212「戦争の常識(1)」
オレの質問にシズさんが、オレの方の片眉を上げる。
人の世界で国に属していたのだから、この世界の戦争の常識も色々知ってそうだ。
しかし最初に口を開いたのはハルカさんだった。
「そう言えば、軍隊同士の戦争の事なんて、殆ど話した事なかったわね」
「うん。魔物しか相手にしないし、必要無かったからな」
「そうよね。と言っても、私もあんまり詳しくはないのよね」
「じゃあ、私が軽く話そう」
「お願いします」
「ボクも詳しく無いから、助かりまーす」
オレが軽く頭を下げる横で、片手を挙げてボクっ娘が便乗してきた。
「まあ、私もそれほど詳しい訳じゃないが、互いに魔法使いが沢山並んで魔法を撃ち合うという事はまずない。それに空は空、陸は陸の戦力で対抗するのが基本だな」
「ボクらはその外だけどねー」
「とは言え、大国は疾風の騎士1騎に対して、竜騎兵2騎で当たる戦術は持っている。神殿や神殿騎士団が人の争いに関わらないとは言え、万が一は考えておくのが国家というものだからな」
「現に『帝国』は、2騎以上で掛かって来たよな」
「2騎一組で飛んでたのは、ヴァイスがどこかで見られてた影響だろうね」
「この話を聞いたらそう思う。けど、空だけで対処出来ない場合は? やっぱ魔法使い? オレ達がしたみたいに?」
その言葉にハルカさんが少し考え込みながら口を開いた。
「光槍撃とか一部の高位魔法は、最初は空の脅威に対抗できる魔法として作り出されたって話はあるわね。
けど、普通魔法の射程距離は50メートルくらいだから、アッという間に空から距離を詰めて来る脅威に、魔法の矢は牽制が精一杯よ」
「それに牽制以上は、あまり考えられていないな」
「そうよね。あの時は、あんなに巧くいくとは思わなかったわ」
「そうだったんだ。けどさ、そうなると竜騎兵の数が戦いの趨勢ってヤツを握ってるって事か?」
そう聞くと、シズさんが近くに転がっている大きさの違う小石を幾つか手に取り並べていく。
「大きくは、弱い順から天馬、飛馬、翼龍、獅子鷲、巨鷹、飛龍、巨鷲が、人が操る事の出来る空を飛ぶ魔物になる。このうち、魔物自体を含めた空中戦をするのは翼龍以上。しかし、空から攻撃するとなるとこの全てが、地上から見ると大きな脅威になる」
「まあ、隠れてても空から丸見えですもんね」
「それだけじゃないよ」
「そうだな。高い場所から石を落とすだけでも、十分な脅威だ」
「原始的ですね」
投石機、投石器はともかく、落とすだけと思って口にしたが、すぐに気づいた。
そしてオレの表情にシズさんが頷く。
「そうだ、落とすだけでも当たれば只じゃ済まない。ましてや大きな石を落とせば、それだけで攻城兵器となる」
「まあ、天馬くらいだと普通でも弓や石弓が届くくらいの高さしか飛べないから、大荷物抱えて高く飛べないけどね」
「飛龍くらいになると、手足に岩を抱えて落とす戦法はあるわよね」
「うん。岩は、場合によっては炎の吐息などより脅威になる」
「確かに」
思わず深く頷いてしまう。
派手目のアニメやマンガほど魔法の威力がないこの世界だと、質量攻撃とか物理現象を利用するのは常套手段だし、巨大な岩が空から降ってきたら、堪ったもんじゃないだろう。
「うん。だから、制空権を取るのは何より重要だ。さっきショウが言ったように、空から丸見えにもなるからな」
「じゃあ、制空権を取られたら逃げるのが普通って事でしょうか?」
「そうだ。だから竜騎兵の数が国力の指数になったりするし、小国でも無理してでも龍騎兵を1騎でも抱えようとする。龍騎兵が無理なら、それ以外の空の戦力になる魔物乗りを抱えるのが普通だ」
「それに、速いし地形も無視だから、連絡手段として最適よね」
「速く飛べる巨鷲や巨鷹、翼竜は、その最たる存在だな」
「あと、数は凄く少ないけど、竜騎兵や翼龍乗り、獅子鷲乗りの傭兵なんかは引く手数多だね」
傭兵もいるというのは少し意外だけど、オレ達『ダブル』の飛行職も似たようなものだと思い直す。
「空と陸の関係は分かった。じゃあ、剣と魔法の関係ってどんな感じ? 強い攻撃魔法があるのに、剣や槍を使う普通の兵隊が主力だけど、脆い壁にしかならないよな」
その言葉には、シズさんが思わずと言った感じで苦笑する。
ただ、実際口を開いたのはハルカさんだ。
「ショウはちょっと勘違いしてるわ」
「まあ、無理もないけどねー」
「どういう勘違いを?」
その言葉にハルカさんが小さく頷く。
「うん。ショウの基準はまずは私。魔法使いとしてはシズでしょ。けどね、自分で言うのも少しあれだけど、私やシズほどの使い手は少数派よ」
「それに、戦場に立とうという魔法使いは、神殿騎士団に属する導師以外は少数派だ」
「そうなんですか。こういう言い方はあれですけど、凄く有力な兵器になるから国が魔法使いを育成してそうですけど……」
「それが、そうでもないんだ。魔法使いの育成というか教育には、手間隙と資金が必要だ。けど大抵の国には、兵力として数えられる程の人数に対してそう出来る余裕がない。だから国を超えた組織で魔導師の派遣や魔導器販売等で資金を持つ魔導士協会が、魔力属性の多い魔力持ちを魔法使いとして主に育てている。
そして国はその魔法使いを派遣してもらって、主に戦い以外の魔法が必要な諸々を請け負ってもらう、というのが基本だ。
更に言うと、魔法使いであっても兵士とするなら若い方がいいが、魔力を稼ぐには長い年月を生きる以外だと、魔物と直接戦わないといけない。もしくは魔力が大量に漂っている場所に赴かなければならない。
当然危険を伴うから、若く魔力総量の多い魔法使いはごく少数派となる」
「『ダブル』は、ちょー若い上にその辺すっ飛ばしたチートだもんねー」
ボクっ娘の言葉は、オレにとってある意味新鮮だった。
ちょっと強いくらい大した事はないと思いがちだったが、この世界の常識から見れば『ダブル』は十分以上にチート、狡をしている存在なのだ。
そしてボクっ娘の言葉に、二人も苦笑気味だ。
「神殿でも、魔力が多くて沢山魔法を知っている神官は、たいてい年嵩の人ね。聖女様とか聞くとショウはエロい想像するでしょうけど、実際いらっしゃる方は確かもう随分のお年よ」
「エルフ化してる例外な人も居るって噂もあるけどねー」
「それは残念。ま、それはともかく、一定上の能力や魔力のある魔法使いは少ない上に、兵士にするには年がいきすぎているから使い物にならないって事か?」
「後は、育成の手間隙を考えると、もったいないから戦場に簡単には出せないわよね」
「それと以前の私もそうだったが、戦場では直接的な戦闘には殆ど役にたたないからな。しかも、戦場に出てくるような魔法使いは手練と思われ、優先的に攻撃されてしまう」
そう言うシズさんの表情には、苦笑という以上のものがある。
「神殿騎士団もそうだけど、神官は後方での治癒と鎮魂や浄化。一部の魔法戦士的な人が、ちょっと魔法を使うくらいね」
「魔法使いの場合は、魔法戦士タイプの騎士を除けば、偵察、偽装、防御陣地の構築、武具等への長時間の一時的魔力付与、といった辺りが使いどころだな」
「『帝国』軍みたいに、特殊部隊的なのは少数派か?」
「大国じゃないと、ああいう戦場に立てる魔法使いはいないわね」
「だから戦場の主力は、盾と槍を持った歩兵と馬にまたがる騎士という、我々の中世ヨーロッパと極端に違わないというオチになる。戦う魔法使いは、属性1つの魔法戦士タイプが精々だ。そして、脳筋型の魔力持ちの騎士が戦場の花形となる」
そう言ってシズさんが肩を竦める。





