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日帰り異世界は夢の向こう 〜聖女の守り手〜  作者: 扶桑かつみ
第2部

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181「再々告白(1)」

 オレたちが浮遊島ハーケンの下部にある小さな波止場にたどり着くと、みんなが心配げな表情を浮かべて待っていた。


 みんなが避けてできた輪の中心にヴァイスがフワリと滑り込むように降り立ち、まずはオレがヴァイスから降りる。

 続いて中身が玲奈なレナが降りるなり、「あっ」と小さな声をあげるとフーっと貧血のような感じで倒れこんでいったので、慌てて支えることになった。


 これで二回目だけど、玲奈にとって飛ぶ事と戦う事の両方は、精神的に負担が大き過ぎるという事なのだろう。

 何より、空中での化け物との戦いで、玲奈がずっと気を張りつめているのは分かっていた。

 それでも戦闘の恐怖と緊張に必死に耐えて、終わって気が緩んで意識を失ってしまったのだ。


 しかし状況が分からない皆が、ヴァイスの首もとに走り寄ってくる。


「相変わらず無茶をするな!」


「早く治癒を!」


 玲奈が一番心配なシズさんが最初に駆け寄り、ハルカさんは言うが早いか治癒魔法の準備を始めている。


「レナは大丈夫だ。怪我もしてない。気が張ってただけだと思う。けど、ヴァイスが少し怪我してる筈だ。見てやってくれ」


「そう言うショウの方はボロボロじゃない」


 そう言われても、体は動いているから大丈夫な筈だ。

 今はオレを構ってもらう場合じゃない。


「大丈夫。たぶん致命傷はないから」


「それ大丈夫って言わない。新調した服も穴だらけにして。ハイッ、レナを寝かせて、ショウはしゃがんでじっとする。ヴァイスは、魔力を消耗しすぎただけみたいで大丈夫そうだから、ちょっと待ってね」


 ハルカさんの言うままに、レナをその場に寝かせて片膝をついたまましばらくじっとする。


 そして片膝をついてようやく自分の体を見たが、確かに随分怪我をしていた。肉ごと持って行かれている場所もあって、痛みがないのに痛くなりそうだ。

 それを見て、一気に体が脱力するように感じる。


 そこにハルカさんが側まできてくれる。

 すぐにも、彼女とオレの周りに魔法陣が3つ浮かび、彼女が「偉大なる神々の御手よ、彼の者の深き傷を癒し給え」と口にすると、身体中が暖かくなるような感覚に包まれ、体のそこかしこに出来ていた傷が塞がれていく。

 取り敢えずの治癒なので、削れた肉の部分とかは後で触媒を用意して治癒し直すことになるだろう。


 衣服の方は、下着以外は魔法の布なので、そのうちオレの魔力を吸って勝手に再生していく筈だ。

 そして、これでようやく一息と言った感じで、周りもホッとする。


「それで、魔導器はどうなったの?」


「これが本当の装置の中枢だと思います。早くあの部屋に」


 マリアさんの質問に答えつつ、手に持ったままだったキューブ状の魔導器を手渡す。

 魔導器はクロと色違いで、若干サイズが小さい。さらに彫り込まれている文様や魔法文字なども違っている。色も黒ではなく深い空色をしていた。

 菱形状に一つの頂点を上に向けたら、某飛行石と雰囲気が少し近いかもしれない。


「これが?」


 全員が、オレの手のひらの上にある小さなキューブに注目する。


「あいつらが制御室から奪った水晶玉の中にあった本体だ」


「『魔女の亡霊』の時も?」


「『魔女の亡霊』の時はこいつと似たものも破壊した」


「それじゃあ、これがあれば元に戻せるのね」


 もうお約束とばかりに、ウルズでの『魔女の亡霊』の一件の真相は誤魔化したが、みんなが求めているのは別の事だった。

 そういえば、島の傾きがさらに大きくなっている。

 これは急いだ方が良さそうだ。


 オレ以外の人たちも目線を交わしあったりし、ハルカさんとマリアさんがうなづいた。


「私達が持って行くわ。ハルカは、ショウ君とヴァイスの治癒と、念のためここで警戒しておいて」


「頼むわねマリ」


「私も行っていいか? ここの装置や魔導器に興味があるし、錬金術には多少心得もあるから手助けもできると思うのだが」


 シズさんがほぼ自己完結的なセリフと共に、一緒に奥へと向かおうとする。

 よく見ると、みんなと少しばかり雰囲気というか様子が違っていた。というか、感情を現すように尻尾が揺れている。


 魔法や魔導器に強い興味があるのは本当のようだ。

 「さすがにもう敵はどこにもいないと思うから、シズもお願いね」という言葉を聞くが早いか、「さあ急ごう」と仕切って行ってしまった。

 マリアさんたちも、釣られるように一歩遅れて奥へと消えてった。



 そして小さな船着場兼飛行場で起きているのは、実質オレとハルカさんだけになってしまった。

 自警団の生存者の一人は、少し離れた場所で寝かされて、気を失ってるか眠っていた。


 ヴァイスも、魔力を使い果たしたのか、ハルカさんの癒しの魔法をかけてもらった後は小さくなっている。

 魔物などの気配については、もう欠片もない。

 周囲は静かで、穏やかな風が潮の香りを運んでいるだけだ。


 一応軽く周囲を見回り、ヴァイスの治癒を終えたハルカさんは、警戒という名の休憩中のオレのすぐ側にしゃがみ込むと、レナの頭を膝の上に乗せ、ゆっくり優しく髪の毛をすくように撫で始める。



「空で何があったの?」


 一見静かで穏やかな声だけど、できれば全部話してくれと聞こえた。

 そしてどこまで話したものかと考えていると、ハルカさんは徐々にジト目になっていく。


「何か勘違いしてない? 空中戦の詳細を聞たかっただけよ。けど、二人の間でも何かあったわけね」


「えっと、空中戦はここから見てたんじゃないのか?」


「ある程度見えてたけど、島やこの遺跡の影になっているところも多かったから、実質半分くらいだと思うわ」


「みんな戻ってきてからでもいいんじゃないか?」


 そこで小さくため息をされた。


「間が持たないかと思って聞いただけよ。まあ、詳細は後で聞かせて。……それじゃ、代わりに二人の間に何があったのか、レナが嫌がらない程度に聞かせてくれる?」


 その言葉に少し嘘があると思った。

 これでも二人きりで一ヶ月以上旅をして来たので、特に会話がなくても気にならない関係と雰囲気は二人の間に十分できていた。


 彼女の膝枕にレナが眠っているからこその、言葉と微妙な態度なのだろう。

 そうした態度と言葉はオレにとって嬉しいのだけど、今は話せる事は少ない。


「それはそれで難しいかも」


「そ。じゃあ、レナから後で聞くわ」


「あー、それはもう無理かも。短時間で目覚めれば問題ないかもだけど、長時間だとそのまま入れ替わってしまうかもしれないから」


「そう、彼女の中で解決したのね」


 オレの言葉に、ハルカさんが膝枕の上のレナの顔を優しい表情で視線を落とす。


「うん。それで、天沢玲奈にとって、ボクっ娘は娘みたいなもんらしい」


「もう一人の自分なのに?」


「その辺はオレにもよく分からない。違う人格やもう一人の自分ってだけじゃなくて、もう完全に別人か、それとも家族みたいなもんなんじゃないのかな。

 それと、ここは私の世界じゃないとも言ってた。だからボクっ娘はいなくならないし、次に目覚めたらボクっ娘に戻ってるだろうって」


 そう言うと、ハルカさんがしばらくレナを見つめ、次に空を仰いで「あーあ」と嘆息した。


「どうした? 大人しい方のレナと会えなくなるから寂しいか?」


「それもあるかな。けど、彼女とは直に話せたから今は十分よ」


「色々? 聞いてもいい?」


「ダーメ。乙女同士の秘密よ」


 少し悪戯っぽい口調だけど、確かに何でも聞いていい訳じゃないというくらいは分かる。


「あっそ」


「アラ、簡単に引き下がるのね」


 意外だと言う声色だけど、表情は意外とは思っていない。


「同性同士でしか話せない事ってあるだろ。それくらい分かってるよ」


「知った風な口きくのね。ま、いいわ。それより、あっちで天沢玲奈さんによろしく言っておいて」


「ああ。けど、ハルカさんが直に言えるようにしないとな」


「……気持ちは嬉しいけど、度々その話はしないでね。実のところ、本当の奇跡でも起きないと無理だってのは十分分かってるから」


 少し申し訳ないというか、遠慮するような声だ。


「だとしても、オレは方法を探すよ。そう決めてるから」


 オレの言葉に、また小さくため息をする。今度のは明らかにわざとらしい。


「意外に強情なのね。私は今の所、こうしてショウや気心の知れた仲間と旅や冒険ができるようになれて、それで十分よ」


「これが冒険か?」


「大冒険もいいところよ。ショウと出逢ってから、派手な戦いや冒険ばっかり。命が幾つあっても足りないわ」


「そうなのか。これが普通だと思ってた」


「普通なわけないでしょ。ゲームでもないのに、こんな大事件がポンポンあったら世界が大ピンチよ」


 少し呆れた声色だけど、本当に呆れてるわけじゃないのは雰囲気からも分かる。


「確かにそうかもな。こっちも現実だもんな」


「そうよ、その事は絶対に忘れちゃダメよ」


「イエス、マム」


 そこで少し会話が途切れたが、間が持たないと言ったハルカさんはレナの頭を優しくなでながら、この静かさに身を任せているようだった。


 さっき間が持たないと言ったのは、本当に戦闘状況が気になったというだけなのだろうか。

 そして会話を再開したのもハルカさんだった。


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