妖女、愛を得る。
「ダインス様と結婚したいですぅ!!」
「嘘、即答!?」
アザーリエの言葉に、ウィルダリア様が驚愕の表情を浮かべたけれど、涙目になりながらも、アザーリエは父の教えを思い出していた。
『いいかアザーリエ、進むべき悪の道を決めたのなら! 捨てた道にいる相手に一切の希望は持たせるな! 完膚なきまでにその芽を叩き潰せ! それが慈悲だ!』
と。
ーーーお父様! わたくし、頑張りますぅ!!
だから勇気を振り絞って、拳を膝の上で握り締めて、アザーリエはウィルダリア様にハッキリと告げる。
「わ、わたくしは、ダインス様を、お、おし、お慕い申し上げて……おりますぅ! だから、に、苦手でも、公爵夫人として、恥ずかしくないように、頑張りますぅ! ウィルダリア様と、殿下の、お誘いを受けることは、金輪際! 絶対! 二度と! ……ないですぅ!!」
人に何かを命じるのと同じくらい。
人を拒絶するのは苦手なアザーリエだけれど。
相手を傷つけることが、苦手だけれど。
そうしてあげることが、殿下や、ウィルダリア様が、アザーリエを忘れて進む為に、必要なことなのなら。
ーーー悪の妖女として、ちゃんと、宣言しないといけないのですぅ!
ショックを受けて、じわりと涙目になるウィルダリア様から、アザーリエは目を逸らさなかった。
ちゃんと、言えた。
だから。
「……そっか」
ウィルダリア様は眉尻を下げると、痛々しいと感じる笑顔で、ぽつりと呟いた。
「アザーリエが、そんな風に可愛く話すの。家族といる時以外じゃ、初めて見た……そういう、ことなんだよね?」
「……はい」
ウィルダリア様の視線の先には、ダインス様がいた。
「なら、仕方ないね。アザーリエは、レイフ公爵のところに来て、幸せなんだ?」
「はい……ここに来てからずっと、とってもとっても、幸せですぅ!」
ウィルダリア様は、グッと唇を隠すように噛み締めると、目を閉じて、何度もうなずいた。
「分かった。それなら、ボクは諦めるよ。殿下も説得しておくから、心配しないで? 大丈夫、アザーリエがちゃんと好きな人を見つけて幸せにしてるって、ボロカスに心の芯を叩き折っておくから……」
「そっ……そこまでしなくても良いですけどぉ……」
「いや、しないとアイツはきっと、ここまで押しかけてくる。ボクみたいに」
ーーーそれは困りますぅ!
ウィルダリアはフッと暗い笑みを浮かべると、さらに言葉を重ねた。
「それに、この傷心を昇華する為には、ボクより傷ついて苦しんでる奴を見ないと気が済まない……」
「何だか物騒なことを呟いてますぅ!!」
殿下、強く生きて下さい……!
同情を禁じ得ないアザーリエの肩を、そっと抱いて、ダインス様がウィルダリア様に問いかける。
「しかし、貴女はそれで良いのか? 王太子殿下と婚約を結んでしまったのなら、そう簡単には解消できないだろう? アザーリエを得られぬまま、婚姻関係を続けられるのか?」
彼の心配は、もっともだった。
ハッとするアザーリエに、ウィルダリア様はあっさり手を振る。
「ああ、それに関しては、元々ボクが殿下の筆頭候補だったし問題ないよ。愛がなくても世継ぎを作る覚悟はお互いしてるし、幼馴染みだしね……」
「同性が好きなら、辛いのでは?」
「……レイフ卿。あまり、ボクをナメないでくれる?」
泣きそうな赤い目で、しかし涙は流さなかったウィルダリア様は、ダインス様を睨みつける。
「ボクは同性愛者ってわけじゃない。ーーーアザーリエだから、好きになったんだ」
それ以外なら誰でも一緒だよ、と彼女が口にすると。
「……申し訳ない。そういう事ならば、今のは失言だった」
「ウィルダリア様……」
一人の人間として、好きになった相手がたまたま同性のアザーリエだったと。
ウィルダリア様にそれほど深い想いを抱かれていたことに対して、微笑みで応える。
「ありがとうございます、ウィルダリア様。そして、ごめんなさい……」
「謝らないで。優しくされると、諦められなくなっちゃうから」
「……はい」
ウィルダリア様は、少しだけ目を伏せてから、チラッとアザーリエを見る。
「贈り物は、婚約祝いってことで、受け取って欲しい。殿下からのものもあるしね。アザーリエに似合うと思って、選んだから」
「わ、分かりましたぁ……」
お値段を考えると凄く怖いけれど、ゴクリと唾を飲んで、承諾する。
「初めて贈り物を受け取ってくれたのが、お別れの時かぁ……仕方ないけど……レイフ卿、アザーリエを不幸にしたら、すぐに連れて帰るからね!」
「肝に銘じておこう。必ず幸せにすると」
ウィルダリア様は、ダインス様の言葉に笑顔を向けて、帰る、と背を向けた。
「好きな人が別の男とイチャイチャしてるのを見る趣味はないからね! お幸せに! 見送りはいらないよ!」
そう言って、帰って行った。
「……嵐のような女性だったな」
「強い人ですぅ。可愛らしいので、わたくしの憧れでもありました……」
自由奔放でハッキリとモノを言い、アザーリエとは真逆の容姿を持つ、可愛いものが似合う彼女。
「あんな人に、なりたかったですぅ」
「きっと、君のようになりたい女性も多いと思うがな」
そう言われて、アザーリエはキョトンとした。
「君も十分に可愛らしい。その内面に気づけて、君に好いて貰えた俺は、幸運な男だ」
ダインス様は、そっと床に膝をつくと、アザーリエの手を取る。
そして手の甲に口付けて、ジッと、その黒く鋭い目でアザーリエを見上げた。
厳しくて、傷があって、でも整っていて男らしい顔で。
「アザーリエ。遅くなってしまったが。……どうか、俺と生涯を共にしてくれないだろうか?」
そのプロポーズを受けて。
アザーリエは、頬を染めながら、コクリとうなずいた。
「はい……喜んで。ダインス様ぁ……!」
はしたないだろうか、と思いながら。
アザーリエは、跪いたままのダインス様の胸に、飛び込んだ。
※※※
その後。
お披露目されたアザーリエ・レイフ公爵夫人は、至高の妖女の名をほしいままにしたが、生涯に渡って夫だけを献身的に支え、愛したという。
また夫ダインス・レイフ公爵もまた、妻を大切にし、その話に真摯に耳を傾けた。
後の世において、望むままに悪を成した彼女は、仕える者達をよく遇し、やがて民意を得て法律を定める為に尽力したとして、こう称えられる。
ーーー〝労働環境改善の慈母〟と。