表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

冒険者の日常

作者: 日野あべし

冒険者と言えば、子供からするとどうやらキラキラしたものらしい。

ダンジョンの奥地まで行き財宝を見つけ出すとか、北の山奥にいるドラゴンと戦い討伐するとか、世界各地に足を運び冒険するとか、そういうことをする職業だと。

町にいる子供たちから話を聞くと、そういうイメージを持ってキラキラした目で話す子が大多数だ。


「また薬草採りか…。」

酒場にある掲示板の前で小さく溜息をついた。子供達が目をキラキラさせるようなクエストなどそうそうあるものではなく、大体が薬草採りとか害獣狩りとかそんなもんなのである。

薬草の群生地は町付近の森を抜けた丘にある。確かに一般の町民が森を通り抜けるのは少々大変だが、行こうと思えば行けなくはない。

ただ町民それぞれにそれぞれの生活があるので、こういったある種の雑用が我々冒険者に回ってくるのである。


昔は魔王の軍勢が勢力を伸ばして、そこら中の町や村でモンスター討伐の依頼が溢れていた時代もあったらしいが、勇者の活躍により魔王とこの国の国王の間で和平が結ばれてからはモンスター討伐の依頼などほぼない。

「ドグのおじちゃんこんにちはー!」

「はーい、こんにちは。」

キャーというような声で、角が生えた魔族と人間のハーフの子供が酒場を走り抜けていく。それぐらい平和なのである。

「転ばないようになー。」

「はーい!」

と言いながらこけた。ぎゃんぎゃん泣き始めたので酒場のウェイトレスがあらあらと言いながらあやしている。

(今日も平和だな…。)

そんなことを思いながら受注の手続きをしに酒場のカウンターに向かった。


家に戻ると早速支度を始めた。そんなおつかいのようなクエストなのに支度など、と言われることもあるが、仕事は仕事であるし、しっかり支度をして臨まなければ痛い目を見ることもある。

「おーい!ドグ!いるかー!」

ドンドンとうるさいノックがされた。この粗暴なノックと声は同じくこの町で冒険者をしているミリアだ。

「そんなデカい声出さなくても聞こえているよ。」

ドアを開けると金髪碧眼の美しいエルフが!というわけではなく、茶色の髪に褐色の肌が健康的な女性が立っていた。

「うむ!そうか!すまんな!」

ガハハと笑うのがよく似合う、勝気な女性だ。

「で?なにか用か?俺はこれからクエストにいかなきゃならんのだが。」

「そのクエスト!私も同行しようと思ってな!」

ほれといってクエスト受領書を見せてくれた。

「クエストに同行するには受領主の許可が必要なはずなんだが…。」

「受付のヤンに言ったらドグなら問題ないとのことだ!」

「あの野郎…。」

クエストに他の冒険者が参加する際は最初にクエストを受領した冒険者の許可が必要なのだ。その際の手続きも色々あったはずなのだが、端折られたらしい。

クエストは参加者が増えたとしても勿論報酬が増えるわけもなく、均等に分割される。正直、報酬が減るのは痛手だ。

「冒険者同士、持ちつ持たれつだろう?」

ミリアが意地の悪い笑顔で笑いかけた。こういう時はもうあきらめるしかない。

それに実際クエストの少ない時は、冒険者同士で融通しあうのが冒険者の常だ。

「わかったよ。」

「うむ!ドグならそういってくれると思っていたぞ!」

ミリアがまたガハハと笑った。これは道中騒がしくなりそうだ。


ミリアも支度は済んでいたようで、そのまますぐに出発することになった。

日差しが気持ちいい穏やかな陽気で、クエストを受領していなければ昼寝をするのに丁度良かったかもしれない。

「いーい天気だな!ピクニックにでも出てる気分だな!」

「冒険者としてあるまじき発言だな。」

「まぁそう気張らずとも良いではないか!あんまり気張っていると将来毛が薄くなるぞ?」

「お前も足元すくわれるなよ。」

「心配いらん!」

ミリアはガハハと笑った。

勿論本気では心配していない。ミリアもこの道10年になるベテランの冒険者だ。冒険者の心得など熟知しているだろう。

森には人が通る道がある。モンスターの出現情報もとんと聞かないほど、この辺りは安全だが。

ガサッ

と藪の中で何かが動いた。

「ミリア。」

「あぁ、わかっている。」

ミリアは背中に背負っていた弓を構え、弓に矢をつがえた。俺も腰に差していた短剣を構えた。向こうもこちらの気配を察したらしく、こちらの様子をうかがっているようだった。

一瞬の静寂ののち、藪から何かが飛び出してきた。

「猪か…。」

猪はそのまま我々の横を通り過ぎて行った。

「狩っていたら、猪鍋が食えたんだがなぁ。」

「そんなに大きな猪でもなかったし、狩っても大した量にはならなかったんじゃないか。」

ミリアは猪肉が大好きだ。今の町に来たのも、収穫祭の時にはきまって猪肉が振舞われるから、という噂も流れたほどだ。


その後は特に何事もなく、目的の薬草の群生地である丘についた。

「俺はこっちの方で採るから、あっちの方頼む。勿論離れすぎないようにな。」

「ガハハ!言わなくてもわかっているわ!」

早速手分けして、採取を始めた。薬草を取る時は根っこから取ってはいけない。根っこを残しておけば、また生えてくるからだ。

冒険者や町の住人からすると、普通の野草と薬草の違いは一目瞭然だが知らない者には見分けがつきづらいらしい。地域によってはそのせいか、薬草採りのクエストの報酬が高額になる場合もあるそうだ。

片や俺たちの住む町は、住人も見分けがつき、尚且つすぐそばに群生地があるため、大した報酬にはならない。

「そういえばドグよ。」

「なんだ。」

「お前はこの町を出ようとは思わないのか?」

不意に聞かれた為か、はたまた別の理由か一瞬答えが出てこなかった。

「…思わないな。」

「そうか。」

ミリアの顔は見えなかったのでどういう表情を浮かべているのかはわからなかったが、声から察するに少し安心しているような印象を受けた。

薬草の群生地と言っても、むやみやたらに採っていいわけではない。必要な分だけ採り、引き上げる。


帰りの道中、森を抜け町に行商に来ていた馬車と出くわしたため、護衛もかねて馬車に乗せてくれることになった。しかも報酬のおまけ付きと気前がいい商人だった。

馬車に乗せてくれたおかげで夕方には時間には町に着くことが出来た。

「ドグのおじちゃん!ミリアのおねえちゃんおかえりー!」

先ほど酒場で見かけたハーフの子が駆け寄ってきて、ミリアに抱き着いた。

「ただいまマリ!いい子にしていたか!」

「うん!今日はセリカ先生のところで算数教えてもらったんだ!」

「おぉ!マリがまた賢くなってしまったな!私よりも賢くなったんじゃないか!」

ガハハと笑いながらミリアはマリを肩車していた。

そのまま三人で酒場のカウンターまで行き、依頼品を納品し報酬を貰った。

酒場を出る際、町の住人達に声をかけられた。クエストへの礼であったり、料理のおすそ分けであったり、旦那への愚痴を聞かされたりした。気づけば日が沈みかけていた。

マリはまだ話したかったようだが、あんまり遅くなるとお母さんに怒られると言って家に帰っていった。


「なぁドグよ!何なら今晩飲まないか!」

一瞬考えたが、特にこの後予定分けがあるわけではない。

「そうだな。飲むか。」

「よっしゃぁ!ドグの奢りじゃー!」

「ちょっと待て。」

ミリアも俺も、一旦おすそ分けを家に置いたり、装備を外したりするため一度家に帰った。

酒場に戻るとまだミリアは戻ってきていないようだった。

仕方がないので先に席に座って飲み始めた。どうやら先ほど馬車に乗せてくれた商人が商いに来ていたのは遠方で作る果実酒だったそうだ。早速その酒を注文し、つまみは揚げた芋と猪肉の干し肉にした。果実酒はなかなかうまかった。

酒を飲んでいると、徐々に酒場に人が増えてきた。

「ようドグ!今日は随分と羽振りがいいな!」

「ドグじゃねぇか!今日はミリアはいないのか!」

酒場にいると、いろいろな人が声をかけられ、酒場には活気が満ち溢れてきた。

「またせたな!ドグ!」

ふと振り返ると、ミリアが来たようだった。

「…どうしたんだそれ。」

「私もたまには着飾ってみようとな!」

ガハハと笑うミリアは体のラインが出るワンピースを着ていた。服の裾には緻密な刺繍がされていて、その刺繍がまた美しい。また、耳にはこの町の工芸品である木製の小さなイアリングをしていて、髪は綺麗にまとめてあり、それを同じく木製のピンでとめていた。

普段なら絶対にしないその服装を見て、一瞬別人かと思ってしまった。

「あまりの美しさに言葉も出んか?」

「馬子にも衣装って本当だったんだな。」

一発頭をドつかれた。

「おっ!いかすじゃねぇかミリア!」

「ヒュー!綺麗だぜミリアー!」

酒場も着飾った女性の登場で一段と盛り上がった。

ミリアは席に座ると果実酒を注文した。そこからは冒険者になりたての頃の話であったり、あちらこちらのよもやま話やくだらない話で盛り上がった。

そうして一日が終わっていく。冒険者の一日は、財宝も、ドラゴンも、冒険もなく、こうしたなんて事の無い一日なのである。

ただ俺はそういう日常が嫌いではなく、むしろ少し幸せすら感じている。

冒険者はキラキラしたものではないが、悪いものでもない。そう思うのである。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ