妖女、選択を迫られる。
あの後。
公爵邸に戻ったアザーリエは、あまりにもピリついた部屋の空気に縮こまっていた。
なんとウィルダリア様はアザーリエに訪問するつもりで使いを出した後、あの店に『アザーリエへの貢ぎ物を増やしに』来ていたらしい。
ーーー変わってないですぅ〜……。
王太子殿下もだけれど、事あるごとにアザーリエに高価極まる贈り物を用意しては突撃して来て『またフラれたぁ〜!』と大騒ぎしてくれていた。
そのせいで社交界で余計に噂になって居た堪れなくなっていたのだけれど、本人に全く悪気がないのでとても困っていた一人で。
今はニコニコと紅茶を飲んでおられるけれど、そんなウィルダリア様に対する横からの威圧感が凄い。
ーーーこれはきっと、殺気ですぅ〜……。
チラリと見れば、ただでさえ厳しい顔をさらに引き締めて、ダインス様が射殺すようにウィルダリア様を睨んでいる。
この空気をどうにかしようと、アザーリエが口を開こうとしたところで。
「……それで貴殿は、どのようなご用件でこちらに?」
ダインス様が地獄の底から響くような声音で、ウィルダリア様に問いかけると。
「アザーリエを連れ戻しに来たんだ」
と、まるで当たり前のように告げた。
※※※
ダインスは、とんでもなくヘソを曲げていた。
せっかくの初めてのアザーリエとのデートの最後に、ぶち壊すように現れた小柄な男。
聞けば、まるで少女のように幼く整った顔立ちをしているが、なんとアザーリエと同い年らしい。
長い金の髪を後ろで一つに結んでおり、華奢な体を向こうの国の男性用礼服に包んでいる。
ドレスを買いに来た、と告げたところ、いつもの人見知りでおどおどとした……そういう態度になればなるほど色気が増していく自分に彼女は気づいていないのだが……態度で接するアザーリエの手を強引に取って店の中に入り、ドレスや装飾品選びに口を挟んできた。
さらに、とてつもなく悔しいことに、そうした素養がないダインスや、初対面の人間に口を開けないアザーリエよりも余程、彼女に似合うものを選んだり提案したりするセンスがあった。
お陰で、社交の場に連れ出しても全く問題ない物を取り揃えることが出来たが、感謝しつつもぶち殺したいほどに憎い。
ーーーしかも顔が整っている。
自分が強面である自覚があるダインスは、明らかにその点でウィルダリアに劣っていることを感じていた。
ーーー軟弱だが、もしかしたらアザーリエの好みの男なのでは?
そんな複雑な心境で、一応ウィルダリアを屋敷に迎え入れた。
向こうの公爵家の者を、無下には出来ない。
するとウィルダリアは、連れていた馬車から様々な宝飾品を勝手に荷下ろしして……ダインスはそれらの一目で分かるほどの素晴らしさと、おそらく掛かっただろう金額に目を剥いた。
よほどアザーリエにご執心らしいと気づいて問いかけると、あっさり連れ戻すなどという。
「……アザーリエは、もう俺と婚約を結んでいる。お引き取り願おう」
軋らせるように噛み合わせた奥歯の隙間から言葉を漏らすと、こちらの視線に全く堪えた様子を見せずに、ウィルダリアは首を傾げる。
「おじ様は、連れ戻せるなら連れ戻して良いって言ったからね」
「……ほう」
アザーリエの父の、傲岸で野生的な顔を思い浮かべながら、脳内でブチのめす。
するとそこで、アザーリエが慌てたように口を開いた。
「あの……ダインス様……?」
「何だ?」
流石にダインスも、アザーリエに当たるほど理性は失っていない。
彼女には怒っていないことを示す為に、慣れない微笑みを浮かべてみせると、恐縮して色気MAXのアザーリエが、どこかホッとしたように気を抜いた。
「あのですね、ちょっとだけ、誤解があると思うんですけれど……」
「どのような?」
申し訳なさそうに、アザーリエが次に告げた言葉に、ダインスは珍しく頭が真っ白になった。
「ウィルダリア様は、公爵令嬢にあらせられますぅ〜……」
「……………………………は?」
あまりにも予想外の暴露に、ダインスはポカンと口を開けた。
※※※
「なん……はぁ!?」
ダインス様の見たことがないような驚きように、アザーリエはますます肩をすくめた。
そう、彼女は、幼い頃からアザーリエを口説いている『女性』だった。
「何!? 女だったらアザーリエを口説いちゃいけないの!?」
「そ、そんなことは言っておりませんけれど……」
キッ、とダインス様を睨みつけるウィルダリア様に、アザーリエは小さくつぶやいた。
アザーリエにそういう趣味はない。
けれど、否定するつもりはない。
否定するつもりはないけれど。
男性は、苦手意識があるので知り合いが少ないのも当然だった。
しかし女性にも遠巻きにされていたのは、やっかみが半分、ウィルダリア様がアザーリエが現れるたびに突撃して求愛するのにドン引きしていたのが半分だった。
「……なぜ、ご令嬢はアザーリエを……?」
正気に戻ったダインス様の問いかけに、憤然と立ち上がったウィルダリア様は熱弁した。
「何故って、こんなにも色気ムンムンでステキな人に、求愛しないほうがおかしいでしょう!? ボクは気づいたんだ、ああ、ボクは女王アザーリエの奴隷になるために生まれてきたんだって! なのにアザーリエは、どんな贈り物も受け取ってくれないし、カッコいい人が好きなのかと思って男装しても受け入れてくれなかった! あげくの果てに、おじ様はボクたちがモタモタしてるから隣国に売ったなんて言うし! お金で買われたならひどい扱いを受けてるだろうから、買い戻してボクがちゃんと愛そうと思ってるんだ!」
とんでもない長台詞を息継ぎもなしに、ウィルダリア様は言い切る。
ーーー公爵家のご令嬢を奴隷だなんて、無理ですぅ〜!!
何だか知らないけれど、まるで信仰するようにアザーリエに執心する彼女。
決して嫌いではないけれど。
お友達以上に思えないのも事実で。
「……だが、アザーリエが君を受け入れたとしても、貴女では婚姻は出来んだろう?」
少なくとも、女性同士の婚姻自体は現状、隣国でもこちらの国でも認められていない。
「アザーリエがボクを受け入れてくれたら、法律を変えるから良いよ! 殿下もそれは承諾してて、その為に殿下とボクで婚約もしたんだ!」
そう告げたウィルダリアは、さらにとんでもない事を言い始める。
「ボクと殿下が結婚したら、殿下の側妃にアザーリエを迎えて、口説けた方がアザーリエと一緒に後宮で過ごすって協定を結んだんだよ! 選ばれなかった方はスッパリ諦めるってね! ボクは一応王太子妃教育を受けてるし、側妃ならアザーリエが苦手な人前に出るのも最小で済むから!」
なのに、アザーリエはその協定が成立した後に隣国に行っちゃって、と肩を落とすウィルダリア。
とんでもなく話が大きくなっていて、冷や汗と共に涙が滲んできた。
ーーー何でそんなことになってるんですかぁ、殿下ぁ〜!!!
ウィルダリアも殿下も、その行動力を他に向けてほしい。
それを切に願いながら、アザーリエがダインス様を見上げると。
彼は難しい顔をしながらも、キッパリと告げる。
「アザーリエは、物ではない。俺は今、しっかり彼女を愛している」
「だ、ダインス様ぁ〜……!!」
恥ずかしくも嬉しい言葉に、アザーリエが口に手を当てると、ダインス様はさらに続けた。
「だから、どうするかはアザーリエが決めることだ。ここに残るか、婚約解消してご令嬢の要望を受け入れるか。……アザーリエ、君はどうしたい?」
というわけで、ウィルダリア公爵令嬢でした! 王太子殿下は出てきませんが、まぁ同じような性格です。
さぁ、アザーリエの選択やいかに……まぁ、うん。
分かり切ってるじゃん、と思われた方は、ブックマークやいいね、↓の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価等、どうぞよろしくお願いいたします。