持参金を持っているのでは?」
「もちろんですわ……ですが、無駄遣いは大きな悪を為すための妨げとなります……それに、我が家では大切な贈り物ほど、自ら稼いだ金銭で贈ることを尊んでおりますわ……」
裁縫は、母によって徹底的に仕込まれている。
けれど今まで、アザーリエは家族や親しい方以外に贈り物自体をしたことがなく、刺繍以外のものとなると、落ちこぼれで役立たずな自分が稼ぐお金では、あまり良いものを買えなかった。
着る物を送ろうにも生地は高いし、装飾品など手が出ない。
贈られたものを換金しようにも、全て断っていたので。
ダインスは、その厳しいお顔立ちをぽかんと呆けさせた後。
頭痛を覚えたように、眉根に寄った皺を揉んだ。
「……アザーリエ」
「はい……」
「俺は本当に、君のことを誤解していたようだ」
考えの変遷はおかしいが、と口にしたダインスは、どこか柔らかな色を含んだ笑みを浮かべる。
「数日後に休日がある。共に出かけよう。……もちろん薪割りの賃金は支払うが、今後は危ないことはやめるように」
「……仰せのままに……」
ーーー危ないことをしないとなると、お金を稼ぐ手段が限られてしまいますぅ〜。
内心少ししょんぼりしながらも、アザーリエは旦那様の言葉にうなずいた。




