208「妖人(1)」
「クロ、それとスミレさん、悪いんだけど、酷い状態のご遺体と地龍の腹の中のご遺体の埋葬を頼めるかしら」
「「畏まりました。お任せください」」
ハモって淀みない返答をすると、テキパキと動き始める。
流石のハルカさんも、グロすぎるとダメらしい。顔色も少し暗い。
それともやはり、犠牲者に女性がいるというのが堪えるのだろうか。
それにしても、クロはこういう時は本当に助かるということが実感できた。一家に一台、冒険に一体欲しい。
スミレさんも同じように動いてくれるのも、非常に有り難い。
そしてその日は、日没まで遺体の埋葬と装備、アイテムの収集に時間をかけた。
また、明日の戦闘に備えて戦闘場所から少し移動するだけに止めて、野営の準備も進める。
そして、ヴァイスには旅の用意は一通り載せていたが、ドロップアウトした人たちの遺品には十分な量の食料もあったので、それを少しばかり頂くことにした。
オレはとりあえず、怪力に任せて穴を作る。
これがお話のファンタジー世界なら、土を操る魔法とかで穴を掘って埋めてしまえるのだろうが、『アナザー・スカイ』には土の精霊とかいないし、土や砂を自在に操る魔法は錬金術に少しあるだけだだけど、それも穴を掘るような用途では使えない。
爆発魔法だと穴を開ける事は出来ても、土が吹き飛んでかぶせる土は別に持ってこないといけない。
しかも昼間の飛行で魔力をヴァイスに沢山贈与していたので、シズさんの魔力はかなり減っていて大きな魔法は望めない。
つまり掘るか、遺体の上に土の山を作るしかない。ノール王国でも何度かした事だ。
ノール王国の王都ウルズでは、街中なので土の露出する地面が少なく、石や煉瓦すら使ったもんだ。
一通り終えると、野営場所ではシズさんが色々と準備をしてくれていた。
魔法で結界と幻影の覆いを作り、警戒と隠蔽を行っている。そしてその中に、一晩寝泊まりする。
「不寝番の順番をお考えになる必要はございません。どうぞ、わたくしにお命じください。わたくしは魔導器。魔力不足もしくは命令による休止はあっても、休息、睡眠は必要ありません」
「左様にございます。どうか新たな主人様、何なりとご命令を」
「おおっ!」
クロの言葉に思わず手を「ポンっ」と叩いてしまう。
「便利だねー」
「考えもしなかったわ。じゃあ、お言葉に甘えましょうか」
「そうだな。私はここ数年、徹夜はともかく野営や不寝番はしていないから、正直助かる」
みんなも言葉以上に感心&賛成の表情だ。
そして二人、もとい二体が恭しく頭を下げる。
「恐れ入ります。お命じ下されば、身の回りの世話も全てさせて頂きます」
「ご用命でしたら、夜伽もお任せください。新たなご主人様」
今、猫耳ロリッ娘メイドから非常に不穏当な発言があった。
当然というべきか、全員の視線がロリッ娘メイドに集中する。
ハルカさんなど、表情が明らかに硬い。
「あのスミレさん、それはあのオタクにも、その、今までしてきたの?」
口調も凄く硬かった。怖いほどだ。いや、怖い。
「左様に御座います。何か問題でも?」
「あいつ殺す」
「うん、ハルカさんの発言も不穏当だよ」
今まで聞いた事のない地の底から響いてきたような声が、ハルカさんの口からボソッと出た。
ボクっ娘のフォローが無ければ、背筋が凍りそうだ。何をとは言わないが、オレもくれぐれも気をつけようと決意を新たにする程だ。
「ちなみにクロ、お前もそういうこと出来るのか? ていうか、してきたのか?」
「そういう事とは、夜伽でございましょうか? 能力的、技術的には可能ですが、過去の記録の多くは残しておりませんので、行った記録は御座いません」
「あ、そう」
聞くんじゃなかった。まあ異性相手だろうけど、つまり魔力でできたどろっと溶けてしまう仮初めの体だけど、そういう事はできるという事だ。
これから人型にするのはなるべく控えようと決意したくなる。
と、そのやり取りで、一つ気付いたことがある。
「アレ? ハルカさんってそのオタク博士と知り合いだよな」
「ええ。だから、意地でも助け出して、あいつを絞り上げるつもりよ」
そんなに強い笑顔で言わないで欲しい。まるで、オレに向かって言っているように思える。
オレの顔が引きっつてなければいいと、つい案じてしまう。
「それはともかくとして、スミレさんの事は知らないのか?」
「知らないわ」
「私も初めて見るな」
「わたくしも、初対面に御座います」
スミレさんの言葉のすぐ後に、ハルカさんの顔はオレから離れてスミレさんへと戻る。
「私達と会った後に、この子を作るなり見つけたんでしょ。その辺は、あなたの主人に聞いた方がいいかしら?」
「私は目覚める以前の記憶がありませんので、そうして頂くと助かります」
「是非そうさせてもらうわね」
ずっと強い笑顔なのだけど、すごく怖い。
だからこそ、オレには言うべき事がある。
「あと、もう一つ。オレには夜伽とか絶対いらないから」
「畏まりました」
一礼するスミレさんの返事は淡々として簡潔だけど、こういう場合どこかに落とし穴があるので、油断しない方がいいだろう。
ボクっ娘などは、ニタニタと笑みを浮かべている。
「けど、スミレちゃんの格好って、ショウ的にはストライクじゃないの? オタクの妄想の具現化でしょ」
「こっちに来る前だったら『完璧だ』とか言ってたろうけど、属性盛りすぎでお腹いっぱい。消化不良起こしそう」
「それだけなの? 他に言うことは?」
「子供相手になんも思わないって。それにオレ年下は苦手だから。ホラ、妹いるし」
その言葉には、厳しい目線のハルカさんも少し納得顔だ。
けど、まだ完全に許せてもらえてない。とばっちりや濡れ衣なのに。
「じゃあ、ボクは? 年下っぽくない?」
「いや、最初から天沢玲奈だって思ってたから、同い年としか思ってないけど」
「何にせよ年上趣味なのか。じゃあ、私も守備範囲内だな」
「いや、シズさんはリアルでも知ってるから高嶺の花過ぎますよ」
二人ともオレをからかっているのは分かるが、ハルカさんの視線が痛いので止めて欲しい。
しかも視線だけで終わらなかった。
「フーン。私は丁度良いんだ」
「いいや、スッゲー高嶺の花だったよ。けどオレなりに頑張った」
「あ、過去形だ」
「そりゃ今はお付き合いしてるからな」
「なるほど、外見年齢の問題でしたか。それは残念です」
せっかく話が収まりそうだったのに、また不穏当な事をロリッ娘メイドがのたまう。
マジで、余計なこと喋らせないようにできないものだろうか。
思わず恨めしい目線をスミレさんに向けてしまう。
もっとも、ハルカさんは「残念って、やっぱり外見は固定ということ?」と、別の関心を持ってくれたようで助かった。
「特に今は骨格を有しておりますので固定しています」
「じゃあ変化可能なの?」
「変化させることは可能です。しかし、最初に与えられた以外の体になると操作が十分できなくなり、戦闘など高い能力を発揮する事が不可能となります」
ハルカさんが念入りに確認していく。必要なことなのだろうか。しかしオレも確認すべきことがある。
「クロもか?」
「左様です、我が主人」
振り向きつつそう答えるクロは、やたらと精巧に組み上げた即席の石のカマドで、お茶お沸かしている。
何でもしてくれるのは有り難いけど、何でも任せていたらダメ人間になれそうだ。
「クロはそのままでいてくれ。それと、ゲイの趣味は全くないからな」
「畏まりました」
恭しい一礼に、少しホッとする。
クロのこういうところは、道具だけに何より信頼がおける。
「ショウ、そこまで言うと逆に疑わしいよー」
「うっさい、オレは健全だ」
「じゃあ、私とエッチなことはしなくていいのね」
「いや、そういう意味じゃなくて」
「クククッ。もういいだろ。話を前に進めないか?」
「それもそうね。最近のショウは、からかってもつまらないものね」
シズさんの苦笑でまずは食後の軽いトークを終え、ようやく本題に入る。
「それでスミレさん、今までの経緯の概要。敵戦力。地形。その辺りを順に話してもらえる?」
「畏まりました」





