201「巡礼(2)」
また、近くに存在している水を大量を操る魔法もあるが、地面のある場所で使うと後始末が大変な事が多いので、海上戦闘で役に立つくらいだそうだ。
ただし、大魔導士が山の上にある湖の水を大量に下流に放り投げたり、海辺で事実上の津波を引き越したりと、大災害を起こした事例もあるので、大量の水が側にある場合は馬鹿にできない。
これも国一つを滅ぼした事例すらあるそうだ。
ただし、生活面となると利便性は真逆だ。
特に水の浄化系の魔法の中でも飲み水を作る魔法は、光を灯す魔法、着火魔法と並んで全世界屈指の人気魔法だ。
しかも他の二つよりも難しい魔法なので、習得のために多くの人が世界中からウィンダムに来るのだという。
何しろ綺麗な水は人の生活に欠かせない。命にもかかる大切なものだ。だから浄水の魔法は、最も重要な魔法と言われる事すらある。
他にも、近くの水源を探す魔法があったり、水に関わる洗浄系の魔法も充実している。
そういえば、3人とも比較的簡単な第一列の水の浄化の魔法は使えると言っていた。オレも学びたいところだ。
また、鎮魂などに使う聖水の製作などの神官系魔法、解毒、造血など治癒魔法も充実している。
陸皇、つまり大地の女神と並んで水皇の属性を持つ神官は多く、オクシデント全体だと聖地がウィンダムにあるおかげでダントツで多いそうだ。
ハルカさんがここで学んだのも、そうした治癒魔法が学びやすいからだと言っていた。
とはいえ、今回は全然関係の無いことだった。
「呆気なく終わったな」
「言った通りでしょ」
「そうだったねー。他も同じだと、巡るだけなら楽そうだね」
「邪魔する奴も事件もなさそうだしな」
「大巡礼の邪魔なんて、する人いないわよ。いても旅の途中を襲う盗賊くらいよ」
「それなら、レナのいるオレ達はトラブルとは関係なさそうだな」
「トラブル吸引機が偉そうに言わない」
予想通り、ハルカさんの肘がオレの横腹を軽く小突く。
今は神殿内の施設を案内付きで巡っているが、既にギャラリーも散っているので彼女も気楽なものだ。
「吸引機は流石に心外かも。それより、ここは本当に調べ物したりしなくていんだよな」
「生活魔法、治癒魔法の勉強ならともかく、ボク達の欲しい知識はないんだよね」
「そうね。これからすぐに移動してもいいくらいね」
「それなら、アクアレジーナなら昼に発てば夕方には着けるよ」
「確かヴェネツィアに当たる場所だっけ?」
「そうそう。本当の意味での水の都。雰囲気もリアルと似てるよ」
「ヴェネツィアなら、子供の頃行ったことあるぞ」
世界屈指の観光地は、小学生の頃に家族旅行で行った事がある。
まあ子供が行って面白い場所かと言われると、微妙な思い出しかないのだけど。
「私は最後に寄ったのは半年ほど前ね。リアルでも行ったことあるけど、確かに似てるわよね」
「地中海交易の中心地で、他より小さいが冒険者ギルドも置かれている。私も何度か立ち寄った」
「じゃあ、泊まるならそっちの方が気楽そうだな」
「そうね」
「じゃ、決まりだね!」
そこからは、半ば強引に着替えると言って宿に戻ると、急いで荷物を飛行場に運んでもらう。
そして軽く食事を取ると、すぐにも飛び立った。
旅立ちを急いだのは、神殿や諸々の人たちに引きとめられかねなかったと考えたからだ。
実際、飛び立つ直前、神殿関係者が駆けつけてきたが、それを道中を急ぐと半ば振り切って一気に飛び立った。
そして主に向かって右手にアルプスの東の端の山並みを見つつ、ヴェネツィアじゃなくてアクアレジーナを目指す。
今までと違って巨大な山脈のそばを抜けていく空路で、一見空と地上の高低差は違わないが、高度自体は上がっている。
それでも出来る限り低地や谷間を抜けるので、そこまで高い空を飛ぶわけではない。
高い空を飛びすぎると、気温がそれだけ下がるからだ。
ただし高い空を飛ぶと、周辺にある魔力を独占できるので、その魔力を使って早く飛べるそうだ。
だから高速移動の時は、高度1万フィート(3000メートル)辺りまで上昇する事になるので、冬だと気温的に死ねるらしい。それに高山病の注意も必要になる。
なおアルプス、この世界で「ユニパー山脈」と呼ばれる山々の高い峰々は、飛んでいる場所から200キロ以上離れているので、高い山の景色を楽しむという程ではない。
そしてお約束なイメージの山を楽しむ事もなく一度海に出る。
そのまま沿岸を少し進むと、川の河口部に広がる中洲にあるアクアレジーナの街が見えてきた。
この世界は地球とほぼ同じ地形だけど、海面が30メートル以上高いので街の位置はオレ達の世界のヴェネツィアからかなり西寄りになっている。
しかしこの辺りの場合は、山脈から注ぐ川が長い長い時間をかけて運んだ堆積物が積み上がった平地のため、地形の基本は変わらないのだそうだ。
「まんまヴェネツィアっぽいな」
「海面の高さが違っても、沖積平野の形成はだいたい同じだからだそうだ」
「しかも建物や街並みもよく似てるのよね。ビックリしたわ」
「でも、イタリアン作ってるのは『ダブル』なんだよね」
「私はジェラートが食べられるだけで十分。絶対食べましょうね!」
「さんせー!」
「私はフローリアンでカプチーノを飲みたいかな」
「えっ、そこまでヴェネツィアと同じ?!」
「そういう食べ物は、たいてい『ダブル』が作り方を伝えたものだよ」
「ハーケンで行ったあの店より美味しいわよ」
異世界にいる筈なのに、すっかりあっちでの観光旅行状態だ。
その後も、街の外の別の島にある飛行場に降り立つまで、3人は賑やかに話し続けていた。
普段は凛々しく勇ましいのでギャップを感じるが、やっぱり女子はこういう話が大好きらしい。
「おーっ、本当にヴェネツィアだ!」
みんなして、あっちで一番有名な広場に当たる場所で、周囲の風景を眺める。
「でしょ。大鐘楼のあるこの広場には、何年か前に『ダブル』が設置した時計塔もあって、そのとき広場も大きく改築もしたからそっくりなのよね」
「さすがに全く同じ建物はないがな」
「その代わり、9柱それぞれの神殿があるのよ」
「あと、あっちではホテルやレストランばかりだけど、こちらでの建物の殆どが、大商人の商店や邸宅だな」
「観光都市じゃなくて商業都市だよね」
商業都市と言うだけあって、到着した別の島にある飛行場には、沢山の大型飛行生物と飛行船があったし、海に面した各所にはたくさんの船が停泊している。
夕方に到着したが、こうして歩く道々にも人も多くて活気に溢れている。
繁栄度合いはハーケン以上で、今日も美味いものにありつけそうだ。
「とりあえず宿とって、夕食は宿のレストランの様子見て考える?」
「それでいいだろう。それとも『ダブル』の店に行くか?」
「ボクはお任せ。ハルカさん詳しいんでしょう」
「そうね。中継で立ち寄ることが多かったから。もう10回以上来てるかしら」
「ノヴァからの船は、大抵ここに入るからな」
オレが何かを言わなくても、話は弾むし進んでいく。
観光地、見知った場所なので任せておいて間違いはないだろう。
などと安心して街の景色を眺めていると、前を歩いていた3人がほぼ同時に振り向いた。
「また一人でキョロキョロして、迷子になるわよ」
「ならないよ。3人を見失うわけないだろ」
「そういえば、ショウは私のいる方角が判るものね」
「あ、そうか、放っておいても平気なんだ。やっぱり便利だね主従契約」
ボクっ娘が、そう言ってポンと手を叩く。
「そうじゃなくて、3人とも目立つから分かりやすいって話」
「それはボク達が可愛いから?」
「そうだよ。少しは自覚しろボクっ娘」
ボクっ娘のからかい半分の言葉に本気で返すと、ボクっ娘が一瞬目をキョトンとさせる。
次の瞬間に顔を赤らめたらラブコメのテンプレ展開だけど、すぐにニヤリと笑い返してきた。
「ボクまで口説こうだなんて、ショウもエッチになったね!」
「残念ながら、オレの心のポッケは満員御礼だ」
「残念なのか?」
「そりゃみんな可愛いですからね。いや、シズさんはマジ綺麗だからですよ」
「彼女の前で、よくそれだけ口が滑らかになるわね。オリーブ油でも塗ってあるのかしら」
ジト目になったハルカさんの手が、オレの頬を素早く捉える。電光石火、避ける暇すらない。
仮に避けられても、ここは甘んじて受けておかないと、後が大変そうだけど。
「らっれ、ここっれようあイラリアらろ (だって、ここって要はイタリアだろ)」
「だから?」
「おんらろこをほえるのあマラーやらいか (女の子を褒めるのはマナーじゃないか)」
「けどショウは日本人よね」
「えーっろ、えんあいはあろえいい?(えーっと、弁解は後でいい?)」
「いつまでイチャイチャしている。夜も迫っているんだ。さっさと宿を取りに行くぞ」
オレの口が徐々に喋りにくくなっていく間に、二人がオレ達を残して先に歩いて行っていた。
痴話喧嘩よりイタリアンを食べる方が、確かに建設的だ。





