190「友人の前兆夢(1)」
悶々としつつも眠りに落ち、そして目が醒めると一人虚しく横になっていた。
と言っても、ベッド自体が一人用で部屋も全く違う。何しろここはオレの部屋だ。
場所というか世界も、眠った時の『アナザー・スカイ』ではなく、まごうとこなき現実世界だ。
オレ達『ダブル』は、こうして1日ずつ、あっちとこっちを行き来しつつ過ごす。
一種の召喚と言われるけど、実際どうだか分からないし、日帰りが基本だ。
そしてあっちの世界は、ただの夢でもなければ、断じてゲーム等ではない。その証拠に、オレが何かの機会に接続されたりもしていない。
そして現実世界でオレを目覚めさせたのは、今まさに鳴り続けている文明の利器の携帯からのコール音。
ギャップに落ち込む暇もない。
目覚ましのアラームかと思って仕方なく手に取ると、そこには電話のアイコンと拓海の文字。
目覚ましではなく電話。友達のタクミからだ。
ついでに時間を確認すると、まだ朝の6時半。夏休み中だというのに早すぎだ。
「今何時だと……」
開口一番のオレの心からの愚痴は、被ってきた言葉にかき消され、その内容を前に尻切れとんぼとなった。
「ショウ! 喜んでくれ、そっちに行けそうだ!!」
「はい?」
寝ぼけ頭だったので思わず間抜け声が出たが、すぐにも理解が追いついて来た。
喜んでやるべきだろうが、せっかく始まったオレ達の旅路の、次なるトラブルの種が撒かれたような気持ちにもさせる一言だ。
「……そっちって『アナザー』だよな。マジか?」
「マジも大マジ。でも、マジかどうか確認したいから、話聞いてくれるか」
「今すぐとか言うなよ」
「バイトの少し前に落ち合おうぜ。なんなら朝飯奢るから」
「ならオーケー。じゃ10時にバイト先で。タクミもバイトは11時からだろ」
「ああ。じゃあ後で」
ほとんど一方的な会話で電話が切られた。
「……10時までどうやって時間潰そう」
そうぼやくと、日課となっている『夢』の記録をするべく学習机に置いてあるノートパソコンを立ち上げる。
今日は、こちらも長い1日になるかもしれない。
その後、冷蔵庫で買い置きの飲み物を調達すると、10時まで腹を持たせるため買い置きのお菓子を軽く摘みつつ、まずは記録に専念する。
途中、朝食はいらないと親の声に大声で返し、1時間以上かけて事の経緯を記録し、ここ数日の慌ただしい内容の再確認などもする。
それでも多少時間が余ったので、残り僅かとなっている夏休みの宿題を少しばかり片付ける。
何とか間を持たせることに成功し、出る前にもう少し何か飲み物が欲しくなってキッチンへと降りる。
ダイニングでは、ちょうどマイマザーと妹の悠里が朝食中だった。
「翔太、今日はバイトは11時からって言ってなかった?」
「友達に会う」
「女の子?」
「残念ながら男」
「じゃあ、拓海君ね。仲いいわね」
「まあ、バイト先紹介してもらったから」
話しながら、こういうやり取りも最近あまりしていないなあと思ったが、口にする事でもない。
それにすぐに別の質問がとんできた。
「あっそ。それで、今日は勉強見てもらわないのよね」
「昨日から盆休み。神社も意外に忙しいらしいから」
「あら残念ね」
「私もざんねーん。早くシズさんに会いたーい」
妹が乱入してきて、少し妙なことを口走る。
ここはちゃんと訂正しておくべきだろう。主にシズさんのために。
「会うより勉強見てもらうんだろ」
「後期の夏期講習蹴ったしねー。バリバリ勉強するっての」
「まあシズさんは、すげー勉強できるから、それくらいの気合いで丁度いいと思うぞ」
「常磐さん、だっけ。そんなにお勉強できるの?」
そう言えば、そこまで詳しい事は両親に話していなかった。
それでよく許可してくれたもんだ。
「前も言ったけど、日本一の国立大学だからな」
「翔太、よくそんな人と知り合えたわね」
「彼女さんのおかげだよねー、お・に・い・ちゃん」
ワザとらしい声色の妹の声。スッゲー気持ち悪い。
「うっさい、そうだよ。お前も天沢さんに感謝しろ」
「分かってるって。それと、天沢さんじゃなくて玲奈さんでしょ。てか、彼女っての否定しないのかよ。このオタクめ」
「あら、もう下の名前で呼び合う仲なの?」
「いいだろ」
顔が紅潮するを自覚しつつも、ドヤ顔をしてやった。
これにはマイマザーも、流石に面食らったようだ。
「翔太、最近変わったねー。ホント、女は偉大ね」
もっとも、それがマイマザーの論評だった。
思ったより長話をしてしまったけど、用を済ませると急いでバイト先へと向かう。
まずは客として入ると、5分ほど早めに着いたのにもうタクミは着いていて、顔見知りになっていたホール担当の女の子に案内してもらう。
「まず最初に言うけど、ここで大声出したり騒ぐなよ」
「流石に分かってるよ。まあ座って、好きなもん頼んでくれ」
その言葉通り、昼前から夜までガッツリ入るバイトを見越して遠慮なく頼む。
そしてセルフでコーヒーなどを用意して、ノートを取り出す。
「それに色々書いてあるのか?」
「メモ程度かな。本命は家のパソコンとUSBメモリの中だけ」
「それ見たいかも」
どう答えるか分かっているのに、それでも聞いてくる。
それだけ興味が強いんだと言いたいんだろう。
「絶対ダメ。プライベートも書きまくりだから、オレが殺される」
「なるほど。じゃそれは諦めるか」
「うん。墓まで持ってくもんだからな。で、順に話してくれ」
「ああ」
そうしてタクミの話が始まった。
とはいえ、まだ内容は薄い。しかし、いわゆる『前兆夢』という状況に間違いない。
「オレ自身は体験してないけど、向こうの人からチラチラ聞いた話とも合ってるから、『前兆夢』の可能性は高いと思う」
「だろ。ボクが調べたりショウから聞いた話にない情報があったから、そうなんじゃないかと思ったんだ」
じゃあ早朝から電話するなよと少し思うが、どんな感じなのか興味はある。
「で、獲物は? 魔法が使えそうとか、能力とか分かるか?」
「獲物は槍だった。2メートル以上あったと思う」
「じゃあ手槍の類かな。両手持ち?」
「うん。両手で振り回した」
「じゃあ実際だと、もう少し長い獲物でも扱えそうだな。リーチが長いと格闘戦は有利だけど、屋内戦闘は長さが邪魔になって逆に不利なんだよなあ」
「そういう評価、無駄にリアルだよな」
オレのコメントや手振りに、タクミがツッコミを入れる。いつもの事だけど、タクミの真剣度がいつもと違っていた。
そのあとも、防具はどうとか装備はという質問をしたが、まだぼんやりしたところが多い。
魔法についても、まだ分からないそうだ。
「何か周りに景色とか見えたか?」
「いいや、まだ灰色っぽい。だから『前兆夢』だと思ったんだ。ていうかさ、なんか冷静だな」
ぐっと顔を近づけて来る。美少女なら大歓迎だけど、野郎のアップなどご免被りたい。
「ん? ああ、ちょっとな」
「なんだ? お告げでもあったのか?」
「完全に外れてないかも」
「えっ? マジ?」
タクミが目を丸くしている。流石に説明しないと可哀想だし、誤解するだろう。
「えっと、盆明けに集まった時に話そうと思ってたんだけど、ちょうど昨日の晩に大量召喚があるかもって話が出てたんだ」
「大量召喚?」
「うん。先週と一昨日、向こうのオレたちの居た辺りで起きた戦闘で、かなりの数のドロップアウトが出たんだ」
「あの話の後に、また戦ってたのか?」
関心と言うか呆れている。まあオレも、戦ってばかりな状況には我がなら少し呆れているので当然だろう。
「一昨日は大変だった。まあ、戦いだけじゃなくて色々あったんだけど。ともかく、大きな戦闘で10人ばかりドロップアウトしたんだ」
「その分だけ新たに召喚される、と」
「そうらしい。オレも初耳だけど、2、30人まとめてありそうだってのと、その連中は前兆夢が短期間で終わって召喚されるってのが、昨日の夜に聞いた話し」
「それって、常磐さんから聞いた話とか?」
「いや、それはない。シズさん、別のテーブルで呑んだくれてたし」
思わず本当のことを言ってしまった。タクミも思わず苦笑している。
「なんか楽しそうだな」
「そうでもないぞ。ドロップアウトした人達を弔う宴会してたんだから」
「なるほど、お葬式か」
「そんな辛気臭いもんじゃないけどな。残念会くらい? 死んでもこっちでは生きてるし」
「確かに。けど、期待が高まる話だな」
「ドロップアウトがか?」
オレは少し否定的だけど、タクミはそうでもないらしい。
実際にあっちに行ったことがないので、少し軽く考えているんだろう。





