164「作戦会議(2)」
「遅い。どこで油売ってたのって、それが遅かった原因?」
扉の前でハルカさんが仁王立ちで、胸の前で腕まで組んでいる。足音を聞いて待ちかまえていた、とかじゃないのなら流石に引く。
「まあまあ、これでも食べて機嫌直してよ」
「別に機嫌は損ねてないわよ。理由が聞きたいだけ」
「冒険者ギルドに寄って、自警団の人にこないだの顛末とか聞いてきた」
「へーっ。どうなってるの?」
思った以上に感心してくれた。それに、本当に機嫌も損ねていなかったようだ。
オレもやるべき事をわきまえているという事が、少しは分かってもらえたようだ。
早速、部屋に入って落ち着いてから、ざっくりと一通り話した。
「あいつらは、もうこの街にいないらしい。あと、オレたちが金持ってるって噂がまだ有効みたい。現に飛行場から戻るとき、身なりの悪そうなヤツに尾けられた」
「大丈夫だったの?」
「一人だったし簡単に撒けた。けど気になったから、冒険者ギルド寄ってきたんだ」
「なるほど。それでギルドね」
「あと、ノール王国とアースガルズ王国での話しが伝わってきていて、オレ達は少し有名人らしいよ」
「それは宿に籠もりきりの一択になりそうね」
ハルカさんが軽くため息をつくが同感だ。
「で、尾けられたりしてないだろうな?」
「流石に注意したましたよ。ギルドも裏口から出してもらったし、別のフード付きマント借りましたから」
「いい判断だ。買い食いが無ければな」
シズさんはそう言うと、魔法をいくつか発動させていく。
前も使った各種探知魔法だ。
「ショウに向く反応はない。私達にもな」
「前も使ってたけど、それってどうやって他からの探知防いでるの?」
「ちょっとした小細工だな。『ダブル』が開発したもので、ジャミング魔法とか言ってたな」
「それを事前発動? 並列発動?」
ハルカさんの興味深げな表情に、シズさんは淡々としている。こういう時ドヤ顔しないのは、ハルカさんより大人な証拠だ。
「並列発動だ。魔法陣の多さだけが魔法じゃない、らしい。難易度は低くはないがな」
「なるほどね。けど考えてみれば、何百年かかってもこっちの人が生み出せないものが生み出せるってのも凄いわよね」
「概念のあるなしの違いだそうだ。それと魔法の命令伝達は電気に近い性質らしい。実際の電気信号には、反応しないどころか妨害しているそうだが」
概念と言われても今ひとつピンと来ない。
取りあえず、この世界にない考えを持ち込んで魔法を作り出したのだろう、という程度にしか理解も及ばない。
「『ダブル』の魔法使いは、そんな研究までしてるんですか」
「うん。ノヴァの魔法大学の奥は、魑魅魍魎の魔境だそうだ。あそこでは、日々この世界の常識を覆す研究と開発が行われている。
妖人すら警戒を露わにし、魔王の城とすら揶揄されるほどだからな」
「その研究に参加してたんですか?」
「私は習う方しかしてない。覚えるのと実技は得意だからな。ただ、魔力が足りなくて戦闘では殆ど使えなかったんだ」
「なるほど。それで、その新魔法を作っている人たちの方が強いんですか?」
「開発と運用は使う技術や能力が違うし、連中の魔力はBどころかCランクすらいる。だから単なる魔力差なら、今のこの体の魔力総量だと私が圧倒するだろうな。
以前の私も魔力は多くなかったから、他の補助か魔石がないと、大きな魔法は全然無理だったのに、それでも多い方だったからな」
「そうなんですね」
「開発と魔力量は関係ないものね」
なんだか部屋でのんびり会話しているが、玲奈もしくはボクっ娘が眠っているので、意外にやることがないせいだ。
その後もオレが買ってきた屋台もので軽く食事をとって、無駄話に興じるしかなかった。
レナが再び目を覚ましたのは、午後もかなり回ってからだ。
「気分はどうだ、レナ」
「……シズさん」
「向こうで目覚めたりしてないか?」
声と雰囲気は、天沢玲奈のままのようだ。おどおどした瞳が、ゆっくりとオレたちを順に見つめていく。
そしてオレの言葉に静かに首を横に振る。流石に起きてすぐ寝ても、向こうでもう一日とはいかないようだ。
ただ玲奈は、オレたちを一巡した後も、何かを探すように視線をどこかに巡らせている。
「どうしたの? 何か捜し物?」
「ううん。誰かが呼んでるの。女の子の声で」
「恐らくヴァイスだな」
「女の子ですしね」
「ヴァイス?」
そう言って首を傾げる。
ヴァイスの情報もないらしい。
「レナ、もう一つの人格のレナの相棒で、すごく大きな鷲だ」
「そうか、シュツルム・リッターだから……」
その言葉尻で、視線が一つの方向に固定される。
その先には飛行場があるはずだ。
「そうだ。さっきも一気に話したけど、よく話してたシュツルム・リッターがレナの事なんだ」
「それ以外に何か気が付いたことはある?」
「少しずつ、もう一人のレナさん、ううん、私のこっちでの知識や記憶を思い出すというか、思い浮かんでくる感じがしてます。ヴァイスの名前と姿も思い浮かんできました」
「人格が一つに戻りはじめてるんだろうか?」
「取りあえず、今夜寝て向こうで起きれば、向こうの人格のレナに今の状況を見ていたか聞けたりもするんですけどね」
「一日がもどかしいわね」
「ご、ごめんなさい」
「レナが謝ることじゃないわ。難しい病気だから」
ハルカさんの言葉にレナがハッとする。オレも少しドキッとした。
「そうか。病気、なんですよね。二重人格って」
「まあ、今は気にすんな。で、何かしてみたいことはあるか? 何かの切っ掛けで変化があるかもしれないからな」
そう言うと、玲奈は少し迷った表情を見せたあと、ハッキリと口にした。
「ヴァイスに会ってみたい。さっきからずっと呼ばれているから」
「それじゃ飛行場に行くか」
「行くとして、荷物番と分かれる?」
「4人一緒の方がいいと思うけど」
「午前中のように、私が魔法かけて籠もっていれば大丈夫だろ。今の私の結界を突破できる者は、そうそういないからな」
自身の言葉に対するシズさんの返答に、ハルカさんも軽い溜息のような感じで同意する。
「それが無難ね。貴重な荷物を持って歩くと結局完全武装になるし、それでマントやローブ着てると逆に街の警備に怪しまれそうよね」
「かといって、不特定多数に狙われていると分かって、シズさん一人残せないよな」
「じゃあ二人ずつね。飛行場行くのも、日のあるうちに人の多いところだけ通れば問題ないでしょう」
「宿を特定されなきゃいいだけだろうしな」
ハルカさんの言葉に3人がうなずいた。しかしレナ、いや玲奈はまだ少し不安げだ。
そして口にしたのは、別のことだった。
「ヴァイスが襲われたりしないんですか?」
「飛行場の警備はしっかりしてた。それにヴァイスは、地面にいてもメチャ強いぞ」
「そ、そうなんだ」
「だからレナは、安心してヴァイスに会ってきて。ショウ、エスコートしっかりしてあげてね」
ハルカさんが、横から玲奈の両肩に優しく手を置いて安心させようとする。
こう言う時、スキンシップは大事だというが、この辺りは神官をしているハルカさんに任せるのがいいだろう。
「おうっ。けど、神官のハルカさんの方が、街の連中だと襲ったりしないんじゃないか?」
「ゴロツキだとその限りじゃないわ。それにフード目深く被るなら同じでしょ」
「それもそうか。じゃレナ、行こうか」
「う、うん」
「その前に着替えるんだから、男は外に出る」
いつも通り、ハルカさんの言葉はもっともだった。





