ポリアフの雪
この短編は、少し前に私が自身のブログに乗せたものです。まだ未熟な文章ですが、楽しんでいただけたらと思います。
おばあちゃんはたまに、昔くらしていた場所の話をする。
日本のアオモリという場所で冬になるととても寒い場所なのだそうだ。
ぼくには、日本の寒さというのはわからない。
ぼくは生まれてからずっとこのハワイのビッグアイランドで育ってきたのだから。
おばあちゃんは1月とか2月になると、たまに懐かしそうに空を見ながら、
「ああ、日本の雪が懐かしいねぇ」
とつぶやく。
けれど雪が降るということはずいぶん寒いのだろう。
寒いとジャケットもたくさん着込まなくてはいけないし、寒くて外に出られないから不便じゃないかと、ぼくは思うんだ。
「そうじゃないんだよ。雪は確かに冷たいし、たくさんふると危険だよ。
けれど細かい雪の降り始めはきらきらしていてね、風にのってふんわり空からおりてくるんだ。それはまるで妖精みたいなんだよ。雪が降り積もった夜、まんまるのお月様が出ていれば、その光を雪が反射してそれがまたきれいなんだ。」
おばあちゃんはいつもそんなふうに、夢見るような口ぶりでそう話すんだ。
でもぼくにはよくわからない。
雪ってそんなにきれいなのかな。
ぼくは雪が見てみたくなった。
それに、あさってはおばあちゃんのお誕生日だ。
だったら雪を探してもってきてあげよう。
「ねぇ、ママ、ハワイで雪が見つかるのはどこ?」
その日の午後、ぼくはキッチンで昼ごはんを用意しているママに尋ねた。
「そうねぇ。雪は見つからないと思うわよ。ハワイはずっと暖かいもの。」
ママは鍋に野菜をいれながらそうつぶやいた。
そのとき、
「雪ならこの島にだってあるさ。」
と、パパが窓から顔を出す。
「ほら、みてごらん。」
そうやってパパが指差した先には、マウナ・ケアという大きな山がそびえたっている。
「あの山のてっぺんには雪があるんだよ。」
ぼくは、窓のそばにちかよってその山を見た。
山のてっぺんは雲におおわれていて良く見えない。
「だめよ、子供はあんなところまでのぼれないのだから!」
ママが振り返ってそう言う。
「そうだな、ホク、おまえがもう少し大人になったらつれていってやろう。
あの山は高すぎて、酸素も薄いし、のぼるのは大変な道のりなんだ。」
と、パパが言う。
けれどぼくは納得がいかなかった。
だっておばあちゃんは雪を見たがっているんだもの。
ぼくだって雪が見てみたいのだもの。
次の日の朝、まだみんなが寝静まっているころ、ぼくはバックパックにつめこめるだけのお菓子をつめこんだ。
「ぜったいに雪をみつけるんだ。」
ぼくはそう決意をして、玄関のドアをそーっとあけると、外に出た。
住宅街は人の気配がない。
少し薄暗くて怖かったけれど、そんなことはどうってことないんだ。
目指すのはマウナケア。
ぜったいにてっぺんの雪を見つけるんだ。
ぼくが歩き始めてから少しすると、太陽の光がてらしだし、空が明るくなってきた。
住宅街はとっくにぬけ、今は海岸と森の間をはしる道路をぼくは歩いている。
まだ朝早くで車は少ない。
鳥の鳴き声と、波の音がする。
すこし寒くて、ぼくはパーカーを上からはおった。
方向はあっているか不安になって、もう一度山を見ようとあたりを見渡す。
けれど山が見えない。
そばの森が深すぎて遠くが見渡せないんだ。
困りきったぼくは、道路をおりて、黒い海岸の岩に腰を下ろして休憩をすることにした。
この島の海岸は黒い。
なぜならこの島には火山があるからだと、パパがいっていた。
そしてその火山はまだ生きているんだ。
もくもくと煙を上げながら、溶岩を海に降り注いでいる。
「けれど、ぼくが見たいのは、溶岩じゃないんだ。雪なんだ。」
ぼくは困りきってため息をついた。
そのとき、ぼくの目の前に大きな黒い石が動きだしてむかってくる。
ぼくは驚いて立ち上がった。
するとその大きな石の下からゆっくりと手足が伸び、頭がでてきた。
ホヌ・・亀だ。
「ぼうや、こんなに朝早くにどうしたんだい?」
朝の光に甲羅を黒くピカピカさせながら、その亀は突然しゃべりだした。
ぼくは驚いた。
「驚かなくてもいいんだよ。わたしホヌ、海の守り神だ。海岸で、一人ぼっちで困り果てているぼうやをほおっておけるはずがなかろう。」
ホヌは顔を上にあげた。
「なにか困っているのか、少年よ。」
ぼくはホヌに向かって話しかけた。
「ぼくの名前はホクです。実はぼくのおばあちゃんが雪を見たがっているんです。
パパが昨日、雪はマウナケアにあるといっていたんで、そこに行きたいのだけれども、どうやったらそこにたどりつけるかわかりません。そこを目指してきたはずなのに、今はもうどこにその山があるのかわかりません。」
ぼくは泣きそうになった。
さびしかったし、足はとっても痛いし、バックパックが重くてしかたない。
「勇気あるホクよ、この道をたどると、雪のマウナケアではなくキラウエアの火山に出てしまう。けれどおまえの足ではマウナケアにたどりつくのは難しいだろう。
おまけにとても高い場所にあるのだぞ。」
ぼくはすこし怖くなった。
けれどおばあちゃんの顔を思い出す。
「でも、ぼくはどうしても雪を持ち帰らなくてはいけないんです。」
ホクは頭をひねった。
「持ち帰るのは難しいだろう。ポリアフに相談すればもしくは・・。」
そのとき、大きな車がそばで止まる音がした。
ホヌはすぐに顔を引っ込めてしまい、それ以上言葉をしゃべらなかった。
「ホヌ、助けてください、お願いします!」
ぼくが話しかけても、ホヌは答えてくれなかった。
すると、その海岸にとまった車から大きな男の人が降りてくる。
ぼくの声を聞いて、驚いたような顔をしてこちらにむかってきた。
「こらこらぼうや、だめじゃないか。神聖なホヌにそんなに近づいてはいけないよ。」
その人はそう言った。
「でも、このホヌはぼくにしゃべりかけたんです。」
「ほう。ホヌが君に?」
「そうです。ぼくは、おばあちゃんのために、マウナケアにどうしてもいかなくてはいけないんです。」
ぼくが事情を話すと、男の人は考え込んでいるようだった。
そして、
「いいだろう。ホヌが君に話をしたくらいだ、ふもとまでならつれていってやろう。
けれどね、ぼうや、子供はあの山には登れないんだ。あまりに高すぎるし、空気が薄いからね。」
と言った。
ぼくは残念に思った。
けれど、ふもとまでいけるのなら、そのあとは自力で登ってやろうと思うのだ。
「それから、ぼうやはパパとママにちゃんと断って家を出てきたのかね?」
ぼくは、うつむいて首を振った。
「それはいけないね。ちゃんとつたえなくてはだめだよ。ふもとまでいって、満足したら、おじさんが家までおくってあげる。だからとりあえず、家に電話をしなさい。」
ぼくは言われたとおりに、おじさんに渡された携帯電話から家に電話をした。
パパとママは最初ものすごく怒っていたけれど、すぐにぼくが無事だとしって、喜んでいた。
そして今日はおばあちゃんの誕生日パーティーだから、早くかえっておいでといった。
そのあと、おじさんが事情を話してくれて、やっと二人とも安心したようだった。
おじさんの大きな車に乗って、いよいよぼくはマウナケアへと出発した。
おじさんは今日は休みの日で朝から海岸を散歩しに来たそうだ。
それ以外の日は、この島のツアーガイドをしているようだった。
だからこの島の植物や火山についていろんなことを教えてくれた。
車が走り出してだいぶたったころ、道は広い土地のまんまん中をはしる一本だけになった。
それまでは海岸ぞいをはしったり、山を登ったりしていたから海がみえたけれど、今はまったく見えない。
見えるのは広大な土地と、うっすらと見える森。
そう思うと、すぐに道は真っ黒な大地に差し掛かる。
溶岩が固まってできた土地だ。
「こんなところまで溶岩がきていたんだね。」
ぼくはおじさんに話しかけた。
「キラウエアの女神様はとっても強い神様だからね。昔、マウナケアの雪の女神様とケンカだってしたことがあるくらいなんだ。」
と、おじさんは答えてくれた。
車はどんどん先にすすんでいく。
おじさんがいうにはもう山にさしかかっているというのだ。
あたりは本当に静かで、何もきこえない。
風がびゅんびゅんふいている。
それにすこし寒い。
ぼくらは道のわきにそれ、そこにあった駐車場に車を止めた。
「ほら、あの上を見てごらん。」
おじさんがそういうと、ぼくはおじさんの指出した方向を見る。
目の前に立ちはだかっている山のずっとずっと上のほうだ。
一瞬、雲の切れ間に、赤い色の山頂とキラリと光るものがみえる。
「あれはなに?」
ぼくは尋ねた。
「あれは、天文台だよ。山の上だからね、星がよくみえるんだ。上はね、緑がないだろう。寒くて、植物も育たないんだ。」
おじさんはそういうと、そばの石にどっかり腰を下ろした。
どうやら、おじさんが連れて行ってくれるのは、ここまでみたいだ。
「ここからも車で登るんだが、おまえさんには早すぎる。
もう少し大きくなったらパパに頼むんだな。」
おじさんはそういった。
けれどぼくは納得ができないんだ。
だってやっとこのマウナケアにきたんだ。
あとはあそこまでのぼるだけじゃないか。
ぼくは休憩しているおじさんを横目に山の斜面にむかって走り出した。
ぼくはしっているんだ、昔の人はあの場所まで歩いてのぼったんだ。
ぼくにだってできるはずだ。
おじさんがそれに気づいて、ぼくのほうに走り出す。
それに追いつかれないように山のほうにぼくは走った。
道はなかったけれど、このままはしって坂を上れば、山に登れるはずだ。
しかし、そのとき、ものすごい勢いで風がふいた。
風にとばされたぼくはしりもちをついてしまった。
とつぜん風にとばされて、目をとじてしまっていたぼくが目をあけると、そこは真っ白い大地だった。
「少年よ、あなたはまだ山にはいるには早すぎます。」
その大地に、女の人の声が響き渡った。
「あなたはだれですか?」
ぼくがそうたずねる。
けれどその声はその白い大地にすいこまれていくようだった。
「わたしの名前はポリアフ、マウナケアの頂上に住む、雪の女神。
あなたはなんのために山に登ろうとするのです?この山はあなたの足ではそう簡単に登ることはできません。のぼったとしても、息が続かなくなり、苦しむでしょう。家に帰りなさい。」
ぼくはおどろいてあたりを見渡す。
けれどその人の姿はどこにもない。
「ちょっとまってください!ぼくはどうしても雪がみたかったんです。
その雪を持ち帰って、おばあちゃんに見せてあげたかったんです。」
ぼくがそういうと、空からなにか冷たいものがふってくる。
真っ白な粉のようなものだ。
手をだすと、ひらひらとそこに舞い落ちる。
けれどすぐにその白さも形もきえてしまう。
「これが・・雪?」
「そうですよ、ホク。勇気ある少年。心やさしい少年。」
「どうしてぼくの名前をしっているんですか?」
ぼくはその声にたずねた。
「海の守り神のホヌが教えてくれました。あなたのことと、あなたのおばあさんのことを。」
ぼくはとても嬉しかった。
こんなふうに魔法をつかって雪を見せてくれる女神だったら、もしかしておばあちゃんにも雪をはこんでくれるかもしれなかった。
「けれど、ホク、学ばなければなりません。雪も、植物も、人も、すべてにおいて、あるべき場所というものがあります。雪のふる寒い場所にレフアの花が育たぬように、暖かい場所に雪はふらせることはできないのです。そしてマウナケアの山頂はわたしの居場所。この寒さも、この雪も、この赤い土も、雲も、冷たい空気も、わたしの持ち物であり、わたし自身なのです。暖かい大地に雪を降らせるというのは、わたしが山を下りなければならないということ。そうなれば、この島から煮えたぎる溶岩は消え、暖かい場所でしか育たぬ植物も死に絶えてしまう。反対に、火山の女神ペレがこの山にやってくれば、雪も消え、空気は冷たくなくなってしまう。お互いがお互いの場所を守り、ともにバランスの上で暮らしているからこそ、今のこの島があり、あなたがあり、すべての生物、植物があるのです。」
ポリアフはやさしい声でぼくにそう言った。
ぼくには難しい話だけども、ぼくはなんとなく理解ができた。
「そして、ホク、勇気ある心優しい少年、あなたはあなたのいるべき場所にお帰りなさい。おばあさまが待っていますよ。」
ポリアフがそう言うと、また冷たい空気がぼくの顔にあたる。
ぼくは目をとじた。
今度は、目をあけると青い空が見えた。
山頂の赤い土とキラリと光る天文台が上のほうに見える。
「頭を打ったみたいだね。あんな突風が吹くのは珍しいことだ。きっと、おまえさんが山に入ろうとしたから女神がとめたんだろう。」
おじさんがそういって、ぼくを抱き起こした。
「ぼく、ポリアフにあったんだ。」
ぼくがそういうと、おじさんはとても驚いたようだったけれど、すぐににっこりと笑って、そうかいと答えた。
「ねぇ、おじさん、ぼく、家に帰るよ。ぼくの居るべき場所に。」
ぼくが家につくころには、あたりはすっかり薄暗くなっていた。
真っ暗ではないのは、たぶん今日が満月だからだろう。
月は明るくて、きれいだった。
家についたとき、パパもママもぼくにすごく怒ったんだ。
それとおじさんにものすごく感謝していた。
家に入ると、従兄弟たちや、おじいちゃん、おばあちゃんもいて、みんな安心したようにぼくを抱きしめた。
ぼくはみんなと一緒におばあちゃんの誕生日を祝った。
それから、夜遅く、みんなが家に帰るころ、ぼくは窓際から月とマウナケアを見た。
そしてポリアフのことを考えた。
今日のお礼をいいたかったんだ。
すると、おばあちゃんがぼくの隣にたち、ぼくの肩に、手をおいた。
「ホク、あなたはおばあちゃんの自慢の孫だよ。心優しくて、とっても勇敢な子。すこしいたずらっこだけどね。」
そしておばあちゃんが笑った。
そのとき、窓の外から冷たい空気がぼくの顔にあたる。
マウナケアのふもとで吹いていた空気と同じつめたさだ。
「おや、今日は冷えるね。」
おばあちゃんがそう言った。
すると、ぱらぱらと空から小雨が降りだす。
「不思議だね、雲もなにもないのに。」
その小雨は青白いお月様の光に反射してキラキラと光っておちてくる。
一瞬、また強い風がふいたかとおもうと、今度は庭のプルメリアの花びらが一斉に空中にひらひらと舞いおちた。
雨とプルメリアの白い花びらがぼくとおばあちゃんの目の前を横切っていく。
それはすごくきれいだった。
「これは、ハワイの雪だね。」
ぼくは隣にたっているおばあちゃんに言った。
おばあちゃんは嬉しそうな顔でうなづいて、その景色をうっとりと見ている。
「すばらしい誕生日プレゼントだよ、ホク。アオモリの雪よりも、だんぜんきれいだ。」
おばあちゃんが窓の外に手を差し出す。
その手のひらに、一枚のプルメリアの花びらがおちた。
けれどこの花びらは雪のようにきえてしまわない。
おばあちゃんはその花びらをだきしめるように両手で包み込んだ。
「おばあちゃん、ハッピーバースディ。」
ぼくはそういって、おばあちゃんににっこり笑った。
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