180「空中での戦い(2)」
(あの因縁野郎とは思えないな。アクセルさんの突きより多いとか、手数多すぎだろ!)
激しい攻撃にさすがに限界かも、そう思った瞬間、「目を閉じろ!」という遠くで叫ぶ声がしてすぐ、1本の矢が化け物に吸い込まれる。
そして命中する瞬間、化け物の頭のような場所を中心にして強い閃光が弾けた。
さらに次の瞬間、まだオレが腕で目を覆って顔を逸らしている状態の時に、奴が居るであろう辺りで、「ドスっ!」、「グサッ!」とか「バキっ!」など何かが突き刺さる音が連続して起こる。
このうち一部の音は何度も聞いたことがある音。
ハルカさんが繰り出した、光の槍が何かに突き刺さる時の音だ。いつもの事だけど、本当に痛そうな音がする。
化け物も同意見らしく、苦悶の絶叫が響いてくる。
しかし攻撃はまだ終わりではない。
ようやくオレが薄眼を開けて奴を見ようとした時、さらなる攻撃が加えられる所だった。
しかも本命だ。
化け物の動きがつんのめるように鈍った瞬間、何かを包み込んだ球体が今までより少しゆっくり目の速度で到達すると、猛烈な爆発が発生したのだ。
その時オレは、ハルカさんが2度ほど使ったことのある『轟爆陣』だと思っていた。
しかし後で聞いた所では、さらに上位のシズさんが使った『熱核陣』という物騒な名前の『ダブル』が発明した第五列魔法のオリジナル・スペルだった。
何でもアルミニウム粉末がどうとか、酸化物がどうとか、よく分からない説明だった。
取り敢えず、放射能を放ったりはしないらしい。
そして確かに、魔法が放たれるとき遠くからシズさんの「爆ぜろ『熱核陣』」という声も遠くから聞こえた。
その声に惹かれてチラりと見た声の先には、派手で大きな魔法陣が5つも重なって展開されていた。
しかし、遠距離で最大威力の投射は流石のシズさんでも無理なので、マリアさんとサキさんに補助してもらったとの事だった。
『熱核陣』で島影だけじゃなくて、空中に全体が照り返しを受けるほどの轟々とした爆発と火焔が発生したが、化け物は滅びずにその場に留まっていた。
と言うより、取り込んだ飛行船の浮遊石を取り込んでいるせいで墜落もできないのだ。しかも自らの防御力のため、激しく燃えながらも中途半端に取り込んだ船もまだ原型を留めていた。
その上、船着場の方に惰性でフラフラと流れていっている。
しかもそこに、第二射となる高い破壊力を持つ矢、多数の魔法の矢が突き刺さっていく。
そして敵の惨状を見るに、オレたちの反撃タイム、オレのターンってやつが来たのを実感する。
旋回して少しだけ高度を取り、さらに突撃するのに必要なだけの距離も確保する位置へと移動する。
「レナっ!」
「うん。ヴァイス、私達の力を見せよう!」
「その意気だ。けど、どうする。ソニックブームか?」
「うん。あれならあの炎の中にも突っ込めるから、真っ二つに!」
頷いて振り向く玲奈の表情は、戦闘での高揚からかボクっ娘とすごく重なった。
同時に、玲奈で間違いない表情でもあった。
そしてそこまで頑張っているんだから、オレがやるべきことも決まっていた。
「それで本体は潰せそうだな。……となると、あとは真ん中の水晶球か。それは任せてくれ。その代わり、敵の真っ芯をぶち抜いてくれ!」
「うん。じゃあそっちは任せるね。行こうヴァイス!」
玲奈に応えるヴァイスの鳴き声とともに一気に加速する。
そして、大量の魔力をヴァイスに供給して淡く輝いているレナの体からは魔法陣が2つ出現し、加速とともに1人と1体からは大量の魔法の煌めきが放たれていく。
オレはレナの後ろで膝をついた半立ち状態となり、とにかく水晶を探す事に専念した。と言っても、クロが示す先を見つけるだけの簡単なお仕事だ。
また同時に、魔力相殺の力を最大限以上で放てるように準備もしていく。
準備と言っても、剣に漫画などでいう気を込めるような感覚なので、厨二病患者のオレとしてはイメージしやすい。
そして研ぎ澄まされたオレの感覚が頂点に達する寸前、化け物と交差する瞬間に「ドンっ!」という大きな音と共に衝撃波が発生する。
前回同様ヴァイスとレナが音速を超えた瞬間だ。
化け物を覆っていた魔力と魔力の奔流が一瞬で霧散し、超音速の衝撃波が刃となって、飛行船を中心にした化け物の体を真っ二つに砕いていく。
それをスローモーに近い感覚で見ていたオレは、その砕けていく中に目的の水晶玉を確認する。
そして狙いを定めると、一気にヴァイスの背を跳躍した。
一見無謀な行為で、オレ自身もソニックブームが作り出す衝撃波の餌食となるかに思えるが、前回のソニックブームでその時間がごく短いことが分かっていたので、音速じゃなくなった後なら大丈夫だろうと当たりをつけていたのだ。
また、万が一の場合は、クロにオレを守る様に指示もしてあるので、さらに安心だ。
そして意思を持たない化け物は、こうなってしまえば倒すのは容易かった。
最後のあがきでオレへの攻撃は仕掛けて来るが、もはや力は無いのでオレに致命傷を与えるだけの打撃力は無い。
だから防御はクロに任せてオレは半ば無視し、致命傷だけ避ける様にしつつ一気に剣を振り抜いた。
「パリンっ!」と少し前に感じたような音と感覚とともに、オレが狙い定めた水晶球がくだけ散る。
化け物は魔法や魔力で何とか水晶球を守ろうとしたようだけど、オレの魔力相殺の前には無力だ。
攻撃を防ぐために物理的な触手のような物理的な障害もあったが、丈夫な魔法金属を鍛えた『帝国』の逸品は、鋼鉄の鎧すら易々と切り裂く。
魔力相殺と合わせれば、ほぼ切れない物はないだろう。
そんな感じでぶった斬りつつ、もう一つの目的だって忘れていない。
砕けた水晶球の中に、オレの予想通り機能停止したキューブ状の魔導器が入っていたので、これをすれ違いざまに手にする。
そして核を失った化け物はオレの視界の後方で急速に崩れ、澱んだ魔力も不活性になって霧散していく。
いや、魔力のかなりが島の制御施設の方に流れている。それとも戻っていくと表現する方が適切なのだろうか。
化け物の意思のようなものも感じられないし、手にしたキューブは完全に沈黙している。魔力も感じない。
とにかくこれで、化け物自体にはケリがついたと実感できた。
(あとはこれを、さっきの部屋に据え直せばいいんだろうけど……)
高速を出したヴァイスから飛び降りたので、横に高速で移動しているが地面への落下は確実だろう。
しかも浮遊島の下部で空中戦をしたので、高度はせいぜい30メートルくらいしかない。すぐ下が水面という感覚だ。
あと10秒数したら、小石で水切りをするように海面に跳ねながら落っこちるだろうと予測できた。
その証拠に景色がすごい速さで通り過ぎてく。
「この体なら死にはしないだろうけど、……クロ、何か手はあるか?」
「主の全身を私が覆えば、受ける衝撃を小さくできます。ですが、落ちる心配はご無用かと」
キューブに戻っていたクロが言い終わる前に「ショーくーん!」という叫びのすぐあとに、空中でギュッと手を握られそしてボフンと何か柔らかめの場所に落っこちた。いや、受け止められた。
低空ギリギリで、派手に水しぶきを巻き上げながらヴァイスが飛んで返してきたのだ。
「大丈夫?! もうっ、無茶して!」
顔を少し上げると、目の前に玲奈、いやレナの心配げな顔があった。
つまりレナの胸に飛び込んだような状態で、クッションのような柔らかい感覚は味わえない華奢な体に抱えらえている事になる。
「さ、サンキュー。いや、ナイスキャッチ。助かったよ」
「何をするのか教えてくれてたら、もう少しうまく受け止められたのに」
「いや、めっちゃ上手いよ。それにオレにとってすごいご褒美だ」
「し、知らない!」
顔を真っ赤にしたレナを見つつ、ボクっ娘とではできない甘酸っぱいやり取りをもっと味わいたいところだけど、あまり長い間至福の時間を感じているわけにもいかないだろう。
起き上がると、レナの背後へとパッと移動する。
「よっと。なあクロ、このキューブについて何か分かるか?」
「わたくしと同種の魔導器ではありますが、正確な判断は付きかねます」
「こいつと意思疎通とかは?」
「少々お待ちを……休眠中のようです。目覚めるにはしばし時間がかかるかと」
「どのくらい?」
「不明です。ですが、1日2日では難しいと思われます」
取りあえず聞きたい事は聞けたので、懐から視線を上げて玲奈の方を向く。
「わかった。それじゃレナ、みんなのところに戻るか」
「うん。……あのねショウ君」
もう一度ゆっくり旋回して船着場に向かいつつ、レナが横顔を見せる。
落ち着いた表情だけど、同時に何かの決断を下したような表情をしていた。
「ん? どうした、怪我でもしてるのか?」
「違うよ。あのね私、もうこっちでは目覚めない、と思うの」
「踏ん切りがついたのか?」
「踏ん切りとは違う気がする。でもね、ここは私の世界じゃないんだってのは、改めてよく分かった」
淡々と語る玲奈の表情は、どこかスッキリしていた。
「ほとんど戦ってばっかりだからじゃないのか? 他にも色々あるぞ」
「どうだろ? そういうのも体験してみたいけど、体験したいってだけで、暮らしたいとか過ごしたいとか、生きていきたいじゃないの」
「そっか。じゃあ、今度寝たら入れ替わってるのか?」
「多分。それにね、もう一人の私とは一つにはなれないのも何となく分かった。あの娘は私がこっちで現実逃避するためじゃなくて、ここで何かをする為に私から分かれたのか、生まれたんだと思うの」
「生まれるって、玲奈はボクっ娘のお母さんかよ」
オレの言葉に、玲奈が小さく苦笑する。
「かもね。だから私からのお願い。あの娘の事、これからもよろしくね」
「ああ、分かった。『夢』の中から見ててくれ」
「うん。……あと、ちょっと耳を貸して」
「?」
何か分からないが、レナの方へ頭を近づけ耳を向けるため首を少し傾ける。
その動きに合わせて、玲奈の顔がオレの横顔へと急速に近づく。空の上でも、息づかいが分かるほどの距離だ。
「こっちじゃないと、まだ出来そうにないから」
彼女は耳元でそう言うと、何か柔らかくて暖かいものがオレの頬に触れた。





