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日帰り異世界は夢の向こう 〜聖女の守り手〜  作者: 扶桑かつみ
第3部

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192「出発の朝(1)」

 意識が覚醒してくると、花のようないい匂いが濃厚に漂ってくる。これは昨日も濃厚に感じた香りだ。


 しかもそれだけじゃない。


 少し重みがあるけど、温かくて柔らかいものが半身に触れていた。いや、乗っかっていると表現した方がいいだろう。

 加えて言えば、心臓の鼓動が2つ感じられる。自分のものと、誰かのものだ。


 もう誰かとかじゃなく分かってるけど、胸と腕に押し付けられている二つの温かくて柔らかいもの、それほどじゃなくても体全体に乗りかかっている柔らかいものが、オレに現実逃避を強要させる。


 でないと、朝から理性が保てそうになかった。オレの下半身は、朝から臨界状態だ。


 これはかなり卑怯だと思い勇気をふり絞って目を開けると、目の前にうつ伏せになった彼女、ハルカさんの顔がすぐ横にあった。

 顔の距離は本当に目の前だ。

 そういえば、最初から規則正しい寝息がすぐ側から聞こえてきていた。

 その吐息の一部も、定期的にオレの顔、耳元辺りに流れてきている。


 そして朝からオレの理性を吹き飛ばそうとしている彼女は瞳を閉じたままで、気持ちよさそうに眠っている。

 しかも俺の片方の腕は彼女の体がかぶさっているので、動かすこともままならない。

 要するに、半ば抱き枕にされた状態だ。


 これはこれで卑怯だ。

 オレがダメ人間の卑怯者じゃない限り、何もできない。いっそ、起きていて悪戯してきているのなら、反撃なり反論ができるというのに。


 とりあえず仕方ないので、動くもう片方の腕で彼女の背中を軽く抱いて、しばらく彼女の感触と匂いを全身で堪能することにした。

 昨日の夜はハグもしたいと思っていたけど、どうやら彼女も内心そう思っていたのかもしれない。彼女が、ここまで寝相が悪いということは無かったはずだ。


 そんな事を思いながら彼女の感触を堪能していると、だんだん慣れてきたのか気がついたら眠ってしまった。



 次に意識が覚醒してくると、何か頬に微妙な痛みとも言える感覚があった。

 ゆっくり目を開けると、目の前2、30センチくらいのところに彼女の顔があって、片方の頬に彼女の手が伸びて引っ張っていた。


 そして彼女がオレに被さる格好なので、寝巻きの首元からは彼女の胸元がかなり見えている。なかなかに至福の光景だ。

 ただ彼女の表情は、一見平静だけどどこか拗ねている感じがする。


「おはよう。それで、これは何?」


「おはよう。幸せな夢を見てたみたいね」


「えーっと、寝言で何か言ってた? それとも夢を覗く魔法でもあったっけ?」


 自分で言葉にした通り、二度寝の間に何か夢を見た記憶の残滓がぼんやりと残っている。

 彼女の表情は、オレの言葉を前に明確に変化する。


「どっちのレナの夢を見てたの?」


 そして単刀直入に切り込まれた。バッサリ袈裟斬りにされた気分だ。


「マジ? 寝言でレナとか言ってた?」


「言ってた。こっちでは私のこと考えて、あっちでだけ玲奈の事考えて」


「すぐにそこまでくっきり分けられないよ。猶予をくれ」


 そこで、彼女の桜色の口から小さくため息が漏れる。ただし、頬を抓る指はまだ離れない。


「ハァ。仕方ないわね。で、向こうで玲奈と話してきたの?」


「バイトあったから電話だけ。明日会って、ハルカさんとの事とボクっ娘のことを話すつもり」


「電話では話してないの?」


「だいたい話したけど、ちゃんと会って全部話したいから」


「確かにその方がいいわね」


 そこでようやく頬は指から解放される。

 ちょっと火照っているので、かなりの強さで抓られていたみたいだ。

 そういえば、途中からいつもの微妙な痛みも無かった気がする。

 本気で抓っていたという事は、嫉妬されてたのだろうか。それはそれで嬉しくもある。


「けど、現実世界にいる間に寝言って、どういう事なのかしら? 不思議ね」


「あー、それは、二度寝したから普通の夢を見てただけだと思う。たまにあったし」


 起き上がって寝巻きの胸元を直していたハルカさんが、ギョッとなってこちらを凝視する。


「二度寝? いつ?」


「さっき起きた時、外はもう明るかった」


「私、ショウに何かしてた?」


「めっちゃ抱きついてた。で、動けないし、ハルカさん寝てるからエロい事も悪戯も出来ないんで、仕方なくハルカさんを全身で堪能してたら、幸せすぎて二度寝した」

 

 事実をありのまま客観的に報告すると、彼女の顔が真っ赤に染まる。耳も首元も見る見る染まっていく。

 それを確認するとオレは半身を起こし、その場で寝巻きを脱いで半裸になって服を着始める。


 こういう時こそ、平常心が大切だ。

 それに彼女が動揺してくれているおかげで、逆にこっちが平静になれる。


「な、なんで、そんなに無反応なのよ!」


 せっかく話しを流そうと思ったのに、そうしたくないらしい。これはかなり嬉しいし、ポイント高い。


「だって、昨日あれだけイチャイチャしたんだし、今更だろ」


「そうだけど、私からショウにあんなにハグしてたの、あれ以来なのよ!」


「あれ以来?」


 オレの言葉に、彼女の顔に刺す朱がますます濃くなる。

 どうやらオレの記憶にない時に、彼女にハグされてたらしい。いつか分からないが、どこかの寝ている間だろう。

 しかし、口ぶりからするとかなり前っぽい。


「えっと、全然覚えてないんだけど?」


「当然でしょ。ショウがドロップアウトしてた時だもの!」


「……聞いてもいい?」


 キッと睨み付けてくるが、いつもの目力がないから全然迫力もない。顔を朱に染めてるから、なおさらだ。

 彼女にも自覚があるらしく、睨んできたのも一瞬だった。


「『ダブル』の間じゃ、心理的な刺激を与えたら戻ってくるって都市伝説があるのよ。知らない?」


「全然。初耳。それでハグしてくれたんだ。他には?」


「してない。なんか気づいたらハグして、そのまま寝てたから。あと、お伽話みたいにキスしたら目覚めるとかも、昔の『ダブル』が色々試して効果がないのは分かってるのよ」


「なのに、ハグしてくれたのか」


 ちょっとグッときてしまう。鼻の奥が涙の準備でツンときてしまいそうだ。


「何よ」


「ううん。ありがとう。それとハグはさっき堪能できたから、再現はしてくれなくてもいいよ」


「……バーカ。それに再現じゃなくても、時と場所とムードによっては、いつでもしてあげるわよ。ていうか、してよ」


 近頃ハルカさんは、二人の関係でも時折攻撃的なセリフになる。これは男として応えるべきだろうか?


「じゃあ、今していい?」


「ダメよ。もう朝だし、そういう事してると、レナが部屋に飛び込んできたりするに決まってもの」


 その言葉と共に、扉の向こうに高い魔力の気配を感じた。と言っても、敵とかモンスターではない。

 間違いなくボクっ娘だ。

 今まで聞き耳するため、気配を消していたのだろう。魔力の気配を消す指輪を、今の言葉で外した感じだ。

 その証拠に、コンコンコンと軽快に扉をノックする音がする。

 仕方ないので、半裸のまま鍵を開けに行く。


「おはよー! ゆうべはお楽しみでしたかー?」


「ぐっすり寝てた。おかげで面白いことになったけどな」


「みたいだねー。でもさ、ボク達の心配りに報いるためにも、何があったか話してよね」


「えっ? ちょっと待って。それは流石に……」


 まだベッドの上にいるハルカさんが、ボクっ娘のジョークを真に受けている。

 普段は凛としているだけに、たまに見せるこういうところも実に可愛い。

 ボクっ娘もニタニタと笑っている。シズさんは居ないみたいだけど、どうせまだ寝ているのだろう。

 そんな、いつもと少し違う朝だった。


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