妖女を売った伯爵と、売られて怒る幼馴染み。
「ちょっと!! これはどういうこと!? ロンダリィズ伯!!」
バァン! とドアを破壊する勢いで執務室に入ってきた人物を見て、ロンダリィズ伯……アザーリエの父は軽く笑みを浮かべた。
「よう、ウィルじゃねーか。何の話だ?」
「何の話だじゃないよ!! アザーリエの話に決まってるでしょ!?」
ウィル……侯爵家のウィルダリアは、ツカツカツカ、と歩み寄り、立ち上がっていたグリムド・ロンダリィズとの間にある執務机に手のひらを叩きつける。
「アザーリエは、ボクと婚約するって言ったじゃん!! なのに何で、あのダインスのところに嫁いでるのさ!?」
彼女と幼馴染みであるウィルダリアは、長い金髪をうなじの辺りで纏めており、その可愛らしい顔を怒りに歪めていた。
メラメラと燃える青い瞳に、グリムドは鼻から息を吐く。
「まだそんな事言ってんのか。いい加減目を覚ませ」
「アザーリエは、ボクの求婚に『叶うのならば……』ってあの色気ムンムンの口調で応えてくれたんだよ!? 引き裂くなんて横暴だよーーーー!!!!」
本来、いかに年嵩とはいえ、侯爵家の子女に対して、伯爵家の者が不遜な口を利くことは軋轢を生む。
しかし、グリムドはウィルダリアの父親である侯爵と戦友とも呼べる仲であり、特別にそれを許されていた。
そもそも、グリムドはそのヘンテコな家訓とは関係なく、よほど礼儀礼節を求められる場でない限りは、誰に対してもこの態度なのだが。
「政略結婚だよ。あの役立たずがいつまで経っても決めた相手を作って落として来ねぇのが問題なんだろ。翻って、そりゃお前や王太子があいつを落とせなかったことの証左でもある」
「ぐ……っ!」
ウィルダリアは言葉を詰まらせた。
その王太子はといえば、先日、他の相手との婚約が秒読みだと聞いた。
目の前のウィルダリアも、そのはずなのだが。
グリムドは頑健であり、領主としても能力は高いが、戦士としての素養の方が高い。
皇国と王国は、ほんの十数年前まで戦争状態だった。
記録的な虫害で、皇国全体を賄うだけの食料が足りなくなり、輸入でも賄えなくなったことで、肥沃な土地を持つ王国を狙ったのだ。
王国側も、仲が良くなかった皇国の危機に際して輸出の関税や食物の値段を高くして足元を見ていたので、どっちもどっちではあるのだが。
その泥沼化しかけた戦争を収めたのが、グリムドと、ウィルダリアの父親だった。
元々武門で鳴らした皇国のレイフ公爵家のダインスと、彼らが戦場で見えて意気投合したのがきっかけだ。
成人を終えたばかりのダインスは、その戦争で『狂気の猛将』『血濡れた黒獅子』『暴虐の剣聖』『悪虐非道の武神』と数々の二つ名を、畏怖と共に王国皇国双方から与えられる活躍を見せていた。
彼の顔に傷を負わせたのが、当時から悪徳伯爵と呼ばれていたグリムド。
伯爵の胸元にも、ダインスから負わされた傷痕が残っていると言われている。
お互いに実力を認め合っていた彼らは、悪天候の中、運悪く崖の側で接敵してしまい、双方傷を負いながら転落。
助かるために一時休戦して力を合わせた彼らを救い出したのが、当時グリムドが所属していたウィルダリアの父である侯爵を筆頭とする、連合軍だった。
その最中に意気投合した若きダインスとグリムド、二人の見識を買ったウィルダリアの父が、双方の利益となる提案を纏め、お互いの軍を引かせて本国を説得、終戦となった。
『戦争するより、戦争を終わらせた方が金が儲かる匂いがする!!! 儲けるのは悪の花道ィ!!!』
グリムドはそう公言して憚らず、終戦後、レイフ公爵家の治める皇国地に自ら赴いた。
そうして、痩せた土地でも育つ作物の種を提供して現地指導したのだ。
同時に、戦前から調査させていた金鉱脈と鉄鉱脈を自領地内で発見し、採掘したものを王家に優先的に融通することで口うるさい貴族たちを黙らさせた。
ダインスや侯爵と共に、圧倒的商才と博識、金の力でもって、レイフ公爵領とロンダリィズ伯爵領を繋ぐ鉄道を敷く計画を強引に締結。
つい先日開通し、それに乗ってアザーリエが嫁いでしまった、という顛末だった。
ーーー悪虐非道の強欲伯爵は、その功績と悪名、未だ留まるところを知らず。
実際、権勢だけで見れば、いつ侯爵に叙されてもおかしくない男、それがグリムドである。
「あいつもあんだけ悪名を得てるのに、まるで悪の実績が利益に繋がらねぇ。待つだけ無駄だ。次の世代のお前らは無能の極み。だったら俺が知る中で、一番マトモなダインスに嫁がせるに決まってんだろ」
実際、王家の思惑やら皇国側の危機感やらが絡んでいることは、グリムドも把握していたが、正直どうでも良かった。
単にあの気の弱い愛娘を、時期が来たから一番信頼出来る相手に預けたくらいの意識だ。
色香に惑わされないにしても、ダインスの目なら早晩あの子の本質を見抜くだろうしな……という親心は、口の悪いグリムドから本人たちには伝わっていないが。
しかし、ぐぬぬぬ、と忿懣やるかたない、という様子を見せる、小柄で妖精のような姿をしているウィルダリアに、グリムドは髭の生えた日焼けした頬を撫でて、ニヤリと笑みを浮かべた。
ーーー面白いこと思いついた。
「そんなに不満なら、迎えに行ってもいいぞ」
「え!?」
「ダインスは堅物で情に厚い。皇国の不利益にも、俺の不利益にもならないように立ち回ってる。だから一応『白い結婚』だ。お互いに惚れ合わない限り、アザーリエにゃ手を出さねぇだろ」
皇国第一主義の男ではあるが、アザーリエの特性や、恩のあるグリムドの娘ということもあり、子どもを産ませて完全に人質として手元に置くことに、二の足を踏んだのだと思われる。
「その前に、連れ戻してみせろよ。本気で惚れてるなら、悪党らしく攫ってこい!!」
グリムドとしては、アザーリエを大事にするなら誰でもいい。
そして出来れば、家訓に叶う働き者で悪賢い奴の方がいい。
「いいの!?」
「おう、どうでもいいからな!」
パァ、と顔を輝かせるウィルダリアに、グリムドは頭をわしゃわしゃと撫でてから部屋を出ようとした。
「じゃーな! 頑張れよ!」
「って、どこ行くのさ!?」
「畑だよ! この辺りの小作人にゃ暇を出してボーナス出して、全員家族連れで王都に旅行に行かせたからな! その間の管理は俺の仕事だ!」
一応、現在は収穫を終えた時期だが、グリムドの言葉に、ウィルが絶句する。
「……えっと……馬車で一時間かかる敷地が、この屋敷の四方に広がってると思うんだけど……それを、全部、一人で……?」
「おう。なんか問題あるか? 俺が一番の悪党なんだから、俺が誰よりも一番働いて当然だろうが!! なぁ!?」
本来なら、戦時平時ともに英雄と称えられてもいい伝説の男……勲章を固辞して悪の道を邁進する怪物領主グリムドが声をかけると、気配もなくひっそりを控えていた家令が頭を下げる。
「おっしゃる通りにございます」
「ガッハッハ! ってわけだ! お前も親父さんが心配する前にさっさと帰れよ!!」
グリムドは、まだ顔を引き攣らせているウィルダリアを置いて、悠々と畑の見回りに繰り出した。
本国でアザーリエを諦めない人、登場。
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